75. 暗闇ギルドと魔力狩り
「失礼します。セレさんをお連れしました」
「フローラリア、今は――」
「ギルド長とマレナさんの用談に関わることについて報告もあります。一度着席いただければ」
部屋の主であるギルド長を詰めるようにデスクに前のめりになっていたのは、獣人族、羊の角と耳を持つ羊人の壮年の女性。
臆せず入室してきたフローラリアに、イアンと揃って呆気に取られたような顔を並べている。セレをソファーに案内すると、フローラリアは続けて「こちらにお掛けください」とソファーへと促した。
「ギルド長もこちらへ――の前に、まずは懸念事項について解決しておきましょうか。治療院から消えた子供に関してですが、セレさんが連れてらっしゃいました」
「えっ――」
「はあっ?」
「セレさん。会いに来た、と仰っていましたが、もう少し詳細を伺っても?」
「ああ――二時間ほど前に魔導具店で会った。どうも魔力が原因で周りがおかしくなってたから、影纏をその場で付けさせた。で、なんで会いに来たのか聞いてみたが、本人もよくわからないらしくてな。とりあえず広場の屋台巡りに一緒に連れて行って、そのまま今だ」
「――なるほど、ありがとうございます。……というわけで、件の子供は現在、すぐそこの休憩室にいます。詰所に連絡する必要はないかと」
間の抜けた顔をしたまま数拍、二人は妙に脱力した様子でソファーに移動した。
議長席にどかりと腰を下ろしたイアンは、長く長く息を吐く。女性――マレナも呆けた様子で、力無くソファーに掛けた。
「子供は無事なのですよね……?」
「特に怪我もないし、普通に屋台飯を食べてたぞ」
「ああ、食事もできたんですね……保護してくださってありがとうございます」
マレナの言に、ニアの様子を思い出す。
体格の割によく食べるとは思ったが、食事をしていなかったのか――健康そうに見えたが隠していたのか。あの年頃の子供が、セレにも勘付かせずに?
「さっき治療院から消えたとか言ってたな。あいつは治療院にいたのか」
「先日の事件の被害者の方々は、皆様違いはあれ衰弱が見られましたので、基本的に治療院で保護されています。現在は身元の確認中ですね」
「ふぅん……肉も普通に食べて、元気そうに見えたんだけどな」
「その件については――ギルド長、まずは用件を済ませては?」
「そうだな、短い方から片付けるか。セレ、先に事件の経過報告からさせてくれ――とその前に。セレは今回の事件の被害者の一人で、例の曲芸団をぶっ潰した張本人だ。マレナは治療院で看護部長をやってる、俺との付き合いも長い看護師だ」
イアンの紹介に簡単に名乗り合う。狩猟者ギルドは北西通り、治療院はすぐ隣の北東通りにある。需要と供給、懇意であるのは容易に想像がついた。
「まだ尋問の途中だが……賊共は暗闇ギルドっつう犯罪者集団の下っ端で、人や希少な従魔を攫ってはあちこち売り捌いて回ってたらしい。曲芸団なんてもんやってたのも、生体を誤魔化すための偽装だ。つっても、団員の半分以上は今んとこ何も知らねえ真っ当な曲芸師みてえだが」
「――そういえば言ってたな。精鋭とかなんとか」
「精鋭は逃げた方だな。追跡結界を出し抜く<転移>が入った封珠なんぞ、そうそうあって堪るかよ――そいつらが上から魔導具なんかを融通してたらしい。魔導具も貴重品はほとんどそいつらに回収されて、重要な書類も持ってかれた」
「フローラリア達の方にいた二人組だったか」
「ああ、未だに足取りが追えねえ。手下を調達してもう一回ってのもありえるし、狙われたお前は気を付けろよ――ってのが今日の用件だったんだが」
不自然な区切り方をしたイアンに視線で続きを促す。「話は戻るんだが」とイアンが神妙な面持ちで切り出した。
「事件に関してはこれ以上言うこともないんだが、今はお前が保護した子供の方が問題でな。回復したのはいいが、警戒してたのか、魔力の圧で誰も近付けなかったんだ。どうしたもんかと思ってたら、今朝方に治療院から消えちまってな」
「私共の方でも必死に探したのですが、見つけられず……旧知であるイアンを頼ろうと狩猟者ギルドにやってきたのですが、意見が割れまして」
だから言い争っていたと――貞淑な女性に見えるが、イアンと付き合いが長いあたり相当に気が強いのかもしれない。
その証左だとでも言わんばかりに、一度は落ち着いた二人の間にピリリッと火花が散った。
「俺はさっさと衛兵に捜索依頼を出した方がいいって言ったんだ。混血は良くも悪くも目立つんだから、保護はなるべく早いほうがいいってな」
「プレッシャーを与えてどうするのです! 未成熟の混血は不安定なのに――」
「どっちにしろ追い回すのには変わりねえだろ。ただでさえ“魔力狩り”に遭ったばっかで、賊の中でも厄介そうな奴らがまだ捕まってねえんだぞ」
「狩猟者も連携して警備を手厚くすればいいではないですか! 保護されたからいいものの、最悪の場合“存在崩壊”を起こしたかもしれないのですよ! 大体、あなたはいつも――」
「――生まれ持った資質に依る魔力を揶揄し、魔力が高いことを“恩寵”と呼ぶことがあります。セレさんは生物が絶命した際、魔力の一部が周囲の生物に移ることはご存じですか?」
「ああ、それは聞いたことがある」
「人が魔物や魔草を狩っても同じ現象は起こりますが、対象が同じ“人”であれば、魔力の親和性が高い分、より効果が高くなります。“人が人を魔力値上げ目当てに害すること”、もしくは“それを行う者”のことを“魔力狩り”と呼びます」
置き去りである。
セレの理解が追い付いていないことを察したフローラリアから解説が入る。
魔力云々に関しては、ボレイアスの精霊の長であるズミから聞いたことがある。セレには魔力がないから安心――ニアの“本人にもわからない行動”は、精霊のアレと近いのかもしれない。<業>が温いとかなんとか。
今回の事件の被害者達は皆魔力が高く、行先は“楽をして魔力値を上げたい”何者かに殺されるか、その魔力を悪いように利用されるかのどちらかだったという。
従魔に関しても、長く人の傍にいると人の魔力と同調しやすくなるらしく、同様の目的で誘拐されることがある、とフローラリアは続けた。
「ただ、ニアさんの場合は魔力以上に、その存在自体が希少であったために狙われたと考えられます」
「ハーティってやつか」
「混血、という意味ですね」
話から察するに、どうもセレの思う“混血”とは意味合いが違うようである。異人種同士の子――それ以外に何があるのだろうか。
「特殊な意味で用いられる混血、“混血”は、“人族と魔人族の子”のことを指します」
「……例えば、央人族と妖魔族の混血、とか?」
「はい。鉱魔族の繁殖方法は他種族とは異なりますので、主に央人族・獣人族・亜人族と妖魔族の間に出来た子のことを混血と呼びます」
央人族・獣人族・亜人族は“人族”、妖魔族・鉱魔族は“魔人族”――ニアの容姿からすると、獣人族と妖魔族の子、ということになるのだろうか。
いつの間にか彼岸の言い争いも収まっていたが、優秀な職員はあえて無視する形で説明を続ける。
「人族間、魔人族間で子が出来た場合、外見的特徴や魔力などは影響されるものの、種族、人種は両親のどちらかに準じます。しかし、混血は両親に準じない全く違う“種族”になるのです」
「獣人族だ、妖魔族だ、じゃないってことか?」
「はい。人族は肉体に、魔人族は精神体にそれぞれ優れており、精神体、即ち“魔力の器”に優れた魔人族は人族より寿命が長いのですが――」
「混血はその両方を受け継ぎます。人族の優れた肉体に魔人族の精神体、他の追随を許さない魔力と寿命を持つ特殊な種族なのです」




