62. 昇級と追加報酬
「さて、控えを見た通り、今回の依頼点数は80点だ。今回でお前は銅等級に昇級――なんだが」
「だが?」
「セレ、ギルドとしてはお前に銀等級まで上がってもらいたい」
一応個人情報だからとチェルシーが退室し、セレはギルド長と一対一で向かい合っていた。
いつぞやに見た証章作成用の魔導具等を用意している職員を後目に、イアンはテーブルの備品箱から銀色の細長い板を手に取った――加工前、銀等級のタグプレートだ。
「いや、なんでそうなる」
「ボレイアス大森林は本来、銀等級以上が推奨されてるってのは知ってるか? んで、深部は金等級以上。つまり、そこから帰還してもピンピンしてるお前は銀等級でも問題ねえってことだ」
「それにしても……さすがに二等級昇級はやりすぎじゃないか?」
「確かに滅多にないことではあるが、前例はあるんだぜ? 元探索者や戦傭兵なんかがよく聞くな。金等級は昇級試験が必須だから無理だが」
イアンの言にアメリアから聞いた話を思い出す。探索者から狩猟者一本に転向するのはよくある話――実力さえあれば問題はないのかもしれない。
「真っ当に狩猟者してりゃあ、いつかは銀等級になるんだしよ」とイアンは続けた。
「いいじゃねえか、銀等級は証章の失効期限が半年まで伸びる。狩猟者としても一人前扱いで、等級で足切りする店にもいけるようになるぜ? ギルドの売店でも買えるモンが増えるしな」
「…………わかった、受けよう」
「おっ、潔いな。こっちとしては助かるが」
「失効期限が伸びるのは単純にありがたい。不安がないといえば噓になるけどな」
「思い切りのよさも銀等級ってか、いいねえ。そんじゃ、今回の件について、俺からの話は終わりだ――おう、これ頼むわ」
控えていた職員にイアンがタグプレートを渡すのを横目に、セレはソファーに深く座りなおした。
息をつく。ようやく片付いたと肩の力が抜け、平時の思考が戻ってくる。ああ、そういえば――。
――フローラリアは、結局来なかったな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先生。このリストの魔導具、値段が依頼報酬より高い気が……」
「それはそうよ。だって、依頼内容はただの植生調査だったでしょ? 今回のセレの成果を鑑みると、あれっぽっちじゃ釣り合わないもの。成果に応じて追加報酬を出すってのはよくあることよ!」
「そうなのか……」
多忙なギルド長であるイアンが退室した後。
戻ってきたチェルシーと二人、書類を覗き込んで報酬の魔導具について話し合っていた。書類にはチェルシーがリストアップした魔導具の名前がずらりと並んでいる――知らない魔導具の解説を聞きながら、セレはううん、と思案する。
チェルシーの提案してきた魔導具は案の定というべきか、狩猟者にとっては必須級――“駆け出しの狩猟者”であるセレにとってありがたいものばかりだった。
価値については全てはわからないが、先日魔導具店巡りをした際にいくつかは見たことがあった。品質にもよるが、相当に値が張るものばかりだ。
やはり、追加報酬にしては盛りすぎと感じる。つまり、“今後ともよろしく”ということである。
「先生、私はそう遠くないうちにデアナを出ていくから、先生の期待には応えられないぞ?」
「あら、そうなの?」
「ああ。こんないい魔導具を貰っても先生に素材は――」
「んー、でも、デアナを出たら今後一切狩猟も採集もしないってわけじゃないんでしょ? 出先でいいものがあったら、運送ギルドから着払いで送ってくれればいいのよ。もちろん、割増で買い取るわ!」
「……そういうのもありなのか」
「ありなのよ!」
ありらしい。先日買ったばかりの伝言鳥はつい先程交換済みである。やはりこの教授、抜かりない。
盛りすぎなリストを再度確認する。
“超容量、即収納・取出機能付き”拡張バッグ、“内装付き二階建て5LDK”魔導ハウス、“好きな衣装を複数登録・即着替えられる”指輪、“状態異常を無効化・軽減する”バングル、“水中で一切の制限を受けなくなる”イヤーカフ、他多数。
――何度見ても、なぜ家とアクセサリーが同列に並んでいるのか理解できない。セレは目が滑るような感覚に襲われた。
「なあ先生。このリストのやつは、全部価値が同じくらいなのか? 家と指輪って釣り合うのか?」
「んー……相場は大体同じくらいだと思うわよ? 探索者とか行商人に人気の魔導ハウスと、需要が高くて品薄気味の装備型魔導具でしょ? 素材的には装備型の方が価値は高いわね」
「そういうもんなのか……」
「魔導具として考えると、より小型な物の方が技術料も含めると高くなるのよ。造りとしては家って結構単純だしね」
魔導ハウスは魔導テントの高級ラインなので代替が利く物、装備型魔導具はなかなか利かない物。バングルなど常時効果のあるものは確かに有用だろう――セレはひとまず納得した。
「んー……この中だと、やっぱり拡張バッグが無難に見えるかな」
「その拡張バッグはね、私が貸したものより容量は落ちるけど、出納機能がとにかく優秀! 触っただけで収納できて、念じるだけで取り出せるのよ」
「へえ、便利だな。容量はあの梱包布で何とかなりそうだし……」
「今なら魔導梱包布も付けちゃったり……あ、採集セットもどう!?」
「欲望がはみ出てるぞ、先生。それはさすがに貰いすぎだ」
「私のあれこれは抜きにしても、遠慮はいらないのよ? ぶっちゃけた話、私も各ギルドも、払った以上のリターンは絶対に回収できるもの!」
作成・競売行きが決まっている魔導具だけでも余裕で取り戻せるらしい。チェルシーは魔力工学者としてだけでなく、魔導具匠としても実績があるのだという。
結局、押されるままに拡張バッグに魔導梱包布、見覚えのある採集セット――そして、分厚い魔物・採集素材図鑑の押し付けを貰うことになった。
わかりやすく付箋の挟まったそれらに、もはや苦笑いしか出てこない。そんなセレを後目に、予備の付箋を抱きかかえた小さな教授は嬉々として図鑑を開くのだった。




