[第6話]
宮古島の英雄、仲宗根豊見親をモチーフにした長編歴史ファンタジー第6話目。
稀代の英傑か、それとも……。
あくまでパラレルなミャークの英雄物語として楽しんで頂けましたら幸いです。
第一話の扉絵は嵐山晶 様に描いて頂き、ご本人の許可を得て掲載・使用しております。
※無断転載を禁じます※
※本作は[pixiv]様にも重複投稿しています※
──生まれた国は 遠い国。
──遥かな荒波 乗り越えて。
物心ついた時には ひたすら火を焚いていた。
小さな手は煤だらけ 痩せた肌は火傷だらけ。
鉄の技 鉄の国。
人の命は鉄の粒より軽かった。
今思えば、売られたのだ──。
嘆くことも、悲しむことも許されなかった幼い日々。絶対にここを出てやるのだと固く心に誓い、どうやって生き残るかを考えるようになった。従順を装って、同じような子供たちの中で、一番年若くして鉄を打つことを許された。
元々、才があったのかもしれない。鍛えた鉄は良い刀になった。誰もがその技を求めるようになった。刀鍛冶にでもなれば良かった。
だが──自由が欲しかった。いつも見つめていた海の向こう。肌を炙る炎ではなく、火照った熱を静めてくれる海風にいつも焦がれていた。
だから……あの日、ちょっとした小競り合いで人を刺してしまった時、反射的に逃げた。捕まるのは、繋がれるのはまっぴらだった。自由──焦がれていた、遠い海の向こう。
そこからさらに人を殺して、船を奪って……海賊になるまで、あっという間だった。
波と風に揉まれる海のならず者の日々。
若かったから何でもすぐに覚えた。ここでもやはり才能があったのかもしれない。
広い海を漂ううちに、ただ奪うだけではなく、知恵をつけて物を流すことを覚えた。足りている土地から足りない土地へ。毒は薬へ、薬は毒へ。土地によって物の価値が変わることが面白くて仕方無かった。
大陸の国、半島の国。そして、北から南へ弧を描く島々。賊として追いかけ回されたこともあれば、金を積まれて便利な政の道具として働いたこともあった。善は悪へ、悪は善へ。土地を変わるごとに、普遍的なものなど何も無いのだと思い知らされた。
──むかしむかし、鳥と竜が大喧嘩。人間たちは大慌て――
そんな戯れ歌のような物語を聞いたのはいつのことだったのだろう。海に抱かれたどの土地でも、この物語は何度でも形を変えて姿を現した。
空と海の諍い。沈む大地。分かたれた人々。遥かな昔の物語……。
とある南の島々には、かつて竜宮の王と戯れ遊んだ人々の末裔が、今も暮らしているのだという。太平山。ミャーク。竜神の守護を受けた島々。
いつしか、その場所へ行ってみたくてたまらなくなった。今でも波間に人魚が揺蕩い、優しい海の歌を歌うという安らぎの地へ。
もちろん、人魚の肉が高く売れる、という下心が無かったわけではない。
それでも、そんな邪心を遥かに上回る不思議な魅力に突き動かされていた。耳にする海鳥の声も、やわらかい波の音も、全てがミャークへと誘っている気がした。
遥かな楽園の島……そう部下たちを言いくるめて向かったミャークの島──と言っても、上陸場所を間違えて対岸のイラブ島に降りたわけだが──で、期せずして新たな人生が始まった。
海辺で彼らを迎えたのは素朴で素直なイラブの人々たち。最初は懐柔して上手く使ってやろう、などと思っていたのに、彼らの温かさに触れてしまえば、とてもそんなことはできなかった。
流れもの彼らに食べ物を与え、家を用意し……見返りも求めず笑っている島の人々に、いつしか報いたいと思うようになっていた。かつては海の荒くれものだった部下たちも、島の娘を娶ったり、小さな畑を切り開いたり……南の島の暮らしは、波風に煽られ、海の魔物達と戦う日々とは全く違っていた。厳しい土地ではあったが、全てが穏やかだった。
少しでも島の役に立ちたくて、かつて身に付けた鉄の技を伝えることにした。仮ごしらえの鍛冶場で打った農具に島民たちは目を見張り、遥かに楽になった野良仕事に涙を流して喜んだ。押し戴くように手を両手で包み、『大殿様、大殿様』と何度も頭を下げる人々を、いつしか守ってやりたいと思うようになっていた。
信心深く、いつも海の竜神に恵みを祈り、自然の前にひたすら従順だった人々──ともすれば、厳しいイラブの大地に対し無力で無抵抗だった彼らを、鉄は変えて行った。痩せた大地を制し、人々は自然を御すことを覚えた。鉄の釣り針は、海の深みから肥えた魚を釣り上げた。イラブの島には豊かさが溢れ、人々の目には力が漲った。
だが──分かり切ったことだったが、鉄は有限だった。立ち寄る船から砂鉄を買い求めようにも、素朴なイラブの島には差し出す対価などあろうはずもない。
仕方なしに、当初の下心を引っ張り出す羽目になった。
伝説の魚。その身を食べたものは竜宮の寵を受け、年も取らず、病も無く、永劫の生を授かるのだと……。とんだ笑い話だった。人は死ぬ。自分も含めて皆死ぬ。そんな単純な真実が分からないものがそんなにもいるのかと、可笑しかった。
どんな王も貴族も求めて止まない不老不死。その魚さえ手に入れられれば、千金は思いのまま……そうすれば、イラブの人々をこれからも守ってやれると思った。
とんだ計算違いだったのは、とため息を一つつく。
恵照に出会ってしまったことだ。伝説の魚の住処は目途が付いていた。だが、対岸のミャーク島の、訳ありの荘園の池──そんな場所に、余所者の自分がどうやって近づけるというのか。そこで目をつけたのがこのヒララの御曹司、いけすかないぼんぼん、あぶなっかしくて、脆くて華奢で純粋で、恐ろしいほど美しい──恵照だった。
ちょっと遊んで、利用してやろうと思っただけなのに……結局、夢見た安らぎは恵照が与えてくれたのかもしれなかった。
「これからは、僕とあなたと、空広とでこの島を変えていくんだ」
そんな真摯な言葉の響きに、思わず苦笑いが漏れたものだ。
世間知らずで、青くて、理想家。ひねくれていて、嫉妬深く、底無しに愛情深い恵照。口のきけない弟を甲斐甲斐しく世話しては、利用しているだけだと憎まれ口を叩く。そのくせ頭の中は弟のことで一杯で、どうしたら弟を幸せにしてやれるだろうか……傍らの自分のことなどそっちのけで、いつもそんな話ばかりしていた。そういう時の恵照は、弟のためなら何もかも振り捨てて何でもする、と本気で思っているのだからたちが悪かった。
──悪意の無い二面性。そんな残酷さも含めて、恵照は魅力的だった。
このあやうく繊細な生き物に、もっと広い世界を見せてやれたら──いつしかまた海原に漕ぎ出すことを夢見るようになった自分が可笑しかった。
ふふ、と漏らした苦笑いに心配そうな声が被さった。
「大殿様」
目をやれば、イラブの島の若者が緊張した面持ちで見つめていた。
大殿。イラブの大殿。いつまでたっても自分のことだとは思えないその呼び名に、イラブの大殿は笑顔を作ってみせる。
「大殿様、ミャーク方はどう出るでしょうか」
見れば周りを固めるイラブの男たちも馬上から心配そうな視線を寄越している。大殿は安心させるようにもう一つ笑った。
「心配するな。今回のことは向こうにも非があったことだ。話し合えば分かる。それに、奴らはこれ以上、ミャーク内で揉め事を起こしたくないはずだ。中山に付け入られるからな」
はい、と短く返して押し黙った馬上の青年に、大殿は頷いてやる。
それはイラブの大殿の本音であった。確かに余所者がイラブの島で幅を利かせているのはミャークの侍たちは気に食わないだろう。だが、国に乱れがあることを勘づかれれば、それにかこつけて中山がミャークの更なる支配に乗り出しかねない。中山……貪欲な国。かつてミャークの分裂にかこつけてその爪を喰い込ませ、今もミャークから力を削り取ろうとしている大国。少しでも弱みを見せれば、親切ごかして近づいて、巨大な口で一息にミャークを飲み込むに違いない。
今はイラブと結び、団結する方が有利なはず……。大ごとにはならない──それがイラブの大殿の見立てだった。
それでも念のために精鋭たちで周りを固め、大殿は今、話し合いの場へ馬を進めているのだった。男たちが身に付けるのは、鍛えた鉄の刀に、異国式の弓。実践で磨かれた海の荒くれ男たちの技を伝授された島の人々は、優れた戦士に成長していた。
「心配するな、無傷で帰してやる。でなきゃ、お前の女房と子供に恨まれちまうからな」
肩をすくめてみせた大殿に、若者もようやく笑った。
妻。子供。家族──かつて手の届かなかった温かいものが、イラブの島には溢れていた。いつか自分も、その一部になりたいと願って止まなかった宝。それを、ここで台無しにするわけには行かなかった。
「上手くいく。上手く収まるさ」
まるで自分に言い聞かせるように、イラブの大殿は呟いていた。
視線の先の海は大分引いていた。元々、潮の引く日には歩いて対岸のヒララの町に渡ることもあるほどだ。今や海底の白砂が触れられるほど近くに見えていた。
大殿様、大殿様、と口々に気遣う声が上がる。
約束では、話し合いは双方の頭目同志のみで行い、供の者は陸地で見守ることになっていた。
イラブの大殿は、見るものを安心させずにはいられない笑顔を村人たちに向けた。村人たちも無言で、身に付けた弓矢や武具に触れて応える。何かあればすぐに応戦する──今や言葉を介さない信頼感にイラブの大殿は包まれていた。
「竜宮の神のご加護がありますように」
先ほどの青年の言葉に、イラブの大殿は苦笑する。こんな時に、イラブの人々の信心深さは未だに顔を覗かせるのだ。ミャークの島々の人々は概ね竜神を奉じていたが、イラブの人々の信心は度を越している感さえあった。
「行ってくる」
馬を降りると、海用の草鞋を締め直す。触れた足先の水は太陽に温められていた。冷たい海よりよっぽどいい──小さく笑うと、振り返らずに歩み始めた。
背中にイラブの民の視線が被さる。彼らのためにも、この会談を成功させねばならなかった。
ざぶざぶ、と膝下までもない水を蹴って浅瀬を進む。やがて見えてきた姿に、イラブの大殿は苦笑せざるを得なかった。
恵照の籠の鳥、美しき御曹司の掌中の玉──。言葉を持たないあの少年が、こちらを思いつめたような瞳で見つめていた。
水紋が踊る透明な水をかき分けながら、大殿は白い砂州の上の少年に声を投げた。
「まさかあんたが来るとはな」
眩しい太陽に目を細めながらさらに進む。水中のゴロ岩に足を取られ、固い塊を脇に蹴りやってから大殿は続けた。
「ミャークの人間は何を考えてるんだろうな。“話し合い”をしようってのに、あんたを寄越すなんていい趣味してるぜ」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、大殿は自分の言葉を後悔する。視線の先の少年の瞳に、みるみる哀しそうな光が溢れた。かの目黒盛豊見親の血を引く神童──だが、こうして面と向かってみれば、相手は全くの子供であった。鋭い目元さえなければ輪郭などはむしろ柔和で、顔の傷跡を取り去ればまるで異国の壁画の天童ではないか……そんな風にすら思わせる綺麗な少年だった。立派な武家装束が若い骨格にひどく不釣り合いで、痛々しさを否が応にも増していた。
──それにしても、とイラブの大殿は思う。
太陽を遮るものとてない砂州の上で、この少年はなんと涼やかに立ち尽くしていることか。額に汗が浮かぶどころか、周りには不思議な冷気が漂っているようにすら見える。
──それは、少年の瞳のせいだろうか。
暗く引き攣れた瞳。人生のある時期をたわめられ、歪められた者だけが持つようになる瞳。それは、イラブの大殿自身がかつて持っていた瞳だった。
この少年はどんな生を歩んできたというのか、と大殿は思う。もちろん、恵照から大体の話は聞いていた。珍しくはない、だが、それを潜り抜けたものにしか分からない苦しみに溢れた物語。そんな物語をこの少年も生きて来たのだと思うと、不思議と憐憫の情が湧いた。
「……すまん、言い過ぎた。てっきり別の誰かが来るかと……って言っても、大立のトノさんもフサモリの爺さんも、海を歩くには老いぼれ過ぎるか」
自分と恵照の関係はとうに知れ渡っているはずだから、恵照が来るはずがないのは分かっていた。そう考えれば、ミャーク方にはこの血筋自慢の子供くらいしかいないのか、と思えばむしろ気の毒なくらいだった。
ばしゃ、と砂州に上がると、ほんの少し俯いた少年は曖昧な笑みを浮かべていた。大殿の不遜な言葉に、むしろ共感でも覚えていたのだろうか。
砂州の上で、イラブの大殿はしげしげと少年を見つめた。近くで見れば見るほど綺麗な少年だった。俯いていると顔の傷が隠れて、整った目鼻立ちが強調される。それに、風にあおられる柔らかそうな髪。肌は瑞々しく、若い弾力に溢れている。恵照とは違う種類の、蠱惑的な空気を纏った少年だった。
ピュ─……イ、と甲高く鳴いた海鳥の声にイラブの大殿は引き戻された。向こう岸ではミャーク方の男たちがこちらを見つめている。そして背中には、息を詰めて見守るイラブの男たちの視線が刺さっていた。
大殿は気を取り直す。
「もちろん、ただ黙って突っ立ってるだけじゃないんだろ?」
なるべく好意的に聞こえるように発した声に、少年は小さく頷いた。そのまま懐を探る。
──書簡か、と大殿は思う。なるほど書にして渡せば、同意も反論も先送りにできる。その間にミャークの男たちが何を企もうというのか……。むしろその姑息さに笑いがこみ上げた。
目の前で少年はまだごそごそと懐を探っていた。その目に焦りが浮かびはじめ、大殿は苦笑いする。神童と噂されても、まだ髪も結わぬ子供なのだ。老獪な年寄りたちに押し付けられた大役は荷が重いのだろう。
こうして実際会ってみれば、三人で島を治めようという恵照の夢も現実味を帯びてきた。初めて会った時はやけにとげとげしかったが、思ったよりもずっと御しやすそうで、保護欲を刺激する少年だった。
人知れず心がほぐれた大殿の目の前で、少年はようやく懐からそれを取り出した。あまりに大切に着物の奥にしまっていたからだろう、くしゃくしゃになった、折りたたまれた書簡。
どうせ中身はミャーク側に有利なことしか書いていないのだろうが……それは二の次だった。まずはこの会談を友好的に終わらせること。それが第一だ──差し出された書簡に手を伸ばした時、不意に強い海風が吹いた。
書簡は風をはらみ、大殿と少年が見上げる先で、ひゅう、と宙に踊った。少年が息を飲み、二人が見つめる前で書簡は遠い波間に落ちた。
少年は気の毒なくらいに狼狽した。
遥か先の透き通った水面で、白い書簡がゆらゆらと波に揉まれている。少年は弾かれたように砂を蹴ると、ざぶ、と海に踏み入り、こけつまろびつしながら波をかき分けて進んで行った。
「おい、無理するな。手紙なんかまた書けばいいじゃないか」
のんびりした声にきっ、と振り返った少年の目には、涙まで浮かんでいた。自分のうかつさに対する口惜しさと、同胞が見つめる前で犯した失態と……多感な少年にとっては、これに勝る屈辱は無いだろう。書簡を拾おうとするその必死な姿は、もはや哀れでしかなかった。
――この子供にとっては晴れの大舞台だっただろうに。
肩をすくめてみせた大殿は、仕方なしに少年に続いて海に入る。
「もういいから。俺が取ってやるから、お前は砂州に戻ってろよ」
むきになったのか、少年は大殿の声も無視してどんどん浅瀬を進んでゆく。まるでからかうように濡れた書簡が波間でほどけ、墨の尾を引きながら遠ざかってゆくのが見えていた。
そのままざぶ、ざぶ、と少年を追う大殿は不意に違和感に満たされた。
波間で漂う白い書簡……それが何か、別のものに見えた。折りたたまれていたのがほどけて広がり、白く、長くたわむ……まるで、生きた魚のような。大殿は目をこする。そう、幻視ではない……確かに、それは魚に姿を変えていた。そしてそれはこちらを振り返り、ぱか、と口を開けた。
その奥で、小さな人の顔が嗤っていた。
あ、と思った時には体が水に飲まれていた。
浅瀬の海。白い砂と、ごつごつした岩と……そして、その狭間。
息を飲んで見下した透明な水の先に、引き攣れた傷口のような裂け目が見つめ返していた。急な深み、海の大地の亀裂──不意に現れた水の落とし穴。その口に、イラブの大殿は飲まれていた。
弾かれたように上げた視線を、しかと捉えた瞳があった。暗く凍り付いた、しかし今や不思議な熱を帯びた瞳──あの少年が見下して嗤っていた。声も無く、だが、にじむような歓びと軽蔑をいっぱいに孕んで。
「……おまえ……!?」
奈落の水は胸まで迫っていた。なんとか這い上がろうにも、深みの岩にはまりこんでしまった足がもがけばもがくほど傷む。ばしゃ、ばしゃと上がる水飛沫が目にも口にも入った。
塩辛い味。そう、血と同じ──。
見つめる少年の瞳に、おぞましい光が宿った。その瞬間、大殿は激痛に叫びを上げていた。揺らめく水の下で、巨大なしゃこ貝が大殿のもう片足を咥えていた。
狼狽してもがく大殿の耳を、予期せぬ音が貫いた。
低く密やかな、だが地響きのような笑い声。
大殿は思わずその声の主に視線をもぎ取られていた。
──空広は聞いていた。
深く這うような、だがよく通る笑い声。知らない大人の男の声。
いや、違う。
そう、それは──長らく別れを告げていた声。
いつかの昔に奪われた、自分自身の声。
「死ね」
大殿の耳は聞いていた。避けようのない運命。
「おまえは、いらない」
大殿の目は見ていた。目の前の少年の完全な勝利。その瞳に満ちる滴るような憎しみ。
「死ね。波にまかれて、鯖に喰われて」
憎悪に歪んだ少年の瞳。嘲るように引き攣る十字傷。そして、少年を後ろから抱くように、生き物のように膨れ、姿を変えた海の波。
波──いや。それは空中高く跳ねて姿を結んだ。それは巨大な鯖だった。水から生まれた巨大な鯖が、宙から一直線に大殿に向かって降下していた。一杯に開いた口に並ぶ白い牙。
最後に大殿が聞いたのは、高らかな判決の声。
「皆も見よ! 我らがミャークを汚す者の末路を! ミャークの血に逆らう者の行く末を!」
断末魔の声を上げる暇さえなかった。
イラブの大殿の頭と胴は、鋭い牙の暴虐で別れを告げていた。
──後に、その日のことを。人々は口々に、違うふうに述べた。
浅瀬の海がにわかに波立ち、荒れ狂う渦潮が大殿の体をたわめ飲み込んだ──
いや、天がにわかに掻き曇り、雷鳴と共に立った竜巻が大殿を切り裂いた──
それとも、水面に突き出た無数の水柱が命を奪った──
中には、白い砂州が真紅に染まったのを見た、というものさえあった。いや、真紅に染まったのは砂ではない、ミャークとイラブの島の間を隔てる海そのものが紅く染まった──そんな風に言うものさえいた。
そして皆、口を揃えて言った。信心深い海の民であるミャークの人々も、イラブの人々も、荒ぶる海の裁きにただ立ち尽くすしかなかったのだと。
そして人々は、畏れと共に囁くのだった。
──あの時、返り血が飛び散った──。
少年の額に。飛び散ったその血は七粒。
照り付ける太陽の下でもなお白い肌に、赤い七星が咲いたのだと。
真紅の血の珠で形づくられた、北斗の七星。
それはミャークを統一した英雄の印。
それは、ミャークを統べる英雄の再来の証。
──皆も見よ 我らがミャークを汚す者の末路を
ミャークの血に逆らう者の行く末を──
それは、神童・空広──英雄・目黒盛豊見親の正当なる末裔の、高らかな産声。
真紅の血に彩られた、新たなミャークの継承者の誕生であった。
<第七話に続く>




