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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
駆け出し狩猟者
19/80

18. 対抗依頼

「調査範囲はデアナ全域なんだ、人手はあって損はない。それに、()()()()不満がありそうなそいつらにとってもその方が都合がいいだろ」

「……んだと?」


 フローラリアが僅かに目を見開く。新人達と依頼主達も怪訝そうな顔でこちらを見た。

 「可能ですが」と返したフローラリアはおそらくセレの言葉の意味するところを理解している――美しい顔に僅かな困惑を滲ませていた。


「お前らの主張が正しいなら女王はいないってことになる。大量の根啜蟲(イビル・イータ)は私が仕込んだ人為的なものだったってことだからな――お前らは“女王がいないこと”を確認して“私の不正”を証明すればいい。それなら納得できるだろ」

「セレさん、根啜蟲(イビル・イータ)の女王はあくまで可能性です。その条件では――」

「でも“異常”なんだろ? その道の専門家(プロ)がそう判断したんだ、可能性は高く見積もってるはずだ」

「……そうですね。大倉庫の職員の話では、かなり高いと」

「なら問題ないな。ほら、簡単なことだ。仮に女王を発見したとしても、それはお前らの手柄になる。報酬も貰える。いいことずくめじゃないか」


 使えるものは使うべきだ――今最も優先されるべきはつまらない疑惑の払拭ではない。“脅威”の存在確認、調査なのだ。子供の癇癪も利用してやればいい。

 ギルド職員として“公平”であろうとしたフローラリアには悪いが、正直、セレは他人からどう思われようがどうでもいいのだ。


 新人達も、そして依頼主達も、皆揃って狐につままれたような顔をしている。新人達に至っては意外すぎるセレの反撃に怯んでしまったようだ。

 カークという少年だけは意地なのか、セレを再びキッと睨んで唸るように「お前がこれから小細工をしたらどうすんだ」と零した。


「――カーク! お前、さすがにむちゃくちゃ言いすぎだ!」

「私に見張りを付ければいい。それだけ人数がいるんだ、一人や二人減っても痛くないだろ――私の代わりに依頼を受けると言ったんだ。お前らはさぞ優秀なんだろう?」

「――テメェッ……!」



「私は彼女に同意するわ」



「彼女の言ってることは理にかなっているもの。それに、私達とは違って、彼女は狩猟者(ハンター)以前に経験があるのかもしれないじゃない。即登録する人にはそういう人だっているでしょ。気に食わないからって不正だと決めつけるのはどうかと思うわ」


 尖った耳に大きな角を持つ亜人族、有角人(アンギュラス)の少女が口を開いた。中心メンバーの一人である少女の言葉に、三人が僅かにたじろぐ。

 大きな杖を携えた彼女は五人の中でもひどく落ち着いた印象を受ける――言い方はあれだが、一番話が通じそうだ。


「フィ、フィーナは、その子の味方をするの?」

「別に味方じゃないわ。シシー、あなたは彼女の提案に意見があるの? レイ、あなたも。彼女の言う通り、()()()()()()()()()いいことしかないじゃない」


 フィーナと呼ばれた彼女は至って冷静な思考をしているようだ。アレクがあからさまにほっとした顔で息をついた。

 そう、この条件はあまりにも新人達に有利――最悪、彼らは何もしなくても“女王はいなかった”と言うこともできてしまうのだ。もちろん中途半端な仕事をすれば、その分評価は下がってしまうけれど。


「…………」

「……俺はないよ。今のところは、ね」

「そう。あなた達もいい?」


 フィーナが他の面々に問いかける。順々に顔を見渡して、反応を伺うように。


「わ、私達は別に……」

「ああ、も、問題ない」

「う、うん」

「私も特に」

「俺はリーダーに従うぜ」


 その様子を見て、アレクはカークに向き直る――詰められたと感じたのか、カークは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「俺は賛成だ。カークも問題ないな?」

「…………チッ」



 あちらはなんとか纏まったようである。あの様子を見るに、アレクがリーダー、フィーナという少女がサブリーダーというところか――。


「おいセレ、本当にいいのか? あいつらにばっか旨味のある内容じゃねえか」

「私達はセレに頼みたいんだけどね。あの子達は信用できないわ、中身がまだ子供じゃない。しかも見た感じまだ駆け出しでしょ?」


 ――などと呑気に思っていると、デイヴ達が不満そうな顔をしていた。

 そういえば、依頼主は彼らなのである。好き勝手に決めて置いてけぼりにしてしまった。


「別に構わない。それに、中身が子供だろうが数は数だ。町の安全のために必要な調査なんだから、いないよりはいる方がいいだろ」

「……まあ、そう言われるとそうなんだけどね」

「早く解決したいんだろ? 今は私情より効率と結果を優先すべきだと思うぞ。大体、等級なら私も鉄等級だ」

「……そういえば、そうだな。セレって妙に貫禄あるから忘れてたぜ」

「――わかった。お前がそういうなら任せる。もともとセレに“指名”したんだしな、お前が思うようにしてくれりゃいいさ。確かにいないよりは()()だしな」



「では、依頼主の同意を得たということで――調査範囲を考慮し、依頼内容を訂正します」


 依頼主達の是を聞くや否や、バインダーの上をペンが踊る。すらすらと何事かを書き連ねた美しいギルド職員は、変わらず淡々とした様子で口を開いた。


「通常依頼から対抗依頼に、内容は【“根啜蟲(イビル・イータ)の女王”の調査】。調査依頼なので違約金は発生しません。指名依頼なので等級制限は“なし”、点数は“20”、魔力値指定“なし”、備考“なし”。報酬金は“35万カロン”――対抗依頼に変更されましたので、ギルドよりさらに報奨金が加算されます」


 35万カロンとはかなり色を付けた数字だ。依頼者で出し合ったとのことなので、一人当たりの出資は少ないだろうが、セレは相当な数の依頼をこなしたのでこうなったのだろう。


 報酬よりも気になるのは点数だ。“20”――狩猟依頼板では“銅等級”の最高点、もしくは“銀等級”の依頼に付けられていた。

 これはあくまで“調査依頼”だが、果たしてギルド側は()()()()を想定して付けたのだろうか。


「報酬金“35万カロン”に加え、点数が“20”の依頼ですので、報奨金として“15万カロン”が加算されます――報酬金“50万カロン”に訂正します」


 大台に乗った報酬に新人達が色めき立つ。見るからにやる気に火が付いた様子だ――これならしっかり()()をしてくれることだろう。


「対抗依頼【“根啜蟲(イビル・イータ)の女王”の調査】を改めて発注します――参加者は、こちらにサインを」



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