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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
精霊の福音
32/80

31. 金等級の魔力工学者

「――これは見事なものね……! ここ十年で最高額を記録しただけあるわ!」

「先生、馴染みの店が競り負けたって聞いて叫んでましたもんね……」

「ほんっと悔しかったわ! 予算超えてたらしいからしょうがないんだけどね……まさかあそこまで上がるなんて私も思わなかったわよ」

「ふむぅ……傷もなく、成熟し形もよく、質も大きさも十分以上――彗恵樹(すいけいじゅ)の実はボレイアスの浅部(さいぶ)じゃと魔物共に食い荒らされるからの。致し方ないじゃろ」


「……そうなのか?」

「うん。深部の怪魔は見向きもしないらしいけど、それより手前にいる魔獣とか魔物は食べちゃうんだって。不味くても魔力を食べて強くなりたいからって、本で読んだよ」

「不味いってわかってて食べるのか」

「そうみたい。私も何回か見つけたことあるけど、ちっちゃくて傷付いたのばっかりだったし、成熟したってわかった端から食べてるんだと思うよ」

「傷付けて判断してるのか……? そりゃ綺麗なのは少ないだろうな」

『確かに不味いよなーあれ。もう二度と食いたくねえわ』

(お前はなんで食ったんだよ)

『魔獣とかが我先に食ってたから、美味いのかなって思ってよ』

(なるほど……)


 曰く、凄まじく苦渋い味がするらしい。『舌が(よじ)れる。飯は人の作ったもんが一番だな、木の実も悪くねえけどよ』とのこと。エナはなかなか味にうるさい。


 研究室の中央に陣取るローテーブルの上、チェルシーが彗恵樹(すいけいじゅ)の実の周りをぐるぐると飛び回って検分している。買取に出すことに否はないので特に口出しをすることもなく、ソファーに体を沈めてその様子をなんとはなしに眺める。

 桃色の長いポニーテールと白衣、薄桃の羽がせわしなく翻り、視界が騒がしい。背景のリュッグとジムンナが暗色で構成されているので余計にそう感じるのだと思われる。


 そんなことより、先程から小土人(ノッカー)達に囲まれていて――正確にはフードに引きこもったエナを小土人(ノッカー)達が囲んでいて、ついでにセレも囲まれる羽目になっている。こちらは実際に騒がしい。膝にも乗られて身動きがとれない。「仲良しだねぇ」ではなくやめさせてほしい。


「デアナは狩猟者(ハンター)が多いのに、そんなに出回らないもんなのか?」

「上級素材は基本瞬殺なのよ……あなたが買取に出した彗恵樹(すいけいじゅ)の実も、とっくにローゼスの方に流れちゃってるだろうし」

「自然素材の豊富さと質はボレイアス大森林が一番じゃからの。競売に参加する買い手は皆、予算もたんと用意してるんじゃ。遠方から来た買い手は特にな」

「デアナはいい素材が安価で手に入るのはいいんだけど、上級素材はローゼスの買い手に持ってかれがちなのよね。だから優秀な狩猟者(ハンター)との伝手はいくらあっても足りないわ!」

「なるほど……」


 このデアナが属する国、トゥルサ共和国があるのがボレイアス大陸。その南に位置するのがローゼス大陸だ。トゥルサ共和国はボレイアスの最西端に位置し、ローゼスからやって来るとなれば相応のコストが掛かる。買い手が気合いを入れて競売に参加するのも頷ける。


 上級素材は上位の狩猟者(ハンター)でも確実に入手できるとは限らず、ただ指名依頼を出すのも効率が悪い。結果、買取に出された物を奪い合うことになる。

 狩猟者(ハンター)と直接売買をしたがるのも納得である。多少金を積んででも入手機会を増やさなければ、延々と幸運が訪れるのを待ち続ける羽目になるわけだ。


「で・で・でよ! 本当に売ってくれるのね!? 取り置きとかじゃないのね!?」

「ああ、別に構わない。当面の資金分を換金したら残ったってだけで、特別意識して売らなかったわけじゃないしな」

「ありがとうっ! ふふふ、また一つ、魔力工学に新たな歴史を刻むわよ!」

「よかったですね、先生」


 きゃあ、と妖精が宙を跳ねる。この木の実一つで何かの研究が進むというなら、それはきっといいことなのだろう。学問などさっぱりだが、その成果で世の中に便利なものが増えるのは歓迎である。

 それにしても、魔力工学とは――。


「なあ先生、その木の実は何の役に立つんだ?」

「これ? んー、私の専攻は魔力工学っていうんだけど……大雑把に言うと魔導具が専門分野なの」

「魔導具……」

「ええ。魔導具って日用品から設備までいろいろあるけど、そもそもは“魔術、または性質を付与された道具”でしょ? 私の研究対象は魔導具――魔導具のベースとなる魔導素体、魔術や性質を付与する魔導媒体よ」

「……ってことは、その木の実もそうなのか?」

「そうよ! 素体や媒体の品質が向上すれば魔導具の性能も必然的に向上するわ。私は魔導具を“より小型に、より多機能に”するための研究をしてるのよ」

「はぁー……」


 人が行きつく先というのは、どこの世界も似通うものなのだろうか。セレはぼんやりと回顧した。

 それなりに長く生きているが、十年も世俗から離れていれば、見たことのない便利なものが世の中に普及していることがしばしばあった。


 少し前までは紙でやり取りしていたのに、気付けば電話という遥か遠くの人物と瞬時に連絡を取れる機械が生まれていた――と思っていたら、いつの間にか手のひらに収まる大きさまで縮んでいた。もはや意味がわからない。巨獣狩りは主に電話の使えない未開拓地で活動するので、お世話になったことはあまりないけれど。


「自然物を成形した媒体は基本的に人工媒体より高品質なんだけど、その自然物と同じ品質を人工的に再現できれば、それはとても素晴らしいことじゃない? 自然物は無限に入手できないしね――もっとも、“天然もの”が素晴らしいって事実は覆らないんだけど」

「立派な研究じゃないか。似たような物を楽に手に入れられるなら、それはいいことだろ」


 セレには逆立ちをしても不可能なことである。チェルシーは「その通りよ!」と応えると、テーブルに広げられた包み――彗恵樹(すいけいじゅ)の実以外の素材を物色し始めた。


「つまり、上級素材はどれだけあっても足りないってわけよ! まさか月虹珠(げっこうじゅ)封魔水晶(ふうますいしょう)もあるなんて――あ、これ全部買い取っても大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「よかった!」


 なんとも満ち足りた笑顔である。それに対して首を縦に振ると、セレは二の腕と脇腹をよじ登っていた小土人(ノッカー)達を、ちょい、とソファーに除けた。



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