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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
駆け出し狩猟者
16/80

15. 小土人・ダンス

 ズシンッ――――ここ数日、すっかり聞きなれてしまった音が空に低く響く。



 ――ボココッボコォッ!



「「「「「ギュイィィィィィッ!」」」」」


 すかさず左腕を振るう。的の数だけ投擲されたナイフは、自らの標的を逃すことなく貫いた。

 ギャアギャアと喚き続ける“それ”に近付き、尾を地面に縫い付けられているのを無造作に鷲掴む。容赦なく首を圧迫された“それ”はぎゅっと強張り、頭を指でぴん、と()()()やると、くたりと静かになった。

 畑の脇に置かれた大籠に投げ入れ、的の数だけそれを繰り返す。最後の的から回収したナイフを血払いしていると、緩やかに騒がしくなっていた周囲がわっと沸いた。


「――聞いてた通り、一瞬だったわね! 本当に助かったわ、ありがとう!」

「へへっ、あの大土鼠(ルイン・クロウ)も大人しくしてりゃ可愛いもんだな」

「ぐったりしてるねー」

「さっきのが“秘伝の技”ってやつなのか?」

「ねえ、じきにお昼だし食べていきなさいよ!」

「あー、ちょっとこの後は用事があって……」

『勢いすげえな……』


 依頼は月一でいいと思っていた――それなのに今こうして依頼を受けている原因は、初依頼を終えた一週間前に遡る。


 初依頼を終えたあの日は特筆することもなく一日を終えた。

 着替えなど細かな買い物を済ませ、魔導具店などをぶらりと物色した。途中、エナに乞われ、中央広場で曲芸団員が大道芸を披露していたのを見物し、気付けば日が暮れていたので、宿に戻って普通に就寝した。


 その翌日のことである。資料室目当てに狩猟者(ハンター)ギルドを訪れると、受付嬢に呼び止められた。

 話を聞くと、セレに指名依頼が来ているという。しかも七件、それぞれ別の依頼主からとのこと。どういうことだと困惑していると、どうもあのウィルマン農園の人々が原因らしい。


 あれだけの量の根啜蟲(イビル・イータ)の運搬が目立たないはずがなかったのだ。これだけの数をどうしたのかと人が集まり、その中にいた同業者達にセレのことを話してしまったらしい。

 善意からの行動であるのは間違いない。セレは彼らに初依頼だと教えてしまったので、評判が広まるのはセレにとってもいい事だ、と思ったであろうことは想像に難くない。実際、駆け出し狩猟者(ハンター)にとってはありがたいことだろう――それにセレが当てはまらなかっただけで。



(――やっとひと段落か……)

『この後はどうすんだ?』

(資料室に行く――というか、ずっとその予定だったんだがな……)

『ここしばらくは運がなかったなぁ……』


 受注書入り封筒を受け取り、狩猟者(ハンター)ギルドへ向かう道中。思い返せば何とも間の悪さの重なった一週間であった。

 依頼を終えた後も当然資料室に行こうとした。しかし、依頼を終え、熱烈なもてなしを受け、全て終えた頃には資料室は人で埋まっているのだ。最近新人が多く入ったらしく、彼らが(ひし)めいて室内も騒がしい。タイミングの悪いことである。


 そして、駆除に行った先で大土鼠(ルイン・クロウ)に遭遇したのも間が悪かった。生意気にも襲ってきたので捕獲ついでに首の骨を折ってしまったのだが、それを見た依頼主がまたしても同業者に話してしまい、結果さらに依頼が増えることになってしまったのである。

 大土鼠(ルイン・クロウ)というモグラもどきは根啜蟲(イビル・イータ)と並び立つ害獣らしく、凶悪な爪と牙を持つので人的被害はこちらの方がはるかに甚大であるという。渡りに船と言わんばかりに依頼は増え、結局今日までタイミングが合わなかったのだ。


 今日は一件のみ、午前中で終わったのでもてなし攻撃はなんとか振り切った――手土産は持たされてしまったが。

 とにかく、この町に来たそもそもの目的は“この世界を知ること”なのだ。今日こそは席を取らんと、セレは狩猟者(ハンター)ギルドへの道を急いだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――“人間”は、“央人族(えいじんぞく)”って言うんだな」

『同じ種族なのに呼び方が違うって変な感じだな』

「……まあ、()()()には人間しかいなかったしな、覚え直すのが一つで済むだけマシか」


 ようやく訪れた狩猟者(ハンター)ギルドの資料室。運がいいことに今はセレしかいない。一番端の席を陣取り、マナー関連の棚から抜き出した本【文明・しきたり〜種族ごとの違いとは〜】を読み進める。


 予想以上に種族――そして、そこから派生する人種が多かった。

 丸い耳を持ち、個の数が最多なのが“央人族”――つまり人間である。東央人、西央人、北央人と人種が分かれ、南央人はいないらしい。見た目にわかりやすい違いがないため、一括りに央人族と呼ぶことが多いようだ。


 耳や尾など、獣の(しるし)と強靭な体を持つ“獣人族(じゅうじんぞく)”。

 央人族と獣人族、双方の特徴に()ぐ“亜人族(あじんぞく)”。

 鉱物の体を持ち、精霊に近しいという“鉱魔族(こうまぞく)”。

 魔力が高く、魔素との親和性も高い“妖魔族(ようまぞく)”。

 “魔法”を扱い、最も高い魔力を持つ“精霊族(せいれいぞく)”。


 精霊族は精霊しかいないが、他の種族はそこからさらに人種が分かれる。数が多いので、こればかりはその都度記憶し直すしかないだろう。


「なあ、ここに載ってる精霊、人型なんだけど。お前と違って凛々しいんだけど」

『あ? 俺のナイスフェイスが緩いってか! そう言いてえのかアァン!?』

「だってこれまさに“精霊です”って感じの絵だし」

『精霊は見た目もいろいろあんだよ! たまたまそれの(ガワ)が人型だっただけだ!』

「……被り物なのか?」

『違うわ! おい胸毛突っつくな!』

「お前はその構えで何を隠したいんだ」


 そのボディで自分を抱きしめても胸毛しか隠すものがない。しかも大半ははみ出している。やはり精霊の生態はよくわからない。



 ――――…………。



「……誰か来るな」

『あれ? 昼過ぎまでは穴場だってあの女言ってなかったか?』

「フローラリアな。まあ、そんなこともあるだろ」


 皆朝から依頼に出払うため、昼をしばらく過ぎた辺りまで狩猟者(ハンター)ギルドの人の出入りは疎らだ。資料室も空くことが多い時間帯らしいが――。


「――あ、セレ。ほんとにここにいたんだ。今日は暇なの?」

「リィンか。ああ、今朝の一件以外ないみたいだ。前から資料室には来たかったんだけどな」

「ふふっ、仕方ないよ。セレは魔草農家さんに大人気だもの」


 ころころと笑うのは長い耳を持つ亜人族、耳長人(エルフ)の女性。切り揃えられた前髪に緩く癖のついた腰ほどの長髪、両耳上に刺された白い花の髪飾りが目を引く。涼やかな目元が大人びた印象を与えるが、目尻を下げた表情はどこかあどけない。


「ありがたいことだとは思うがな。あの根啜蟲(イビル・イータ)のみっちり詰まった筒籠の山を連日見るはめになるとは思ってなかった」

「……うわぁー、想像するだけで気持ち悪いねぇ」

「それに私は依頼をガンガンこなしたいってわけでもない。そろそろ打ち止めになってほしいもんだ」

「ふーん……やっぱりセレって変わってるね。最初の一年くらいは皆必死で依頼を奪い合うのに」


 紅茶色の髪を弄びながら対面に腰掛けたのは、同じ宿の滞在客、名をリィンという。採集を専門にしている狩猟者(ハンター)ということで、朝夕の食事時にはよく話す。どこかふわふわとした雰囲気の気さくな女性である。


「リィンはなんでここに?」

「ああ、それはね――」



 ドコドコドンドコ、ドンドコドン。



「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

『ウオォォォォォッ』


「――この子達が、エナちゃんに会いたいって。私も午後はお休みの予定だったしね。ここで勉強しようかなって」

「……そうか」

『やめろ! 囲うな! アーッ!』


 ――輪になって踊る石ころ人形達にエナが追い詰められていた。見事なシンクロを見せるそれは傍から見たら面白い。やられている本精霊はさておき。


 本曰く、彼らは鉱魔族、小土人(ノッカー)と言うらしい。頭は顔の落書きがされた石ころで、人形みたいな体がその下にくっついている。二頭身の彼らは同じ材質の頭部――同じ鉱石から生まれた仲間と集団で行動するという。

 鉱魔族といえば、思い出されるのは魔鉱人(ノーム)のフローラリアである。“精霊に近しい”らしいので、魔力を隠してもエナが精霊だとわかるのかもしれない。エナは街中でも、目を離すと小土人(ノッカー)達によく絡まれている。


「エナちゃんがよっぽど気に入ったのかな。私もこの子達のこと全部わかるわけじゃないから、よくわかんないの」

「……そうだな。懐いてる? のか?」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

『コラッ! 担ぐな! 回すな!』


 小土人(ノッカー)は人語を話さない。意思疎通は取れるが、それも個体差があるようだ。基本的には陽気な人種のようで、違う頭の色をした小土人(ノッカー)集団同士が集まって踊っているのをたまに見る。

 同じ頭の色でも、顔の落書きにはそれぞれ個性があるらしい。リィンの連れの小土人(ノッカー)達は花らしき落書きが共通して書かれていて、顔はそれぞれの性格を示すかのように見事に違った。


「ふふっ、私達はこっちで勉強してよっか。あっちは楽しそうだし」

「……そうだな」


 輪から脱出したらしいエナが小土人(ノッカー)達から逃げ回っている。確かに一見じゃれているように見える。その実はまるで違うけれど。

 頑張れ、と心の中で呟いて、セレは再び本に向き合った。



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