2.ゲーム勝負はいつも突然に
タイトル変更させていただきました。
【ゲームよ恋を運んでこい】→【ゲーム×恋廻る~非凡な幼馴染みと平凡な幼馴染み】
私事ながらすみませんが、どうぞ宜しくお願い致します!
また、『ゲーム×恋廻る~非凡な幼馴染と平凡な俺』
零話と一話の一部修正、またその一部を一話へと分離しました。
より見やすくなったと思います。
また、今後三話、四話、五話と、誤字脱字等を修正していきます。
昨晩──。
途方もない現実を受け止めた俺は、約束通り汗水垂らして学校に向かっていたのだった。
ハンドル握る右手首に馴染んだ腕時計は、基調とする塗装が黒だからか、じんわりとした熱を持ち始めている。ちらりとプラスチック製の奥を見遣れば、秒針は、やよいとの約束の時間まで残り十分となる一時五十分を指し示してくれていた。
何はともあれ、どうやら約束の時間までには部室に到着できそうだ。
ほどなくして見えてきた駐輪場に自転車を止めて、鍵を閉め、やよいが抑えているであろうボードゲーム研究部の部室まで足を運ぶ。
ちなみに、ボードゲーム研究部の部室を構える場所は、本校舎と空中渡り廊下を挟んだ向こう側の特別棟三階。上りきった先の廊下を左手に曲がり、さらに奥へと進むと、一番最端に位置する一際こじんまりとした寂寥感溢れる扉の奥が、一応部室ということになっている。
どうも煮え切らない言い草なのは、半ば権力行使を強いた後に確保した部室だという後ろめたい事情があるからだろう。
この学校には頭の良いが多く存在しているのだが、なぜかそのぶん個性的な人間が集まっており、これまた不思議なことに、皆それぞれ特有の趣味趣向を用いた創部の申請を模索していたりするのだ。……天才とバカは紙一重という言葉が出てきたのはご愛嬌だろう。
閑話休題──。
話を戻すが、創部の案を立てるだけなら別段問題はないのだが、現実的問題、部室という空間にも限りというものがあるのだ。
実際、今のボードゲーム研究部のある部屋は、元々学校七不思議研究部という集団が確保していたのだ。
そして、なんの偶然か、ほぼ同時期、丁度俺達もボードゲーム研究会というゲーム好きだけで結成された同好会を結成していたのだ。
──今でも思ことがある。
あの時、幼馴染みと交わしいたちょっとした会話が原因だったりするのかもしれないと。
あれは、ボードゲーム研究会からゲームボード研究部へと昇格を果たした日の数日前、珍しく生徒会の職務を早々に終えたやよいと共にする帰路のこと。
「ねぇ、駿」
夕日に染る帰り道、自転車を押して歩く俺の後ろからやよいが話しかけてきた。
「ん?」
「駿はその……部活動とかやらないのかしら?」
立ち止まる足音。疑問に思った俺は振り返る。
赤々と煌めく夕日を背景に、佇む彼女の姿は贔屓目なしに綺麗だと思った。
腰まで伸びた艶のある亜麻色の髪。伏せた睫毛は長く、その瞳からは独特の悲壮感が漂ってきて、なんかもういろいろ反則的だ。
モデルのようにすらっとした体の前で、学校カバンを両手で握りしめ、それに起因するかのように綺麗な桜唇を真一文字に留めて、彼女──音無やよいは俺の返答を待っている。
ならほど、確かにこれは世の男共がほっとくわけないな……なんて節操もないへったくれもないことを思いながら、俺はとある記憶を引っ張りだした。
「そういやぁこの前、平沼のやつからボードゲーム研究部とかなるものに誘われたっけな」
「ボードゲーム研究部?誰に?」
「いや、だから平沼にね」
「ひら、ひら、ひら……うん、それでボードゲーム研究部とは具体的にどんな活動を行うつもりなの?」
「おい、今、ナチュラルに平沼のやつが消えていったぞ……」
あいつは平沼だ。それでいい、それでいいじゃないか。俺は可哀想だなんて思ってやらないからな……ううっ、でもなんでだろう。不思議と目から溢れる水が止まらないよー!
「どうかしたのかしら?」
ここにはなき、忘れ去られた哀しき男に同情していると、隣ではやよいが小首を傾げている。
話が逸れた。俺はなんでもないようと首を横に振る。
「いや、なんでもない。ぼっちの事情だ、気にするな」
「そう、では歩きながらでも聞かせてちょうだい」
そう言って、やよいはてとてと歩き出す。遅れてその背中を追い、隣に並んだところで本題に戻る。
「まぁ、要するにボードゲーム研究部ってのは名ばかりのゲーム好きが集まったある種のオタク集団みたいなもんだな」
「ふーん、まあいいわ。それで?部員はどれくらい集まっているのかしら?」
「んー、幽霊部員やらなんやかんや集めて六人ぐらいになるとは言ってたな」
俺もあいつの語るボードゲーム愛についての話は、半ば適当に聞いていたからよくわかっていなかったりする。雰囲気そんなことを言ってような気がするだけで、確かな証拠もないのでタチが悪い。もちろん俺が、だ。
そんな口先三寸だけで言ったような情報を聞かされたところで、第三者であるやよいはさらにわかるはずもないのに……。
けれど、そう思っていたのも束の間、やよいは何やら思考するように黙り込んだ。ふと視線を向けてみると、
「……いけるわね、うん、やれるわね」
と、呟きながらふむふむ頷いていた。なにやら企むその顔に覚えあり。多大なる不安、虫の知らせというやつだろうか……。
俺は、押し寄せる不安を払い除けるように、どこか嬉々としたその横顔に何度も説明を求めたのだった。
しかし、帰ってきた返答は「これからが楽しみね」と、満面の笑みでそう返されておしまい。
その後は、何度問い正そうとも取り付く島すら与えてくれず、すげなくこの話題は話題として死を迎えた。
結局取り残されたのは得体の知れない不安だけ。
そして、不穏な胸騒ぎが目に見える形となり目に前に現れたのは、やよいと帰路を共にした数日後のことだった──。
「すみません、小田原駿さんですよね?」
と、丁寧な物腰で否応なくそう話しかけてきたのは、帰宅準備を終え、教室から出て直後の廊下。無数の足音を伴った声と共に、突然背後から声をかけられたのだ。
名前を呼ばれ反射的に振り返る。
すると、そこには一応に眼鏡を掛けた五人組の男子生徒が逆ピラミッドのような陣形を成して立っていた。一人ひとりの顔に固定した視線を走らせていくがやはり全員が全員記憶にない。
幸い、襟元に等しく煌く五つ徽章から同学年だという事実は確認できたが、だからといって、目の前の男子生徒達から得られた情報から、現在求めている情報が得られる訳でもなかった。
面倒そうだなぁーと、内心辟易としながらも取り敢えず質問には答えることにした。
「……そうですが、あなた達は一体誰で、俺に何の用事でしょうか?」
突然見知らぬ集団に話し掛けられ訝しげになった俺の視線を感じたのだろう、逆ピラミッドの頂点にしておそらく五人組グループの頂点であろう男子生徒が一歩前へと踏み出し、軽く頭を下げてから言った。
「突然話しかけた上に、私どもから自己紹介を忘れてしまうなんて申し訳ない。私どもは、学校七不思議研究部なるものです。この度は部室引き渡しの件について譲渡申請書をお譲りに来ました」
「……は?譲渡申請書?」
聞き覚えのないワード。一方的な話の展開にクエスチョンマークが頭上で踊る。しかしそれを介さない学校七不思議研究会たるリーダーっぽい男子生徒は鷹揚に頷いて続ける。
「いかにも。この度我ら七研は諸事情により廃部を決意することにしまして、その際に、その後釜と言ってはなんですが我ら七研去った部室をあなた方ボードゲーム研究部に譲渡したくこの場に馳せ参じた次第です」
「は、はぁ……」
理由を聞いた。しかしだとしても、喩えそうだったとしても、伝えられた概要は到底理解と許容が叶わないものだった。だから俺は断った。
「すみませんが、やっぱ人違いですよ」
理由はシンプル、いわれがない、ただそれだけで、たったそれだけのことにしておくことができない内容だったからだ。
結論は出た。
そして、これ以上話を聞かなければならないという言われも義務も俺にはない。
だから、手短に「では」と踵をしたのだが、その直後、右肩を素早く掴まれ、追って、「人違いじゃないです!!」と、変に躍起になった声に停止を余儀されることになった。
「ちょっ、マジでなんなだよ……」
そんなことを愚痴りながら、再度振り返る。
すると、先ほどまでクールな雰囲気を醸し出していた部長っぽい男子生徒がレンズ越しに涙を浮かべながらグイッと顔を近づけてきた。反射的に体をのけ反らなかった危なかったぞ……。何とは言わないが、男同士とかマジ勘弁です。
「小田原さんお願いします!詳しい事情はアレなんで話すわけにはいかないんですが、俺たちの言っていることはもれなく事実なので、あとはこの紙を受け取ってくれるだけでいいんです!」
そう力説した七研リーダー(仮)は、制服の胸ポケットから丁寧に外六折りにされた一葉の紙を取り出し、こちらに見せ付けるように差し出してきた。
差し出された紙を覗くと、プリントアウトされたA3用紙の上方には明朝体で「譲渡申請書」と記されていた。
しかしだからといって、彼の証言が本当だったとしても受け取る理由にはならない、どころか尚更受諾したくなくなった。要領もえないにもほどがある。一向に話の流れが見えないし、何より彼らはそれを諸事情と称して教えてくれないと明言している。
そして、受け取るだけで良いという言質も実に怪しい。こっちが手にしたその瞬間にユーモラスの一言で処理しきれない裏事情とかなすりつけなれる可能性だってあるのだ。七研リーダー、もといその後ろのメンバー達から伝わってくる鬼気迫る迫真の演技に騙されるわけにもいかないのだ。ことはデリケートな問題をはらんでいるのだ。
俺は一頻り一考する素振りでうんうん頷き、ときにうーんと悩ましげな声を上げ、いや〜な、でもな〜、とか自問自答っぽい独り言を繰り返した末に、最初から念頭においていた言葉を伴い頭を振った。
「本当に申し訳にけどそれ受け取っちゃうとなんか怖いからやっぱりこの話を聞かなかったことにするよ、今日、この後大事な予定もあるしね。んじゃ、そういうことだから他当たってくれ。じゃあな!」
捲し立てるようなそれらしい決まり文句をつらつら並べ、俺は颯爽と踵を返す。
事実、放課後はゲームという大切な予定の目白押しなのだ。今、こうして駄弁っている時間すら惜しい。
しかし、現実とは実にままならないものである。
翌日、朝のホームルーム終了時、俺の前に現れた平沼が「我に女神が微笑んだのさ」なんて歯を光らせてながらどこか見覚えのある一葉の紙を片手に話し掛けてきた事実は今でも記憶に新しい。
だが、そんな俺の脳裏でほくそ笑んでいたのは、今、この場にいない幼馴染みの姿だった。
当然、思い出されるは、数日前の会話だ。
あのとき俺は、平沼が考案中の部活名、ひいてはその概要を初めて他人の前で口にしたのは後にも先にもあの瞬間だけ。だがそれで十分だった。いや、たったその事実さえ提示されていれば良かったのかもしれない。それほどまでにあのときの七研メンバー達の鬼気迫る形相はそんな忌憚のない想像を膨らませるのには十分なものだったのだ。
しかし、あの日から早くも三ヶ月と少し経った今では、今更どうにもこうにも出来るような話ではなくなってしまった。
そんなことを考えている間に、空中渡り廊下を越え、特別棟三階まで続く階段に差し掛かる。
そして、二階から三階に上がる踊り場で見知ったロングコートはためかした男子生徒とすれ違ったのはまさにそんな時だった。
どうやら向こうは気づいた様子もなく、一瞬スルーしようかな?という考えも浮かんできたが、妙に沈んだ表情が気になりつい話し掛けてしまった。
「よう平沼」
俺がそう声をかけたのは、我らがボードゲーム研究部部長、平沼義俊だ。
直後、びくりと肩を跳ねさせ、平沼はゆっくり振り返った。すぐに視線は交わる。途端、平沼の表情は一気に明るさを取り戻した。いかせんそのあとがよろしくなかったのだが……。
ズレたブリッチを右手の薬指でスチャリと持ち上げ、レンズ越しに俺を捉えた途端、平沼は言った。
「むっ、その声、目の隈、平均的で有り触れた顔面、平均身長170センチメートルと面白味もかけらもない通俗な様は!あっいやまさしく!あの小田原氏ではないか!」
「よし、今すぐその喧嘩買ってやろう」
先ほどまで死にそうなだったくせに、俺をみるやいなや鬱陶しいく、妙にハードボイルドな声色を伴って放たれる軽口が俺の神経を容易く逆撫して見せる。
これなら放置しておけば良かった、と今になって後悔してしまうのは毎度のことだ。
「……はぁ」
「むっ、どうしたのだ?小田原氏がため息などと、似合わな——珍しいではないか?何か良からぬことでもあったのか?」
「お前だよ、お前。お前が原因なの」
この際だから嘆息混じりに教えてやった。
だが筋金入りのぼっちである平沼君には伝わらなかったらしい。故に百パーセントの本音は軽く笑われてしまうはめになった。
「フハハハッ、それは面白い冗談だ!もし今の発言が小田原氏以外から出ようものなら我、今頃泣いていたところであったぞ」
「──ちっ、それを早く言えよな」
「む、何か言ったか?」
「いいや、ただ、今日は塩辛い一日にならず良かったなって、ただそれだけだ」
世の中には知らない方が幸せなことはたくさんあるのだ。気づかない、知らない、聞いてないはこの後の社会で生きていく中では必須スキル。いずれ社会人となれば直属の上司の陰湿な嫌がらせや、いわれのない責任を押し付けられそうになったそのとき披露する機会もあるだろう。その点平沼は完璧だと言える。こいつの耳ほど都合の良いものを俺は知らない。
だがそんなことを指摘したところで生産性はない。どころか、貴重な休日を棒に振ってもまで学校に訪れている時点で結論は出ている。
急に空虚さに襲われた俺は、言うが早いか、「じゃあ、もう行くわ。また来週な」と、未だ釈然としない様子の平沼を置いて三階に続く階段に右足を掛ける。
そんな俺の背中に向かって、またしても待ったを掛けてきたのはロングコートをはためかした平沼の声だった。
「うむ、どこか釈然としないが今日はここまで……と言いたいところだがしかし小田原氏よ、今から我が部室に赴くのだろう?であるならば一つ忠告しておいてやろう」
「忠告?」
聞き逃し難い単語に軽快に動いていた足が止まり、思わず聞き返してしまった。
そんな俺を見上げるようにして、平沼は口を開いた。
「イエス、これは我からの有難い忠告なのだ。今し方我のアジトである部室には強大な敵が襲来しているのだ!」
「敵?」
「うむ、敵だ。しかしただの敵などと生易し者ではないではないのだ、そう、いわば我のライバル、強敵と書いて友と呼ばぬ真の好敵手である!」
「……いや、呼ばないんかい……でもなんか、それ、言葉以上にくるものがあるのな」
自分がライバルだと思っていた相手は、その実、一方的な感情に過ぎなかった。つまり、ひとりよがり。平沼が誰を相手にそう豪語しているのか大方予想がついてしまうため、なまじ同情してしまう。
だが当の本人が自ら宣ったのだ。同情するの方が筋違いというものなのだろう。
結局、平沼は最後まで平沼だということなのだろう。それと同時に、なぜ、先ほどまで浮かべていた表情が鬱屈とした色に染っていたのかどことなく察することが出来た気がする。
ともすれば、そっちの方に強く同情してしまうけれど、今は今、起きたてしまったことは変えることができない。
俺は、せてめてもの気持ちと、改めて謝礼と労いの言葉を平沼に贈ることにした。
「そか……、なんか色々と迷惑かけたみたいだな、すまねぇ」
「うむ、なぜ小田原氏が我に謝罪してきたのかわからんが、しかしどんな礼にも冷を持って帰すなど笑止千万。小田原氏よ、今日のことは互いに水に流そうではないか、また来週顔を合わす際に気まずくなるのは御免であるからな」
そう言って、目下で高らかに笑った平沼。
普段から大仰な態度やコミュニケーションを不得意とする残念な人格から人間関係には恵まれなかった平沼だが、根は相当いい奴なのである。
「がっはははは!いやーそれにしても我、良い事言ったなぁ」
しかし満足げに去っていく後ろ姿を見て思う。
「最後の一言、やっぱあれが余計なんだよなぁ」
平沼の友達ができない一端を垣間見たところで、気を取り直し、俺は再び階段を上がりだす。ちらりと腕時計を見やると、秒針は約束の時間から五分過ぎた二時五分を指していた。
もしお叱りを受けるものならあのロングコートのせいにしようと心に決めるながら、一段飛ばしの要領で残りの階段を駆け上がり、五十メートルはありそうな三階の廊下をぐんぐん進んでいく。
そして、約束の時間である午後二時から遅れる事七分、俺はようやくボードゲーム研究部室の扉の前に到着した。
浅い深呼吸も程々に、いい加減待ちわびているであろう幼馴染みでも迎えに行くとしよう
コンコンコン、三回ノック。
「……」
返事がない。
一瞬誰もいないのか、という思考が浮かび上がってきたがすぐさま切り捨てた。なぜなら先ほどの平沼の(明確な人物名は明言されていない)発言然り、そして昨晩の通話内容を鑑みると、すでに扉の向こうには我が幼馴染みが出向いているはずなのだと認識していたからだ。
ならばもう一度。
先ほどと同様に三回ドアを鳴らす。
「……」
やはり返事はない。
「ふむ、これは一体……」
顎に手を当て、取り合いずそう呟いておく。
一方で、取るべき行動など最初から決まっていた。今、俺は、一応礼節通りの行動は行ったのだ。つまり、真っ当な人間のマナー、身の保証を確保したということ。
簡単なことだ。
誰だってもしもは怖いのだ。百万分の一の可能性なんて考えたくもない。だから合法性に手を伸ばす。
総じて、俺が何を言いたいかといえば、今回の場合、扉を開けた先に着脱中の幼馴染みと遭遇してしまった際の単なる言い訳です。もしもだよ?ありえないだろうけどさ……。
しかしその一方で、後述ができたのもまた事実。
俺は堂々とドアノブを掴むと、手首を捻り右回転。押しドア式の扉が徐々に広がっていく、とほぼ同時に──
「待っていたわ」
澄んだ鈴音のような声が鼓膜に響いた。
仁王立ち。
亜麻色の髪が印象的な彼女は、華奢な腰に両手をあてがい、意気揚々と不敵な笑みを浮かべて、ただ、自信に満ち溢れた表情をもって扉の前で俺を待ち構えていたのだ。
その表情を見て、今、確信したことがある。
俺しか知らない、普段クールな相貌の下に隠れた感情の色は『渇き』。例えるならば、貪欲に獲物を見極め狩り採る鷹の獰猛な眼差し。
昨日、連絡が来たときから何となくこうなるのだろうな、と思っていた。俺達は昔からそうだったのだから。
だから俺も怯まない、どころか受けて立つ。放つ言葉に迷いはない。
「準備はできてるな」
「愚問ね」
彼女──音無やよいは不適に微笑んだ。
俺もまたその眼光から一切の目を離さず、右手三本指を見せ付けるように目の前に掲げ手言い放った。
「勝負内容はPCゲームの内、リズムゲームの『アップテンポ』、シューティングゲームの『ロックオン』そして、最後のゲームはサバイバルゲーム『Little Gigant』の三種類三番勝負制でどうだ?」
「ええ、問題ないわ」
やよいもすぐに頷いて、
「では——」
と、短く言い切り、きゅっと上履きのかかとを軸に綺麗な半回転を描き、見事な方向転換を見せた。
その際舞い上がった丈の短いスカートの裾の隙間から覗く白い柔肌に視線が吸い寄せられるのも仕方のないことだと言えよう。もちろん、見ない様に振る舞うこともできた、気づかぬように努めることだってまぁ難しくなかった。
けれど、俺は見た、と言うよりは魅せられた、奪われた、魅入っててしまったのだ。
そんな俺の思考も視線もお見通しだったのだろう、はたまた男の心理を熟知しているのか、真実は定かではないが視線を逸らしたその端に、小悪魔地味た笑みを捉えたのは間違いない。
故人曰く、勝敗は始まる前から決しているというならば、すでにこの瞬間、俺の敗北は自明の理となっているところだった。まったく冷や汗もんだぜこのやろう……。油断も隙もありゃしない、どころか一瞬の気も抜けやしない。
「ほら、そんなところに突っ立てないで、早速始めましょう」
ランウェイでも歩くような足取りで彼女は俺の前を行く。
始まりは同じだった、俺も彼女も。でもそれはほんの序章の序章で、気づけば彼女の背中を見ていた、見ているしかできなかった。
そしてそれは、これからも変わらない。これまで目を逸らし続けてきたのだから。
しかしその癖、音無やよいとの、幼馴染みという関係に甘えていたのは俺の方だ。
だからこそ、この三本戦は絶対に負ける訳にはいかない。
長年築き上げてきたこの関係を、有耶無耶であやふやにしてきた俺達自身をこの場で壊す。例えその先に待ち受ける未来に涙することはあっても、後悔だけはしたくないから。
今日で全てを変える。何もかも、何がなんでも。
さあ、気を引き締めて行こう。
ここからは、俺における、俺史上最初で最大にして最高の大一番となるのだから──。