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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
ぶらりデアナ歩き
50/80

49. 朝鳥亭にて更ける夜

「じゃあ、えーと――なんかお疲れ? みたいな? とにかくカンパァーイッ!」

「もう……適当すぎますよ、ハリナさん」

「アッハッハッ!」

「だからなんでもうデキあがってんだ……」

「そりゃお前、仕事が終わりゃあ飲むだろうよ」

「違いない」

「いえーい、セレ、お疲れ〜」


 しばらくぶりの朝鳥亭の食堂。すでに日はとっぷりと暮れ、ろくでもない大人共が騒ぎだす時間である。

 奥にある長テーブルにはリィンと小土人(ノッカー)達、ハリナにアメリア、ゲオルグにロジと滞在客達が揃っていた。小土人(ノッカー)達はすでに魔石を貰って大人しく食事を始めている――夜は酒場になる食堂はとても賑やかで、セレは改めて人心地を付いた。


 今日はちゃんと服は着ているものの、すでに顔を赤らめているハリナがドボドボと酒を()いでくる。透明な赤い液体――葡萄酒(ワイン)にしては赤すぎる気がするが。ゲオルグとロジが「ゲェッ」と声を上げたのが引っ掛かる。


「んっふふふ~。ねえねえ、これ飲んでみてよ」

「ハリナ、おまっ……」

「おいおいおい、なんてモンを……」

「なんだよその反応……」

「いいからいいからぁ! あ、でもちょっとずつ飲んでね!」


 含むものがある態度に眉を寄せつつ、グラスに口を付ける――果実酒、ではなく蒸留酒(ブランデー)のようだが、なかなかに酒精が強い。いや、酒精以外にも何か含むものを感じるのは気のせいだろうか。

 甘くないのはいいのだが、それ以外に何か――雑味ではないのだが、不思議な奥行きのようなものを感じる。


「……不味くはない、けど……なんだ、なんか混ざったような……?」

「お、おいセレ、お前大丈夫か?」

「ああ……なんだ、この酒何か入ってるのか?」

「うっそだろ……“耽溺の赤”を飲んでケロッとしてやがる……」

「あ、これがそうなんだ? 私初めて見たや」

「ハリナさんっ、なんてものを持ち込んでるんですかっ!?」

「いや~、知り合いがサニアの実をそのまんま食べるって言ったらさ? 店長がくれたんだよねぇ。前に飲んだらぶっ倒れたからってさぁ」


 けらけら笑うハリナの持つボトルは何とも凝った意匠をしていた。見るからに値が張りそうだが、ハリナの言い分を聞くに、その店長は気前がいいというよりはただ厄介払いしただけだろう。

 不味くはない、むしろ美味しい。意外にも強すぎないサニアの風味に、まろなかな口触り。さっぱりした後味に、表現し難い不思議な奥行き――五感の一つを集中させていたのに釣られたか、ふとセレの知覚が別の何かを拾った。


「――魔力?」

「どうしました? セレさん」

「いや、この酒から……魔力? を感じて」

「え? …………私、全然わかんないや。結構敏感な方なはずなんだけどな」

「そりゃあ“耽溺の赤”っつったら魔素熟成だからな。魔力に似たもんを感じても驚かねえよ」

「しかも何年も掛けて熟成させてるんだろ? にしても、そんな魔力を感じるほどにやばいもんだとはな、初めて知ったぜ。怪魔の肉みたいだな」

「たぶんセレが敏感すぎるだけだと思うよ? 素材ならともかく、ただの飲み物なんて普通わかんないし――そうだ、セレが採集してきた素材! いろいろ見つけてきたって聞いたよ? やっぱり魔力感知がすごいからだよね。ねえ、霧の森ってどんな感じなの? 魔力感知が全然利かないって聞くけど」


 酔いが回り始めているのか、頬を赤らめたリィンが身を乗り出してくる。やはり採集専門の狩猟者(ハンター)だけあって関心があるようだ。いつもの彼女よりだいぶ早口である。

 リィンは浅部から中部にかけて活動しているらしい。隠形と俊足、魔力感知の精度の高さを売りにしており、素早く安定した仕事ぶりが評価されていると。戦闘は苦手なので、深部にはあまり近付かないそうだ。


「深部と比べたら明らかに精度は落ちたな。なんというか、薄い目隠しをされてるみたいな感じだ」

「やっぱりそうなんだ……セレでそれなんだから、よっぽど酷いんだねぇ。深部でもなかなか素材の魔力は感知しづらいのに」

「あっ、そういえばあの噂になってるやつ、セレがやったってホント? 買い物してた時に聞いたんだけど!」


 女将(ダニエラ)の娘、ニコルが追加の料理を運んできた。今日の夕飯はチーズ唐揚げと挽肉オムレツ、クルトンと生ハムがトッピングされたサラダに、野菜の溶けだしたコンソメスープらしい。

 エナに声を掛けると、フードからのそのそ出てきて、取り分けてやったオムレツを突き始めた。脇にドレッシングと粉チーズが付いたクルトンと生ハムも少し添える――目が二割開きである。これは風呂までに寝落ちしてしまいそうだ。


「おっ、ニコルも聞いたか。あれだろ、大倉庫の裏からバカでかい怪魔が出てきたってやつ!」

「それそれ! リィンの言ってた話も聞いたよ、すっごい量の怪魔と採集素材を持ち込んだ狩猟者(ハンター)が帰ってきたって。しかもソロで新人で従魔連れででかい剣を背負(しょ)った小柄な央人族の女! それうちの客じゃん! って言いかけたよね」

「ケホッ――いや、具体的すぎるだろ、その噂」


 少し噎せたではないか。グラスを一気に(あお)り喉を潤した。「アハ、いい飲みっぷりィ!」とボトルをこちらに向けるハリナにグラスを差し出しつつ、口元を拭う。


「で、どうなの? セレで合ってるの?」

「いや、合ってるけど……なんでそんなに噂になるんだ。あの巨亀(かいま)はともかく、普通の怪魔なんて他の狩猟者(ハンター)も複数持ち込むことだってあるだろ。大倉庫の中にも結構解体待ちのが並んでたぞ」

「量のせいだと思うよ? そもそも、ソロで大量に怪魔を持ち込む人なんていないからね? 目立つよね、しかも新人だし」

「リィンの言う通りだわな。うちも狩猟者(ハンター)相手に商売してて噂は耳に入る方だが、んな話聞いたことねえよ」

「ハハッ、セレお前、財布は大丈夫か? そんなに持ち込んだなら、金が入り切るか心配しとかないとな!」

「……確かに」


 冗談になっていないかもしれない。こちらで適当に購入した財布は極めて普通の物だ。溢れた分を袋に入れて、同じく適当に購入したバッグの中に入れている。

 どれだけ金が入ってくるかはわからないが、少し考えた方がいいかもしれない――そういえば、魔導具について【鉄壁(アイアンクラッド)】の面々に尋ねるのを忘れていた。


「……なあゲオルグ、ロジ。お前ら魔導具について詳しいよな」

「ん? ああ、ある程度なら知っとるぞ。俺は小物専門だがな」

「商人だからな。扱ってる物のことなら頭に入れてるぞ」


 ちょうど目の前にいる魔導具関係業者達にボトルを傾ける。ニコルに追加の酒を頼みつつ、セレは空の皿で寝こけていたエナを回収した。



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