16. 石の“風味”とは――。
小土人の踊りは、彼らの機嫌が非常にいいことを表しているらしい。同族と集まっては踊り、騒ぎ、喜びを分かち合う様子から、コミュニケーションツールとしての意味もあると思われる。
筆者が聞いた話では、ある人が仲のいい小土人達に美しい大粒の魔鉱石を贈ったところ、どこからか色とりどりの小土人達が現れ、魔鉱石を囲んで一晩中賑やかに踊っていたそうだ。
贈り主の周りにも小土人達が集まって輪になって踊り、贈り主は喜んでもらえて何よりだと安心し、共に賑やかな宴を楽しんだらしい。
後日、贈り主の枕元には小粒の貴石が山のように積まれていたという。彼らはとても愉快で、そして義理堅い人種なのだろう――。
(――らしいぞ)
『……俺なんも贈ってねえじゃん!』
(好かれてるんだろ。よかったな)
『よくねえ!』
根負けし、セレのフードの中に引きこもったエナが憤慨する。誰かに無条件に好かれるというのも考えものである。
精霊は鉱魔族に好かれる。また一つ、この世界の雑学が増えてしまった。
「はい、一つずつね」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
「……石?」
「魔石だよ。最近のブームは“海岸風味”らしいよ」
「風味………………風味?」
石の“風味”とは――。
魔石というのは確か、インフラや魔導具、あらゆるところで使われている人工素材だったはずだ。魔石と魔導具を組み合わせれば、乾いた地に水源を設置することも容易いというとんでもない代物だ。以前魔導具店の店員が教えてくれた。
「小土人向けの魔石を置いてる魔石専門のお店があってね、いろんな風味の魔石を作ってるの。今は“海岸風味”と“山頂の日の出風味”が流行ってるって」
「山頂の、日の出風味」
“日の出風味”とは――。
魔石は大体どの魔導具店でもあったが、“風味”の付いた魔石はまだ拝んだことがない。この世界にはまだまだ未知が溢れている。
「ねえセレ。お腹も空いてきたし、私達もお昼にしない? 私、軽食は持ってるの。一緒に食べよ?」
「――ああ、そうだな。私もちょうど、今朝の依頼主から貰った物がある」
「じゃあ移動しよっか。今なら談話室エリア空いてるよね」
難しいことを考えるのはやめよう――“そういうものだ”と受け入れた方が早いことも世の中にはたくさんある。セレはそれを知っていた。
本を閉じ、セレは荷物を手に取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この総菜美味しいね。頂き物なんだよね? やっぱり採れたてで作ったら一味違うのかな」
「かもしれないな」
「あ、このパンに乗せたら合うかも。パン、セレも食べてね」
「頂こう。こっちも遠慮せず食べていいぞ」
「うふふっ、やったぁ」
『俺にもそれくれ』
(ん。……いい加減降りてこいよ)
『嫌だ! また囲まれるだろ!』
小土人達も食事中なので大丈夫とは思うが――エナの警戒は解けないようで、セレの肩から降りようとしない。
小土人の食事風景は独特だった。自身の胴体ほどある魔石を大事そうに抱えると、魔石が淡く光りだし、じわじわとすり減り始めた。リィン曰く「魔石は魔力を押し固めたものだから、それを溶かしてちびちび食べてるの」ということらしい。
本によると小土人は“大気の魔素を食べる”らしいが、町で暮らす小土人は嗜好品として魔石を食べるようだ。グルメな小土人は魔石目当てに町に繰り出すこともあるという。これもリィンの言である。
ちなみにエナに(お前は魔石食べられるのか?)と問うと、普通の食事がいいから食べたくないと返ってきた。鉱魔族が精霊に近しいといっても嗜好はまるで違うらしい。
「――今日も大成功だったな!」
「まあこの程度、サクッとこなさないとね」
「ねえねえ、さっきの話の続きしてよ!」
「午後はどうすんだ? また依頼受注するか?」
「まずはさっきの依頼の報告でしょ」
「――ああ、そろそろ人の増える時間かあ」
「……今日はもう資料室は使えないな」
「あー、だね。あれと一緒じゃ集中できないね」
狩猟者ギルドにがやがやと入ってきたのは、いかにも壮健そうな若者の団体だった。
セレ達は現在、談話室エリアの小スペースにいる。机に椅子が二つ、パーテーションで区切られただけのオープンな簡易個室のようなもので、狩猟者ギルドの出入り口がよく見える。
あれは先日から資料室に居座っていた集団で間違いない。一番広い机周りを占拠し、とにかく口がよく回るようで会話を切らさない。室内に入る気力すら削ってくるのだから大したものである。
もっとも彼ら以外も喧しいのだが――デアナはボレイアス大森林に近いからか、狩猟者志望者がとにかく多く集まるらしい。
「この頃よく見る新人君達だね。最近は多かったんだって」
「らしいな。ここ数日資料室に入り浸ってた」
狩猟者になるパターンは主に二つ。
一つはセレのように即登録、即依頼のパターン。ある程度の知識、技術があることが前提になり、身内に狩猟者がいる場合などが多い。
もう一つは事前に講習受けてから登録するパターン。こちらの方が圧倒的に数が多いらしい。一からの初心者向け講習はある程度マニュアルがあるらしく、一通り完了するまでがワンセット扱いなので受講者も面子が固定となる。
魔力の扱い方、基礎体術など基本から学べ、なにより同じスタートを切った“同期”を得られる。
狩猟者は複数人で組むことが多いので、そのアドバンテージは非常に大きい。独自のスタイルがすでに出来上がった個人をスカウトするより、一から共に過ごした“仲間”の方が合わせやすいのは当然だからだ。
「そういえばセレも新人なんだよね、なんか忘れそうになっちゃうけど」
「狩猟者歴一週間の新人だぞ」
「うーん……そんな感じしないんだよね、セレが大人っぽいからかな。堂々としてるっていうの?」
「大人っぽいじゃなくてとっくに大人だからな」
「え、セレって央人族でしょ? 成人してるの?」
「よく言われるがとうの昔に成人してる。大体、夕飯で酒飲んでただろ」
「……そうだった。水みたいに飲むからすっかり忘れてた。あ、この後暇ならお酒買いに行かない? 南東通りの方でよさそうなお店見つけたんだ。今日宿の皆と飲もうよ、女子会しようよ」
「じょ、女子会……」
『嫌なのか?』
(こ、言葉の響きが耳慣れない……)
「――食事中すみません。少しよろしいですか?」
「――フローラリア、と、ウィルマン農園の……」
「コリンナ菜園とオッズ庭園の店主さんもいるね」
「おうセレ! 飯中すまねえな」
「やあセレ。リィンも、この前はありがとう、助かったよ。小土人達も、こんにちは」
「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」
「セレとリィンは知り合いなの?」
「宿が一緒なの。部屋が隣同士なんだ」
フローラリアに引き連れられやってきたのは、ここ最近、依頼先で見た顔ぶれだった。
採集専門のリィンも顔見知りだったらしい。彼女は銀等級の狩猟者なので知名度もあるのだろう。彼らのさらに後ろにはやはり見知った顔。ここ最近の依頼主達が五名ほど揃っていた。
「なんだ、また根啜蟲か?」
『えー……俺しばらく見たくねえよ』
「うーん、まあ、近いっちゃ近いな」
「そのことでお話があるのです。食後で構いませんので、お時間を頂けないでしょうか」
「別に食べながらで構わない。その様子だと何かあったんだろ?」
皆一様に難しそうな顔をしていた。先日まであれほど爽快な顔をしていたというのに、また根啜蟲が戻ってきたのだろうか。
フローラリアが一歩下がり、ウィルマン農園のデイヴに話を促した。
「おかげさまで俺達の畑は平和も平和、根啜蟲の一匹もいなくなった。戻ってくる気配も一切ねえ」
「ってことは、根啜蟲じゃないんだな」
「いや、根啜蟲には違いねえ……そうだな、一から話そう」
眉間に皺を寄せ、デイヴは深く息を吐きつつ腕を組む。怪訝な顔をしたセレに顔を向け、彼は苦々しげに口を開いた。




