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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
暗闇の末梢
63/80

61. 査定と精算・後

 応接室にはセレと二人、ギルド長のイアンと依頼主のチェルシーが残っていた。

 狩猟者(ハンター)ギルドと同じく、この時期はどこも忙しいらしい。目的である顔繋ぎを終えると、恐縮しつつも皆素早く退室していった――素材管理部部長であるニルスの素早さは飛び抜けていた。相当追い込まれていると思われる。


「こっちが買取明細・領収書で、一枚目は採集品の分だ。預かり証と合わせて確認してくれ。それだけでもとんでもない額になったぜ」


 機嫌が良くイアンが笑う。受け取った書類には文字がぞろぞろと並んでおり、必要なこととはいえ目を通すのが億劫になる。

 「全く、滅多にない大商いだぜ」と言う通り、今までの依頼とは文字通り桁違いの取引金額だった。


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【精霊のゆりかご】 1,800,000(本)×30

 【セプタリナの花】 750,000(本)×15

 【エモネア】    20,000(本)×24

 【五積草】     16,000(本)×36

 【粉吹豆】     15,000(本)×40


 【キッカの実】   8,000(個)×28

 【プレブラスの実】 12,000(個)×20

 【マルボラの実】  6,000(個)×20

 【カウスラの実】  9,700(個)×25

 【紅紗樹の実】   80,000(個)×10

 【彗恵樹の実】   205,000(個)×8


 【粹鴒石】     1,200,000(個)×5

 【輝隆石】     30,000(個)×12



 (小計)273点  76,532,500


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「一部値段がトんでるのがあるな」

「ああ、それは特級素材ね。“精霊のゆりかご”、“セプタリナの花”、“粹鴒石(すいれいせき)”の三つ。この季節でもなかなか――というか全然出回らなくてね……」

「深部でもあるっちゃあるらしいが、深部(そこ)に到達できる採集専門の奴らでしか採ってこれんしな。希少素材を少ない採集専門の狩猟者(ハンター)で融通し合ってるのが現状だ」


 採集専門の狩猟者(ハンター)はその大半がソロだという。それは深部に到達可能な狩猟者(ハンター)達も例外ではなく、彼らはパーティーを組まない危険(リスク)よりも、ソロでいることの利点(メリット)を選んでいるそうだ。

 実力が上がると採集可能な素材も増え、等級も上がる。しかし、同等級の狩猟専門の狩猟者(ハンター)達と比較すると、パーティー人数を考慮しても狩猟専門の方が実入りがよくなる傾向が高い――そして、それは等級が上がるほど顕著な差として現れる。


 ソロでなければ()()()()()()――報酬のため、なにより狩猟者(ハンター)としてのプライドを守るために。“採集専門だから”と侮られることがないよう、採集専門の狩猟者(ハンター)独自のコミュニティがあるのだという。

 本人はあまり関わりがないらしいが、そういった派閥があるというのはリィンから聞いたことがあった。どう考えても煩わしそうなので、なるべく関わらないに越したことはないだろう。


「狩猟に採集、両立ってのも難しいもんで、ギルドとしてもなかなか対応がしづらいんだ。採集専門の奴らに“パーティーを組め”なんて言えんしな」

「私としては、狩猟専門の中に一人採集専門を入れてほしいけどね~」

「それが理想だがな。だが、狩猟の方が危険な分、その採集専門の奴も多少は戦えないと、どうしても不和は生まれる。それに、戦えるなら最初から狩猟専門になってるだろうしな」


 最低でも後衛として補助でもできない限りは難しいだろう。実入りのいい狩猟に参加できない――報酬は貢献度に関係なく頭割りになる以上、不公平を生む危険(リスク)は避けた方が無難だ。


「ま、その問題は置いといて――二枚目だな。そっちはもっとすごいぞ」


 イアンに促され、書類を捲る。一枚目よりさらに長い文字列に、少しばかり眉間に皺が寄るのを感じた。


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【潜土亀(トゥラ・トルタ)】 65,000,000

 ■特記素材

 魔煌核、甲殻、頭蓋、血、心臓、肝

 ■その他素材

 皮、牙、爪、尾甲、眼球

 ■備考

 特殊変異体


 【雷克竜(クォルヴァ・ドラコ)】 60,000,000(2体)

 ■特記素材

 魔煌核、甲殻、角、皮、鱗、翼膜、牙、爪、骨髄、血、心臓、眼球、肝、金渦袋

 ■その他素材

 頭蓋、毛、棘、靭帯、尾甲


 【氷巨狼(イス・ガルム)】 40,000,000(2体)

 ■特記素材

 魔煌核、皮、毛、牙、爪、尻尾

 ■その他素材

 頭蓋、靭帯、骨髄、血、心臓、眼球、肝


 【轟叫猿(ラウツ・ハルク)】 30,000,000(5体)

 ■特記素材

 魔煌核、頭蓋、髭、心臓

 ■その他素材

 皮、毛、牙、爪、靭帯、尻尾、骨髄、血、眼球、肝、音袋


 【霧毒蛇(アースプ)】 15,000,000(3体)

 ■特記素材

 魔煌核、皮、骨髄、胆嚢

 ■その他素材

 棘、牙、尾甲、血、心臓、眼球、肝、毒袋


 【地穿鰐(グラン・ゲリッツ)】 7,250,000(2体)

 ■特記素材

 魔核、角、皮、牙、胃石

 ■その他素材

 鱗、棘、爪、靭帯、尾甲、骨髄、血、心臓、眼球、肝

 ■備考

 等級“5”×1、“3”×1


 【影滑豹(シャット・パルダ)】 4,500,000

 ■特記素材

 魔核、髭、皮、毛、牙、爪、尻尾

 ■その他素材

 頭蓋、鱗、靭帯、骨髄、血、心臓、眼球、肝


 【角翼牛(グアンナ)】 4,200,000(4体)

 ■特記素材

 魔核、角、皮、翼膜

 ■その他素材

 靭帯、蹄、尻尾、骨髄、心臓、眼球、肝、胆嚢


 【風群狼(ワイス・ガルム)】 3,000,000(10体)

 ■特記素材

 魔核、皮、毛、牙、爪、尻尾

 ■その他素材

 靭帯、骨髄、血、心臓、眼球、肝


 【屍啄鳥(スチュパリデス)】 1,600,000(8体)

 ■特記素材

 魔核、翼膜、鶏冠、嘴

 ■その他素材

 頭蓋、皮、棘、尻尾、骨髄、心臓、眼球、肝、腐食袋



 (小計)38体  230,550,000


 (合計金額)   307,082,500


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「“魔煌核”……?」

「魔石のように完全に結晶化した魔核のことよ。最低でも二元素以上の魔術を使う怪魔からじゃないと取れないの」

「つまり……魔核よりいいものなのか」

「そう、魔煌核は魔核の上位素材よ! こんなに仕入れられるなんて最高っ!」

「それはよかった」


 問題はなかったらしい。ずらりと並ぶ文字列を目で追うと、霧の森で狩った怪魔の数体は魔煌核を持っていたようだ。

 二元素以上の魔術――というのはセレにはよくわからない。しかし、思い返せば魔煌核を持つ怪魔は魔術の精度が高かったような気がしなくもない。地面が凍ったり音が岩を砕いたのには驚いた。


「おいおい、そこはまず金額に驚くとこだろ。3億だぞ3億」

「魔核が一番欲しいって聞いてたからな……こうして並ぶと、怪魔でもかなり額が違うんだな。この雷克竜(クォルヴァ・ドラコ)っての、二体とはいえあの亀に迫るのか」

「ああ、魔煌核を持つ怪魔は基本的に希少だ。滅多に遭遇しないうえ強いからな、雷克竜(クォルヴァ・ドラコ)氷巨狼(イス・ガルム)はその最たる例だ」


 雷克竜(クォルヴァ・ドラコ)は二百六十年ぶり、氷巨狼(イス・ガルム)は百四十年ぶりの取引だったらしい。生息地は霧の森の奥地、ボレイアス大森林の固有種なこともあり、その素材は特に高額で取引されたとのことだった。

 逆に、潜土亀(トゥラ・トルタ)は本来は魔煌核を持つ怪魔ではなく、特殊変異体故に持ちえたものであるらしい。その魔煌核は現存する中で最大クラスだったそうだ。


 肩に座ったチェルシーと書類を眺めつつ、続けてイアンの説明を受ける。


 まず全体として、特記素材に分類された素材は特別高額で買い取られるものらしい。その種の固有素材、特別な効能が見込めるもの、美術的価値の高いものなど、その内容は様々だという。

 今回の場合、雷克竜(クォルヴァ・ドラコ)の金渦袋、氷巨狼(イス・ガルム)の毛皮、轟叫猿(ラウツ・ハルク)の心臓、霧毒蛇(アースプ)の胆嚢は特に価値が高いそうだ。代替の効かない素材であることはもちろん、その希少性から引く手が凄まじいことになっているとイアンは笑った。


「あの金渦袋は見事だったわね。錬成工学科の知り合いがすごい勢いで問い合わせてきたわ」

「錬成工学?」

「正確には少し違うけど、魔力工学と同じく魔導具にも携わる学問ね。あっちも常に希少素材は不足してるから、それはもう大興奮よ!」

「へぇ……」


 教授(チェルシー)の知り合い。すでに癖が強そうだ。


 預かり証と明細書を照合し、内容に間違いがないか確かめる。

 地穿鰐(グラン・ゲリッツ)という怪魔の備考欄にある等級は、納品物の状態を表すらしい。最高値は“5”、損傷が激しければ等級が下がり、買取価格も下がる。皮の損傷が酷かったという等級“3”は【鉄壁(アイアンクラッド)】と接触した個体だろう。


「――……確認した。間違いはなさそうだ」

「おう、ありがとよ。それじゃ、次は――よっと。これが買取代金だ。確認してくれ」

「わぁ、すっごい。大金持ちね、セレ!」


 ズシン、とテーブルに置かれたのは、トレーに乗った硬貨の山。

 山、といっても雑に盛られているわけではなく、綺麗に縦に積まれたものが整然と並べられ、取引に対する誠実な姿勢を感じられる――残念ながら、硬貨(ブツ)のギラギラしさを前に霞んでしまっているが。


「また確認か……」

「なんで嫌そうなんだよ。100万カロン硬貨の山なんてそうそう見れねえぞ?」

「こういう作業は好きじゃないんだ」

「変わってんなぁ、お前……100万カロン硬貨が三百七枚、残りはこっちだ」


 十枚ずつ積まれているようなので数えやすくはあるが、面倒なものは面倒だ。

 10万カロン硬貨より一回り大きい100万カロン硬貨は薄らと虹色に輝いている。1、2、3――30と七枚、端数を確認する。


「確認したぞ」

「おう、お疲れさん。取引は以上だが、何か聞いておきたいことはあるか?」

「……いや、特にないな」

「そうか。ちなみにだが、金はギルドに預けることもできるからな。証章(バッジ)がありゃあ下ろせるぜ――じゃあ最後に、お前の昇級の件だな」

「…………」

「くっくっく……お前、ほんと変わってんなぁ!」


 この時ばかりは、フードの中ですっかり寝こけたエナが恨めしい。

 もはや隠すこともなく嫌な顔をすると、対面の偉丈夫は愉快そうに体を揺らすのだった。



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