67. 道化と獣の狂騒曲5
(――ここも普通の獣舎……セレとエナちゃんを襲ったてことは、人か従魔を狙ってるってことだと思うけど。曲芸団自体は普通なのかな)
暗い天幕の中、多様な寝息がさざめいている。設備も清潔で、魔物達は至って健康そうだ。
よその宿に団員らしき人々が出入りしているのを見かけたこともあるので、無関係の一般人も混ざっているのかもしれない――隅々まで調べ終えたリィンは、そっと天幕を後にした。
――本当に結界を破壊してみせたセレに驚愕しつつも、リィンは迅速だった。
<隠遁>で匂いや音、気配を薄め、外部魔力をゼロにする――初めからいなかったのか、大天幕の守りを固めているのか。幸い、監視役はいなかった。
(外にいないなら、中――あの一番大きいテントにいるってことだよね……でも、あの状況じゃ私の隠形は活かせない)
引き裂かれた天幕の隙間から見えた光景――あれはリィンの手に余るものだ。
躊躇なく入っていったセレを引き止めるか迷ったが、彼女はリィンよりずっと強い。それに、明言はしなかったがセレは“囮”を引き受けてくれたのだ。
(私にできるのは、小天幕の捜索。小土人が見つからなかったとしても、一旦衛兵の詰所に通報する)
闇を縫い、幾つ目かの小天幕に忍び寄る――天幕には防音を始めとした付与が施されており、外から中の様子を伺うのは難しかった。
(エナちゃん、お願い)
とんとん、と肩を叩くと、つん、と一回。フードからさっと出てくると、小さな従魔は天幕の封縄に飛び乗った。
パチンッ――小さな火花が散る。最初、封された天幕を前に手間取っていたら、この従魔はまるで主人の技を真似たように錠の魔導具を破壊してみせたのだ。
(探索者なら【解錠】を使えたかもしれないけど、私は狩猟者だしね……魔術も通らなかったし、エナちゃんがいなかったら何もできなかったかも。……魔物や貴重品があるにしても、こんなにガチガチに防犯してるなんて、やっぱり変な感じ)
金庫の一つや二つならわからなくもないが、建物ごと、しかも複数を魔導具で守るのは相当だ。高級商店や町の中枢施設なら納得できるが――今のところは普通に見えても、やはり違和感が付き纏う。
そっと天幕に侵入する――またしても獣舎のようだ。魔物達を起こさぬよう、さらに息を潜める。
魔物達や魔導具の魔力の中に小土人が混ざっていないか、違和感のある魔力が紛れていないか、感知範囲を広げる。
仮に魔力を封じられていたとしても、近付けば他の小土人が気付いてくれるはず――。
(――この獣舎、他の獣舎より狭い? それに、この魔力……)
つん、と一回。上着の内側に移動していたエナが顔を出す。視線の先には壁掛け――念の為、眠りの香を魔物達の方へと投げた。
リィンの腕を伝ってエナが壁掛けに触れると、パキィンッ! と光が爆ぜる。
(これ、入口? ――――!)
魔導具の壁掛けに隠された先には、獣舎に似た空間があった――しかし、檻に入っているのは魔物だけではない。
珍しい魔物達に混ざって捕らえられていたのは、人。子供が多いが、大人もちらほらと混ざっている――。
「っ、ぴっ」
(っエナちゃん!? ――――あっ!)
懐から飛び出たエナを追うと、そこにはリィンにも馴染み深い姿。
ギルドの事務職員なのに、なぜかセレの担当をしている人。美人で優秀な、町では珍しい魔鉱人の女性。
(フローラリアさん……!)
エナが檻の錠を破壊し、フローラリアの頭を慌ただしく突く。リィンも体を揺さぶるが、フローラリアは目覚めない。
(衰弱? まさか薬? ――あっ、首に魔導具!)
衣服に隠れた首元に、いかにもな首輪が付けられていた。可哀想なくらいに狼狽えているエナに教えてやると、さっそく首輪をこつん! と突く。
パキッ……バキンッ! 壁掛けよりも派手に崩れ落ちる。よく見たら足にも鎖が付いていたので、そちらもエナに教えてやった。
「――……、う……」
「ぴ、ぴゅ」
「……エナ、さま?」
思ったより意識ははっきりしているようだ――しばらくぼんやりしていたが、リィンが小声で話しかけると、はっと完全に覚醒したようだった。
「私は――……誘拐ですね、助けていただきありがとうございます。これは“沈黙の首輪”ですか」
「知ってるの?」
「犯罪奴隷の運搬などに使われる魔導具です。……製造番号がありませんね。密造品ですか」
寝起きだというのに変わらず優秀である。フローラリアは首輪と足輪が破壊されてるのを見、エナを見、「エナ様、私を解放してくださったのですね」とふんわり微笑んだ。
そういえば、フローラリアさんはエナちゃんのこと、すっごく好きだよね。可愛いもの好きなのかな――そんなことを考えつつ、リィンは簡潔に事情を説明した。
「……小土人達の様子を見る限り、安定はしていますが、急がなければいけない状況であることに変わりはありません。……そうですね」
フローラリアの手のひらで魔術が紡がれる。これは、<記憶伝送>――リィンには使えない魔術だ。魔術は輝く小鳥に変化すると、あっという間に天幕の外へ飛び去っていった。
「これでギルド長に状況が伝わるはずです」
「あれ、衛兵とかじゃないんだ?」
「ギルド長なら送り主が私であるとすぐに理解するでしょう。それに、あの人は行動力に優れていらっしゃいますから――さて、行きましょうか」
「他の人はいいの?」
「安定しているといっても、時間に余裕はありませんから。子供も多いですし、事態の説明だけでは済まないでしょう」
泣き出す子供もいるだろう。確かに、そうなると色々とまずい――リィンは静かに頷いた。




