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前編


「……んっ?」



 じっとりとした熱帯夜特有の不快さに目を覚ます。

浦河 智也( うらかわ ともや)は眠い目を擦りながら見渡すと、そこは良く見慣れた最寄り駅の地下鉄ホームだった。目の前には線路が1つ、そして背後には壁。1路線しかない小さな地下鉄のホーム。ただいつもと違う所は普段ならば乗換駅と言うこともあり人が必ずと言って良いほど居るのと、非常灯程度しかついていないためにかなり暗かった点である。



(……あれ、酔って寝ちゃってた?)



 ネクタイを緩め、スーツの上着を脱ぐ。

そして頭を振って記憶を辿るが、最後の記憶はしっかりと布団に潜って就寝する己の姿であり、スーツ姿で駅のベンチに寝ている今にはどうやっても繋がることなどなかった。



(……夢遊病? いや、スーツを着て通勤鞄まで持って? おかしいよな?)



 智也はじっと暗がりの奥を見ながら考えるが、答えは出ない。

”まずはここから出ること”、それを1番に考えてベンチから立ち上がる。




(……暗ぇな)



 いくら考えても仕方がない。

スマートフォンを明かり代わりにするためにポケットをまさぐるが、中は空っぽ。脱いだスーツも通勤鞄の中も探るが中は空。明かりになるようなものなどない。舌打ちをして、暗がりに慣れた眼を頼りにして一歩、また一歩と歩き出す。




(スマフォも家の鍵もないとかやべぇな。俺が見落としてて鞄の奥底に突っ込んでないかな?)



 チャリン。



(んっ……?)


 

 持って歩く通勤鞄から小さく鳴った金属音。再度、確かめるように小さく振る。



 チャチャリンッ。



 また、鞄から小さな金属音がなる。



(……?)



 智也は首をかしげながら、通勤鞄の留め金を外す。

外した瞬間、手が滑って通勤鞄は床に落ちて”中身”がタイルの上を滑る。



(……あれっ?)



 先ほどは確かに空だったはずの通勤鞄。

しかし、目の前には先ほどまで探していたスマートフォンと『トミーイルフィガー』のキーケースが鞄から転がり落ちていた。




(……おかしいな。さっきまではなかったのに)



 キーケースをズボンのポケットにねじ込み、スマートフォンを手に取る。スマートフォンのライトを起動させて鞄の中を見るが空っぽであった。『暗くて見落としていた?』釈然としない気持ちになりながらも、取りあえずは光源を手に入れられたことに安堵する。

そして転ばないようにスマートフォンのライトを翳しながら、地下鉄のホームから出るための昇りの階段へと脚を向ける。ライトを翳すと、遠くに階段があるのがうすぼんやりと見える。一歩その階段へ脚を向けた瞬間、足の裏から伝わる”ヌチャリ”とした違和感。なんとなく足下の正体を想像しながら足を上げると、べったりとガムがくっついていた。



(うわ、最悪)



 ガムを取るために靴底を地面へとこすりつけ、智也は階段へと歩き出す。

手に持つスマートフォンのライトではまり頼りにならず、自分の発する足音でさえ不気味さを纏う。普段は喧噪に包まれて気にも止めたことなどなかったが、革靴でタイルを歩くとここまでホーム内を響くのかと感心してしまうほどであった。



(……あれ、そういえばこんな所に階段なんてあったっけ?)



 そんなことを考えながら地下鉄のホームから出るための階段を一歩、また一歩と上がっていく。

暗い階段を踏み外さないように手すりを右手でしっかりと握りながら”上”を目指す。そして階段を上りきった光景に哲也は眼を見張る。



「……っ。なんで」



 先ほどまで居たホームとまったく同じホームが広がっていた。

ふと、気がついてホームの現在地表示を見る。そこにはホームの表示と”B1F”の表示であった。



「おかしい、おかしいっ。この駅に地下2階なんてないぞ!」



 普段のパソコンとにらめっこ生活が響き、脚はもつれて心臓はバクバクと早鐘の様に胸を打つ。

そして”次の”階段を大急ぎで昇る。だが、目の前に広がるのはまた先ほどと同じ薄暗く誰も居ない地下一階のホーム。何度も、何度も階段を昇り、ホームを走り、階段を昇る。



「うぇっ」


 哲也は見てしまった。走り抜けるホームの途中に落ちた引き延ばされたガムを--先ほど踏んで靴底を擦った跡を。

それを見て理解する。先ほどから同じホームをぐるぐると回ってしまっているのだと。




(はぁはぁ……も、もう走れない)



 息は切れ、脚は疲労から痙攣する。

そしてまるで長距離を走り終えたランナーのようにホームの途中で崩れ落ちる。汗でべったりと白いシャツが肌に張り付き、額からは大粒の汗が地面のタイルを濡らす。



(……喉、乾いたな)



 哲也はふと、混乱した頭で思い浮かべる。

蒸し暑さ、そしてその中を全力疾走したために汗が止めどもなく流れたために、喉が焼き付くように渇く。ホームを駆け抜けたときに視界に自販機は眼に入っていたが、証明は落ちて完全に沈黙していた。そもそも財布すらもっておらず、どちらにせよ自販機で飲み物など買うことは出来なかったのだった。



(お茶か、スポーツドリンク飲みたい)



 コツッコツンッ。



「……っ!?」



 無音のホームに響く何かが落ちた音。哲也は恐る恐るその音の発生源の方へと

そこには500mlのペットボトルが2本、転がっていた。そしてそれを手に取ると、それは哲也が先ほど望んだお茶とスポーツドリンクと表記されており、蓋を開けて中の臭いを嗅ぎ、少しだけ舐めてみる。ただのお茶とスポーツドリンク、それが中身を舐めた感想であった。



(なんで、急に飲み物が出てきたんだ? まるで”夢”みたいに脈絡がなさ過ぎるぞ?)



 そこでふと哲也は思いつく。

ここは”明晰夢”ではと。現実のような夢の世界、自分の思い通りに成る世界。そしてその思いつきを実行へと移す。



(あの高級車、憧れだったランボルギーニに乗ってみたい!)



 ドスリッ。

背後から重たい音が狭いホームを響く。智也は期待しながら振り向くとそこには智也の想像したとおりのランボルギーニが置いてあったのだった。



(マジかよ……最高じゃねーか!)



 智也は先ほどまでの恐怖はどこへやら。

期待に胸を打ち振るわせながら、ランボルギーニの運転席のドアへと手を掛けるのだった

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