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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
駆け出し狩猟者
13/80

12. 新しい朝

 ――僅かに感じた変化。急速に意識が覚醒する。


「…………ん」


 カーテンを朧気に透かす陽光。ベッドで朝日を拝むのは久々な気がする――実際にひと月以上ぶりなのだが、ここ数日で起きた環境の変化のせいで、さらに遠い過去のように感じられた。

 音を立てないよう体を起こすと、セレの上着を巣にしてヘッドボードで眠りこけるエナの姿が目に入ってきた。よほどフードの中が気に入ったのか、昨晩は上着をハンガーに掛けることを許してくれなかった。


 熟睡しているのか、野生を捨てた姿で――否、野生を捨てたとしても、そのフードから足だけ飛び出した寝姿はどうなのか。

 頭に血は登らないのか。寝苦しくならないのだろうか。そもそも精霊に“野生”という言葉は当てはまるのか――精霊の生態は未だ謎に包まれている。わかったことといえば、抜け毛はないらしいことくらいか。


 シャツとズボンを手早く身に付ける。エナの魔法のおかげで清潔だったとしても、さすがに外着のままベッドに入ることは躊躇われた。結局アンダーのまま寝ることになったが、今後を考えるともう一着くらい替えの服を買ってもいいかもしれない。

 ナイフホルダーを下げたベルトを巻いて、それぞれの柄をするりと撫でる――いつでも抜けるよう、定位置に来るようにベルトを調整する。


「……ん、よし」


 上着と重剣以外の装備を整え、ベッドを振り返る。エナは変わらず爆睡しているようだ。昨日はあれほどはしゃいでいたのだから当然か――同じく間抜けな寝姿に苦笑する。

 町は緩やかに目覚め始めているらしい。宿の表、北西通りからはさわさわと人の気配がする。階下からも人の気配――宿の女将も支度を始めたようだ。


 備品のタオルを手にそっと部屋を抜け出す。正直期待していなかったが、昨晩の夕食は十分満足のいくものだった。今朝の朝食を聞きがてら、この辺りで評判のいい飯所でも尋ねてみよう――顔を洗いに向かいつつ、セレは今日の予定を立てるのだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「入口右に見えるのが採集依頼板、左が狩猟依頼板です。そして左手側、談話室エリアの壁に並んでいるのが奥から人員募集板、狩猟者(ハンター)交流板、短期雇用板です。そして最後に、右手側、訓練場エリアの壁にあるのが雑事依頼板となります」

「雑事?」

「はい。狩猟者(ハンター)の主な仕事は“野外での狩猟活動”ですが、雑事依頼板は街中、もしくはその周辺での依頼になります。あまり遠出をしたくない場合だったり、新人狩猟者(ハンター)が“依頼を完遂すること”に慣れるためであったり、他には怪我などで野外活動が困難になった狩猟者(ハンター)が受けたりしますね」

「なるほど……」

「内容は様々ですよ。家の手伝いから失せ物探し、臨時のバイトなどもあったりします。狩猟者(ハンター)は体一つあれば始められる職業ですから、身分証目当てで狩猟者(ハンター)になって、雑事専門で活動する方もいらっしゃいますね」


 一を聞けば十を返す、職員の鑑のような女性である。昨日から引き続き、仕事ができる魔鉱人(ノーム)の女性職員――名前をフローラリアというらしい、彼女の説明を受けていた。


 エナが起きるのを待ち、早朝とは言えない時間に訪れた狩猟者(ハンター)ギルド。

 割のいい依頼をいち早く取るためだろう、狩猟者(ハンター)達は朝が早いようで、ギルド内はすでに人が(まば)らだった。それでも、昨日とは違い、誰もエナを注視しないことにそっと息を吐く。


 随分と心配してくれていたようで、フローラリアもエナの身に付けた影纏(かげまとい)を確認し、胸を撫で下ろしたようだった。相変わらず人見知りぶるエナの礼を受けると花のように微笑んで、「エナ様のお役に立てて光栄です」と小さく囁いた。魔鉱人(ノーム)というのは皆こうも精霊を敬うものなのだろうか。


「セレさんは初めての依頼受注ですから、雑事依頼板がおすすめです。採集などは相応の知識が必要になりますし、談話室エリアの隣に資料室がありますから、そちらで勉強されてから挑むのがよろしいかと。新人の方はそのようにして狩猟者(ハンター)という仕事に慣れていくのが通例ですね」

「資料室があるのか。それはありがたいな」

「ええ、狩猟者(ハンター)であれば自由に利用できますよ。資料の持ち出しは申告が必要ですが」

「また利用させてもらうよ」


 いちいち本などを買う手間が省けそうである。

 狩猟者(ハンター)ギルドは仕事の斡旋のほか、サポート面でも手厚いようだ。出入り自由の訓練場に広々とした個室の談話室、売店や資料室といった施設や、新人向け・ベテラン向けを問わず講習会も定期的に催すらしい。“新人向け解体指南”は少し興味があるかもしれない。


「参考までに聞きたいんだが、例えば怪――魔物を狩ったとして、その場合はどうすればいい?」

「狩猟した魔物などは、ギルドに併設された大倉庫の方で解体や買取を行っていますよ。依頼の標的であれば、その場で報告もできますし――こちらで買取を行っているのは主に採集素材などですね」

「……なるほど」


 エナの魔法――<質量変化(マス・フラズマティオ)>というらしいが、それを使えば何とかなるかもしれない。あの食い散らかされたりバラバラになってしまった怪魔は仕方ないが、次からは大倉庫とやらにそのまま持ち込めばいいだろう。


「一通り掲示板を見て回るのもいいと思いますよ。人員募集板や短期雇用板では、新人同士で組んで助け合う目的の募集などもありますし」

「ああ。ありがとう、いろいろ参考になった」


 礼を言うと、フローラリアは今日も変わらず美しいかんばせで、“完璧なギルド職員”の笑顔で微笑んだ。


「お力になれたのなら何よりです。狩猟者(ハンター)一日目、頑張ってくださいね」




『いろいろあるんだなー』

(そうだなぁ……探すのが面倒だ)


 助言通り一通り掲示板を見て回り、現在雑事依頼板の前。

 人員募集板は“メンバー募集”、短期雇用板は“臨時助っ人売り込み”、狩猟者(ハンター)交流板は“自由に何でも載せていい掲示板”らしかった。


 自由なのはいいが、“【男の宴】推しの嬢について語る会 会員募集中”だの“【トレード】使用済み下着 有翼人(フィニア)の女の子希望”だの堂々と性癖を晒すのはやめてほしかった。精霊の無垢な眼差しと共に『これどういう意味だ?』と問われる居たたまれなさ、立ち寄っただけの自分がなぜ味合わなければならぬのか。解せない。


(この掲示板だと、単発依頼の最低報酬は3000カロンなんだな)

『やっぱ狩猟とかじゃないから安いんだな』

(それは仕方ない……日雇いか、時給報酬の方が手取りはありそうだが……)

『どれにするんだ?』

(正直どれでもいい。別に等級を上げるのを目指してるわけじゃないし、金が必要ならその都度森に入って狩ればいい)


 依頼ごとに点数が付けられており、それが一定以上貯まれば昇級を打診されるらしい。鉄等級が受けられる単発依頼は1点や2点、雑事依頼板は等級制限がある依頼が少ないらしく、ほとんどが1点だった。

 どちらにせよセレには関係のない話である。証章(バッジ)の維持のため、最低月に一度依頼を受けるのさえ忘れなければいいのだ。


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【耐久試験手伝い】

 ■等級  鉄等級

 ■報酬  3000カロン

 ■点数  1

 ■魔力値 なし

 ■備考  新製品の耐久試験。力自慢求む。


 【倉庫整理手伝い】

 ■等級  鉄等級

 ■報酬  5000カロン

 ■点数  1

 ■魔力値 なし

 ■備考  倉庫複数あり。報酬追加あり。


 【従魔捜索】

 ■等級  鉄等級

 ■報酬  50000カロン

 ■点数  2

 ■魔力値 なし

 ■備考  野猟犬(キーン・セント)による捜索済み。発見ならず。


 【根啜蟲(イビル・イータ)駆除手伝い】

 ■等級  鉄等級

 ■報酬  5000カロン

 ■点数  1

 ■魔力値 なし

 ■備考  魔術、魔導具不可。迅速な解決求む。


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


(受けるならこの辺か……)

『一個だけ2点があるぞ! 報酬も一番高い!』

(これは一番だめだな)

『えっ? 何でだ?』

(犬を使って捜索済みってことはそれなりに日数が経ってる。しかも鼻では追えなかったってことだ。下水にでも入ったか、町の外にでも出たか……何より長引きそうだから却下)

『あー、なるほどなー』

(んー……一番上は力加減が難しそうだ。倉庫整理は……これも長引きそうだな。となると、この一番下の【根啜蟲(イビル・イータ)駆除手伝い】ってやつか)

『“迅速な解決求む”……切羽詰まってんだな』

(“蟲”らしいし、よっぽど困ってんだろ……よし、行ってみるか)

『おう! 気合い入れていくぜぇ!』


 寝倒したからか元気が有り余っているらしい。苦笑しつつ、セレは依頼書を手に取ってカウンターに向かった。



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