魔女を愛した王様
この国には魔女が1人おりました。
かつてこの国を混乱の極みに陥れ、大地を揺るがし天空を暴れさせ人々を陥れた。
そんな魔女の長い呪いのような惨劇を止めたのは、先代の王様でした。
王様は魔女を捕まえるのにとても苦労しました。それ故に、魔女を捕まえた後、敢えなく病気でお亡くなりになりました。
先代の王様には小さな子どもがおりました。大切な一人息子です。名をハーネスト。それは後に次期王様となる逞しい男の子でした。
ハーネストは幼き頃から牢に繋がれた、魔女を見て育ちました。
父からは決して許すべき存在ではない悪であると、そして母からは災いの種であると。
ハーネストは幼き心に思いました。
──美しい……と。
ハーネストは魔女に小さな野草を差し入れました。それは綺麗な紫露草でした。
魔女は何も言わずそれを眺めました。ハーネストは紫露草を見付ける度に魔女の牢へと差し入れました。
ハーネストがこっそりと紫露草を魔女へ渡していることを牢番から知ったハーネストの母親──女王は、直ぐにそれを止めさせ、ハーネストが牢に近付くことを禁じました。
ハーネストの部屋には、摘んだままの紫露草が大量に溢れるようになりました。
それから10年後、ハーネストも立派に育ち、ついに王の座に就くこととなりました。
ハーネストの戴冠式は、それは見事な物でした。
そして、式典を終えたハーネストは、地下牢へと向かいました。
「魔女を出してやれ」
ハーネストが牢番に言います。牢番は戸惑いました。
「王たる私の命令だ。今すぐ出してやれ!」
牢番は慌てて魔女の拘束を解きました。
「お待たせして申し訳ない……」
しかし魔女は座り込んだまま動こうとはしませんでした。
「私は、かつて幼少の頃に貴女を一目見て、美しいと感じました。そして同時に疑問に思ったのです。……諸悪の根源ならば、何故生かしたままにしておくのか、と」
「…………」
魔女はハーネストを一目見ましたが、直ぐに目を逸らしました。
「貴女を殺せない理由がそこにあるはず。数年前から私は密かに其れ等を調べ始めました」
魔女はスッとハーネストに背を向けました。
「父の──先代の王はまるで呪いに掛かったかのように不思議な病に罹りました。もしそれが貴女の呪いならば、当家は貴女を速やかに死刑にしていた。しかし貴女は現に今でもこうやって生きている。つまりアレは父が望んで起きた結果と言う事です」
「城の古い図書館に一冊の記録が残されていました。かつてこの国……いや、この世界は一度ならず二度、三度と滅びる運命にあったそうです。空から巨大な岩が落ちた。大津波が押し寄せた。地面が大きく避けるほどの大地震が襲ってきた……。しかし、人々は今でも懸命に生きている。その影には1人の魔女の存在があったからだ」
「…………」
魔女は小さな背中を、膝を曲げて更に小さく丸めました。
「この世界が滅びるほどの大災害。それを貴女は神秘たる力で薄めたのです。まるで即死する毒を薄めて飲むように、小さな災害で少しずつ放出していたのです」
「……だからなんだい? それが私ってかい? 馬鹿馬鹿しいね……」
魔女がようやく口を開きましたが、直ぐにまた口を閉ざしてしまいました。
「この世界にも人が増え、より災害が脅威となった。だから……先代の王は1人でその災害を──濃い毒を飲んだ!! 何故なら幾ら神秘たる力を持った貴女でも、災害を薄める力には限界があったからだ……」
「…………もう、それ以上何も言うな」
魔女の肩が震え出しました。ハーネストは上着を脱いで魔女の肩へと掛けました。
「幼馴染みで婚約者の女性が、私の子を身籠もっている。一つお願いを聞いてくれないか?」
「聞かぬ……絶対に……聞かぬ…………」
魔女の声が涙混じりに答えます。
「これから生まれてくる子どもには同じ道を選ばせたくない。だから、私にありったけの濃い毒を飲ませてくれないか?」
「…………お、親子で同じ事を……い、言うな……ううっ!」
ハーネストが魔女の顔を覗き込むと、その顔は涙でぐしゃぐしゃになっておりました。
「すまない。貴女には辛い役目ばかり…………」
「…………ううっ、うっ!」
それから程なくして、ハーネスト王は病に倒れました。
葬儀には沢山の人々が押し寄せ、生まれたばかりのハーネスト王の息子は、その小さな手を父の最期を看取りました。
──ギィィィ
「……母上、あれは?」
「長くこの牢に閉じ込められている魔女です。決して近付いてはいけませんよ?」
「はーい」
小さな男の子は、魔女がいる牢へ蒲公英の花をそっと置いて、母親と共に去りました。
空はとてもよく晴れており、実りよく、平和な暮らしは、後100年は続きそうでありました。