14. 堕欲者の力
「ワッハッハッハッ、ほら、遠慮せずどんどん食ってくれ!」
「これはうちで作ってる魔樹の実なのよ。とっても甘いから、食べてみて!」
「い、いや、さすがにこれ以上は――」
「エナちゃんかわいいねー、これおいしいよ! はい、あげる!」
「こっちのおやつもおいしいよ!」
「ぴゅい!」
ウィルマン農園は家族経営らしい。店主であるデイヴとその妻子、従業員五人が揃って机を囲むのはなかなかの賑やかさだ。
セレは現在、そこに混ざって昼食をご馳走になっていた。エナはデイヴの娘二人に甲斐甲斐しくおやつを与えられている。いいご身分である。
プレートに山と盛られた料理をちびちび食べ進める。これは純然たる好意から来る行動だとわかっているので拒否しづらい。彼らはセレの仕事に大いに満足してくれたようだった。
最初の畑の根啜蟲を全て回収した後、根啜蟲臭い他の畑も一掃して回った。魔樹園にまで侵攻していたとわかった時には悲鳴が上がった。急遽増やしたらしい二重の魔導具の柵は効果がなかったようだ。
グローブ越しにぽいぽい筒籠に放り、途中、網でまとめて掬う従業員も現れつつ、足りなくなった筒籠を買い足しに従業員が走り、結果として根啜蟲がみっしり詰まった筒籠が数十にもなった。
キィキィ喧しいうえ、うぞうぞ蠢いて気色悪い。エナと揃ってげんなりしたが、デイヴ以下ウィルマン農園の人々は大変いい笑顔だった。
厄介者を一掃できたうえ、これだけいればちょっとした小銭になるそうだ。腐っても魔物なので素材は薬にもなるらしい。是非ともお世話になりたくないものである。
「にしても、セレは鉄等級なのに凄いわねぇ。もしかして昇級を断ってるだけで実は狩猟者歴が長かったりするの?」
「そういえばそんな狩猟者もいるって聞いた事あるね。セレもそうなのかい?」
デイヴの妻メリッサと猫耳の男性従業員エンスが話しかけてきた。ちなみにこの店は、店長家族は人間、従業員達は獣耳だったり耳が尖ったり長かったりしている。家族然としていて皆非常に仲が良さそうだ。
「いや、今日からだ」
「今日から……?」
「正確には昨日、狩猟者になったんだ。で、初めての依頼だったんで雑事依頼板を勧められた」
「ええっ、初依頼なの!? すごい堂々としてるからてっきり……」
「ワッハッハッ、じゃあ俺達は“大当たり”を引いたってこったな! あれだけ根こそぎいなくなったんだ、連中もしばらく寄ってこねえだろうよ!」
上機嫌でデイヴが笑う。厳つい顔が破顔して、それを見たメリッサが「もう、一気に元気になったわね」と微笑んだ。あの害獣に随分と悩まされていたのだろう。
「へぇー……じゃあ、あれはどうやったんだい? 魔草にも影響がなかったし、魔力や魔術を使ったわけじゃないんだろ?」
「あれは……そうだな、私の故郷に伝わる技術というか……私のいた田舎でしか見たことがないから、たぶんそんな感じだ」
「はぁー、先祖代々のーとか、秘伝の技! みたいな感じなの?」
「うーん、まあ、当たらずしも遠からずって感じ」
「おうおう、メリッサ。秘伝の技だってんならそう聞いてやるもんじゃねえよ」
「それもそうね。ごめんなさいね、セレ」
間違ったことは言っていない。あれは巨獣狩りとしての技――堕欲者の業だ。確かにこの世界にはないであろう力ではあるが、無理をして完璧に隠す必要もない。適当に相槌を打ちつつ食事を進める。唐揚げらしき肉が美味しい。
『さっきのあれ、秘伝の技なのか?』
(ん? なんだ、もう食べ終わったのか)
『際限ねえからな。俺がキュートなもんだから仕方ねえことだがよ』
(……よかったな)
幼女のおやつ攻撃から逃げ出てきたらしい。『食いすぎたぜ……』と近寄ってくる足取りが重い。体積以上食べていたように見えたが大丈夫なのだろうか――とりあえず幼女達から見えないよう肩に移動させる。
『今までもたまに見えてたんだ、金色のやつ。セレが剣で怪魔をぶった斬った時とか、さっき地面を殴った時とかよ。それがセレの技なのか?』
(へぇ……お前、見えるのか)
<業>とは本来、目には見えない異能の力。しかし、目が利く者であれば一般人でも目視することができる。そして、その色は眩い金色――“生命の色”であると言われている。
(<業>――お前の見た“金色”は、堕欲者の業だ)
『カルマ?』
(ああ。堕欲者は<業>で肉体を強化して戦う。堕欲者が堕欲者であるために必要な力――それが<業>だ)
“必要”とは言ったが、それは<業>が望むだけで易々と得られる力だ、というわけではない。<業>とは肉体の限界を破壊して得られる力。人間には誰しも制限が掛かっているので、理論上は全ての人間が<業>を習得できる。
しかし、実際に素質があると言われるのは十人に一人――そして、そこからさらに堕欲者になる資格を得られるのは百人に一人だ。
(さっきやったあれは<穿撃>って技だ。本来は鱗や殻のある硬い奴相手に使う)
『殻……殻竜種ってやつとかか?』
(そうだ。簡単に言うと……“防御を貫通して内臓を潰す”技だな)
『おっかねえな!?』
厚切りのベーコンの上に乗った目玉焼き。黄身にフォークを突き立てる。三叉は容易くベーコンまで貫いて、黄色い濃液がたらりと垂れた。
竜種以上を相手にする巨獣狩りであれば、特に六ツ星以上ならできる者も多い技だ。威力の強弱はさておき、相手の性質によって戦法を変えることは非常に重要である。
(内臓潰し以外にも相手の頭に撃って脳を揺らしたり、さっきみたいに地面に撃って挑発に使う)
『挑発?』
(巨獣には地面だったり山だったり洞窟だったり、縄張りからなかなか出ない奴もいるからな。威嚇して住処から誘い出すんだ)
なお、そのような大規模な威嚇をすれば当然ながら標的以外の巨獣も寄ってくるので、実行するならそれらを同時に相手取っても問題ない実力があることが大前提となる。
しかし、時短にもなるとても楽な狩り方なので、足りない戦力を数で補うなどして巨獣狩り達の間でもっと広まればいいとセレは思う――自身以外に挑発目的で<穿撃>を撃つ巨獣狩りは、この狩猟方法を大絶賛してくれた一人のみである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは確認いたしますね。初依頼完遂、お疲れ様でした」
「ああ、頼む」
依頼主から預かった封筒をフローラリアに渡す。無事に依頼を終え、セレは狩猟者ギルドに戻ってきていた。
依頼はまず掲示板に載せられた依頼書をカウンターで受注することから始まる。依頼書、同意のサインと引き換えに受注書を受け取り、依頼を完遂すると依頼主からサインと評価を貰うのだ。それを受注書と共に受け取った封筒に入れ、ギルドに提出して依頼は完了する。
狩猟者本人に見えないよう封された受注書には、依頼主からのサインと評価――態度、仕事の出来、速さ、ひと言コメントなど、ギルドの評価基準になるものが記されているらしい。内容によっては依頼に設定されていた点数に加点、もしくは減点されるという。
最後に発注書――依頼書の元になったものの控えを貰って完了である。受注書と発注書は揃えてギルドで保管するらしい。
「【根啜蟲駆除手伝い】とのことなので時間が掛かると思っていましたが、とても早かったですね。依頼主からの評価もよろしいようで…………あら?」
「ん?」
「ああいえ、コメントに“一撃必殺・一網打尽”と書いてあったので……根啜蟲をですか?」
「……うん、まあ、技術秘匿ってことで」
どれだけ持ち上げて書いているのだろうか――フローラリアの不思議そうな顔に、少し落ち着かない気分になるセレであった。




