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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
暗闇の末梢
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60. 査定と精算・前

「まずは面子(メンツ)の紹介だな。俺の名はイアン。狩猟者(ハンター)ギルドでギルド長をやってるモンだ、よろしくな。で、横にいるでっかいのがニルス、素材管理部のトップを任せてる」

「ニルスです。よろしくお願いします」


 央人族のイアンに、獣人族、獣の丸耳と毛深さが特徴的な熊人のニルス。ニルスはなかなか強面(こわもて)だ。

 揃って長身かつ筋骨隆々な壮年の男性で、二人が座す正面の一角だけがやたらと圧迫感がある。もしかしたら狩猟者(ハンター)だったのかもしれない――否、現役と言われても納得できそうな()()()な肉体。実力の方も【鉄壁(アイアンクラッド)】の面々と同程度以上にはありそうだ。


 イアンは初対面だが、ニルスの方は以前会ったことがある。大倉庫で職員達の指揮を執り、セレと直接やり取りをしていた職員だ。

 素材管理部のトップとのことだが、自ら現場に出ているのか――繁忙期だからだろうか。少し申し訳ない。


「こちらが商業ギルドの副ギルド長のキリル殿、営業部部長のアンセン殿だ」

「ご紹介に(あずか)りました、キリルと申します。以後お見知りおきを」

「アンセンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 商人の元締めらしい、というべきか。柔和な顔立ちをした、物腰の低い中年の男性が二人。

 獣人族、つんと尖った獣の耳とふさりとした尾を持つ狐人のキリルに、央人族のアンセン。双方細身ながらもイアン達の圧に呑まれた様子はなく、柔らかな物腰の中に老獪さが伺える。


「最後に学術ギルドの魔力工学科科長、ヨルグ殿。依頼主であるチェルシー殿だ」

「初めまして、セレさん。チェルシー教授から話は伺っています。私はヨルグ、デアナ大学園では教授を勤めております」

「ヨルグ教授は私と同じ、魔力工学専攻なの!」

「ははは。いやぁ、今回の取引は大変心躍るものでした。年甲斐もなくはしゃいでしまい……」


 照れるヨルグに「そりゃあ仕方ないですって!」と笑うチェルシー。

 ヨルグは初老の長耳人(エルフ)の男性のようだが、妙に仲がいいのは同じ学問を志す同朋だからか。なんとなくだが、同朋より同類というのが似合いそうだ。


「んで、今回の主役で狩猟者ギルド(ウチ)所属のセレ。鉄等級で狩猟者(ハンター)成り立て、期待の新人ってやつだな」

「セレだ。こいつは従魔のエナ」

「ぴゅい!」

「おやおや…………見たことのない魔物ですね。随分と可愛らしい――」

「キリル殿、狩猟者(ハンター)に対する余計な詮索は控えていただきたい」

「……失礼いたしました。いやはや、職業病といいますか、珍しいものには目がない性質(たち)でして」


 イアンに止められながらも、視線はエナに縫い留められたまま――やはり油断ならない。長く見られるのも良くなさそうだと、フードに隠れるよう念話でエナに指示を出す。

 おとなしく従い見えなくなったエナに、キリルは「おや、嫌われましたかな」と肩を竦めた。その様子を横目にイアンは咳払いをすると、仕切り直すように書類の束を手に取った。


「さっそく本題に入るとするか。セレ、とりあえず今回の取引について簡単に説明するぞ」

「ああ、頼む」

「よし。まず、お前の納品したモンは狩猟者(ハンター)ギルドで責任をもって査定したから安心してくれ。素材の需要に品質に希少性、がっちり適正価格を付けたからよ」


 通常、狩猟者(ハンター)が卸した素材は狩猟者(ハンター)ギルドで査定され、適正価格を付けられる。

 直接取引において、狩猟者(ハンター)の知識不足につけ込み買い叩こうとする輩はどこにでもいる。狩猟者(ハンター)が不利益を被らないよう依頼主との間に入り、公正な取引を仲介するのが狩猟者(ハンター)ギルドの役割である。


「で、一つお前に謝らなきゃならん。モノがモノだったからな、面子を見てもらえばわかると思うが、資金繰りの関係もあって他のギルドも噛むことになった。事後報告ですまない」

「構わない。私が持っていてもどうにもできないものだ。全部買い取ってもらった方がありがたい」

「そう言ってもらえると助かるぜ。素材だが、まず依頼主のチェルシー殿、実質次に学術ギルド、その次が狩猟者(ハンター)ギルド、最後に商業ギルドが獲ることになった」


 依頼によって獲得された素材は基本的に依頼主に獲得優先権がある。依頼報酬とは別に、依頼主が適正価格で狩猟者(ハンター)から素材を購入し、余りが出た場合は狩猟者(ハンター)ギルドが買い取るか、もしくは狩猟者(ハンター)がそのまま受け取ることになる。

 今回の取引の場合、チェルシーが学術ギルドに所属しているので、彼女に資金援助をする(てい)で学術ギルドが二番手に、四番手に商業ギルドが獲得優先権を得た形になる。本来は狩猟者(ハンター)ギルド内で済ませる内容だが、今回はそれほど“特例”だったのだろう。


「採集品は市場に流す分以外、チェルシー殿と学術ギルドが買い取ることになった」

「セレさんが“精霊のゆりかご”を始めとした希少素材を卸してくれたおかげで、魔力工学科は大盛り上がりですよ…………ええ、他には渡しませんとも、絶対に」

「当然! 私の依頼なんだから、市場に流す分以外は魔力工学科(ウチ)のものよ!」


 穏やかな顔をしたヨルグから妙な気迫を感じる。確か、魔力工学とは主に魔導具の研究を行う学問だったはずだ。同じように希少素材を求めている学科があるのだろうか――ありそうだ。二人の様子を見る限り。


「で、怪魔に関してだが――」


 曰く、セレの狩った怪魔のほとんどは霧の森で生息するものであったため、通常の怪魔よりも高値が付いたとのこと。そして、魔核は全てチェルシーと学術ギルドが、それ以外は用意した資金と相談して各ギルドが順当に買い取ったのだという。


 霧の森まで侵入して狩猟を行う狩猟者(ハンター)は少ない。深部と比べて危険が段違いであるというのは当然として、本来の狩猟者(ハンター)の役目は“町の防衛”――通常、霧の森から出ることがない怪魔達を狩ってもあまり意味がないのだ。

 数を増やした怪魔に追い立てられ、弱い魔物達が森から出てこないよう間引くのが主な狩猟者(ハンター)の仕事である。その辺りは巨獣狩りとほぼ変わらない。要は大群奔流(スタンピード)が起こらないようにするということだ。


「採集素材もですが、怪魔の素材も甲乙つけがたいほど素晴らしかったです。特に皮にも内臓にも傷がほぼなかったのがよかったです」

「あの皮の数々は大変に素晴らしい物でした。あれだけ綺麗な一枚皮は滅多にありませんので、加工すればそれは素晴らしい一品となるでしょう」


 ニルスの言葉にアンセンが相槌を入れる。商業ギルドは採集素材にはありつけなかったようだが、怪魔の素材だけでも十分なものだったらしい。「しかも霧の森の怪魔ですからね。すでにたくさん問い合わせを頂いておりまして」と微笑むキリルは満足げである。


「見事に首をスパンといってたからなぁ。それもあれだけの数、全部揃ってとはたいしたもんだ。ありゃあ狙ってやったのか?」

「元々そういう狩りをしているのもそうだが、事前に魔核が欲しいと聞いていたからな。正確な場所は知らないが、心臓のようなものなら首周りにはないだろうと判断した」

「ほう……大当たりだ。魔核は大概の場合、体の中心近くにあることが多い。……ククッ、あの“特殊変異体”を単独で仕留めただけはあるな」


 イアンがにやりと笑う。なんとなく総長(クソジジイ)と被るので、その表情は止めていただきたい。


「おお、そうだ。そっちの話もしないとな――お前が狩ってきたあの巨大怪魔についてだ」

「ギルドで調べた結果、あれは潜土亀(トゥラ・トルタ)という怪魔の特殊変異体だという結論が出ました」



 潜土亀(トゥラ・トルタ)――ボレイアス大森林の最奥、霧の森に生息する怪魔の一種。


 別名“罠亀”。霧の森に生息しており、平時は地中に身を潜めている。獲物が接近すると岩壁で囲い逃げ場を塞ぎ、足元から丸呑みにしようとする。

 霧の森の怪魔らしく、<多元起導(マルチスペル)>――魔術の並列使用による隠密にも長け、物魔双方に高い耐性を持つ堅牢な甲羅もあり、事前知識なしに狩猟するのは非常に困難だと言われている。


「ただ、通常のものと比べてあまりにもでかいうえ牙や甲羅の発達も異常でな。口から吐いてたっていう酸のことといい、まだわかってないことも多い」

「各部位の研究試料(サンプル)分は狩猟者(ハンター)ギルドと学術ギルドで買い取って、それ以外は通常通りの買取ということになりました。甲羅や尾の解体は終わってませんが……」


 ニルス曰く、元々潜土亀(トゥラ・トルタ)の甲羅や皮は防具素材として優秀だったが、あの特殊変異体は変質により通常種よりもさらに強力なものであるという。

 解体は未完了ながらも買取の分配はすでに終わっており、キリルががとてもにこやかに「あれも素晴らしいものでした」と言った。


「セレ様、心より感謝申し上げます。このような滅多にない商材に携われたこと、商業ギルドにとってとても有意義なものになりました。実は、すでに商業ギルドでの買取分については買い手が付いておりまして……次の機会があれば、ぜひまた商業ギルドにもお声がけを」

「私からも、魔力工学科を代表してお礼申し上げます。“精霊のゆりかご”はもちろん、上級、特級素材の数々……それなりに長く生きておりますが、かつてないほどに心が滾りました。報酬の魔導具の件、欲しいものが決まりましたら、私が協力できることであれば何でもお手伝いいたしましょう」


 思惑はそれぞれあるだろうが――“狩ること”はセレの仕事であり、そのことで喜ぶ存在が多くいるのなら、それはきっと良いことだ。

 「いい取引になったようで、よかったよ」と相槌を打つ。ひと段落が付いた説明に肩の力を抜きそうになるが、まだ半ば。セレは上等なソファーに座り直し、浅く息を吐いた。



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