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七黒星の巨獣狩り  作者: 若狭義
駆け出し狩猟者
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10. 「マモノダヨー」

「正確には“0”ではないのかもしれません。限りなく“0”に近い体質の方は稀にですがいるそうです。でも、遥か過去には本当に全くの“0”だった方もいたようですから、あなたも同じ体質なのかもしれませんね。測定器が全く反応しませんし」

「……えーっと、その場合は、狩猟者(ハンター)登録はどうなるんだ?」

「大丈夫ですよ。そういった体質の方や、少ないですが測定器に上手く魔力が反応しない方もいらっしゃいますからね。魔力登録ではなく、血液を使った血紋登録をしましょうか」


『魔力めちゃくちゃ少ねぇなとは思ってたが、全くないなんてありえるんだな』

(魔術も魔法もない世界から来たんだからそりゃありえる話だろ。逆に魔力があってもびっくりだわ)

『確かに……あれ、じゃあセレの世界の奴らは皆魔力がないのか……魔力がないのにどうやって生きてんだ?』

(人を動く死体(アンデッド)みたいに言うな)


 こちらの生物は全て魔力を持っているかもしれないが、あいにく魔素も魔術も魔法もない世界なのだから魔力がないのは仕方がない。大体、自分も含め仮に魔術を使えたとしても――だめだ、結局投げ出している絵面しか浮かばない。巨獣狩りは脳筋が多いのだ。


 職員の女性は新たに角棒状の道具を取り出した。片端に穴が空いており、四角柱の小さい花瓶のような形をしている。

 板状の測定器から証章(バッジ)になるらしい鉄板を抜き取ると、花瓶型の道具の底に差し込んだ。それをセレの前に差し出すと、「血紋登録器です。ここに指を差し込んでくださいね。少しピリッとするかもしれません」と教えてくれた。

 人差し指を奥まで差し込むと、登録器から淡い光が溢れる――指先にピリリとした刺激。光が収まると、女性は登録器から鉄板を抜き出して何かを確認する。


「――はい、大丈夫ですよ。指を抜いてください」

「これで登録は終わりか?」

「はい。セレ・ウィンカーさん、あなたは今日から狩猟者(ハンター)ですよ」

「……そうか。ありがとう、手間を掛けさせた」

「いえいえ、仕事ですから」


 少し妙な気持ちである。確かに今は堕欲者(グリード)ではないが、“狩猟者(ハンター)である”と言われるとむず痒いような気がする。人生の大半を堕欲者(グリード)として過ごしてきたからだろうか。

 ともかく、無事に登録が済んでよかった。セレが一息ついていると、その間にも職員の女性は何やら作業をしているようだ。


 女性の手のひらに置かれた証章(バッジ)の鉄板――よく見たら細かく文字や模様が彫られているようだが、女性はそれに淡く光る指を(かざ)して、さらに何かを彫り足している。あれも魔術なのだろうか。

 文字――セレの名前のようだが、二箇所ばかりに彫り足されると、今度は細長い鉄板が真ん中で二つに割れた。

 片方は机に避けられ、もう片割れは手のひらの上で切断面が整えられていく――最後に留め金らしきものを裏にくっつけると、作業は一通り完了したようだった。


「はい、これが鉄等級の狩猟者(ハンター)証章(バッジ)です。片割れはギルド側の控えとして保管、登録され、証章(バッジ)を紛失した場合の本人確認などに使用されます。証章(バッジ)の再発行には別途料金が掛かりますので、なるべく失くさないようにしてくださいね」

「なるほど、承知した」

証章(バッジ)はブレスレットやペンダントのようにする以外にも、襟や胸元、鞄などに付けたりすることが多いようです。今ならピンバッジ用の金具を取り付けたり、チェーンに通してお渡しすることもできますが、どうしますか?」

「んー……、それじゃあ、チェーンを通してブレスレットで頼む」

「わかりました、ではそのように」


 作業が早い。ギルド職員とはかくも多才かつ優秀でなければ務まらないのだろうか。

 あっという間に出来上がったブレスレットを左腕に通す。本当はペンダントの方がよかったが、首にはすでに堕欲者(グリード)の認可証が下がっているのでやむを得ない。

 出来上がったばかりの証章(バッジ)を確認する。長方形の鉄のプレートに彫られた名前、個人識別らしき幾何学模様。シンプルな装飾の施されたそれに、どこか懐かしさを覚える。


「さっそく依頼を受けられますか? 掲示板にもいくつか種類がありますから、ご案内しますよ。ちなみに鉄等級の失効期限は一か月です」

「いや、また今度にしとくよ。ちょっと考えなきゃいけないことがあって」

『そうなのか?』

(ちなみにお前関係のことだぞ)

『俺?』


 エナの高すぎる魔力が目立たないよう何かしら対策を考えねばならない。魔法などで隠すことができないようなら、また別の手段を探さなければ。どちらにせよ宿に戻って落ち着いて話したい内容だ。

 立ち上がり、礼を言おうと職員の女性へ顔を向ける――眉を下げ、口をもごつかせ、女性はなぜかその美しい顔を翳らせていた。


「……あの、不躾ですが、一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「……何だ?」


 改まった態度で一体何を問おうというのか。先程までの私情を感じさせない“完璧なギルド職員”の顔とは打って変わって、無機質な美しさに色が差したかのような人らしい表情だった。

 女性は浅く息を吐くと、覚悟を決めたようにセレの目を見た。


「……そちらの従魔は――精霊なのでしょうか」



 ――――…………。



「――――ぴゅ、ぴひゅ、ぴゅひぴーぴゅいー」

「誤魔化し方下手くそかよ……」


 せめて明後日の方向を向くのはやめた方がいい。そんなわざとらしいにも程がある態度を見た職員の女性は瞬きののち、申し訳なさを滲ませつつ微笑んだ。


「申し訳ございません。本当は、個人的な事情を詮索するのはよくないのですが」

「ちなみに、こいつを精霊だって思った根拠は?」

魔鉱人(ノーム)……というより鉱魔族や妖魔族は魔力が高いですから、精霊ほど高い魔力も感知できる者が多いのですよ。私達より高い魔力を持つのは、黒等級魔術士や妖魔族、そして精霊くらいしかいません」

「魔力が高いと感知しやすいのか?」

「そうですね……何事も、観察する対象との距離が近いほど、詳細がよりよく見えるものでしょう? 魔力というのは、自分の魔力との差が大きすぎると曖昧にしか認識できないのですよ」

「差がありすぎて、格の違いがはっきりわからないってことか」

「ええ、魔力は資質による部分が大きいですが、概ねその通りです。手練であれば本人の魔力が低くとも、経験則から相手の魔力を高さを感知できるようですが」

「ふぅん……」


 だから道行く狩猟者(ハンター)達は不思議そうな顔をしていたのか。セレの魔力が“0”なので、余計にエナの魔力が目立ってしまったのかもしれない。

 理屈は理解した。しかし、魔力が高いという割には、職員の女性からその魔力の高さを伺えない。

 エナの魔力はわかるので、それより低いらしい彼女の魔力がわからないはずはないのだが――。


「ぴ、ぴゅい、マモノ、マモノダヨー、ぴゅひぴ」



 ――――…………。



「そうはならんだろ……さすがに諦めろよ……」

「精霊様、私はあなたに害をなすことは絶対にありません。ただ、鉱魔族に近しいと言われる精霊様と初めてお会いすることができて、舞い上がってしまっただけなのです」

『……………………本当か?』

「……! ええ、もちろんです。精霊様は、本当に人の言葉を話されるのですね」


 先程まではどこか冷たさを感じる硬質的な美貌が際立っていたが、綻ぶように笑うさまはまるで女神の微笑みである。

 本心からの言葉と感じたからか、セレの上着の裾に潜りかけていたエナがそろりと這い出してきた。エナと目が合った女性はやはり嬉しそうに微笑んだが、はっとして表情を改めた。


「それともう一つ、どうしてもお伝えしなければと――魔力が高くなければはっきりわからないとはいえ、このままではいずれ精霊であると勘付く者……いいえ、精霊とはわからずとも、“魔力の高い魔物だ”と思った良からぬ輩に脅かされるかもしれません。ありのままの精霊様はとても無防備な状態なのです」

『……セレの傍にいてもか?』

「エナ、それは私もちょうど思っていたことだ。お前は私の予想以上に目立っていた。私といれば身の危険はないかもしれないが、面倒事は回避するに越したことはないだろ」

『むぅ……』

「何か対策はお考えですか?」

「いや、今のところ当てがない。これから話し合うつもりだったんだ」

「そうだったのですね……それならば」


 女性は自身の首に下げたペンダントを掲げて見せた。ペンダントトップには美しい水晶――狩猟者(ハンター)登録に使った道具と似たような感じがする。

 そうだ、魔力のような――。


「精霊であることを隠すなら、まずはその魔力を隠すべきでしょう。しかし、魔力は高ければ高いほど抑えることが難しくなります。なので、この低く見せかける魔導具を使用すればいいかと」

『魔導具……』

「ええ。これは“影纏(かげまとい)”という魔導具です。自分の魔力の一部を“全体”だと見せかける魔導具、と言いますか……これを使えば、おおよそ十分の一程度に思わせることができるかと」

「へぇ……」


 だから魔鉱人(ノーム)である女性の魔力をそれほど高く感じないのか――。

 そういえば、ここに来るまでにも“魔導具店”という店は何軒も見かけた。何を買いたいということもなかったので、店先を眺めただけだったが。


「魔力の高い方が魔物などに襲われないよう身に付けたり、生まれつき魔力の高い子供が誘拐などの被害に遭わないよう身に付けさせたり、これは護身のために作られた魔導具なのです」

「魔力が高いから魔物が襲ってくるのか?」

「ええ、魔力の高い獲物を優先的に襲います。その方が“糧”になりますからね。だから、魔力の高い方は影纏(かげまとい)を身に付けている方が多いですよ」

『俺もしょっちゅう追っかけられたぜ!』

「そういや言ってたな、そんなこと」


 精霊だから、ではなく精霊の持つ魔力が高いから怪魔に追いかけられていたらしい。何はともあれいい話が聞けた。あとは魔導具店に行って影纏(かげまとい)を買うだけである。


「いろいろ教えてくれてありがとうお姉さん。今から買いに行って、また明日依頼を受けに来るよ」

「こちらこそ長々と話してしまい申し訳ございません。少しでもあなた方の助力ができたのなら何よりです――精霊様も、どうかこの町をお楽しみくださいね」

『……ありがとよ』


 ――美しいかんばせがふわりと華やぐ。

 女性は入室した時と同じく丁寧な所作で礼をし、すっとセレに向き合った。


「稀有なる狩猟者(ハンター)さん、またのご来訪、お待ちしております」



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