76. 混血
混血の特徴として、何よりもまず膨大極まる魔力が挙げられる。
魔力のある動物は本能的に自分以外の“魔力のあるもの”を恐れるが、混血はその魔力の高さ故、そこにいるだけで周囲を威圧し、遠ざけられる。
次に、並外れた生命力。一般的に魔力が高い生物は寿命が長く、老化も遅くなるが、混血はその魔力故に不老に限りなく近い。食事・睡眠等の生命維持活動も必須ではなく、己の魔力で賄うことができる。
そして、その容姿。混血は総じて美しい容姿を持つ。魔力の高さは容姿の美しさと比例する傾向にあるが、混血はその魔力の高さを体現したかのように、いっそ人外じみた整った形貌を持つ。
最後に、その存在。混血は出生自体が極めて稀である。そのうえ膨大な魔力のせいで未成熟期は不安定になりやすく、最悪の場合“存在崩壊”を起こして己の魔力に身を砕かれ、力尽きる。
――圧倒的捕食者側である故に、何もなくとも一方的に恐れられる。
――魔力で賄える故に、食事は摂らなくても健康上は何の問題もない。
――整いすぎた容姿故に、感情が乗らなければ無機質な人形じみている。
――稀な存在である故に、不埒な欲望に晒され、危険な目に合う。
(――……なるほどなぁ)
いろいろと腑に落ちる。
全ては膨大な魔力故に。ゲオルグや受付嬢の態度も、イアンとマレナの応酬も。
「ニアさんは穏やかな気質に見受けられましたし、一時的に混乱し、不安定になっていただけなのでしょう。セレさんに再会して心が落ち着き、影纏に収まる程度に魔力が鎮まったと考えられます」
「まあ、目が覚めて知らない場所だったら、混乱してもおかしくないか」
「違うんです、あの子の精神状態を不安定にさせたのは、私共に責任があります――警戒するあの子に怯えたり……“家に帰れる”などと、追い打ちを」
マレナが細い声を漏らす。それを見たイアンは、先の言い争いなどなかったかのように「知らなかったんならしょうがねえだろ」と掬い上げた。
「<開心術>で賊に吐かせた話じゃ、あの子供……ニアはユスティア連邦国の出身だ。化け物扱いで村の端に追いやられてたのを、賊の頭目が買い取ったそうだ。あっちはトゥルサと違って閉鎖的だからな」
トゥルサ共和国の東の隣国、フォルテナ帝国を挟んでさらに東にユスティア連邦国はある。ボレイアス大陸は北大陸の雄たるフォルテナ帝国によって平穏を保たれてきたが、それを不服とした獣人族の部族が結集し、帝国一強の現状に対抗しようとしたのが始まりである。
争いを嫌った者達が集まり、共に築き上げたトゥルサに対し、対外的な体裁のみ取り繕い、その実は常に緊張状態が続いているのがユスティアだ。敵の敵は味方――フォルテナに対し不満があるという一点のみで繋がっている連邦国家である。
「化け物を囲ってた村だと流布されたくなければ……なんて脅したらしい。村の連中は村の近くに来た魔物をニアに狩らせてたみたいでな。化け物と呼びながら都合よく利用してたってわけだ」
「村でははずれ者にされてたうえに売っ払われ、保護された先では村に戻されると言われ、逃げ出したと――“売り物”だから身綺麗な恰好だったのか……ん? 売り物なのに、髪をああしたのか?」
「おそらく、賊に切られたのでしょう。髪には魔力が宿ります。混血の髪ともなれば、それを切るだけで相当な魔力を得られるでしょう」
魔力が高い人は髪が伸びるのが早い。魔力を蓄えるという意味もあり、魔術士などは長髪が多い、とフローラリアは続けた。
言われてみれば、杖を持った人々は長髪が多かった気がしなくもない。セレは道行く魔術士達を思い出した。
「ニアさんの場合、髪を切られたうえに封印されていたので、抵抗する力を削ぐ意味合いもあったと考えられます」
「……確かに、妙にぼんやりしてたな。っていうか、封印って」
物騒な魔術もあったものである。セレが顔を顰めていると、神妙な顔で押し黙っていたマレナが口を開いた。
「セレさん。無理を承知で、あなたにお願いしたいことがあるのです」
「なんだ?」
「子供を……ニア、さんを、預かっていただけないでしょうか」
「ニアさんの今後がどうなるにせよ、本人のためにも“人に慣れる”ことは避けて通れません。今までの環境を考えると、容易なことではありませんが……セレさんの傍なら、落ち着いた状態で人との関わり方を学べるのではないかと思うのです」
「私共では、名前さえ聞き出せなかったので」とマレナは付け足す。
預かると言われても――落ち着いたニアの様子を見る限り、聡い子供のようだったので、孤児院なり何処なりやっていけそうなものだが。
「まあ、現状打てる手はそんくらいだわな。掛かる費用も報酬も上に出させる。セレ、頼めるか?」
「私はそう遠くないうちにデアナを離れるぞ。それに、一応は狩猟者なんだから、付きっきりで子守りなんて無理だろ」
「一応ってなんだよ銀等級。狩りに出るならギルドで預かってもいいし、デアナを離れるまでの間だけでいいからよ」
「……中途半端に馴れ合うのは、良くないだろ」
子守りの経験がないとは言わない。ニア自身も大人しく、セレの地雷を踏むような弁えない子供ではないだろう――だが。
下手に慣れ合えば、別れが重くなる。いざ離れるとなった時、却ってニアの心の負荷になるのではないか。今まで孤立してきたのなら、尚更。
「ニアさんが自ら会いに行ったという点が重要なのです。あの子はすでに、あなたを拠り所と捉えている。それを、あなたは恐れなかったのでしょう? あなたは私共とは違って、ニアさんをただの子供として受け入れた」
「ただの子供って、子供は子供だろ」
「混血をそう捉えるのは容易ではありません。現に、私共はあの子を恐れました。心だけでは、どうにもならなかったのです」
戦えない看護師達が恐怖するのは仕方がないと思うが――精霊は見逃され、人は恐れられるのは、本質的にはおそらく“生物の本能”の問題だろう。
精霊は文字通り“生物として格が違う”故に、互いに眼中にない。精霊はいい意味で単純で攻撃性もなく、人は警戒する必要もない――本能的に感じるとしたら恐怖ではなく、“自然”に対するような畏敬。
対して、混血は一応は人の枠に収まっているので、人にとって警戒すべき範疇にいる。故に、人は本能的に恐怖する。だから混血は反射的に威圧する。己を守るために、未熟ならば尚更。
「幼い混血は存在自体が不安定なのです。引き取って、とまでは言いません。せめて、時間が許す限り傍にいてくださいませんか」
「銀等級なら後見人にもなれるし、できれば引き取ってもらいたいとこだがな」
「おい、要求を増やすな」
「お前もニアも、賊に狙われたモン同士で固まってた方がいいと思わねえか? デアナを出るっつっても、今日明日中に出るってわけでもねえんだろ?」
「…………」
イアンの含み笑いが総長と被って仕方がない。さりげなく人の良心を突いてくるいやらしさも――握り拳を解きつつ、セレは深く息を吐いた。




