71. 小土人の恩返し
「…………」
小鳥の囀りが耳を擽る早暁。いつも通り朝日と共に目覚めたセレは、爽やかな朝にはそぐわない仏頂面で天井をぼう、と見つめていた。
何か、不愉快な夢を見た気がする――己の直感のことは信用しているが、こういうよくわからない報せは喜ばしくない。
直感が“余計なもの”を拾うのはままある事だが、大抵は面倒事か、碌でもない事かのどちらかである――なお、今回の場合は後者であり、後に師にあたる人物と距離を置くことになるのは余談である。
「……――!?」
珍しくモヤついた頭で体を起こす――備え付けの机の上に、覚えのない石の山が築かれていた。
いつ、誰が、どうやって。少なくとも己の仕業ではない――静かに一人混乱していると、昨夜はなかった気配が背後に増えていることに気付く。
「…………」
ヘッドボードの上、いつも通りセレの上着でひっくり返るエナ――を中心に円陣を組む、見覚えのある小土人達。顔の落書きが、一様にセレの方を向いていた。
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
「…………お、おはよう」
セレは己の直感のことは信用している――しているが、少々自信がなくなった今朝であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「セレちゃんは毎日早起きだねぇ。たまには朝寝坊したらいいのに」
「これでも頑張って寝てる方なんだよ」
「うっそだぁ、あたしなら昼まで起きないね!」
負けず劣らずの早起きである女将に早めのモーニングティーを貰うと、セレは誰もいない食堂の端っこ、一人掛けのソファーに腰を下ろした。
甘すぎない茶でちびちび胃を温めつつ、今朝の出来事を回顧する。
己の直感は侵入者を報せなかった。否、小土人達が知覚に掛からなかったのは、害意がなく、脅威でもなかったからだろうが――そこまで考えて、そういえばこちらの世界に引っ張られた時も直感は働かなかったのだと思い出す。
エナに頭をかち割られそうになった時もそうだった。直感は攻撃ではない魔法に反応できないのか、はたまた“予知”により無意識下で受け入れることを選んだか。エナの場合は、おそらく後者だろう。
セレはかの“神託巫女”でも“部分特化型”でもないので、超感覚たる直感を予知として高次元に扱うことはできない。あくまで“なんとなく”、“自分が関わった”、もしくは“知った”対象に関して時たま反応するだけだ。
そして、それは無意識下で発動する場合が多い。というより、修錬の果て、直感に目覚めた堕欲者の大半はそうだろう。故に“高ランクの堕欲者は勘がいい”と言われるのだ。
(あの歪みとやらは、どれが正解なんだろうなぁ)
小土人達の小動物めいた無害さ以上の、例えば空気のように当たり前に存在するもの――知覚をすり抜け、直感すら見逃すようなものだったのか。
もしくは無意識下で直感による予知が働き、あえて報せなかった――つまり、“こちらの世界に来ること”は必然であったのか。
(まあ、難しく考えることじゃないか)
結果論だが、セレがいたことで根啜蟲の女王や潜土亀、賊集団は討たれ、デアナは無傷、誘拐された人々も事なきを得たのだ。既に起きた出来事を執拗に詰めることもないだろう。
カップを空にしたセレは、腕を組み脚を組み、ソファーに身を沈める――日課の精神統一のため、静かに目を閉じた。
「へそくり」
「うん、へそくり。元気になったからお礼したかったんだって」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
今朝の石の山は小土人達のへそくりだったららしい――セレは以前に本で見た内容を思い出す。彼等の中ではスタンダードな貢物なのかもしれない。
へそくり、もとい輝石は、地中に潜って魔鉱石を探していると得られる副産物だそうだ。普段はそれを小銭にし、おやつの魔石を買うのだという。
まあ、風味があるという魔石を貰うよりは――否、仮に魔鉱石を渡されたとて味の感想を問われても困るのだが。セレは素直に受け取ることにした。
朝食時がよく被るリィンと、食休みの雑談を交わす。飛び起きてはきたものの、小土人達への警戒心は薄れたようで、エナはフードの外である。どうもこの精霊は、一度警戒を緩めると脇がガラ空きになるようだ。
セレとリィンはここ数日、町での逗留を余儀なくされていた。原因は言わずもがな、あの曲芸団のせいである。
曲芸団に乗り込んだあの夜から、今日で三日が過ぎていた。




