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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
精霊の福音
41/80

40. “精霊のゆりかご”の調査6

「世話になったな」

「いや、それはこっちの台詞だ。結局夜警までしてもらって、俺達の方こそ世話になった」

「俺達はもう戻るけど、セレも気をつけろよ! 気にしすぎかもしれないけどよ」

「いや、昨日はいろいろ聞けてためになった。怪魔の話も、頭の片隅に入れておくことにするよ」


 早朝。まだ薄暗いが、緑葉の隙間から陽の光が差し込んでいる。

 予定より少し早いが、ヴァレル達はデアナに帰還することにしたらしい。男性陣もやはりあの巨体の怪魔のことが気に掛かっていたようで、己らの直感を信じることにしたようだ。


「デアナでまた会おうね!」

「ああ、ありがとう」

「エナちゃんも、また会いましょうね」

「ぴゅい!」

「では行きましょうか。セレさん、ご武運を」

「先行する。……じゃあ、また」


 ジルベールとスイルの声掛けで【鉄壁(アイアンクラッド)】はデアナに向け発っていった。

 思いがけず有意義な時間を過ごすことができた――いろいろと。


「――さて。エナ」

『ん? なんだ?』

「お前の寝床って、もしかして霧の中にあったりするのか?」

『おう! たぶん霧の中の寝床のどっかだと思うんだよな、“精霊のゆりかご”だったかを見たの……あれ、セレに言ったっけか?』


 ――昨夜から己の勘に引っ掛かったままの()()


 狩猟者(ハンター)達のそれと一致しているかは定かではないが、巨獣狩りとして持ち合わせている直感が、“それを決して捨て置くな”と警鐘を鳴らす。

 向かう先は“霧の森”、深部の最奥――不思議そうな精霊をよそに、セレは静かに深い森を見通した。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「えー、これが“五積草(コツミクサ)”……、と」

『よし、さっさと採っちまおうぜ!』

「ああ…………実はともかく、花は面倒だな……」


 果実は魔力遮断グローブで採取すれば問題ないのだが、地に植わっている草花はもうひと手間必要である。

 通常はただ茎から摘むところを、繊細な上級素材は周りの土ごと採取する必要があるらしい。そのためのスコップもしっかり貸し付けられている。


 特殊な金属なのか、驚くほどにサクサク土を掘れる。見た目はただのスコップだが、特注品の類であることは間違いない。

 花弁に気を付けつつ、土ごとバケツのような透明の保存容器に入れていく。採取量の目安は群生地であれば約三割。視界に映る五積草(コツミクサ)がそれなりに多いことに、セレは少し億劫になった。


 【鉄壁(アイアンクラッド)】と別れて十日。現在地“霧の森”――エナの六つ目の寝床から七つ目の寝床へ移動する最中(さなか)である。採集を挟みながらとはいえ、森での移動距離はすでにデアナから深部入口への道のりを軽く超えていた。

 “精霊のゆりかご”は深部で群生するらしいので、霧の森の手前、深部の寝床から辿り始めたが、それでもすでに六か所である。一体この精霊はいくつ寝床があるというのか――本精霊曰く『俺以外の精霊がいっぱいいるところ』から森の外へ向けて点在しているらしい。森の外へよく通うからこうなった、と。


「よし……っと。かなり多くなったな……」

『多けりゃ多いほどいいじゃねえか。そんだけ金になるんだろ?』

「いや、ここに来るまでも結構採集しただろ……行くか」


 目的地を深部のみに絞っていたのでその道中では採集も狩猟もしていない。それでも、採集品だけでもここに至るまでで相当な数が拡張(ラージ)バッグに収まっている。そろそろ保存容器の残数が危うい。

 全てをバッグに収め、地面を蹴った。深部は特に背の高い野草が生い茂る場所が多く、枝から枝へと移動する方が楽である。




 ――攻略の定石から外れたルートだからか、セレが断崖絶壁から見下ろすことになった“霧の森”は、まるで雲海に沈んでいるかのようだった。


 真綿のように白い細小波(いさらなみ)が悠々と流れゆくさまは感動すら覚える雄大さで、しかし、これが怪魔の住まう魔素の海であるという事実が、その胸を打つ光景から現実に連れ戻す。

 魔素溜まりというだけあって生物の魔力が紛れるのか、崖下へ着地した瞬間から魔力感知の精度が格段に落ちた。五感に薄布を被せられたかのような感覚が常に付きまとうのはなかなかに厄介である。感覚の内の一つを抑えられた分、普段より少し移動速度を落とし、それ以外の知覚範囲をさらに広げて進む。


「そういえばエナ、この辺りにもお前の知り合いはいないのか?」

『うーん……いないっぽいんだよなぁ。霧に入ってからも見てねえし、どうなってんだか』

「怪魔もめっきり襲ってこなくなったしな」

『セレに襲いかかるなんて、相手の強さもわかんねえアホの怪魔くらいだっての。外はともかく、霧の怪魔はそこまでアホはいねえと思うぜ』

「数少ないアホだったのか……」


 霧の森に至るまでの道中、そして霧の森に入ってからこれまでに計5回。怪魔(アホ)に襲われた回数である。道すがら自発的に狩った怪魔も含めると、大小含めて30ほど。これだけあればあの教授も満足してくれるのではなかろうか。


 深部でしばらく過ごすうちに、セレは少しずつ怪魔について理解してきた。

 まず、基本的な生態は巨獣とそこまで変わらないということ。強いほど体が大きく、小さいものは群れを形成し、それが一個体のように行動するということ。


 逆に巨獣と違う点は、()()()を理解しているということ。小型怪魔の群れなどが顕著で、セレが“手を出してはいけない人形(ヒトガタ)”であると理解した途端、潮が引くように撤退していく。図体が大きくなり魔術が使えたとしても、その点は魔物などと変わらないようだ。


 そして、巨獣よりもずっと()()ということ。おそらく魔力には強いのだろうが、その体は獣種から剛獣種程度の硬さである。大物を狩る際、しばらくはその差に違和感を覚えそうだ。


『そういや次の寝床の近くに、他のやつの寝床もあるんだよな』

「そいつは知り合いなのか?」

『ああ、ガラってんだ。割と気の合うやつでよ、そいつなら何か知ってるかもしれねえ』


 精霊は霧の森の外でもいなくはないらしいが、外どころか霧の森に入ってもなお一度も遭遇していなかった。『(ひず)みのせいか? にしてはちょっとビビりすぎだよな』と言うエナも、何故だかわからないようだ。

 首筋がざわめく感覚が消えない――今考えていても仕方のないことだ。七つ目の寝床に急ぐべく、セレは大きく大樹の枝を蹴った。



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