72. 小さな訪問者
賊の頭目を潰した後、そう時間を置かずに衛兵達が現れた。なんでもフローラリアも捕まっていたそうで、彼女の機転で早急に救援を呼ぶことができたらしい。
それなりに掛かった事情聴取に、再聴取を待つ間の行動制限。セレは特に外に用があるわけではないが、“出るな”と言われると妙に息苦しく感じるものである。
『なーなー、今日は外行かね? ずっと本読んでたしよ、どこでもいいからよー』
(んー……そうだなぁ)
エナに相槌を打ちつつ、本日の予定を考える。行動制限とはいっても、町の中であれば問題はない。伝言鳥は魔素の濃い森などでは使えないらしく、“呼び出しができないので町の外、特に森には入らないように”というだけのことなのだ。
(……あ)
『ん?』
(いや、認可証のチェーンが壊れてそのままだったなと。忘れてた)
『ああ、首のかっこいいやつか。壊れたのか?』
(壊れたというか、千切れた……斬られた?)
《認可証を破損したまま放置するなんて、失くしたらどうするんです。仕事は十分以上に熟してるんですから、その一割でいいのでそれ以外もしっかり――聞いてますか、師》
一番弟子の説教が勝手に脳内で再生される。ポーチに入れたきり、すっかり忘れてしまっていた――覚えているうちに動くべきだろう。他意はない。
修理となると、頼れそうなのは魔導具職人であるゲオルグだが、彼はすでに出勤してしまっている。
次いで思い出すのは魔術で彫金細工をしていたフローラリアだが――仕事外の内容で頼るわけにはいかないだろう。頼めば快く引き受けてくれそうではあるが、こちらの良心の問題である。
「なあ、リィン。魔導具店って小物の修理とかもやってたりするのか?」
「修理? やってると思うよ、大きいところは大体あるんじゃないかな。何か壊れたの?」
「チェーンが切れたんだ。首から下げてたのが」
「ああ、そういうのならすぐ直せるよ。<復元>で繋げてもらうだけだし」
交換ですらないらしい。魔術とは便利なものである。
となると、今日の予定は――。
(よし、まずはゲオルグの店に行こう。あそこは北で一番大きかったはずだ)
『なあなあ、それ終わったらよ、広場に行って屋台見ようぜ!』
(ああ、いいぞ。お前、屋台好きだよな)
『いろんなモンあって面白いし、美味いからな!』
図体に似合わずよく食べる精霊にくすりと笑う。リィンに礼を言い席を立つと、セレは三日ぶりの宿の外へと足を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほれ、直ったぞ」
「早いな。……へえ、すごいな。継ぎ目がわからない」
「そらそうだろ、これで飯食ってんだからよ」
1000カロンを支払い、ゲオルグから認可証を受け取る。
あっという間に終わってしまった。単純に切れただけと言えばそれまでだが、継ぎ目も何もなく、まるで最初からこの状態であったかのようである。
「どっかのギルドの証章か? なかなか綺麗な細工だな」
「そんなところだ。失くすといろいろ面倒でな、助かった」
「ははっ、お前雑そうだもんな」
「よく言われる」
“仕事以外は”と、主に身内に当たる人物からよく言われる。僅かに哀愁を感じながら、セレは首にチェーンを掛け直した。
「せっかく来たんだからよ、なんか買ってってくれよ。景気いいんだろ?」
「えー……そう言われてもな。この前、買い物は一通り済ませたとこなんだよ」
「ああ、前に聞いてきたやつか。うーん……あの辺と被らねえ物、なぁ」
『俺、ダンディなやつがいいぞ!』
(お前のダンディは当てにならん、却下)
喚く精霊を流しつつ、セレは店内を見渡した。北門通りにあるウェセタ工房は主に狩猟者向けの商品を扱っており、装身具や野営道具、雑貨に至るまで様々な商品が所狭しと陳列されている。
影纏、保存袋、エナ用圧縮ボウル、携帯食。財布やポーチを買った日、別の店で保温食器も買ってしまい、今は特に――。
「――あ」
「おっ、なんだ、欲しいモン見つかったか?」
「欲しい物というか……あそこに並んでる飾り箱が最近見た極魔遺物に似ててな。それで、探索者ギルドに登録するのも忘れてたなって思い出した」
「思い出してよかったな。ついでに“衣装箱”買ってくか? 好きな服を一着登録して、開けたらすぐ着替えられるんだ。一つあったら便利だぜ?」
「んー、今のところいらないかな……」
賊の頭目のいた空間、宙に浮いていたあの飾り箱は極魔遺物だったらしい。いつの間にかひび割れ地に落ちていたようで、現場に駆けつけたギルド長のイアンが拾って教えてくれた。
極魔遺物ついでに思い出したが、探索者ギルドにも行かなければ――また幻聴が聞こえたような気がしたが、きっと今朝の夢見が悪かったせいだろう。
「すまないな、用事ができた」
「しゃーねえな、次は買ってくれよ!」
「ああ、また――……?」
魔力。かなり大きい。ゆっくり近付いてくる。
人混みに紛れてもなお目立つ。何処か覚えがある気がするが――エナも気付いたようで、不思議そうに入口の方を向いている。
そうだ、魔力の大きさで言えば精霊に近い。それにしては、精霊らしい“自然”にも似た魔力ではない――そうしているうちに店の近くまで“それ”はやって来たらしい。街の喧騒が妙に静かだ。
「なんだセレ、さっきからどうした――ッ?」
「ゲオルグ?」
「い、いや、妙にゾワゾワするっつーか」
『ンン……? ……あ。こいつ、あの時の子供じゃね? 毛が伸びて見た目変わってっけど、ほら、セレが抱いてた!』
紅碧の瞳がセレを映していた。
第一印象は“白”。柔そうな耳に雲のような尾、ふわふわとした、それでいて繊細そうな長い髪が揺れている。長いまつ毛に縁取られた瞳には感情が見えず、鏡のようだ。
あの時は月影があったとはいえ夜も深く、はっきり姿を見ていなかったが――。
「お前、あの時の子供か?」
「…………」
肩ほどでざく切りだった髪が何故か長く伸びているが、間違いない。セレの前に姿を見せたのは、あの夜、賊の頭目に捕らえられていた子供だった。




