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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
邂逅
5/80

4. 外の世界

『なんて事しやがるんだ全く……このダンディの中にキュートさをも秘めた奇跡の存在によ……』

「お前それ正気で言ってんの?」

『正気じゃないみたいに言うな! どう見ても魅力溢れるイカした精霊だろ!』

「ソッカァ」

『雑ゥ!』


 よく喋るからか、ふわふわした見た目からは連想できない低音ボイスの方がどちらかと言うと印象深い気がする。確かに外見だけなら本精霊の訴えるようにキュートだが、あまりに男臭い性格――曰く、ダンディが相殺してしまっているのだ。


「精霊ってこの森にはお前しかいないのか?」

『森の奥の方にはいるぜ。この辺りにもいないことはないが、歪みのせいで皆奥に引っ込んじまった』

「ふーん……。そういえばお前、私がここに落ちてからずっと見てただろ。お前は奥に逃げなかったのか?」

『歪みにビビって逃げるなんて凡精霊のすることだぜ。あんな珍しいもん見なきゃ損……そうだ! 俺、お前に話があるんだよ!』

「話? ――――! エナ、ちょっと入ってろ」

『グエッ!?』


 エナを雑にフードへ放り込みつつ、セレは空を睨んだ。



 バサッバサッバササッ――。



 次第に音が大きくなっていく。幾つも重なった重い羽音。向かう先は――。


『ゲエッ! か、怪魔共も歪みにビビって逃げたはずじゃ……』

「あれ“怪魔”っていうのか。逃げてたんだろうが、血の匂いを嗅ぎつけて戻ってきたんだろ。ほら」


 蝙蝠のような翼を持つ鳥の群れ。

 鳥といってもエナのような可愛げのある姿ではない。テラテラとした皮膚に獲物を噛みちぎるための牙。3メートルはあるだろう巨体で、先程セレが屠った巨骸に一心不乱に群がる姿は何とも醜悪だ。


 食い溢れた怪鳥がゆらりとセレの方を向く。エナが縮こまったのを背に感じた――グリップを握る。


「エナ、落ちるなよ!」

『ヒェッ……お、おうっ』



「「「「「ギャオォォォォォッ」」」」」



 獲物を見つけた歓喜の鳴き声があがる。黒い影が空を遮り、いの一番に新鮮な肉を喰らわんと我先に押し寄せる。

 ギリギリまで引きつける。獲物が動揺なく微動だにもしない異常さを、自らが捕食者であると信じて疑わない怪鳥達は気付かない。


 右腕を大きく横に振り抜いた。ズパンッ! 骨ごと砕き斬る凄まじい音を立て、黒い郡勢が二つに割れる。()()を乗せた剣圧がついでとばかりに第二陣も引き裂いて、第三陣の先駆けの頭蓋をいくつか持っていく。



「「「「「ギャ――ギャアァァァァッ」」」」」



『ま、まだか? 終わったか!?』

「――ああ、もういいぞ」


 屍肉を漁っていた残りの怪魔達が一目散に空へ逃げていく。

 運のいいことだと食事をしに来たら、見慣れない小さな獲物にあっけなく返り討ちにあった――自分達が狩られる側だと悟った彼らの行動はとても早かった。


『……うおっ! こ、これってお前がやったんだよな? そんなに揺れなかったが、実は結構動いてたのか?』

「いや、別に動いてないぞ。向かってきたのを斬っただけだ」

『おおお……あの威張りくさった怪魔共がこんな簡単に……』


 出会い頭に斬首(さよなら)した四つ足に、まとめて斬り堕とした怪鳥。

 追加(とり)のせいで、多少は風上に位置取っていたのに凄まじい血臭が鼻を刺す。さらに追加が来る前に移動するか――セレがげんなりしていると、興奮した様子でフードからエナがぴょんと飛び出した。


『こっちの犬っころは暴れん坊でよ、しかも馬鹿だから餌と見りゃあしつこく追っかけてきて鬱陶しいのなんの……この鳥共もアホのくせに群れてっから偉そうだしよ』

「馬鹿とアホしかいないのかよ」

『でなきゃセレに向かってこないだろ――そうだ、セレ!』

「な、なんだよ」


 ビシビシと音がしそうなほどキラキラした双眼がセレに突き刺さる。若干引き気味に返すが、エナは気にする様子もない。


『セレはよ、これからどうすんだ?』

「どうって言われても…………とりあえずは町を目指すかな。とにかくこの世界の情報が欲しい……人の住んでる町ってあるのか?」

『ああ、もちろんあるぜ。それで?』

「情報を仕入れて、それから……探索に出るかな。元の世界に戻ろうにも、歪みってのはここにはもうないんだろ?」

『ああ、セレを吐き出して消えちまったぜ』

「だったら、歪みについて調べていくことになるかな……他に戻る方法があればそれでもいいが、こんなふざけた被害が増えないように、どのみち原因は調査しておきたい」


 ()()もしなきゃだしな――ひそりと心の中で付け足す。エナの言うように犯人が存在するなら、それはそれは丁寧に動機を伺わねばなるまい。

 セレが再び物騒なことを考えているとも露知らず、エナは『だよなぁ!』となぜか嬉しいそうにうんうんと頷いている。


『でもよ、セレはこっちのことわかんねぇよな?』

「そりゃそうだ。……おい、だからってもう魔法はいらんぞ。また頭をかち割られそうになるなんて冗談じゃない」

『もうしねぇよ! それよりよ、一人でいろいろ調べるのは大変だろ? ――そこでだ。その旅、俺が付いてって手伝ってやるよ!』

「……お前が?」

『そうだ! 俺は魔法も使えるし役に立つぜ? 人の町のことだってそこそこ知ってるぞ!』

「……それってお前にメリットがなくないか? 私は助かるかもしれないが」


 こちらの住民の助けは正直心強い。精霊の知識がどれほどのものかは不明だが、少なくとも“魔法”だの“魔術”だのに関しては確実にセレよりも詳しいはずだ。それらにセレの常識がまるで通じないであろうことは容易に想像がつく。

 しかし、腕っ節には自信はあるが、それ以上に提示できるものが今のセレにはない。仮に他があったとしても、精霊が金銭などに価値を見出すかは謎だが。


 無償で施しを受けるのは性に合わない。何より、流浪の旅の道連れにするにはさすがに付き合いが浅すぎるのでは――。


『メリットならあるぜ』


 元気だったエナの声が、ふいに落ちる。



『俺はよ、精霊だからって、この森でずっと引きこもって暮らすなんて嫌なんだ――俺は、ずっと外の世界に出たいと思ってた』



 改まったエナの声。元の性格が陽気であるからか、ぽつりと落とされた言葉が妙に耳に残る。真っ直ぐにセレを見つめる瞳には、真摯な光が宿っていた。


『精霊っていうのはよ、生まれた森から出ることはほとんどねぇんだ。魔力が高くて、魔法が使えて、しかも数も少ないってんで変なのにも狙われやすいしな』

「狙われるって……魔法も使えて、魔力? ってのも高いんだろ? 何とかならないのか?」

『セレの世界で魔法がどんな風に思われてんのかは知らねえが、そんな万能なもんじゃねえんだよ。魔力だって、高けりゃいいってもんでもない。その分面倒事もついてくるのさ』

「……どこの世界も変わらないんだな」


 ままならないものだ。こちらが何とも思っていなくても、相手の物差しで勝手に価値を付けられるのが世の常である。

 それは巡り巡ってこちらに被害を及ぼすこともあるのだから堪ったものではない。セレはそれを身に染みて理解していた。


『俺はよ、精霊の中でも変わり者なんだ。普通はこんな風に人前に姿なんて見せねえし、故郷から出ようなんて思わねえ。…………でもよ、俺は諦めたくねぇ。人の町だって堂々と入ってみてえし、他の精霊の誰も知らねえような場所だって行ってみてえ』

「…………」

『アホの怪魔共もそうだが、森の外に出たところで今度は人に追っかけ回されるからな。ずっと探してたんだ、一緒に旅してくれて、しかも強い奴をよ』

「私がお前をどうこうするとは考えないのか?」

『……歪みから落ちてきた時からセレを見てたが、ビビっと来たぜ。こいつは只者じゃねぇってな。お前ほどどっしりした奴は見たことねえ。こいつはきっとブレねえ、逃したら後悔するって思ったのさ――俺は自分の直感を信じるぜ。お前はそんな奴じゃねえってよ』



 ――――…………。



「わかった。いいぞ」

『………………えっ』

「何だよその反応。嫌なのか?」

『いっいや、そんなあっさり――いいのか!? 俺、自分で言うのはなんだが、戦ったりできないぞ!? か弱い精霊なんだぞ!?』

「だから役割分担するんだろ。お前が“魔法”で、私が“力”。違うのか?」

『おっ……おうっそうだぜ! ……そうかそうか、連れてってくれるか!』


 よほど嬉しいらしい。ふわふわした体をぴょんぴょんと跳ねさせ、『よっしゃあー!』と雄叫びを上げている。

 やはり見た目と声が合っていない。それでもさほど気にならないのは、この短時間ですっかり慣れてしまったからか。セレは苦笑した。


『俺とお前なら百人力だぜ! しかも俺はこんなにキュートでダンディな精霊だからな!』

「その主旨より長い補足いる?」

『よし! そうと決まればさっそく出発するとしようぜ!』

「聞けよ――――エナ」

『ん? どうした?』

「改めて自己紹介だ」



「私はセレ・ウィンカー。巨獣狩りを専門にしている、七黒星の堕欲者(グリード)だ――これからよろしく頼む」



 問題は山積みだ。現状を鑑みると先が思いやられる。だが、この“同盟”は悪くない――エナではないが、セレも己の直感を信用していた。

 まあ、現状や直感は流すとして、今はこの陽気で風変わりな精霊に流されてやるのも悪くない。セレはそう思うのだ。



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