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1. 非凡な幼馴染みと平凡な俺

タイトル変更させていただきました。

【ゲームよ恋を運んでこい】→【ゲーム×恋廻る~非凡な幼馴染みと平凡な幼馴染み】

私事ながらすみませんが、どうぞ宜しくお願い致します!


また、『ゲーム×恋廻る~非凡な幼馴染と平凡な俺』

零話と一話の一部修正、またその一部を一話へと分離しました。

より見やすくなったと思います。

また、今後三話、四話、五話と、誤字脱字等を修正していきます。

 

 それからというもの──。


「駿、今度はあなたの番よ。さぁこっちへ来なさい」


 無事親父の制裁を果たした母さんが、自室に戻ろうとした俺を満足げな声で呼び止めたのは、その後すぐのことだった。


「まあ、そうなりますよね……」


 諦念混じりに呟きながら、俺は渋々振り返る。


 そこで俺は、妙な違和感を覚えた。何気なくその方向へと視線を向ける。すると、リビングの片隅の方に、膝を抱き抱えるようにして座る——いわゆる体育座りの体勢でしくしく啜りなく哀しき親父の姿を目にした。

 見るに耐えない親父はすかさずフェードアウト。そして、その原因たる状況を作り出した張本人さんを即座にクローズイン。すると、その張本人さんはL字ソファーの上で満足げな笑みを浮かべて座っていらっしゃった。

 もうお分かりいただけただろう。

 もしかしなくても、現状のこれが小田原家におけるカーストの実態なのだ。……おい、これでいいのか、一家の主人さん!


 リビングの片隅で背中を丸くする親父に思わず目頭を熱くしていると、コホンと小さな咳払いが一つ。追ってその方向をちらり見やる。すると、視線の先にいた母さんは、微笑ましい笑みを浮かべていた。だが、そうじゃない。その目が真に指し示す先は、ローテーブルを挟んだフローリングの上、つまり母さんと向かい合う形で座れ ──と、催促しているである。


 俺は軽く俯き、ちらっと親父の背に視線を向ける。それは、時に暴風に晒らされてきた家族を支え、また時に暴雨に晒せてもなお腐らず、まさに一家の大黒柱らしく今まで俺たちを支えてくれた頼もしく大きな背中だ。

 それを、今、息子の俺が守ってやらないでいつ守ってやると言うのだ!明日か?明後日か?否、断じて否である!


 俺はニヒルチックな笑みを浮かべる。これは宣戦である。ゆっくり歩き出した今の俺は、敵討ちに向かう主人公のようだ。

 自分でもちょっとよくわからないテンションになってきたことなどこの際無視して、俺は相変わらず年齢と沿わない天女のような微笑みを浮かべる母さんの前に騎士然と立ってみせる。


 その決意を背中で感じ取ったのか、悲壮な空気全開で萎れていた哀れな親父が視界の端で、こちらをちらちら伺っていた。俺はその期待のこもった眼差しに、後手でグッと力強い親指を立てて我が意を示す。同じ男として謎のシンパシーを感じてしまったが最後なのだ。

 今やことこの戦場に小田原駿という戦士を止める者なし!


「母さん」

「なにかしら?」

「母さんは、親父のあの哀しき姿を見た今、なにか、こう……ちょっとでも、ほんのちょっとでもさ、一ミリとまでは言わなくても、一ミクロでも思うところもあるのなら、ほら?ちょっとくらい謝罪の意的な言葉をかけてやっても……さ?」


 あとは察してくれと言わんばかりに語尾に盛大なクエスチョンマークをつけて応戦。手応えはある。だって、ミクロの世界まで踏み込んだんだぜ?しかし、勝利を確信する俺に向かって、母さんは今日一の笑顔でこう答えたのだった。


「ないわよ、そんなものは」


 はは……ですよねー。あなたの浮かべ続ける微笑みを見続けていたその時から、なんとなく察してましたとも。そして何よりなにが一番不味かったって、俺が親父側についてしまったと母さんに勘ぐりさせてしまったことである。

 こうなってはいと仕方がなし。

 俺は、背中に向けられた期待の眼差しを袖にするように、堂々とした口調で、なおかつしゃんと胸を張り、いっそのこと清々しいまでの掌返しを見せつける。


「はい、全部親父が悪いと思います!」

「よろしい。では、あなたは言われた通りそこに大人しく座ってなさい」

「Yes,ma'am!」


 意気揚々とした俺の返事を片耳に、母さんはおもむろに立ち上がった。

 え?どこへだって?そんなの決まってる。

 ぱたぱたと乾いた足音を鳴らしながら、母さんが向かった先はリビングの片隅。そこには、先ほどまで威風堂々とふんぞり返っていたが、今ではすっかり裏切り者を見るような目で誰かさんを凝視する哀れな男がいるのだ。


「ほらあなた、今日は駿にあの話をするために早く退勤してきたんでしょ?」


 言って、母さんは先ほどまでの修羅モードをひそめ、項垂れる親父に優しく一声掛ける。


「……あぁ、そうだったな。俺としたことが……、あまりのショックに頭が飛びそう、いや、忘れそうになっていた……」


 一方語尾に力が足りない親父も、空気を読み渋々立上がる。

 そのままとことこ母さんに背中を押される形で、無事親父はソファーに腰を据えることが出来た。なんやかんや言って仲睦まじい夫婦である。

 母さんも続け様にその隣へと腰を下ろした。

 柔らかなクッション素材が二人の重みを受け止め形を変える。

 さて、親父は一体何を語るのか。鬼が出るか、それとも蛇が出るか。

 丁度居住まいを正した親父。ゴホンと咳払いひとつ。それを皮切りに、先ほどまでの弛緩した空気は霧散して、どこか重苦しい雰囲気がリビングを包み込んだ。


「駿、実はお前に一つ話さなくてはならないことがある」

「話さなくてはならないこと?」

「うむ、そうだ。よって、これから『小田原家緊急家族会議』開催をここに宣言することにした」


『小田原家緊急家族会議』。

 正式名称は『小田原家家族会議』。

 それは、月に一回開催される自己報告定例会のようなもので、試験や重要な案件を迎える際にはこの場を借りて報告することになっている。

 だが、今回は『緊急』の二文字が前置きされている。そこに生じる差異といえば。通常の家族会議と異なり、読んで時の如く、唐突に発生した重大な案件、あるいは一家の節目となる問題が生起した際に突如開催されるというところだ。


「しかし、今回はえらく唐突だな」


 これまでにも緊急家族会議は幾度となく開催されてきた。そして、俺が通学する早朝には、事前に開催を告知されるのが常だった。

 もしそうであれば、今日の部活だってほっぽりだしてきたはずだったのに……勿体ない。

 そんなことを頭の片隅に、俺が思ったことを口にすると、親父はころっと口調を変えて今度は大仰に言い繕う。


「おお、すまんすまん。今回は事が事だけに慎重に行動しなければならなかったからな」


 ふむ、なにやら含みのある言い方だ。これは叩けば何かが出てきそうだ。早速──。


「ん?ことが事だけにって、親父、それは一体どいう事だ?」

「うむそれはだな、聞いて驚け──」

 ドス!

 開きかけた親父の口を強制シャットアウトさせたのは、そんなくぐもった音だった。

 次第に親父の顔が青くなる。


 何事かと視線を下げれば、すぐに主要因が判明することになった。肘だ。厳密に言えば、母さんの肘。攻撃コマンドは肘打ちといったところか。控えめに言ってすげぇ痛そう……。俺だった軽くえずいてるな、うん。現に、筋骨隆々な親父が目下で悶えているのだから。


 だが、重要なのはそこじゃない。


 俺は親父の失言を聞き逃さなかった。ともすれば、母さんの肘打ちがなによりの証拠だろう。

 俺がそう睨んでいると、冷めた目付きで親父を見下ろしていた母さんがゴホンと咳払いひとつ。導かれるように視線は母さんへ。


 そうして、


「まぁまぁ駿、要するにこの筋肉オヤジが言いたかったのは、小田原家は近いうちに他県へ引っ越さなければならなくなった、端的に言えばそういうことなのよ」


 ……端的とは?そもそも親父、まだ何も言ってなかったじゃん……。

 しかし、予想以上の爆弾発言が投下されたのだった。

 他県への引越し、確かにそれは家族の相違が必要不可欠となる、まさにしく『緊急』家族会議向けのトピックだ。

 だが、だとしても、迂闊にもここで慌てるような俺じゃない。

 緊急家族会議が宣言されてからというもの、心の準備は整っていた。

 俺は至極当然のような聞き返す。


「そいつはまたえらく唐突な発表ですこと、理由を伺っても?」

「このスケベオヤジがね、会社から転勤を命じられたのよ」

 つまらなそうな口調で応えてくれたのは、蹲る親父の頭にぐりぐり人差し指を押し付けながら母さんだった。


 もう説明しなくともわかるだろうが、小田原家のヒエラルキーの頂点に君臨するのは母さんなのだ。そしてもうひとつ厄介で残念なことに、その表情から一切の感情が読み取れないのだ。

 ならば思考を変える。得意分野のゲームに習って考えてみようではないか。

 基本、バトルゲーム然り、対戦ゲームに分類されるアクションゲームは、敵の弱点を攻撃するのがセオリーというものだろう。日本語版は弁慶の泣き所といったところか。


「親父、それは本当なのか?」


 以前、脇腹を押させる弁慶──もとい親父にむけて問いかける。

 すると、脂汗が滲む顔を上げて親父は言った。


「あ、あぁ……、美代が言っていることはすべて……本当のことだ」


 ……ふむ、なるほどな。

 結論から先に言わせてもらうと、親父の表情から真意を読み取ることは叶わなかった。というか、苦悶と悲痛一色に塗りつぶされていてそれどころじゃなかったのだ。先ほどの容赦にない肘打ちも、これを見越してということなのか……。さすがは母さん、親父の扱いには長けてやがる。


 しかしだとすればますますどうしたものか、これでは両親のコンビプレー(?)の前に、目論見を見破ることがで困難となってしまった。


 ──ちっ、本当に一体全体なにを考えてやがる。


 それとも二人が言っていることは最初からすべて真実なのだろうか。

 俺はすっかり疑心暗鬼の虜になっている。

 故に、このままなし崩し的に惑わされ、有耶無耶にされて終わりという可能性も高い。

 ともすれば、やはり、ウィークネスでたる親父を攻め続ければ、いつかポロリと失言してくれるかもしれないが、今回は母さんという強力な傍付きがいる。

 ならば、うわべの取り繕い方はこれまでとは一線を画すものがある。

 相応の覚悟と根気は必須スキルになるのだろう。


「……」


 それら含めた上で、懐柔は不可能と判断した俺は逡巡(しゅんじゅん)の末、ため息まじりに言った。


「わかった、信じる」


 途端、はしゃぐ親父。


「おお、そうか!それでこそさすが我が息子だ」


 ──諦念することがですか?

 なんて気持ちよさそうに哄笑する親父には言えまい。

 その弾みでポロリと、なんてことがあるやもしれないだろ?

 そんな俺の期待を裏切り、一頻りはしゃぎ終えた親父は表情を一変させる。稀に見る真剣な面持ちだ。


「では息子よ、先ほどの言葉、決して二言はないだろうな?」

「……ま、まぁ、一応は」


 未だ不審な点は見受けられるものの、信じると決めてしまった以上、肯定する以外の選択肢はない。

 釈然としない俺の応答をよそに、母さんという横槍が入ってきたのはそんな時だった。


「だったら明日の土曜日、やよいちゃんに報告してきなさいな」


 その名を呼ばれて、亜麻色の髪が脳裏を過ぎる。恐らく、母さんの口から漏れ出た人称代名詞が原因だ。

 ──やよいちゃんと呼称された人物を俺はよく知っている。

 やよいちゃんもとい──彼女、音無やよいは、俺も通う高校の副生徒会長を務める十七歳の女子高校生だ。


 腰まで長い亜麻色の髪。切れ目が冷ややかな印象を残すほど整った容姿。加えて、モデルのようにすらっと長い手足は、多くの生徒から絶大な人気と切望の的となっているらしい。


 今挙げられた情報だけで、十分にハイスペックすぎるのだが、彼女を音無やよいたらしめるには未だ不足している情報がある。


 整った容姿もさることながら、彼女は、県内有数の進学校である私立雀宮(すずめのみや)高校二学年の成績科目において常に三位内を誇る頭脳の持ち主でもあり、体育の成績、ひいてはロードレース大会では他より抜きん出るほど抜群に優れた運動神経を兼ね備えている。

 まさに天の祝福を授かりこの世に誕生したのが音無やよいという存在なのだ。


 そして、そんな彼女と何の縁あってか、驚くべきことにこの普通を絵に書いたようなこの俺が、音無やよいという少女の幼馴染みと呼ばれる関係性を属していたりする。

 しかもこれまた厄介なことに、俺とやよいはただの幼馴染ではなく、厳密に言えば、音無家と小田原家は家族ぐるみの付き合いが、かれこれ十年以上と長く、旧 知の仲と呼べるほど親密な関係を築いているのだ。


 しかしなぜそれほどまで親交の深い仲を築けているのか。誰もが疑問に思うことだろう。


 説明するのであれば、それは、小田原家と音無家が古くから培っていきた関係性に大きな要因が存在する。


 種を明かせば、俺の親父と母さん、やよいの父親にあたる音無検事さんとその妻、音無かなえさんの四人は、昔ながらの幼馴染という大変珍しい関係性を持つ。


 そんな中、小田原家に一人っ子として誕生した俺と、同じく音無家の一人娘としてこの世に性を預かったやよいとの邂逅には、どこか必然性じみたものを感じざる終えない。

 そして俺とやよいの接点はそれだけではなく、住む家がお隣同士だという関係性が、やはり大きな要因を残したに違いない。

 そんな当たり前のことを、改めて普遍的に思考すれば、母さんの発言は正鵠を射ていて、何よりそれが礼儀というものだということを痛感させられた。


「でも、まぁ、うん、それはそうなんだけどなぁ……」


 頭では、そう理解している。理解を示しているのだが、俺の中にはどうしてもぬぐい切れない躊躇いが残っているのだ。

 その理由、もしくは問題とも捉えることができる躊躇いは、俺達自身の親密すぎる関係性、または俺の心底に眠るとある蟠りが難色している。

 物心つく前から親交のあった俺達は、常に同じ環境、体験を経て、学び、時には失敗も成功も味わいながら、健やかに育てられてきた。

 近くの公園で遊ぶ時も、部屋でおやつを食べる際も、旅行に出かける瞬間だって、思い返せばいつも隣には彼女が側にいる。楽しそうに笑う彼女の表情が浮かぶのだ。

 しかしそれが当たり前だったから、あの日、小学校四年生の夏のこと——。

 彼女が俺以外の異性から初めて告白された時、それまで積み重ねてきた彼女との関係性がいかに脆弱で儚いものであったのかを突きつけられ、いつかこの関係性も崩れ去ってしまう日が来るのではないだろうかと悟った。

 結果として俺の幼馴染みは十七年間という月日の中で、数多の告白を受けることになるのだが、その中の誰ひとりととして了承するに至る人物は現れることはなかったのだが。

 一方、困ったことに、あるいは喜んでいいことなのか、俺もまた特定の相手を作ることもなくこれまでの学生生活を彼女と共に過ごしてきた。そのおかげで、俺達の関係性は揺らぐことなくすくすくと成長してきたが、中学に進学してからというもの、俺は彼女との間に生まれる圧倒的なスペックの差異を強く実感することになった。

 よく言って、学業全般的に平均的な俺はどこにでもいる学生だ。成績も中の上、運動神経も並々、容姿だって整っているほどではない。器用貧乏、学生A、そんな役柄にぴったりな生徒がまさに俺、小田原駿という男だった。

 しかし彼女は違う、いや、音無やよいだけが別格だったのだ。

 俺が端役ならば、彼女に与えられる役柄は間違いなく主役だろう。主人公にして、メインキャラクター。

 常に冷静沈着、勇往邁進な性格、そして彼女が生まれ持ってきた高性能なスペックから、彼女を頼り取り巻くキャラクターは多く存在してきた。

 そして、中学二年の生徒会選挙に推薦され、見事生徒会長に選出されてからというもの、その傾向が今までより顕著に現れることになった。

 今思えば、その頃からだろう。

 圧倒的な才覚の違いを勝手に思い知った俺が、人知れず劣等感を覚え、才能という刃物から傷つけられまいと、周囲と関わることを断ち、自己防衛という殻に閉じこもったのは——。

 それでも俺はある種のプライドを抱き続けながらもがいた。負けるものかと、一度抱いてしまった思いを想起しまいと勉強に注力していった。大好きなゲームもその間絶った。要するに、高校受験に全力を注いだのだ。今思えば、彼女と同じ高校に進学することが一種の負け惜しみだったのだろう。

 かくして俺は、無事中学を卒業し、県内有数の進学校に入学を果たしたのだ。

 そして、高校二年に進級した今では、小田原駿と音無やよいという二人の生徒の関係性を知るものは、校内においてもうどこにも存在していない。


「わかった、明日、伝えに行くよ」


 そう頷いて、結局俺は、母さんの忠告を受け入れることにした。

 明日は第四週目の土曜日だ。

 多くの教育機関は、軒並み休日を迎えているのだが、彼女は余りある彼女自身の才能を買われ、今年の四月に行われた生徒会選挙において映えある副生徒会長に選定されており、明日はその職務に準じることになるのだろうから実際に報告に至ることができるのは早くて帰宅後の夕方頃になるだろう。

 ちなみに、雀宮高校において生徒会役員というポストは憧憬の的となっている。

 県内でも名の知れた新学校ながらに自主性を重じる我が校の校風から、生徒会は学校行事の日程から実施までの運営を一任されているため、日々多忙を極めている。

 しかし、勉学に力を入れる我が校において、そのポストはあまりにも効率が悪い——というか、俺のような常人には荷が重すぎる役所なのだ。

 ゆえに我が校の生徒会は、常々優秀な人材を求めており、選出された人間は必然的に優秀というレッテルを貼られることになる。

 そして、学生の青春という価値有る対価を捧げ、学生ながらに職務をまっとうする彼らには、ある種の報酬として幾らかの特権が認められているのだとか。

 と、そんなことを考えている途中、突如としてリビングに鳴り響く着信音。キッチン近くのサイドテーブルに設置されている固定電話からそれは鳴り響いている。

 気を回し、固定電話機にほど近かかった俺が出ようと動き出す。しかし、


「私が出るわ」


 と、横から割り込んで来た母さんの有無を言わせぬ迫力に圧倒され、ふわりと起き上がった腰を静かに沈めることになった。


「はい、私です。……あ〜、うん、はい、了解です」


 リビング内には母さんの応答する声とその合間に秒針の音だけがこだまする。

 手持ちぶさになった俺が視線を見慣れたリビング内に回らせていると、受話器片手に母さんが何やるこちらをチラチラと見てくることに気がついた。

 ん?俺何かやらかしましたっけ……?

 いわれのない不安に苛まれ、今日の記憶を思い返してみるが、今日も今日とて教室の隅でとても平和な一日を過ごしたはずだ。そもそも俺には、親しいと呼べる友人など存在しないので、諍いや人間関係間におけるトラブルではないはずだ(幼馴染みは例外で)。……って、悲しいかな、自分で言っちゃったよ。


「ではまた明日。うん、はーい、こちらこそよろしくお願いしますね」


 改めて自分のボッチさ加減を思い知っていたと同時に、母さんもタイミングよく受話器を置いたところだった。

 さて、これ以上特に用件もないようだし、俺も自室にこもってゲームを嗜まなければ。

 善は急げとおもむろに立ち上がる。夕食までいくらか時間もありそうだし、何をしようかしら……と、うきうき顔の俺を引き留めたのは一本の着信音だった。

 ブルブルブル……。

 細かなバイブレーションの振動音が聞こえ、そしてそれが俺の右太腿からなるものだと気がついた。

 その音源とは、ズボンの右ポケットから鳴るものだった。


「ん、次は俺か」


 右ポケットからスマホを取り出し、表示された着信番号と着信名を確認する。 


「やよいちゃんだったりして」

「はっは、そんな偶然あるわけ……」


 パタパタとスリッパを鳴らし、冗談めかした口調で近づいてきた母さんの言葉を受け流したところで、画面上に映し出された着信番号と文字列には、どれも見覚えのある番号と名前が映し出されていることに目がいった。

 なんの偶然か、それとも必然か、音無やよいだ。


「なにを躊躇っている、さっさと出ないか」


 親父もどこか食いつき気味でそんなことを言ってくる。しかしその位置から画面は覗けないはずだが……、おそらくただの偶然だろう。きっとすぐに応答しない息子を嗜めているだけだ。


「わかってるよ」


 そう言って、俺は両親から背を向ける形で通話ボタンをタッチすることにした。

 すぐにスマホは繋がった。


『こんばんわ』


 遅れて受話口の向こうから鈴音のように澄んだ声が聞こえてきた。何十年と耳にした声を今さら間違うはずがない。確信する。間違いなく、やよいの声だ。

 しかし夕食前だというのに、彼女の方から電話を掛けてくるのは珍しい。


「どうした?」

『……急にごめんなさい、少しいいかしら?』


 幾ばくかの間を挟んんだあと、受話口から聞こえてきた声色には謝罪の色が浮かんでいた。

 別段、こちらとしても丁度家族会議が終了したところだったから気に止む必要性はどこにもない。


「全然。で、どうしたんだ?」

『そう、それを聞いて安心したわ。けれど時間が勿体無いの事実。だから、単刀直入に言わせてもらうけれど、明日の二時過ぎぐらいに学校に訪れることは可能かしら?』

「明日の二時過ぎか……」

『だめ……、かしら?』


 不安そうな声。

 聞いているこちらがむず痒くなる。しかし、明日は待ちに待った休日。彼女の帰りを待って、自宅で完結できないものかと思ってしまう。だが、やはり揺れる幼馴染みの声を聞いてしまったのがいけなかったのだろう。逡巡したのち、俺の口から放たれた言葉を肯定的な音だった。


「いいや、別に問題はない。了承した」


 途端、受話口の向こうで安堵の声がもれる。


『そう、良かったわ。では次に場所に関連する相談なのだけれど、その……、明日はボードゲーム研究部の部室は使えるのかしら?』

「んー、明日は平沼あたりが顔を出していると思うが……」

『なるほど……。では私が先にそのひら、ひら——ひらなんとか君に場所提供してもらえるか打診しておくわ』

「お、おう。よろしく。あとひらなんとか君じゃなくて平沼な」

『ええ、平沼君ね。わかったわ。それではまた明日会いましょう。あと、壱馬さんと美代さんにもまたご挨拶に伺いますと伝えといて頂戴、ではおやすみなさい』


 そう言って、こちらの返答もろくに聞かず、足早に要件を伝え、幼馴染みは一方的に通話を切ってしまった。その証拠と言わんばかりに、受話口の向こうからは規則正しく鳴り響く不通音が鼓膜を震わしてくる。

 耳からスマホを離し、液晶画面を覗いてみれば1:00となる通話時間に費やしていた時間が表示されていた。

 通話は短時間だったが、その分密度が濃ゆかった。それでいて、用件も、呼び出された理由も開示されていない不確定要素が多い話の内容。今思えば安請け合いするんじゃなかった……やっぱり断っとこうかなぁ。

 しかし、一度引き受けた手前どうにも断り辛いものがある。どうやら無くなってしまったプライドが健在していたのか、はたまた単なる良心からなるものなのか。

 今の俺には知るよしもないが、この瞬間にその事実に気が付けたことが幸運なのか、はたまた気づかなかった方が傷付かずに済んだのかも知れない。 


「だめだ、わからん。めんどくせぇから明日の俺に任せよう」


 今はすべてのことを忘れたい気分だった。

 どうも俺は、幼馴染みの事となると、自分の事が判らない時がある。それとも自分の事だから判らないことが存在するのか定かではないにしろ、そんな事実が既存している原状況に辟易としてしまう。

 そして、普段からそうなのであれば、あれこれ状況が変化する今、俺には自分自身わからないことが増えていき、その広さ、深さが増していっている気がする。

 けれど、それもこれも全て明日にはすべて終わっていることだ。

 だから今、目先の問題だけで間に合っている。

 例えば、母さんの場合。

 スマホをズボンのポケットに入れた瞬間、グイッと体を寄せ、キラキラとした瞳で問い掛けてきた。 


「やよいちゃんだったんでしょ?どんな輝かしい話を語らったのよ。ほら、早く聞かせなさいよ。明日の話でしょ?それとももっと先の未来の話?」


 ……うぜぇ〜〜。

 例えば、親父の場合。

 腕を組み、ソファーの上で泰然とした様子で憶測を述べている。


「いいや、母さんはわかってないよな、息子よ。だが親父の俺ならわかるぞ!さてはやよいちゃんのスリーサイズの話だな」


 ……頭大丈夫かこの親父……。

 結局、昨晩の俺が一番知れ得たいのは、息子とその幼馴染みとの通話を執拗に訊いてくる母さんと、デリカシーの低さが傷の親父の更生の仕方とかだったかも知れない。

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