46. デアナへの帰還
『――おっ……見えてきたぜ!』
「ああ……今まで気にならなかったのに、町を見ると飯や風呂が恋しくなるな」
『あー……俺もそんな気分になってきたぜ……』
「恋しくなるほど経験ないだろ」
『気分だからいいんだよ、気分だから』
精霊の森から移動すること七日。もはや懐かしささえ覚えるデアナの城壁が見えてきた。採集も狩猟もすっ飛ばしてきたので、行きよりは短い期間での到着だ。
というより、例の巨亀のせいで拡張バッグの容量がギリギリになってしまったうえ、借りた収納用・採集用の魔導具も尽きてしまったので、これ以上は狩猟できなかったというのが正しい。胴の方は間に合ったのだが、頭の分の梱包布が足りなかったのである。
『そういえば、外でもあの“テント”ってやつがあれば風呂に入れるんだろ? あいつらみてえに料理もできるしよ。買っちまえばいいんじゃね?』
「さすがにそれは…………いやでも、今後のことを考えると買った方が……?」
深部で知り合った【鉄壁】の面々を訪ねてみるのもいいかもしれない。食事に誘いついでに、おすすめの魔導具店をいくつか教えてもらうのはどうだろう――今後の予定をぼんやり考えながら、セレは大きく地を蹴った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(狩猟だと大倉庫ってとこに行くんだったか……採集もしたからまずは狩猟者ギルドか……?)
『あの魔鉱人の女に聞けばいいんじゃね?』
(フローラリアな……そうだな、それが早そうだ)
匂いに釣られて買ってしまった鳥と芋の照り焼きを齧りながら狩猟者ギルドに向かう――このねっとりした芋はなんだろうか。鳥と同じく、甘辛いのが合うというのはわかる。
エナにも突かせつつ、視線だけで周囲を見渡す――以前より人通りが増しているように感じる。春先に森へ入った狩猟者達が戻ってきているからだろう。
そして、道行く中にちらほらと強い気配が増えている――エナとこの町に辿り着いた時期は本当にタイミングが良かったようだ。
(エナ。お前、ひとりでは行動するなよ)
『んー? なんだぁ? 突然どうした?』
ズミの言う通り、やはり危なっかしい。出会う前はそれなりに警戒心を持っていたはずなのだが――綺麗になくなった紙の皿をゴミ箱に放り、セレは北西通りへと歩を進めた。
――久々に訪れた狩猟者ギルドは人で賑わっていた。時刻は昼を過ぎてしばらく、早朝の依頼を終えた狩猟者達が戻ってくる頃合いである。
ギルドに入ると突き刺さる視線。見ない顔だからか、一人だからか、あるいはその両方か――外見で侮られているのもあるかもしれない。どうもこの体格でごつい重剣を背負っているのが目立つらしいと聞いたことがある。いつものことなので、気にするのも馬鹿らしいけれど。
「あら、あなたは……少々お待ちくださいね。フローラリアをお呼びしますので」
「……ああ、頼む」
『なんであの女を呼ぶことになってんだ……』
根回しも完璧らしい――いつの間にやらセレの担当になっていたフローラリアを待っていると、そう待たずにあの美貌の職員は現れた。
「セレさん、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです…………従魔様も、お変わりないようで」
「ぴゅ……」
「……久しぶりだな。さっそくだが、聞きたいことがあるんだ。今回の依頼の件、収穫品はどこに持っていけばいい?」
「まあ……ということは、依頼の方は滞りなく?」
「ああ。ただ、ちょっと量が多くて……量を減らすのに先に大倉庫に持っていくべきか、ここで採集品だけ先に出す方がいいかで迷ってたんだ」
「なるほど……そういうことでしたら、依頼主であるチェルシーさんもお呼びした方がいいかもしれませんね。あまりに量が多いと、確認にも時間が掛かりますし。場所は、大倉庫にいたしましょうか。少々お待ちくださいね」
フローラリアは手早く伝言鳥を認めると、「チェルシーさんから返信が来るまで、どうぞこちらに掛けてお待ちください」と言ってカウンター脇の椅子を引いた。セレが遠慮なく腰掛けると、いつの間に用意したのか、流れるように紅茶と菓子盛りが目の前に並べられる。仕事が速い。
「――あ……セレ?」
「ん……?」
お茶請けに出されたクッキーを齧っていると、ふいに声を掛けられた。
水色の長いツインテールを揺らしながら近付いてくる、長杖を携えた有角人の少女。名前は――。
「――フィーナ、だったか」
「ええ。最近見なかったけれど、何かあったの?」
「あっ、セレだ! 久しぶりだな!」
「あ、ほんとだー」
フィーナに続き、ぞろぞろと四人――アレク、バル、ヤコ、ミスティだったか。アレクとその一行である。
依頼の報告終わりだろうか、フィーナは発注書の控えらしき紙を持っていた。
「依頼でしばらく外に出てたんだ」
「依頼……もしかして、あの時の素材の件で?」
「ああ。あのしばらく後に森に入った」
「へえー、森かあ。俺達も早く入ってみたいな!」
「入ればいいだろ、なんで入らないんだ?」
「森に入るのは銀等級以上が推奨されているから。森の中は平原とは比べ物にならないほど魔物が出るでしょう?」
「平原ならまだしも、完全に魔物達の縄張りだしなあ。しっかり準備して挑むに越したことはないぜ」
ギルドの教育はしっかり行き届いているようである。ボレイアス大森林に近く、狩猟者が数多く集まるのだから当然か。
本来、鉄等級はまだまだ素人に毛が生えた程度。彼らの行動範囲はデアナを囲うトゥルサ平原、デアナ付近の小さな町村ほど。対魔物に関しては、トゥルサ平原、もしくは人拠に入り込んだものを相手に経験を積むらしい。
「フッフッフ……でも俺達だってちゃんと成長してるんだせ。この前なんて、西の村で猛大猪を狩ったんだぜ! しかも三体!」
「あっ、そうなんだよ! 俺達、初めて外の村で依頼をしてさ――」
得意気に胸を張るバルにアレクが便乗する。フィーナにヤコ、ミスティの女子三人はクッキーを突いているエナに興味を引かれているようだ。
男子は“武勇伝”、女子は“可愛いもの”、か。苦笑しつつ、特にすることもないので話に付き合っていると――。
「――あっ! やっぱり、セレだ!」
「おお、帰ってたのか。よう、セレ」
「お久しぶりです。エナちゃんも、こんにちは」
「いつ帰ってきたんだ?」
――【鉄壁】の面々がギルドの入口から真っ直ぐ近付いてきた。彼らの姿を見て、口を開いたままアレク達が固まる。顔見知りなのだろうか。
「ぴゅい!」
「久しぶりだな。帰ったのはついさっきだ」
「そうか……俺達も三日前に帰ってきたところだ。がっつり休んで休暇明けさ」
「帰りは移動しかしてないけど、やっぱ疲れたからね。まあ、今日は依頼目的じゃないけど」
「依頼じゃないのか?」
「ええ。休んで体も鈍ってますし、裏の訓練場に行こうかと」
ジルベールが長杖を掲げて微笑んだ。狩猟者ギルドの裏手には競技場の如き広さの訓練場があり、等級を問わず常に狩猟者達が出入りしている。
セレは直接は見たことがないが、たまに炎や雷らしきものが打ち上がっているのを遠目に見たことがある。あれも“魔術”なのだろう――防音はしっかりしているらしい。
「そういや、あの怪魔の件だがよ……森に入ってた他の奴らもやっぱ様子が変だってことで、早めに引き上げたってのが多かったぜ」
「普段見ない怪魔が多かったって話。知り合いのパーティーも出会したって」
「……そうか」
――やはり大群奔流が起こりかけていたらしい。
幸いその知り合いは狩猟に成功したが、中には被害が出たところもあると――自己責任とはいえ、眉間に皺が寄るのを感じる。
「ギルドからも御触れが出たぜ。しばらくは町からなるたけ離れるなってな」
「それがいいだろうな。霧の森から逃げてきた怪魔に追い立てられて、魔物の類が森の外に出てくるかもしれない」
「逃げてきた……? ……もしかして、セレさんは霧の森へ入ったのですか?」
「ああ。そこでその“原因”らしき怪魔に遭遇した」
「ええっ!? それ、ギルドに報告は――」
「あー……いや、どの道これから収穫品を大倉庫に出すんだ。その時にまとめて説明するよ」
「え? それって――」
「――来たわ来たわ来たわ――ッ!! 来たわッ!」
「さぁ早く見せてッ! “精霊のゆりかご”ーッ!」
「うわっ――――こらっ! 顔に張り付くな!」
「ぴゅ――ぴゅっ!?」
「プ」「プル」「ププ」「プン」「プッ」
「せ、先生っ! 落ち着いてくださいっ!」
「これこれ、そう昂っておると話が進まんよ」
妖精に石人形、岩を抱える巨人、それを横目に「返信より先にいらっしゃったようですね。それでは大倉庫に向かいましょうか」と裏方から顔を出すフローラリア。
突然乱入してきた喧しい研究者達に、にわかにギルド内が静まり返る――巻き込まれた【鉄壁】の面々は、再び口をぽかりと開けたアレク達と同じような顔をしていた。




