表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
暗闇の末梢
59/80

57. 探索者

「ん~……っ」


 両肩の違和感。伸びをすると、じわじわと痺れにも似た感覚が体を伝う。

 談話室のソファーで贅沢に一人、遠慮なく足を伸ばす。柔らかなクッションの位置を修正し、背もたれにちょうどいいように――足元のクッションでひっくり返っている精霊を起こさないよう、そろそろと体勢を変える。


 買い物をし、娯楽を楽しんだ日より二日。宿に引きこもり、ひたすら【精霊伝奇物語】を読み進めているが、さすがに少し疲れてきた。

 読書は嫌いではない。学がないので小難しいものは読まないが、短編集や雑学本など、当たり障りのないものは気まぐれに買うことがある――故に、現在読み進めている腕ほどの厚みがある大冊は読んだことがない。しかし、今セレにできる一番現実的なことなので、避けて通ることはできないのだ。



 この町に来た第一の理由、この世界を知ること。

 この世界に落とされてからひと月以上が過ぎていた。まだまだ理解が及ばないことは多々あるが、常識以前の問題である道徳、倫理についてはさほど変わらないということは肌感覚で理解した。仮にあまりにも違っていたとしたら、普通に生活をするにも途方もない気苦労を覚えていたことだろう。


 常識については、種族・人種などが細かく分かれていること、魔術という技術が深く根付いていること、巨獣狩りに似た狩猟者(ハンター)という職業があるので、生活は問題なさそうなこと――最低限、なんとかなりそうな気がしなくもない。

 言語については不足分を勉強するとして、あとはこの町を出てからも折々覚えていけばいいだろう。全てを覚えられるとも思わないので、潔く諦めたとも言う。


 それにしても――セレはふう、と息を吐いた。

 目下の目的である各地の精霊巡り――当然といえば当然だが、“言うは易く行うは難し”である。本に載っているだけでも相当な数の精霊がいるのだと予想ができ、なにより行動範囲は最低でも大陸(ローゼス)一つ。デアナに近い場所から白地図に書き込んでいるが、移動には慣れているとはいえ骨が折れそうだ。


「――あら。セレさん、今日は談話室なんですね」

「ん……? 早い帰りだな、アメリア」

「ええ、昨日は休日出勤だったので……」


 談話室に入ってきたのは、学園の初等部で教師をしているアメリアだった。女将(ダニエラ)に渡されただろう菓子盛りをテーブルに置くと、「セレさんもどうぞ」と言って緩く微笑んだ。

 昨日は夕飯にも間に合わないほど忙しかったらしく、些か疲れ気味なようだ。備え付けのピッチャーから水を注ぐと、一人掛けのソファーに深く腰を下ろす。コップの半分ほどを一気に飲み干すと、ようやく肩の力が抜けたようだった。


「セレさんはここ数日、ゆったり過ごしてますね。あれだけ連続で働いていたら当然でしょうけど……というより、夜も帰ってこない日の方が多かったですよね」

「依頼で森に入ってたからな。言われてみれば、せっかく長期契約したのにほとんど森の中か」

「私が口を出せることじゃないですけど、体調には気を付けてくださいね? ……ふふっ、エナちゃんはすっかり夢の中ですね」

「鳥のくせに腹を出して寝るんだよな、こいつ」

「ふふふ、お腹にくっついてるのはおもちゃのバッジですか? 可愛い――……あれ? 今朝は“昨日から読書と言葉の勉強だ”って言ってましたけど……それ、地図ですか?」


 不思議そうなアメリアの視線の先には、所々に書き込みが散らばる白地図本。

 昨日一日で読書ならなんとかなる程度には文法を理解できたので、今朝からは辞書と白地図本を傍らにひたすら本を読み進めていた――確かに、読書と言葉の勉強に白地図はそぐわないだろう。


「宿の契約が切れたら、旅に出ようと思ってな」

「えっ、そうなんですか? ……ってことは、セレさんは探索者(シーカー)になるんです?」

「えっ……いや、別に探索者(シーカー)になるつもりは……この本に載ってる場所を辿ろうかと思って」

「【精霊伝奇物語】……? 精霊に興味があるなら、余計に探索者(シーカー)になった方がいいんじゃないです?」

「……そうなのか?」

「ええ。存在不明(アンノウン)に関しては、狩猟者(ハンター)よりも探索者(シーカー)の方が詳しいと思います」


 曰く、探索者(シーカー)は“未知の探求”を理念の一つとしている故に、そういった現実的ではないもの――精霊などといった幻の存在、不確かなものに関する情報を多く持っているらしい。そして、探索者(シーカー)ギルドにはそういった情報を共有・交換・売買する仕組みが存在するのだという。

 探索者(シーカー)ギルドは情報の精査、事実確認も担っており、存在不明(アンノウン)に関する信憑性の高い情報を得るなら探索者(シーカー)ギルドを通すのが一番いいと――教師をしているからなのか、アメリアは解説がとても上手い。そして面倒見がいい。


「なるほどなぁ……その、探索者(シーカー)狩猟者(ハンター)と兼業できるのか?」

「多い、というか、ほとんどの探索者(シーカー)は兼業してると思いますよ? 探索者(シーカー)は旅をしている方が多いですが、旅費を稼ぐために狩猟者(ハンター)ギルドで依頼を受けたり素材を売ったりするらしいです。あと、狩猟者(ハンター)ギルドの証章(バッジ)は身分証にもなりますから」

「ああ、主要七ギルドじゃないからか」

「はい。でも、最終的には狩猟者(ハンター)一本に絞る方が多いと聞きます。気に入った町ができたとか、家族ができたとかで、狩猟者(ハンター)として一か所に腰を落ち着けると――」



「――あ、“魔宮(ダンジョン)”のある町だったら話は変わるらしいですけど」

「ダンジョン……?」

「……あれ? 聞いたことないですか? 子供に人気のお話にもあるんですけど」


 素直に首を横に振ると、アメリアは「セレさんの故郷ではあまり人気がないんですかね?」と言いながら新たな菓子の包装を解いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ