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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
暗闇の末梢
70/80

68. 道化と獣の狂騒曲6

「……」「……」「……」「……」「……ヌ」



(――――! 近くにいるの……?)


 小天幕を出て、移動中。今までピクリとも動かなかった小土人(ノッカー)達が、僅かに反応した。

 リィンは未だ小土人(ノッカー)の魔力を感知できなかった――やはり魔力を封じられているのかもしれない。反応の強い方へと近付くと、そこはまだ調べていない小天幕。


(全部閉まってたのに、開いて……――!)


 そこにいたのは二人――ローブの女と猫の人擬(セリアン)。荷物の山を前に、それぞれ何か作業をしているようだった。

 女は魔物用の玩具らしきボールを選び、拡張(ラージ)バッグにしまう。また似たような色合いのボールを手に取り――ボールの山に、違う“何か”が混ざっているらしい。


(外装を偽装……盗品か禁制品、でしょうか)

(盗賊なのかな。……これだけ近いのにどっちが持ってるのかわかんないや)

(魔封瓶か何かに入れられているのでしょう――捕らえましょう、私は女を)


 ギルド職員とは思えない、見事な隠形魔術をやってみせたフローラリアにリィンは頷いた。

 リィンは対人戦闘が得意ではない、銀等級が限界の狩猟者(ハンター)だ。それでも、狩猟者(ハンター)ですらないフローラリアを前に、そんな弱腰ではいられない――何よりも仲間を助けるために!



《――<氷牢(イス・ノリス)>!》

《――<光環(ライ・アルカム)>》



「――――ッ!?」

「ニャッ!?」


 氷と光、二つの魔術が賊の自由を奪う。光の円環に捕らわれた女が手首を動かそうとし――「動かないで」と弓を構えたリィンに、諦めたのか体の力を抜いた。


人質(ノッカー)、持ってるんでしょ。返してもらうわ」

「……ええ、わかったわ。でもこのままじゃ無理ね――仲間の人擬(セリアン)を解放してくれたら返すわ」

「あなた達に交渉する権利はありませんよ。そのまま体を調べればいいだけの話ですから」

「私、全身に仕事道具を仕込んでるの。素人は触らない方がいいと思うけれど」


 ――緊張はしているものの、敵意は感じない。

 リィンの感覚でしかないが、女の言うことに嘘はないように思えた。それが、犯罪者の言葉でなければ素直に信じられたのだが。


「吾輩らはここのボスの仲間じゃないのニャ。人質だって、押し付けられただけで別に返しても構わないのニャ」

「ええ。どの道、()()()()()()()を狙った時点で、あの男は終わったのよ。ほら、助けに行かずここにいるのが、仲間でない一番の証明でしょう?」

「…………」


 この女は、セレのことを知っている――?

 だとしたら、セレのあの強さも知っているのだろうか。狩猟者(ハンター)として、個人としての実力も――あの使い魔の襲撃を視ていたのだとしたら。


「……わかった」

「……よろしいのですか?」

「うん。調べるためでも、フローラリアさんに犯罪者に近付いてほしくないし……その代わり、変な動きをしたら容赦なく撃つから」


 威力はそこそこだが、<風矢(ワイス・ロア>の速度と手数にはリィンは自信があった。

 リィンが魔術を解くと、猫の人擬(セリアン)が女に飛びつき女のローブをまさぐり始める。


「あったニャ――……受け取る、ニャッ!」

「っ何を――――ッ!」



 ――“じゃあね”。



 リィンの眼は、光の柱の中、女の唇の動きを捉えていた。


 瞬く間の攻防。小土人(ノッカー)の入った小瓶を、猫の人擬(セリアン)はフローラリアの顔目掛けて投擲した。

 それにフローラリアが反応し、同時に、リィンは迷わず<風矢(ワイス・ロア>を速射する。しかし、女と人擬(セリアン)は防御の素振りすら見せず――。


「<転移(ロプト)>の<遅延起導(ディレイスペル)>……いえ、魔術痕から推測するに封珠の類ですね。束縛を抜けるとは、随分高性能な」

「……ごめんなさい、逃がしちゃった」

「こちらが無傷で人質を奪還できたことの方が重要です。それに、あれは捨て身の離脱ですから……リィンさんの<風矢(ワイス・ロア>は女に命中していましたし」


 残されたのは、対象を失い解けかけた光環。

 あっという間に消え失せた魔術光は、リィン達の目の前で、賊の姿を眩ませてしまったのだ――。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「クソッ、クソッ、クソォ……ッ!」


 箱庭の最奥で、レゴリックは一人地団駄を踏む。


 幻影(シャドウ)の精度を上げるため、部下達に空間の支配権の一部を貸し与えた。のこのこと乗り込んできた間抜け共を確実に狩ってきた――今までは。


(速い、速い、速いッ! 罠も、足止めも、大部屋も! なぜ効かない!? なぜわかる!!)


 空間の一部と同化しているはずの部下達が、異常な速さで次々と潰されていく。

 “異物”がいては新たに空間を作成することはできない。あの狩猟者(ハンター)最奥(ここ)に辿り着くまでに、あと――想像し、身体が震える。


(俺はこんなところで終わる男じゃない! 実績を積んで、ギルドでのし上がって――馬鹿にしてきた奴らを全員、見返すまで!)



 【道化の箱庭】は展開型の極魔遺物(アーティファクト)だ。空間を塗り替え支配領域とする結界――術者の魔力と技量次第で配下の幻影(シャドウ)の精度や数、空間の数や広さが変わり、一本道ではあるものの、上手くいけば一方的に侵入者を蹂躙することも可能である。


 ただし、その汎用性はあまり高くはない。

 第一に入口を閉じられず、魔宮(ダンジョン)などで有用な緊急避難用の空間には使えない。第二に、何よりもその消費魔力の多さ。手に入れたばかりの頃、レゴリックは物置程度のいち空間しか展開できなかった。そして第三に、その使い道――。


(俺はこの“城”の“王”だ! “盗賊の(ねぐら)”でも“追い剥ぎ”でもない!)


 うだつの上がらない探索者(シーカー)だった頃の感情がぶり返す。

 魔力も微妙、魔術も微妙、戦闘のセンスも微妙、やっとの思いで手に入れた極魔遺物(アーティファクト)も微妙――馬鹿にされてきた、あの頃を!



「はは…………ははは……ッ」



(そうだ、俺はできる! 馬鹿にされることも、蔑まれることも――最後に勝つために!)


 ああ、近い、近い、もうすぐここに来る――!


 沈黙を保つ黒箱に飛びついた。焦りで震える腕を無理やり押さえ付け、封印を解く。


(この手の奴らはみんな()()だ! 裏では他人を馬鹿にしてるくせに、半端に善人ヅラしやがる!)


 渾身の幻影(シャドウ)を一体創り出す。赤と金、人型の道化(けもの)――支給された()()()()()を持たせる。ああ、間に合った!



 ドッ――――バギャアンッ!



「動くなッ! よくここまで辿り着いたな……それだけは褒めてやってもいいが――このガキを死なせたくなければ、大人しくしろ」



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