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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
駆け出し狩猟者
8/80

7. 無職(暫定)

『俺の設定はこうだ。“魔術を使える魔物で、魔術でセレをサポートしてる従魔”。最初から魔術を使えることにしとけばやりやすいと思うんだよ』

「魔術? 魔法じゃないのか?」

『魔法を使えるのは精霊くらいだからな。魔術ってのは……そうだな、魔法を誰にでも使えるように簡略化したような感じだ。魔法を再現しようとして作られたが、魔法には及ばない。逆に言えば、魔術にできて魔法にできねえことはねえんだ』

「なるほどな。いいんじゃないか? 私は魔法……じゃなくて、魔術は使えないんだから、それを助けてもらってるみたいな感じで」


 走り続けること三日。

 森を抜け、眼前には突き抜ける青空。遥か遠く、なだらかな丘陵の先にあるのは城壁――間違いなく人の築いたもの。

 エナにとってもセレにとっても“初めての町”である。


「じゃあ行くか」

『おう! ……っていうかよ、セレ。すっげえ平気そうだから今まで気付きもしなかったが、お前大丈夫か?』

「ん?」

『だって三日も走ってたんだぜ? その辺の木の実とか水しか口に入れてねえし、寝るのも木に(もた)れてちょっと寝るだけだったしよ。それ以外ずっと走ってただろ』

「いや、むしろ森の中を移動中だって考えるとかなり快適だったぞ。仮眠は取れるし、魔物だの魔獣だのは襲ってこないし、<浄化(ファイプリス)>だったか? お前の魔法のおかげで不快感もなかった」


 これは事実である。長期間巨獣の領域で活動する際、何が一番嫌だったかというと“不潔”から来る不快感だ。代謝をコントロールして熱量消費や発汗などを最低限に抑えてはいるが、食事や睡眠と違って汚れだけはどうしようもない。それが無くなるだけでかなり快適な道中だった。

 エナは村や森に訪れる人々の魔術を観察し、魔法で再現したようで、なかなかに実用的な魔法を使えるらしかった。


『……まあ、移動はお前に任せっぱなしで、夜はしっかり寝てた俺が言えることじゃねえけどよ』

「どんな状況でも寝れるのはいいことだ。巨獣は血の気が多くて、かち合えば即襲われるからな。慣れてるんだよ、いろいろと」

『やっぱセレの故郷怖ぇよ……』

「ほら、もう行くぞ。心の準備はいいのか?」

『おっ……おうっ! よっしゃあ乗り込むぜぇ!』

「カチコミみたいになってんぞ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ちょっといいかな」


 ――早朝。

 不審な者が紛れていないか、門を通る人々に目を光らせていると、ふいに声を掛けられた。


「魔獣に襲われて、その時に貴重品が入った荷物がどこかへ飛んでいってしまったんだ。町に入りたいんだけど、あいにく財布も失くしてしまって」

「それは……災難でしたね」


 央人族(えいじんぞく)の少女だった。ところどころ跳ねた薄紫の髪に、くりくりとした大きな目。いかにも困ったといった顔をしているのを見ると、見舞われたらしい不運以上に同情が増す。


「町に知り合いはいますか? 入門税を立て替えてくれる方に心当たりは?」

「それなんだが、手持ちを換金することはできないかな。実は森で採集をしてたんで、それを換金すれば足りるかもしれないんだ」

「ああ、そういう事でしたら対応いたしますよ」


 小動物じみた見た目と男勝りな所作のそぐわなさに、なぜかそれほど違和感を覚えないのが不思議だった。

 ともかく、こういう対応なら時々ある事だ。同じく警備担当の同僚に一声掛け、少女を応接室に案内すると、物品管理担当の同僚を呼ぶ。


「買取に対応してほしいんだ。財布を失くしたらしくて」

「ああ、なるほど。わかったよ」


 同僚も心得たものである。帳簿を持った彼と共に少女の待つ応接室に向かうと、少女は無事だったらしいウエストポーチを漁っていたようだった。


「換金をしたいとのことですが、品はどちらに?」

「ああ、これなんだけど」


 少女が取り出したのは、少女の手のひらより小さい巾着と包み二つだった。採集をしたと聞いていたが、あまりにも量が少ないのでは――そう思っていると、少女が背後に目をやり、「エナ、頼む」と言った。

 すると、少女の背からひょいと白い何かが飛び出てきた。白い鳥、否、魔物だろうか。見たことのない生物はぴゅい、と鳴くと、先程少女が取り出した二つに触れる――ふいに光が溢れた。


 これは、魔術――? 驚いている間にも目の前の光景はみるみる変化する。

 机に並べられた荷物が大きくなっていく。それはあっという間の出来事で、気が付けば机にあったのは、少女の鞄より大きな巾着と大包みだった。


 こちらが固まっている間にも、少女は気にすることなく包みを解いていく。

 開かれた大包みには採集したであろう植物、花、木の実、茸などがそれぞれ束にされていた。巾着からザラザラと転がり出るのは水晶に鉱石。隣を見ると、品質確認も担当する同僚が目を見開いて固まっていた。


「どうだろう、買い取ってもらえるか?」

「あっあの、一体どこで採集を? というかさっきの<質量変化>は……」

「ボレイアス大森林。この町から一番近いだろ?」

「い、いえ、確かにデアナは一番ボレイアス大森林に近い町ですが、これらはその深部で採れるものでしょう? 深部には怪魔もいるはずですが……」

「あー……多少腕に覚えがあってな。あと、こいつもいろいろ助けてくれて、危ない奴は避けてるんだよ」


 立ち姿では少女の背に隠れて見えなかったが、ソファーには少女の座高より長い剣が立て掛けられていた。話題にされた魔物は従魔なのだろうか、ぴゅいぴゅいと鳴いて機嫌がよさそうだ。

 ボレイアス大森林の深部といえば、行って帰ってくるだけで数か月は覚悟しなければならず、採集目的だとしてもその難易度は非常に高い。何より、大陸の北を覆うその広さ故に、目当ての物のある場所を探し出すこと自体が困難だ。


 そして、深部に挑むのであれば必ず警戒しなければならない存在。

 怪魔――魔獣よりもさらに強大な存在。ボレイアス大森林に近く、強者の集まるデアナにおいてもその脅威は広く知られている。

 魔力抵抗が高く、生半可な魔術や魔力強化した武器は通じない。魔術を使う個体も多く、巨体から繰り出される攻撃はまともに喰らえば致命傷。複数人でパーティーを組んで向かうのが定石のはずだが、この小柄な少女は単独で深部へ乗り込んだというのか。


「こいつは私の従魔なんだけど、さっき見た通り魔術を使えるんだ。おかげで普通より楽に採集させてもらってるんだよ」

「魔術を使える従魔とは……魔獣以上だと魔術を使うものもいるとは耳にしたことがありますが、初めて見ました」

「こいつは魔物だよ。戦いには向いてないが、器用な奴なんだ」

「なるほど、優秀な従魔なのですね。事情は理解しました、それでは検品いたしますね」


 同僚が測定器を片手に一点一点検品をしつつ帳簿を付けていく。書き連ねられる品々に添えられた数字に目を見張った。


「買取額はデアナの時価になります。遠方の町に行けばより高く換金できるかと思いますが、全て買取でよろしいですか?」

「んー……ちなみに、全部買取だとどれくらいになるんだ?」

「そうですね、どれも状態、品質共に非常に良いものなので……」


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【サニアの実】 500(個)×37

 【彗恵樹の実】 125,000(個)×3

 【聖青香】   21,500(本)×14

 【妖紅花】   20,000(本)×10

 【灰輝石】   5,000(個)×15

 【封魔水晶】  30,000(個)×7

 【翠耀石】   17,500(個)×9

 【月虹珠】   35,000(本)×10

 【鈴雫】    75,000(本)×3

 【魔耀草】   50,000(本)×12

 【イリオネ茸】 4,500(本)×5


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「合計125品で253万4500カロンになります。深部で採れる最高品質であることに加え、保存状態も素晴らしい。<状態保存>も同時掛けできるなんて本当に器用な従魔ですね」

「……えーっと、実は私は田舎の出なんで、こんな大きな町に来たことがないんだ。参考までにこの町の物価……外食一回分の食費と、最低ランクの宿の金額を、大体でいいから教えてもらいたい」

「そうですね……屋台や大衆食堂などで済ますのであれば、一食500カロンあれば十分でしょうか。宿なら3000カロン程度からあったと思います。ただ、安い宿は宿屋街でも歓楽街寄りの場所が多くて夜も騒がしいかと」

「なるほど…………参考になった。買取は半分にしてほしい。買取数の端数は切り上げで頼む。……あ、サニアの実ってのは売らずに取っておくことにするよ」

「わかりました。では――」


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【彗恵樹の実】 125,000(個)×2

 【聖青香】   21,500(本)×7

 【妖紅花】   20,000(本)×5

 【灰輝石】   5,000(個)×8

 【封魔水晶】  30,000(個)×4

 【翠耀石】   17,500(個)×5

 【月虹珠】   35,000(本)×5

 【鈴雫】    75,000(本)×2

 【魔耀草】   50,000(本)×6

 【イリオネ茸】 4,500(本)×3


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「合計47品で買取金額は138万6500カロンとなります。書類と代金を用意してまいりますので、しばらくお待ちください」

「わかった、ありがとう」


 同僚が応接室から出ていく。少女は膝に乗って騒いでいる従魔に構いつつ、一息ついたようだった。


「凄い金額になりましたね……あれだけあれば、しばらくは働かなくてよさそうですよ」

「無事に入門税も払えそうでよかったよ」

「はは、そうですね。そういえば、証章(バッジ)も失くしてしまったんですよね? 狩猟者(ハンター)ギルドならここを出て大通りを進んで、最初の大きな分岐路で右手に曲がってしばらく進めばありますよ」

「ハンター? バッジ?」

「…………あれ? もしかして狩猟者(ハンター)じゃないんですか? てっきり証章(バッジ)も失くしたから入門税を払って町に入ろうとしたのかと……」

「…………いや、私はハンターじゃないよ」


 くつくつと、可笑しそうに笑う。

 幼さを僅かに残した顔で、まるで人生の哀歓を知り尽くしたような大人びた表情を浮かべる少女。頭が軽く混乱する。

 年下とばかり思っていたが、実は年上だったりするのか――? 思わず無言を返してしまうと、少女は口端を緩めたままこちらを見た。


「――そうだな、あえて言うなら……()()ただの無職だよ」



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