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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
精霊の福音
38/80

37. “精霊のゆりかご”の調査3

『この“丸いの”たまに見たことあるけどよ、中はこんなに広かったんだな!』

(“テント”な…………魔導具は何でもありだな、本当に)


 もはや何も言うまい。あの獣竜種程もある怪魔が肩掛けカバンに入るのだ。小ぶりのテントの中がロフト付きワンルームだったとして、一体何がおかしいのだ――いや、おかしいだろう。なんだ、風呂・トイレ付きって。


 セレは(しば)し、途方に暮れた。確かに聞いていた。野営でも料理し、睡眠もきちんと取ると――それにしても、少しやりすぎではなかろうか。


「あの、大丈夫ですか? あっ、もしかして、あの怪魔との戦いで怪我を……?」

「……いや、大丈夫だ。田舎の出身だから、こういう――べ、便利な? 魔導具に慣れてないだけだ」

「そうなのか? しかし、その拡張(ラージ)バッグはかなりの性能のものに見えるが……」

「これは依頼主からの借り物だ。“怪魔は可能な限り狩ってきてほしい”ってな」

「か、可能な限りか……いや、あのどでかい怪魔を一刀で殺れるんだ、頼まれてもおかしくねえか」


 魔導素体の布で包み魔術で質量を縮め、拡張(ラージ)バッグのスペースを圧縮する、というのは、手練れの魔術士がいる場合だとそれなりに用いられている手段らしい。

 チェルシーに押し付けられた布――魔導梱包布であの怪魔の大きさが二十分の一程度まで縮み、それでも3メートル以上はある塊が、せいぜい縦横30センチ弱しかないカバンに入ってしまった。

 あの教授は“狩猟者(ハンター)ギルドの大倉庫程度の容量はある”と言っていたが、なんと恐ろしい。かの世界の解体・運搬屋が泣いて這いつくばる代物である。



「じゃあ、遅くなったが改めて……俺はヴァレル。一応、【鉄壁(アイアンクラッド)】のリーダーをやってる。金等級の盾士だ、よろしくな」


 あの怪魔の首を刎ねた地点からいくらか移動し、現在野営地、魔導テントの中。

 自己紹介よりもまずは移動・野営地確保と、急ぎ移動し、怪我人を治癒し終え、テントの内装まで整えたのが今に至るあらましである。

 さすがに意識不明の元怪我人、血塗れ傷塗れの怪我人達を流して呑気に自己紹介ができるほど心のない人間ではない。野営の設置はどうしようもないので、軽く手伝い程度しかしていないが――このテントは内装がないタイプらしく、ベッドや椅子、調理台などは別途設置が必要らしい。


 頑強な央人族の男、ヴァレルが続けて仲間達を紹介する。

 快活な獣人族、狼の耳と尾を持つ狼人の男性、魔槍士のビアス。楚々とした有翼人(フィニア)の女性、短杖(ロッド)を携えた治癒士のイーリス。理知的な印象の長耳人(エルフ)の男性、長杖(スタッフ)を持つ魔術士のジルベール。皆金等級である。

 そして――。


「金等級、魔術士のネリエに、金等級、斥候士のスイルだ」

「よろしくね! あっスイル、起きちゃだめ! まだ顔色悪いんだから!」

「平気、ネリエ。……あんたがあの怪魔の首を飛ばした時、少しだけ、意識が戻ってた――……礼を言う。あたしはスイル」


 設置されたローベッドから体を起こすスイルに、それを止めるか迷うネリエ。

 ネリエは亜人族、小森人(アドワール)という種族だとセレは記憶している。外見は尖った耳の“子供”――文字通り、大人になっても子供のように幼い。長身痩躯の狼人、スイルと並んでいると、ますますその小ささが際立つ。

 もっとも、ネリエから感じる魔力――影纏(かげまとい)を付けているのか掴みづらいが、金等級というだけあって相当な力強さを感じるので、決して外見通りではない。しかし、身長を優に越す長杖(スタッフ)を持っている姿はやはりいささか不安になる。


「改めて、鉄等級のセレだ。こっちは従魔のエナ」

「ぴゅい!」

「て、鉄等級だと? 冗談だろ?」

「体運びが絶対“鉄”じゃねーじゃん!」

狩猟者(ハンター)になる前にも故郷で似たようなことをしてたからな」

「なるほど……それなら納得ですね」


 調理台で鍋の面倒を見ながらジルベールが頷く。その隣ではイーリスがパンを切り、サラダ、ソーセージと共にランチプレートに盛り付けている。


 本当に料理をしている。森のど真ん中で――セレは静かに衝撃を受けていた。

 頭ではわかっているのだ。テントの周りは魔物除けの杭、縄で囲まれている。このテント自体にも隠形の魔術が掛かっているらしく、匂いへの対策も万全。夜であればさらに見えづらく安全だろう。しかし――。


「どうしました? ……もしかしてシチュー苦手でした?」

「いや……その、あまり外で食事をするのに慣れてないだけだ」

「慣れていない……?」

「あー……外では普段、携帯食なんだ」


 携帯食で満足しているので、特にいろいろと買う予定もないけれど。

 寝食にこだわるこの世界は携帯食も美味だが、かの世界の携帯食も負けてはいない。多少携帯性に寄っているものの、少ない食事を可能な限り良くしよう、という巨獣狩り組合開発部門の努力の賜物である。


「携帯食かあ……悪くはねえけど、俺はやっぱりしっかり食いてえなあ」

「俺もー。不味くはないんだけどな、あったかいのをがっつり食いたいな」

「温かい食事は体が休まりますからね。はい、ネリエ。セレさんもどうぞ」

「ありがと! スイルもちゃんと食べるんだよ!」

「わかってるよ……」

『俺も! 俺も食うぞ!』

(はいはい)


 シチューとランチプレートを受け取ったヴァレルとビアスがさっそく口を付けている。スイルの分も運ぶネリエが危なっかしい――自分へと勧められた分を受け取りつつ、そういえば、と思い出す。


「なあ、あの怪魔と何があったんだ? あれに一方的にやられるほど、お前ら弱くないだろ?」


 今までこちらの世界で出会った中ではトップクラスの実力だ、とセレは感じた。

 “狩り時”である今の時期、手練れの狩猟者(ハンター)はボレイアス大森林に入っているらしいが、彼らもそのパーティーの一つなのだろう。おかげで町では精霊(エナ)()()勘付かれることなく、首尾よく対策を打てたわけだが――。


 セレが尋ねると、皆揃って苦々しい表情を浮かべた――食事時にする話ではなかったか。「言いたくなければ別にいいぞ」と付け足すと、ヴァレルは「いや、大丈夫だ」と言葉を繋げた。


「確かに、俺達なら問題なく狩れる相手だったろうな……だが……」

「最初、俺達は違う怪魔の相手をしてたんだ」


 ヴァレルとビアスの眉間にしわが寄る。複数の怪魔の相手をしていたらしい。体高20メットに満たない四つ足、風の魔術を駆使する怪魔が五体。

 彼らは金等級の実力者達だ。多少傷は負いながらも、問題なく狩りは進んでいた――だが。


「あと一体ってタイミングで、横からあの怪魔が突っ込んできたんだよ」

「あの大顎で怪魔を土ごと掬っていきました……生きている怪魔も、丸ごと」

「スイルが接近に気付いてくれたけど、反応しきれなくてさ。前に出てたリーダーが守ってくれたから無事だったんだけどね」


 ネリエがその幼い顔に苦渋を滲ませる。深部は魔素が濃く魔力の感知が利きづらいとはいえ、魔術士としては痛恨の失態なのかもしれない。同じく魔術士であるジルベールも似たような表情をしていた。

 ああ、だから暴れていたのか――セレは内心納得した。小型とは言えない怪魔を生きたまま丸呑みにしたのだ、腹の中でさぞ暴れられただろう。まして魔術を攻撃に使用するような個体なら尚更である。


「……いや、結果的に守れてねえ。追撃を受け止めきれなかった。仕掛けようとしたスイルの方まで届かせちまった」


 獲物を横から搔っ攫った怪魔は、そのまま大きく回転した――ヴァレル達の方向へと。

 不意打ち、回転の加わった大質量の衝撃。連続で一身に受け止めたが吹き飛ばされ、ヴァレルは重傷を負った。そして――。


「毒を撃とうとした、けど……まともに怪魔の体当たりを喰らった。突っ込んでったあたしが悪い」

「いや、耐え切れなかった俺が悪い」

「違う、あたしが――」

「誰が悪いというのなら、最後の怪魔だと油断した全員が悪いんです! まだまだ精進が足りないということですっ」

「イーリスの言う通りですね。僕も、怪魔の魔力にギリギリまで気付けませんでした。“次”があったことに感謝して、猛省しなければ」

「そうです! でも、二人は反省よりまずは体を休めること! 治癒を掛けたとはいえ、あなた達重傷だったんですからねっ」


 ぷりぷり怒るイーリスに苦笑いするジルベール、しゅんと小さくなるヴァレルとスイル。訓練に向けて闘志を燃やすネリエとビアス――皆仲が良くて、大変よろしいことである。


「生きてこうして飯を食えてるんだ。部外者の私が言えたことじゃないが……難しいことは、また明日にでも考えればいいんじゃないか」

「……そうだな。冷めちまう前に、食って寝る! 明日は反省会だ!」


 応、と五つの声が重なる。賑やかさの増した食卓に混ざりながら、セレはエナの前にシチューを浸したパンを置いた。



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