78. “ポリン草”の採集
「――ニアさんの魔力値は“87”ですね。これで登録は終了です。証章を用意しますので、お待ちくださいね」
「…………(コクリ)」
何時ぞやの魔導具から鉄板を引き抜くと、フローラリアは手早くニアの名前を彫っていく。
目盛りを見るに、最大は“100”――数値としては高いと思うが、実際はどの程度なのだろう。
「なあ、フローラリア。魔力値って、基準はあるのか? 上手く言えないが、この魔力値なら何を目指せる、みたいなものはあるのか?」
「基準、ですか。そうですね……魔力値が“50”あれば、最高位の魔術も難なく顕現できると言われています。他には、人族の最低魔力値は“1”、魔人族は“30”とされていますね」
「へえ、じゃあニアは一番上も目指せるのか。よかったな」
「…………(モジモジ)」
「そうですね、適正があれば可能です」
「……適正?」
「…………?(コテン)」
曰く、魔術は主に三種類に大別されるという。
属性魔術――物質界における元素に干渉し、魔力により事象を構築、顕現する。
<火>、<水>、<風>、<土>という四種の魔術的元素、そこから派生した二元素、三元素、四元素属性が存在し、“色魔術”とも呼称される。有効範囲が広いため、いわゆる“魔術による攻撃”は属性魔術が用いられる場合が多い。
無属性魔術――物質界における、元素を伴わず、魔力により誘起される事象を顕現する。
別名“無色魔術”。魔力を構成する魔素=第五の魔術的元素という論説もあるが、基本的に属性魔術とは別に考えられる。<結界>や<身体強化>といった魔術の他、治癒魔術や錬成魔術を始めとする“元素適正なし”の魔力が重要な魔術も分類される。
鏡面魔術――物質界における元素も魔力も伴わない事象、または、物質界には存在しない“異界”を介在する事象を構築、顕現する。
古くは“物質界ではありえない”という意味から“鏡面”魔術と呼称される。上記二つの魔術が物質体や物質界に作用するのに対し、鏡面魔術は精神体や魂、鏡面世界を含めた“異界”に干渉する魔術が多い。<光>、<闇>、<混沌>など物質界では直接干渉し得ない特殊属性、契約魔術、召喚魔術などが分類される。
「例えばニアさんの適正が属性魔術の<火>と<水>であった場合、<火>、<水>、派生の<雷>の最高位魔術を習得できる可能性は十分にあります。一方で<風>、<土>は適正がないので、基本魔術の習得も難しいでしょう」
「適正の有無でそこまで違うのか」
「…………(ウーン)」
「全くの“0”、というのは珍しいですけどね」
突出したものがいくつか、それ以外は平均値より少し下、というのがよくある傾向らしい。また、突出は三つの魔術分類のうちの何れかに偏っている場合が多い、とフローラリアは続けた。
「ただしニアさんの場合、仮に苦手分野であったとしても、常人以上の適正がある可能性が高いです。魔力値と適正値は比例する傾向があるので」
「……つまり、魔力が一番大切だと」
「はい。魔力は資質によるところが大きく、魔力値を上げるにも限度があります。そういう意味でも適正以上に重要ですね。適正は修練によってある程度は補強できますから――苦手分野の補強より、得意分野の向上を目指すのが一般的ですが」
「まあ、そうなるよな」
魔力値の成長限界は“+5”が一般的らしい。ただし、素の魔力値が高いほど上がり辛いと――魔力値と実際の魔力量は、単純な比例関係ではないのかもしれない。
「ちなみに適正の診断用紙はギルドの売店で購入できますよ」
「この後は外に出るから、また今度にするよ。いろいろ為になった、ありがとうフローラリア」
「いえいえ、未来ある子供のためですから――ニアさんは従魔様とも仲がよろしいようですし」
「…………?(コテン)」
フローラリアの視線の先――ニアの雲のような尾に埋もれて爆睡するエナの姿があった。この精霊、ニアの尾の寝心地に取り憑かれてしまったらしく、すっかりお気に入りの寝床扱いである。
本当に、フローラリアはブレないな――いつの間にか証章を完全させていた美貌の職員に、セレは乾いた笑いを浮かべる。
「はい、これがニアさんの証章です。仮ですが、あなたは今日から狩猟者ですよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルドの依頼には“常設依頼”というものがある。需要が高いもの、値崩れが起きにくいものなどの狩猟・採集が対象で、ポリン草もその一つである。
ポリン草はボレイアス大陸の平原部に広く分布しており、根を残しておけばいくらでも生えてくる。栄養はさほどないが、小腹を満たすにはちょうどいいので、子供達がおやつにと採りに来るのだという。
(……長閑だなぁ)
城壁周辺はデアナの子供達の狩場である。東門を抜け、街道を歩いてしばらく。抜けるような青空に緑の草原、眠気を誘う柔らかな陽光に春のそよ風。草原を駆けては伏せる子供、食後の朝寝で元気いっぱいの精霊――実に平和な光景である。
ギルドで借りた大袋を片手にニアが駆ける。ポリン草を見つけてはしゃがみ、エナと二人で摘んでいく。口が空になれば摘みたてのものを放り込み、揃ってポリポリと音を立てている――生のポリン草はほんのりとバターのような風味がある。食感と併せて癖になる味だ。
子供等に合わせてのんびりと移動する。平原には普通の獣と小型の魔物がいるらしく、遠くにそれらしい姿も見える。しかし、警戒しているのか近付いては来なかった。
(にしても、意外と動けるんだな)
本の虫から一転、息を切らせることもなく、軽快に草原を駆け回っている。繊細そうな外見とは裏腹に、なかなか体力はあるようだ。
ニアは外見だけで判断すると獣人族と妖魔族の混血だ。獣人族は人族の中では身体能力などに優れる反面、魔力は低いらしい。混血故に魔力は参考にならないが、身体能力は獣人族相当ということか――。
「――……ん?」
群れ、小型、四つ足。草原の向こう、森の方から――やけに慌ただしい。強者に追い立てられた獣か何かだろうか。
「エナ、ニア、森から群れが来る。下がってろ」
「…………? …………っ!」
『群れ? ……エッ、こっちに来んのか!?』
エナ達と森との間に跳び、重剣を抜く――速い。蹂躙された草木の悲鳴が、すぐそこまで迫っていた。
――……ザザザ――ザンッ!
「「「「「ピュギィィィィィッ!」」」」」
森を割き、眼前に現れたのは躍動する“筋肉”。体高3メートル程の肉々しい巨豚の群れが、草原の緑を捲りながら、脇目も振らずにセレを目掛けて押し寄せた。




