59. 精霊曰く、妖精とは
『妖精……妖精なぁ……』
(知らないのか?)
『いや、爺から聞いたことはあるんだが……なんつーか、あんまいい感じのことは言ってなかったな。精霊と似てるとこもあるけど違う、みたいな』
朝食のハムエッグを突きながらエナが唸る。あの好々爺然とした精霊をしてそう言わしめるとは、妖精とはそれほどまでにアレなのか。セレはトーストを二つに割きながら続きを促した。
少し硬めの黄身を啄むと、エナは記憶を掘り起こしているのか、いつもよりゆっくりと話し始めた。
『精霊はさ、んー…………セレには確か、“精霊は変なのに狙われるから生まれた森から出ない”って言ったよな。でも、別に外の世界が怖いとか嫌いとか、そんな風に思ってるわけじゃねえんだ』
(そうなのか?)
『ああ。人を見てビビってたのも人を見慣れてないからだしな。一番の理由は、単純に“外に興味がない”んだよ。そもそも俺達は生まれた森のことが好きだし、出ていく意味がないっつーか……俺は外の世界が見たくて出てきたけどよ』
(ああ……うん。わからんでもない)
興味があった人にはぐいぐい接触してきた辺り、精霊に好奇心がない、というわけではないだろう。単純に“危険を冒すほどの魅力を他所に感じない”、というだけの話だ。
『俺は別に森が嫌いなわけじゃないぜ』と言いつつ、エナは皿の端のソーセージを転がした。
『んで、妖精はその逆で、物質界のことが気になって仕方ないんだと。元々仲良しってわけじゃなかったみてえだが、精霊のこともすんげえ意識してるって……“精霊は特に気にしてないけど、なんかチラチラ見てくる奴ら”って爺が言ってた』
(鬱陶しいやつだな、それ)
『俺は見たことも感じたこともねえけどな。あいつらが住んでる……鏡面世界だっけか。そこがつまんねえから、いろいろある物質界が羨ましいんだと』
(ふぅん……物質界にちょっかい出して魔宮創るくらいなら、魔法で自分達の住処をなんとかすればいいのにな)
『どうにもならねえんじゃね? 魔法も万能じゃねえし……あ、魔宮ってのがどんなとこかは気になるな。また行ってみようぜ!』
(……行く機会があればな)
アメリアの話にエナの話、察するに“魔宮は精霊にとって敵地”では――?
嫌悪か嫉妬か、妖精が精霊をどう思っているかは定かではないが――やはり可能な限り近寄らない方がいいだろう。コンソメスープを啜りつつ、セレは適当に相槌を打った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時刻は午後も幾分か過ぎた頃、三日ぶりの狩猟者ギルド。伝言鳥が飛んできたので訪れたが、午後の依頼に出たのか人はそれほどいなかった。
念のためフードは被ってはいるが、今日は特にそれらしい気配は感じられない。フローラリアが対処してくれたのだろう――とりあえず礼を言おうと思いカウンターの奥を見渡すも、珍しく彼女の姿は見えなかった。
「あっ、あなたは……すみません、今日フローラリア遅刻みたいでいないんです」
「遅刻? 意外だな、そんなイメージはなかった」
「ええ、今まで一度もなかったことで……申し訳ございません、私がご案内いたしますので、少しお待ちいただけますか?」
「わかった」
対応してくれたのは、フローラリアと話しているのをよく見る獣人族、兎の耳と尾を持つ兎人の受付嬢。セレが初めてギルドを訪れた日に対応してくれた職員だ。
ちらりとカウンターの奥、事務室を見やると、職員達は慌ただしく動き回っていた。繁忙期の影響はここにも出ているらしい。
否、繫忙期もあるだろうが、聞こえてくる会話が――あれも魔導具なのか、丸い水晶の付いた道具に話しかけている職員が多い。電話のようなものだろうか。
「はい、素材は全て競売に掛けられる予定で――」
「ええ、相対取引は受け付けておりません――」
「目録は後日、改めて公表いたしますので――」
「そうですね、狩猟者ギルドから出品予定で――」
「はい、“精霊のゆりかご”も出品されます――」
『あの女、今日はいねえんだな……ん? セレ、どうしたんだ?』
(いや……早く呼ばれないかな、と)
『んー……なんか忙しそうだよな』
(……そうだな)
巨獣を狩った後の処理はほとんど関与したことはなかったが、あちらでもこうだったのだろうか――仕事をしただけとはいえ、些か申し訳なく感じ肩を竦める。
「お待たせしましたっ。準備が整いましたので、ご案内いたします!」
「ああ、頼む」
「二階の応接室で、当ギルドよりギルド長と素材管理部部長、商業ギルドより副ギルド長様と営業部部長様、学術ギルドより魔力工学科科長様、依頼主であるチェルシーさんがお待ちです」
「……うん? 精算じゃないのか?」
「えっと、今回セレさんがギルドに納品された素材は大変なものが多くてですね、資金の関係もあって特例で複数のギルドが絡んでるんです。それで、関わったギルドから代表の方々がいらっしゃって、ぜひ直接お話したいと」
「なるほど」
「……あれ、セレさんあんまり驚かないですね?」
「あー……他のギルドが絡む可能性は、依頼主にそれとなく聞いてたから」
そういう出迎えには慣れている。“七黒星”なんて最上位を持っていると、訪れた町や転属先の町のトップに招かれるというのはよくあることだ。
外から巨獣狩りを呼ぶ、ということは、即ち防衛力に不安があるということに他ならない。力ある巨獣狩り、ひいては強力な伝を持つ堕欲者の心証を良くしておきたいのは当然なのである。
受付嬢の疑問を適当に流しつつ、セレは内心でため息を吐いた。理解はするが、それに肯定的かといえば否である。訪れただけの町はともかく、組織関係の付き合いは断りづらいのもいただけない――向かう先は、まさに断りづらいそれである。
――狩猟者ギルドの二階は、一階とは内装の雰囲気がまるで違った。
“来客を招く場所”としているのか、装飾や調度品は上等な客亭を思わせるようなそれである。派手すぎるということもなく、かといって質素ということもなく――重厚かつ機能的な一階に対し、格式高さを重視した程よく豪奢な二階、といったところか。
印象は悪くはない。程よく背筋が伸びそうな通路だ――ぼんやりと受付嬢に付いて歩いていると、突き当たりの一等大きい扉の前に辿り着いた。
コン、コン――。
「失礼します。セレさんをお連れしました」
「――おう、入れ」
滑らかに開いた重厚な扉を潜ると、出迎えたのは六対の視線。
入室者を出迎えるような形でテーブルを中心にぐるりと六人。「ヤッホー」と手を振るチェルシーが真っ先に視界に入る。機嫌がよろしいようで何よりである。
「さて、主役が来たところで――今回の取引のシメといこうか」
真正面、大柄な男がにやりと笑う。ようやく面倒事が一つ片付く――セレは促されるままに対面に腰を下ろした。




