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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
ぶらりデアナ歩き
52/80

51. ぶらりデアナ歩き~ノーマン文具店~

(これであの木箱五つ分か……)

『あの借りてたやつよりは弱いんだろ? でかいのも見に行くのか?』

(んー……そうだな、どんなものが売ってるか見るくらいならいいか。冷やかしにならない程度に)


 買ったばかりのポーチを右腰に下げて、人波に紛れつつ南エリアの街路を進む。東門から西門、そこから伸びる南門通りはそれぞれが町の外へと続く交易路で、狩猟者(ハンター)が多い北門付近より往来が盛んである。セレは改めてフードを被り直した。


 新品のポーチは驚くほどに腰によく馴染む。店員に試用するように言われたのでその場でベルトに通したが、まるで最初からベルトに下がっていたかのような馴染みぶりである。中身どころか、本体の重ささえほぼ感じないのだ。

 財布に硬貨を移し替えてみたが、こちらも外見以下の重さのままだった。セレはとりあえず財布とサニアの実・携帯食入り保存袋をポーチに仕舞うことにした。宿にある衣服などをバッグごと収めてもまだまだ容量は余裕である――なかなかいい買い物をした。荷物周りが快適になりそうだ。


(――お、伝言鳥(メフラ)だ。わかりやすいな)

『あの“手紙”ってやつか』

(ああ。ここが聞いてた文具屋か……結構大きい店だな、学生が多いからか?)

『ブング……あ、あの書くやつか! いろんな色があるんだな……なあなあ、俺にも買ってくれよ!』

(うん……? 文具をか?)

『おう! ほら、あそこにあるやつなんかよ、俺でも持てそうだ!』


 ロジが教えてくれた“ノーマン文具店”。店名の下には“文具ならなんでも揃う 学生割引”という文字――学園が近い南エリアらしい店である。


 店に入りエナの指す棚を見ると、小ぶりな手帳と小さなペンのセットが並んでいた。確かにエナにも扱えそうなサイズのペンである。

 デアナに来る前、エナが見せてきたメモのことを思い出す。文字は村の学校などに忍び込んで独学で学んだらしいが、その知識のおかげでセレはこちらの文字が書けているのだ。買っても無駄にはならないだろうと、エナが気に入ったらしい赤い手帳のセットを手に取った。


 目当ての品である伝言鳥(メフラ)も適当に購入する。スタンダードな便箋が数枚に専用の判子、判子にセットする媒体と血紋登録器。そして交換した媒体を入れるケースとペンがセットになったものがあった。

 媒体は切手のように連なっているのを一つずつ切り離して使うようで、そう頻繁に交換しなければしばらくは持ちそうだ。一つずつ名前を記入しなければいけないのは面倒だが――一応長距離用の便箋も別途購入し、手帳と合わせて約10万カロン。それなりの出費である。




 受け取った手帳セットを胸毛に仕舞い、ご機嫌なエナを連れて再び街路を進む。鮮やかな日除けテントが道沿いにどこまでも伸び、その下には店の看板代わりの商品が仰々しく鎮座している。

 あれは大型魔導具店――外に出されているのは調理台だろうか。二口(ふたくち)コンロに流し台、十分な作業スペースに下には収納まで付いていた。【鉄壁(アイアンクラッド)】の面々が使っていたものに少し似ている。


『なあ、ああいうのは買わないのか?』

(うーん…………個人的にはそこまで……どうせ外では携帯食で、町の中では出来合いを買うしな)

『ふーん……ん? そういえばセレって料理できんのか?』

(できなくはない……たぶん普通だ。仕事で町を転々とすることが多かったから、下宿の飯だったり外食だったりで済ますことが多くて、そんなに料理する機会がないんだ)

『ああ、今の宿も飯付きだしなぁ』

(そういうことだ。あと……単純に外で食べる方が好きだな。同じ料理でも町ごとに味が違ったりするから、比べてみるのも面白い)

『へえ、同じ料理でもか……楽しそうだな!』


 エナと会話しつつゆっくり歩を進めていると、とある日除けテントの下、目に留まるものがあった。


(【精霊伝奇物語】……)

『デンキ?』

(“各地に根付いた逸話を元に描かれた、人と精霊の物語”……作者の創作も入った短編集って感じだな)


 本屋の店先、“今月の新刊”と添えられたスペースの端っこに置かれていた本を手に取り、パラパラと流し見る。

 時代背景、舞台説明を踏まえた軽い導入に、あとはよくある主人公視点の物語――ふむ、と本を閉じると、セレは本を手に店内へ足を踏み入れた。


『ん? それ買うのか?』

(ああ。こういうのは資料室にはないし――詳細な場所はわからなくても、精霊の逸話が残ってるってことはその近くに精霊がいるかもしれないだろ?)

『あー、なるほどなぁ。爺の言ってた精霊探しに役立つかもな』

(――あ、そういえばあれも……一応確認するか)


 さすが学生が多い南エリアというべきか、背の高い本棚がずらりと並ぶ店内はそれでも広く感じる。店内掲示を確認しつつ、ハードカバーの専門書が並ぶ本棚の隙間、細長い通路を進む。


(んー……この辺りが歴史書か……ローゼス大陸のは――……うん、これを全部読むのは最終手段にしたいな……)

『多いな……この壁の本全部なのか?』

(みたいだな……ボレイアスでは皇歴で、ローゼスでは王国歴? だったか。ローゼスだけに絞ったとしても、結局多いのには変わりないな)

『爺みてえな物知りの精霊を探さねえとなぁ』


 蟲の女王の件の前後、資料室でめぼしい資料を探していた時のこと。この世界の常識的な事柄である種族・人種に関する本を読み、興味本位で魔術教本を流し読み――過去の歪みの原因、エナの言う“大昔の大事故”のことも調べてみようと思い、世界史をまとめた歴史書に目を通したことがある。

 しかし、その冊数の多さ、エナに尋ねても判然としない大事故とやらに、セレは早々に諦めてしまった。ボレイアス大陸発祥の“フォルテナ皇歴”が5000年、ローゼス大陸発祥の“ストルシア王国歴”は3000年。学のない人間には重すぎる。


 歴史書、戦史、事件録――視界に入る背表紙達を半眼で仰ぎ見る。

 ズミはローゼス大陸で起きた戦争の最中に歪みができたと言っていたが、ローゼス大陸はボレイアス大陸よりも多く戦争が起こったらしく、戦史だけでも相当な数の本が並んでいる。遠く離れたトゥルサ共和国でさえこれだけ揃っているなら、現地では一体どれほどの量になることか。


 そもそも歪みのきっかけとなった異変とやらは戦争に関係したものなのか、歴史書に載るような重要な転換点だったのか――歴史とは所詮“人の歩んだ記録”でしかない。精霊は異変だと知っていても、人の中ではそもそも“存在しないこと”である可能性もあるのだ。

 もし異変というのが自然現象であれば、人の目のないところで起こったというのも十分あり得る。そうなると、歴史書とも違う、また別のカテゴリになるわけで――頭を振るい、店の入口へ踵を返す。


 目下の目標は“各地の精霊巡り”、その方針に変わりはない。それ以外のことは一旦忘れよう――伝奇本を手に、セレは他の本棚へと視線を向けるのだった。



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