74. 小オヤブンと大コブン
『この甘いの、サクサクでふわふわで美味いな! ほら、お前も食え!』
「…………(モグモグ)」
『こっちのしょっぱい芋も美味いな! ――ん? 甘いのとしょっぱいの、繰り返して食えば、無限に食えるんじゃね?』
「…………?(コテン)」
『食ってみればわかる! ほら食え!』
「…………(モグモグ)」
大皿に屋台調理を山盛り載せて、ベンチで分け合う白い子供に白い鳥モドキ。傍から見れば大変微笑ましい光景である。
二人で一人前がちょうどいいだろうと皿をシェアさせたが、予想外にもうまくいっていた。
(おい、無理に食わせるなよ。っていうかお前、そんな面倒見よかったんだな)
『そりゃあ、こいつはコブンだからな!』
(……子分?)
『同じ影纏付けてて、俺の方が上だからこいつはコブン、俺、オヤブン!』
(…………)
『色も似てるし……もしかして、俺の真似してんのか? しょうがねえなぁ!』
(ソッカァ……)
この精霊、自己評価が高すぎる――全力で調子に乗る精霊に、もはや言葉も出てこない。
念話は通じていないはずだが、子供はセレの方を見、気にしてないと言うように首を振った。大人しいとは思っていたが、精霊より余程“大人”である。
「“ニア”、無理して食べなくてもいいからな」
「…………(コクリ)」
ユーティラファニア――長いのでニアと呼ぶことにしたが、ニアは料理全てを物珍しそうに口に運んでは、紅碧の瞳を輝かせて丁寧に咀嚼している。
ありふれた鳥串も混ざっているが――何処にでもあるそれにさえ、この子供にとっては“稀”なのか。
ニアの服装は平服というには身奇麗すぎる。足首ほどまである白の長丈を腰布で留めて、袖はゆったりと緩く余裕がある。民族服にしても、汚れる前提の腕白な子供や下働きの服装には見えない。
(良家の坊ちゃんにしては活気が足りない、町田舎の子供にしては物不知で大人しすぎる)
七黒星という立場上、身分の上から下まで一通り関わったことはある。ニアから感じる“歪”――それは特殊な存在、立場。
(隔離され育てられたか、はずれ者か)
――穏やかとは言えない思考は、飛来した伝言鳥によって遮られることになる。
「――エナ、ニア。それ食べたら移動するぞ」
「…………?(コクリ)」
『ええ〜、俺もっと屋台見てえよ〜』
(買っていけばいい。どうせ時間も掛かるしな)
再聴取にニアのこと、すぐに解散とはいかないだろう。慌てて食べだしたニアに「ゆっくり食べろ」と声を掛ける――来たる面倒事を想像し、セレは密やかに息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、セレさん、お待ちして――――あっ、そ、その子! なんでセレさんと!?」
兎人の受付嬢――フローラリアの件で深く礼をされ、ミリィと名乗った女性がカウンターから身を乗り出した。それに反応したニアがセレの背に隠れ、上着をぎゅっと握りしめる。
「少し前に会った。私に会いに来た目的は本人もよくわかってないらしいが」
「会いにって……セ、セレさんは平気ですか? その子は――」
「魔力のことなら、影纏を付けさせたぞ」
「えっ……ええっ?」
何をそこまで驚くのか、セレにはまるでわからない。しかし、人も疎らな時間とはいえ、大声で注目を集めるのは勘弁してほしい――狩猟者ギルドがにわかに騒がしくなるにの辟易していると、救世主はそう間を置かずに現れた。
「セレさん、こんにちは。さっそくですが、二階へご案内しますね」
「ああ、頼む」
「ミリィは後で話があります」
「ヒッ、ヒェエ……」
すっかり通常運転の美貌の職員、フローラリアの笑顔でフロアがしん、と静まり返る。
「あなたもどうぞ」とニアにも変わらぬ態度で接する姿はさすがの一言である――ミリィは謹んで説教を受けてほしい。
「今回の用件は再聴取となっていますが、実質、事件の経過報告と思っていただければ」
「処分報告じゃないのか?」
「はい。被害者であるセレさんには、経過段階での報告も必要と判断されました」
「そういう話は、衛兵の方から来ると思ってた」
「ギルドと詰所が連携して保安に携わることもありますし、両者は密に情報共有を行っています。それに、今回は被害者が狩猟者ですからね」
狙われたのは従魔。主人の不安を取り除く、もしくはさらに警戒を促すといった目的があるならばおかしくはない。
セレが一応納得していると、フローラリアは「今から大事なお話をしますので、こちらの部屋でお待ちいただけますか?」とニアに優しく声を掛けた。
「…………」
「フローラリア、近くの部屋なんだよな?」
「ええ、廊下の突き当りの部屋です」
「ニア、ちょっと大人だけで大事な話があるんだ。エナが食いすぎないように見張っててくれるか?」
「…………、…………(コクン)」
『俺がオヤブンなんだぞ!』
(親分なら子分の相手、してやれるよな?)
『――ま、まあな! ヨユーだぜ!』
不安げな子供に、エナと屋台飯の入った袋を押し渡す。「従魔様をお願いしますね」とフローラリアに促され、ニアは休憩室らしき小奇麗な部屋に入っていった。
「――聞かせられない話なのか」
「はい、あの子供に関する報告もあったので。しかし、結果論ではありますが、一度に纏めて解決できそうです」
案内されたのは廊下の突き当り、最近訪れたばかりの一等大きな扉。先客がいるようで、何やら言い争う声が聞こえてくる――それに怯むことなく、フローラリアは扉をノックした。




