68. 道化と獣の狂騒曲6
「……」「……」「……」「……」「……ヌ」
(――――! 近くにいるの……?)
小天幕を出て、移動中。今までピクリとも動かなかった小土人達が、僅かに反応した。
リィンは未だ小土人の魔力を感知できなかった――やはり魔力を封じられているのかもしれない。反応の強い方へと近付くと、そこはまだ調べていない小天幕。
(全部閉まってたのに、開いて……――!)
そこにいたのは二人――ローブの女と猫の人擬。荷物の山を前に、それぞれ何か作業をしているようだった。
女は魔物用の玩具らしきボールを選び、拡張バッグにしまう。また似たような色合いのボールを手に取り――ボールの山に、違う“何か”が混ざっているらしい。
(外装を偽装……盗品か禁制品、でしょうか)
(盗賊なのかな。……これだけ近いのにどっちが持ってるのかわかんないや)
(魔封瓶か何かに入れられているのでしょう――捕らえましょう、私は女を)
ギルド職員とは思えない、見事な隠形魔術をやってみせたフローラリアにリィンは頷いた。
リィンは対人戦闘が得意ではない、銀等級が限界の狩猟者だ。それでも、狩猟者ですらないフローラリアを前に、そんな弱腰ではいられない――何よりも仲間を助けるために!
《――<氷牢>!》
《――<光環>》
「――――ッ!?」
「ニャッ!?」
氷と光、二つの魔術が賊の自由を奪う。光の円環に捕らわれた女が手首を動かそうとし――「動かないで」と弓を構えたリィンに、諦めたのか体の力を抜いた。
「人質、持ってるんでしょ。返してもらうわ」
「……ええ、わかったわ。でもこのままじゃ無理ね――仲間の人擬を解放してくれたら返すわ」
「あなた達に交渉する権利はありませんよ。そのまま体を調べればいいだけの話ですから」
「私、全身に仕事道具を仕込んでるの。素人は触らない方がいいと思うけれど」
――緊張はしているものの、敵意は感じない。
リィンの感覚でしかないが、女の言うことに嘘はないように思えた。それが、犯罪者の言葉でなければ素直に信じられたのだが。
「吾輩らはここのボスの仲間じゃないのニャ。人質だって、押し付けられただけで別に返しても構わないのニャ」
「ええ。どの道、あなたのお友達を狙った時点で、あの男は終わったのよ。ほら、助けに行かずここにいるのが、仲間でない一番の証明でしょう?」
「…………」
この女は、セレのことを知っている――?
だとしたら、セレのあの強さも知っているのだろうか。狩猟者として、個人としての実力も――あの使い魔の襲撃を視ていたのだとしたら。
「……わかった」
「……よろしいのですか?」
「うん。調べるためでも、フローラリアさんに犯罪者に近付いてほしくないし……その代わり、変な動きをしたら容赦なく撃つから」
威力はそこそこだが、<風矢>の速度と手数にはリィンは自信があった。
リィンが魔術を解くと、猫の人擬が女に飛びつき女のローブをまさぐり始める。
「あったニャ――……受け取る、ニャッ!」
「っ何を――――ッ!」
――“じゃあね”。
リィンの眼は、光の柱の中、女の唇の動きを捉えていた。
瞬く間の攻防。小土人の入った小瓶を、猫の人擬はフローラリアの顔目掛けて投擲した。
それにフローラリアが反応し、同時に、リィンは迷わず<風矢>を速射する。しかし、女と人擬は防御の素振りすら見せず――。
「<転移>の<遅延起導>……いえ、魔術痕から推測するに封珠の類ですね。束縛を抜けるとは、随分高性能な」
「……ごめんなさい、逃がしちゃった」
「こちらが無傷で人質を奪還できたことの方が重要です。それに、あれは捨て身の離脱ですから……リィンさんの<風矢>は女に命中していましたし」
残されたのは、対象を失い解けかけた光環。
あっという間に消え失せた魔術光は、リィン達の目の前で、賊の姿を眩ませてしまったのだ――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クソッ、クソッ、クソォ……ッ!」
箱庭の最奥で、レゴリックは一人地団駄を踏む。
幻影の精度を上げるため、部下達に空間の支配権の一部を貸し与えた。のこのこと乗り込んできた間抜け共を確実に狩ってきた――今までは。
(速い、速い、速いッ! 罠も、足止めも、大部屋も! なぜ効かない!? なぜわかる!!)
空間の一部と同化しているはずの部下達が、異常な速さで次々と潰されていく。
“異物”がいては新たに空間を作成することはできない。あの狩猟者が最奥に辿り着くまでに、あと――想像し、身体が震える。
(俺はこんなところで終わる男じゃない! 実績を積んで、ギルドでのし上がって――馬鹿にしてきた奴らを全員、見返すまで!)
【道化の箱庭】は展開型の極魔遺物だ。空間を塗り替え支配領域とする結界――術者の魔力と技量次第で配下の幻影の精度や数、空間の数や広さが変わり、一本道ではあるものの、上手くいけば一方的に侵入者を蹂躙することも可能である。
ただし、その汎用性はあまり高くはない。
第一に入口を閉じられず、魔宮などで有用な緊急避難用の空間には使えない。第二に、何よりもその消費魔力の多さ。手に入れたばかりの頃、レゴリックは物置程度のいち空間しか展開できなかった。そして第三に、その使い道――。
(俺はこの“城”の“王”だ! “盗賊の塒”でも“追い剥ぎ”でもない!)
うだつの上がらない探索者だった頃の感情がぶり返す。
魔力も微妙、魔術も微妙、戦闘のセンスも微妙、やっとの思いで手に入れた極魔遺物も微妙――馬鹿にされてきた、あの頃を!
「はは…………ははは……ッ」
(そうだ、俺はできる! 馬鹿にされることも、蔑まれることも――最後に勝つために!)
ああ、近い、近い、もうすぐここに来る――!
沈黙を保つ黒箱に飛びついた。焦りで震える腕を無理やり押さえ付け、封印を解く。
(この手の奴らはみんなそうだ! 裏では他人を馬鹿にしてるくせに、半端に善人ヅラしやがる!)
渾身の幻影を一体創り出す。赤と金、人型の道化――支給されたとっておきを持たせる。ああ、間に合った!
ドッ――――バギャアンッ!
「動くなッ! よくここまで辿り着いたな……それだけは褒めてやってもいいが――このガキを死なせたくなければ、大人しくしろ」




