50. ぶらりデアナ歩き~ヴォクレール~
「――では、お手数をお掛けしますが……三日後、またよろしくお願いします」
「わかった」
足早に去っていく職員の背中を見送り、先ほど訓練所に出してきた巨亀の胴を見上げる――三日で済むのだろうか。せめて精算だけは終わらせてほしいものだ。
『なんかこいつらも忙しそうだよな、あっちこっち走り回ってよ』
(……その原因の一部なんだろうな、巨亀は)
おそらく、ではなく、間違いなくそうだろう。狩り盛りである今、他の狩猟者の持ち込んだ収穫品の対応にも追われているに違いない。
少しばかりの罪悪感。特に何も考えずに全て買取に出すと言ってしまった――否、素材など持っていてもどうしようもない。妙な遠慮はせず、一度に済ませるのがいいに決まっているのだ。
『なあ、この後どうすんだ?』
(魔導具店を見に行く。財布と、伝言鳥と……必要なものを買って、夜はお前の行きたがってた曲芸見に行くか)
『おおっ! ついにか!』
(聞いた話だと、夜は子連れも少なくて結構空いてるってさ)
昨晩ニコルから教えてもらった情報である。この町に曲芸団が来てそれなりに経つらしく、今は店仕舞い前の駆け込み客が多いとのこと。彼女は宿の看板娘故か、なかなかの情報通だった。
午後一の予定は終わった。雑に立てた今後の予定とゲオルグ達から聞いた情報を頭で軽く反芻する。とりあえず一言伝えようと、依頼主達の方に足を向けた。
「先生。収穫品はこれで全部出したし、借りた物を返すよ。バッグの中に他の道具も入ってるから、フローラリアと確認してくれ」
「――ああ、セレ。私は今、感動しているのよ」
「……は?」
「ようやく実感したわ。この大きさ、異質さ……私の目の前には、かつてローゼスに現れたという神魔に迫る可能性を秘めたモノがあるってことを――そして、その素材はッ! 私にッ! 獲得優先権があるッ!! フフッ、フフフフフフフ」
「…………ソレハヨカッタ」
「ぴゅ……」
関わりたくない、が、依頼主なので関わらざるをえない――目を爛々とさせたチェルシーに半歩ほど体を引くと、ジムンナを抱えたリュッグが拡張バッグを引き取ってくれた。
「昨日から夜通しこんな感じでの。まあ、気持ちはわからんでもないが」
「すみません、セレさん……――あ、この怪魔や他の素材もですが……今回の“精霊のゆりかご”の件、ありがとうございます。おかげで、滅多にない珍しいものを見ることができました。昨日はいろいろあってお伝えできなかったので……」
「わしからも礼を言わせてくれ。それなりに長く生きておるが、その中でも指折り面白いものを見せてもらった。しばらくは退屈せんじゃろうの」
「プ」「プル」「ププ」「プン」「プッ」
セレにはジムンナの喜怒哀楽はわからない。が、声が心なしか弾んでるように聞こえなくもない――わからないだけで、実はチェルシーのように狂喜乱舞しているのかもしれない。
「私は依頼をこなしただけだ。でも、礼は受け取っておく。こっちもなかなか得るところの多い依頼だったよ」
「ほう、それはよかった。……ところで、どうして今日はフードを被っておるんじゃ? えらく目深じゃのう」
「ああ……どうも噂が出回ってるらしくてな、いろいろと」
午前中、伝言鳥で呼び出しが来るまで宿を出られなかった。主に、宿にやってきた新聞屋や商人のせいで――ニコルの言っていた“噂”は、一日と経たずに耳の早い者達の間で広まってしまったらしい。
宿まで突き止めたのは少数らしかったが、面倒であることに変わりはない。ダニエラとニコルは「客のことは話せない」と追い払ってくれたが、それでも完全には捌けなかったので、結局窓から外に出るはめになったのである。
「確かに……ここまでのモノだと、それを持ち込んだ狩猟者の方に関心が集まっても仕方ないですね」
「一応フローラリアに伝えてみたら、“そちらもギルドの方で対処しますので、ご安心ください”ってさ。だからそう長くは掛からないと思う」
「狩猟者ギルドが動くなら安心じゃのう――ああ、もし素材の件でしつこく接触してくる者がいたら、わしらの名を出しても構わんよ」
「“狩猟者ギルドを通せ”、じゃなくてか?」
「うむ。もとより狩猟者ギルドを無視する相手であれば、“依頼主に聞け”の方がよい。獲得優先権を持つのはこちらじゃし、今回の件、学術ギルドは間違いなく嚙んでくるじゃろうからの」
狩猟者ギルドを避けたとしても、依頼主の背後には主要七ギルドである学術ギルドが控えている――学術ギルドは確実にチェルシーを通じて素材を確保しようとするので、各ギルドを避けての交渉は実質不可能であるらしい。
それを知ってなおひと噛みしようとする者はいないだろうとジムンナは言った。そもそも狩猟者に対する強請はマナー違反なので、狩猟者ギルドは迅速かつ全力で釘を刺しにいくだろうとのことだった。
「学術ギルドからどれだけ資金を引っ張れるかが踏ん張りどころじゃのう」
「絶――――ッ対、魔核と各部位の一部は確保するわよ! ダーリンッ!」
「せ、先生、聞いてたんですね……」
「ここ数日は頑張らねばのう、チェルシーや」
「プ」「プル」「ププ」「プン」「プッ」
カップル(?)が仲良くじゃれているのに肩を竦めつつ、用は済んだからと辞去する。あとは彼らに全て任せればいいだろう――精算までの三日間、さすがに付き合うつもりはない。
好奇の目を避けるよう、気持ち気配を薄めながらゆっくり歩く。野次馬のざわめきに紛れつつ、セレは訓練場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
南門通り、南門通りから伸びる南東通り、南西通りは本屋や魔導具店が多い。これは以前リィンにも聞いた話だが、凸凹コンビによると「魔導具に関しては値が張るものが多い」「本も学生や研究者向けの専門書を扱う店が多い、だから値段も高め」ということらしい。
全体的に物価が高めなのが南エリアだという。大型魔導具や拡張バッグなどの高価な魔導具類を取り扱うのが南エリアの魔導具店、商材が日用品ほどに留まる北門通り近くの魔導具店とは違い、店構えも格式高いものが多かった。
「こちらの財布は怪魔の革なので少々値は張りますが、品質・性能は申し分ございません。付与は軽量化・容量拡張・防水・防汚・防腐に加え、防刃・防魔・耐衝撃と狩猟者の方も安心して携帯いただけます」
「へえ、怪魔の革なのか」
「はい。角翼牛というボレイアス大森林の深部で狩猟されたものです。滑らかで美しいでしょう? この深いオリーブ色も男女問わず人気でして……こちらはバッグに繋いでいただける盗難防止用ストラップなのですが、こちらも角翼牛の翼膜から作られています。職人の手によって編まれたセピアとベージュの革紐が上品さを際立てます」
「翼膜……」
『もしかしてあの牛頭か? 色もこんな感じだったような……』
(――ああ、あの牛トカゲみたいな……確かに脇に膜があったな)
『なかなかダンディでいい感じじゃねえか。セレの狩ったやつもこうなるのかぁ』
上品なスーツに身を包んだ店員のセールストークを受けて脳裏をよぎるのは、昨日大倉庫に納めたばかりの怪魔の姿である。セレの手のひらほどの革財布――店員に勧められ撫でてみると、引っ掛かりもなく柔らかで、上質な革であるとよくわかった。
革製魔導具専門店“ヴォクレール”。凸凹コンビおすすめの店である。
デアナに昔からある老舗で、店・品ともに質が良く、曰く「奮発したい買い物や長く使いたい上質な物ならここが一番だ」とのこと。
革製魔導具専門店というだけあって、店内にあるのは財布からソファーまで全て革製。超容量の拡張バッグは扱っていないが、個人で所有するような品であれば豊富に取り揃えているらしかった。
「ちなみに、容量はどれくらいなんだ?」
「あちらに見えます、高さ約1メットの木箱一つ程度ですね。個人で所有するなら十分かと思います」
「なるほど……よし、これを頂こう」
「かしこまりました。ご購入、ありがとうございます――お客様、他にご入用の品はございますか? あちらのウエストポーチなどは狩猟者の方々にも人気で、当店おすすめの品となっております」
「ポーチか……」
「先程ご購入いただいた財布と同じく、魔導素体として優れた怪魔の革で作られたものになります」
向かいの壁棚に陳列されている、セレの手にも収まる程度の大きさのウエストポーチ。怪魔の革、と一言に言ってもいろいろあるようで、壁棚はなかなかに色鮮やかである。
店員に勧められるがままに商品を検める。先程の財布と同じく、どの革もとても丁寧に鞣されているとわかる――陳列された商品のうち、一つに目が止まった。
『お……それ、セレが今付けてるやつに似てるな』
(ああ……色も、デザインも似てる。ベルトを通す穴もあるし、大きさも……右に下げたら丁度いいかもしれない)
腰と太腿で固定するタイプのウエストポーチを左腰に、ポーチの上部にスローイングナイフを数本。ポーチのサイドにあるナイフホルダーと、右腰のナイフホルダーにロングナイフを一本ずつ。セレのベルト周りはそんな感じである。
そのポーチはセレが身に付けているウエストポーチにとてもよく似ていた。ブラウン地に無駄な装飾もないシンプルさ。色も形も縫製までもそっくりである。
唯一、一粒石の装飾がかぶせに隠れた口近くに付いているという差はあるが、小粒なのでそれほど目立たないように見える――教授に借りた拡張バッグもだが、収納用の魔導具には石細工が付属するのが定番のようだ。
「これは容量はどれくらいなんだ?」
「先程の木箱が五つほどですね。付与は財布と同じく軽量化・容量拡張・防水・防汚・防腐・防刃・防魔・耐衝撃、それに加えて浄化・状態保存も掛かっています。付与が強力な分価格も上がっておりますが、お客様からは“後悔しない買い物だった”と好評をいただいております」
「んー……うん、これも頂こう。精算してくれ」
「かしこまりました」
『もういいのか? 他にもいろいろあるのによ』
(財布とポーチだけで有り金の半分トんだからな。さすがにもうやめておくよ)
財布は30万カロン、ウエストポーチはなんと200万カロンである。
北門通り近くの魔導具店とは文字通り桁が一つ違う。セレは魔導具に明るくないが、この店の商品を見る限り“容量拡張”が付いている魔導具は等しく高価格である――ポーチでこれなら、怪魔が入るようなバッグなど青天井ではないだろうか。狩猟者達がパーティーで拡張バッグを共有するというのも理解できた。
合計230万カロン。きっちり支払って商品を受け取ると、店員が品よく頭を垂れた。
「本日は当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。それらの商品がお客様により長く寄り添えるよう、心よりお祈り申し上げます」




