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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
暗闇の末梢
68/80

66. 道化と獣の狂騒曲4

「んん……?」


 ――魔力が渦巻いたと思ったら、記憶にある内装がぐるん、と変化した。



 垂布を潜って中に入ると、そこは以前とは似ても似つかない空間だった。

 円形建築、扉は一つ。壁や丸い天井には浮彫(レリーフ)が見える。窓のない室内は明るく、凝った意匠の床は鏡のように磨かれている――唯一、赤と金を基調とした色彩だけは面影を感じなくもない。


(あの結界みたいに、妙な感じはしないんだよな)


 入口は消えずに残っており、閉じ込められるような気配はない。外に人の気配は()()感じられず、敵の大半はこの中にいると思われる――進んだ方がよさそうだ。


 気配を消すこともなく足を踏み入れる。特に何も起きずに一つしかない扉に辿り着いた――開いてみると、同じような空間が見える。

 二つ目の部屋に入ってみても、特に何も起こらない。三つ目、四つ目、五つ目――。


(これは単純に、簡単に逃げられないように奥へ誘い込まれているだけなのか?)


 最悪、全力をもって空間を破壊しにかかるにしても、面倒だな――魔術を伴った未知の罠を想像していたが、模範的(テンプレート)誘い(はこ)罠なのかもしれない。




 ――八つ目の扉を開くと、以前の部屋とは違う気配があった。

 見た目は今まで通った部屋と同じに見えるが――扉を開くまで気付かなかったのは、部屋に結界と似たような効果があるからか。しかし、特に何も起こらない。


(“中にちゃんと入ってこい”ってことか)


 律儀なことである。

 変わらず扉に向かおうとすると、部屋の中央を過ぎた辺りでその異変は起きた。



 ――天井、壁、全方位の浮彫(レリーフ)()()()()()()



 ビチ、ギチギチ、ビキ――浮彫(レリーフ)に描かれていたものが、生々しい音と共にそっくりそのまま現れる。

 否、サイズだけは違う。大きいものなど、ざっくりセレの倍ほどの背丈はありそうだ――浮彫(レリーフ)達は確かな質量をもって床に降りると、一斉にセレに襲いかかった。


 “赤い道化”と“金色の魔物”。直接攻撃してくる魔物に、その隙間を縫うようにして道化が魔術やらナイフを飛ばしてくる。

 まるで粘土のような質感のそれは、生物の気配を感じさせない。それなのに、動きだけは()()()()()ように見える。


 奇妙な感覚だ。少なくとも、セレが今まで出会(でくわ)した状況のどれにも当てはまらない――四方八方から襲ってくるのを避けながら、分析する。


(使い魔とも違う、これも魔術? ――まあいい、敵であることに変わりはない)


 思考と並列して、道化の火魔術を避けざまにセレは天井へ跳んだ。床に(ひし)めくそれらを睥睨し、ナイフを抜く。

 “巨獣狩り”であるセレの(わざ)大味(おおあじ)だ。先刻のような街中や、このような狭い空間での混戦時には()()()向いていない――故に。



《――アヴァリス流闘術――<飛爪(ひそう)>》



 斬撃、連撃、乱撃。<(カルマ)>を幾重にも()()()重ねた“裂爪”が、二色の獲物に縦横無尽に襲い掛かる。

 ッパァン! 分厚く重なった一音が空間を裂く。回避の余地も与えない双撃は、盤上を直ちに更地へと変貌させた。


 “アヴァリス流闘術”――それは、極めて実戦的かつ()()()()な戦闘術。

 “堕欲者(グリード)”であるセレが()()()()()()()()()()()()戦闘術(それ)は、未だ不本意ながら、時たまに訪れる対巨獣以外での戦闘で大いに役立っていた。


(柔いな。見た目通り、粘土みたいな……ん? もう一つ気配が――――!)


 ――着地に至る数拍前、浮彫(レリーフ)が再び膨れ上がる。


 これは、キリがないパターンか! 着地と同時に再度粘土共を薙ぎ払う。間髪入れずに、捉えた気配――部屋の一角、“ただの壁”を蹴りつけた。



「――――、…………ッ!」



 バギャンッ! 岩のような氷のような、不思議な破壊音を轟かせ壁が崩れ飛ぶ。

 壁の中にいたのは、人――ローブを纏った男は、派手に血を吐き出し瓦礫の山にどしゃりと落ちた。


 ――粘土共が出てこない。

 周囲を観察していると、男の血で濡れた瓦礫がパラパラと崩れ始めた。その細粉が砕けた壁に吸い込まれると、元の綺麗な壁に戻ってしまった――なんと便利な。敵地だというのに、セレは思わず感心してしまう。


(壁は元通りになったってことは……あの粘土共はこの男が操っていて、この空間はまた別物ってことなのか?)


 魔術にはまるで理解がないが、状況からそう結論付けざるを得ない。この先もこれを繰り返すことになるのなら面倒だが――。


(方針は変わらんな。なるべく早く片付けよう)


 リィンの方で小土人(ノッカー)が見つかれば話は早いが、こちらにいる可能性も十分にある。早く最奥まで辿り着かんと、セレは一気に速度を上げた。



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