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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
精霊の福音
49/80

48. 終わらぬ後始末

 狩猟者(ハンター)ギルドと大倉庫の裏、訓練場はとても広かった。町の催し物に使ったり、時には学園に貸し出したり、訓練場とは言っても様々な用途に使われるらしい。

 訓練場を使用していた狩猟者(ハンター)達が遠巻きに見守る中、セレは広大な更地を見渡した――あの怪魔の甲羅自体は高さ100メートル、横幅も同程度だったはずだ。頭と尾を抜くと、その体長は150メートル程。首付近で切断し、尾も切り落としたので、何とか収まるだろうか。


「えー、では……その巨大な怪魔を出していただけますか」

「素のまま入ってる首側か、梱包布で包んでる胴の方か、どっちだ?」

「……………………首の方をお願いします」

「わかった――エナ、持ってくれ」

「ぴゅいっ」


 装飾された石に触れたまま、エナが拡張(ラージ)バッグごと滞空する。

 空間が歪む。そこに手を突っ込み、目当てのものを鷲掴む――すると、波打つ空間が見上げるほど高く、広く伸びた。


 周囲のどよめきも遠く、甲羅の(へり)に手を()()()()()。いくら軽量化されるとはいえ、大質量を引きずり出すのはさすがに手間取った。梱包布で包まれたものとは比べ物にならない時間をかけて、ゆっくりと引き出していく。

 横向きにずるずると、次第に顕になる巨骸。甲羅の端、鉤爪の伸びた前足、大穴からぬらりと伸びる長い首――皮一枚で甲羅に繋がったままのそれは、未だにその先端(あたま)を見せない。


「なんだ、こりゃ……」

「嘘でしょ……」

「怪魔……? いや、でかすぎんだろ」

「これ、城壁より高いんじゃ……」


「――……オイッ、お前ら手伝うぞ! 向こうから引っ張れッ! すみません、手伝います!」

「ああ、頼む――そうだ、今半分見えかけてる頭には触らない方がいい。目と口から酸を吐き出してたんだ」

「酸、ですか……!? ――お前ら、頭には気をつけろッ! グローブは絶対外すなよ! 酸で腕が持ってかれるぞ!」

「「「「「ハイッ!」」」」」


 大倉庫の職員達の助けもあり、さほど時間は掛からずに巨亀の片割れを引っ張り出せた。

 草木の枯れ果てた姿はまさしく亀に見えるが、ぱかりと開いた口からはびっしりと生えた凶悪な牙が覗いている。垂れ流していたはずの酸は、その毒をもって自らの皮を焼いていた。精霊の力を失ったからだろうか。

 そういえば先程からとても静かだ――鼓膜を突き刺すチェルシーの奇声がいつの間にか止んでいる。そう思いセレが振り返ると、チェルシーも含め、皆揃って口を開けたまま空を仰いでいた。


「……先生? 大丈夫か?」

「――ハッ…………いやいや大きすぎ――じゃなくて! セレ、あなたこれを狩ったの!?」

「ああ。これだけでかいと、魔核? ってのも期待できるんじゃないか」

「たっ、確かにそうだけどもねっ!? 魔核云々の前に、この怪魔自体がもはや研究対象になっちゃうやつよ!? ――いやでも、依頼主は私で、私に優先権があるわけで……」


 何やらぶつぶつ言いだした教授の隣、同じく固まって巨亀を仰いでいた大倉庫の職員達がにわかに動き出した。

 慌てた様子で駆け寄ってきた他の職員達と話し合いをしている。輪の中にはフローラリアの姿も見えた――数分ほど話し合った後、その内の一人が輪から抜け出してセレの方へと小走りでやって来た。


「すみません、胴の方もあるということですが、大きさはどの程度でしょうか」

「確か……この首側の、四倍くらいだな。あ、あと尾も斬ったから、それもある」

「……なるほど、ありがとうございます。あの、先に出していただいた採集品の件もですが、買取代金の精算が今日明日で終わりそうになくてですね」

「そうなのか?」

「ええ、なにせこの大きさなので、査定にも協議が必要でして……」

「んー……じゃあ、別に値段を付けなくてもいいんじゃないか? 協議の時間ももったいないし、町で回収みたいな感じで」

「――――…………は?」


 ――何か変なことを言っただろうか。場の空気が固まった気がする。

 バッグを持って戻ってきていたエナと揃って首を傾げていると、いち早く再起動したヴァレルが焦ったように詰め寄ってきた。


「おまっ、セレッ! 何アホなこと言ってんだ!」

「そっ、そうだぜ! せっかく狩った大物を手放すなんて正気か!?」

「そういう前例を作ってしまうのはよろしくないと思いますよ。今後、他の狩猟者(ハンター)達に対して、この件を持ち出して無理を通される可能性もありますし」

「ジルベールの言う通りだよっ! 貰えるものはしっかり貰わないと!」

「そ、そうか。わかった」

「ぴゅぅ……」


 ――これも狩猟者(ハンター)と巨獣狩りの意識の差、というものか。職員と査定と精算について話し合いつつ、頭の片隅で思案する。

 こういう“大物”の脅威に関しては、報奨金は出ることもあるけれど。基本的に巨獣狩りは被雇用者であり、固定給+歩合制である。

 回収された巨獣の素材、その売却価格の一部がプラスされたりもするが、毎月一定以上の額が支払われるのには変わりない。最低保証のない自営である狩猟者(ハンター)との意識の差はあって当然である。




 最終的に、精算は後日に持ち越されることになった。今日はとにかく本日分の怪魔の解体、特に巨亀についての協議も並行して行うらしい。


 深く息をつく。今まで関わったことのある事後処理といえば、解体護衛に簡単な解体手伝い程度。最後に報告書を提出し、他は全て人任せだった――金などただ振り込まれては貯まるだけのもの。まさか自分で対応する日が来ようとは。

 一日では終わらなかった事後処理に、巨獣を相手取るのとは違った種類の疲労を感じる。気付けば太陽は西に沈みかけていた。



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