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[第20話]


第20話

~ 帝王・尚巴志の死後、混迷を極めるレキオの大地。

  血の絆はもつれあい、憎しみの鎖が絡み合う。~



宮古島の英雄 仲宗根豊見親をモチーフに、

歴史と幻想が交錯するシリアス琉球史ファンタジー。


遥かな大海に抱かれし動乱の島・ミャーク。

永劫の青波が寄せ引く汀に、宿命の英雄が生まれ落ちる。


仲宗根豊見親なかそねとぅゆみゃ 玄雅げんが──

稀代の英傑か、それとも……。


傷持つ心に刃を纏い、人ならぬものと睦む孤高の魂の代償は。

愛憎と血潮に彩られし大海の王の物語、遥かな海の底より蘇る。


あくまでパラレルなミャークの英雄物語として楽しんで頂けましたら幸いです。

古琉球史・古先島史への入り口としても。 

不定期更新・気長にお付き合い頂けましたら幸いです。


※※※R-15※※※

※無断転載を禁じます※

※「pixiv」様にも重複投稿しています※

※第1話&第11話扉絵は[嵐山晶 様] に描いて頂き、ご本人の許可を得て掲載・使用しております※



   コロコロ 転がる さいころは 

   あちらへ こちらへ


   手に手を 取ります 金丸ちゃん

   愛しい あなたと ──

   


 年月の賽は転がり続ける。

 逃げてゆく夜明けを、包み込む黄昏を、何度も見送り出迎えた。

 二人で歩く、細長い島。外つ国の人々がリウクー(レキオ)と呼ぶ、緑の島。

 そこで金丸とニウは、沢山の夢を見た。刃が放つ光の中で、血と死の美酒に酔い続けた。

 

 長い年月の中で、ゴエクは長年の懸案事項であったカツレン半島の勢力を、ついに懐柔するに至った。

『やあ、このように出所の怪しい男が揃い踏みとは、愉快、愉快』

 悪びれもせずカラカラと笑うカツレンの頭、茂知附(もちづき)按司(あじ)という男も金丸は嫌いではなかった。リウクーの北、アマミの島々の一つで産する特有の陶器の甕から、この大らかな男はどぶ、どぶと二人の杯に酒を注いだものだった。

『いやはや、尚思達王が即位されてこの方、カツレンは潤うばかり。笑いが止まらんですよ』

 酒を受けるニウも苦笑いをするばかりだった。

 あの後──。

 件の刀を手に入れたニウの兄・布里は、金丸の予想に反してなかなか馬脚を現さなかった。それどころか、『献上』と称してあの刀を当時の国王であった尚忠に返してしまった。

 戻ってきた刀に縋りつくようにして喜んだ尚忠王ではあったが、この哀れな王はしばらくの後、奇声を上げて狂死してしまうこととなる。そうして、刀と王位は息子の尚思達に渡った。

 そこからが見物ではあった。

 即位したばかりの新王・尚思達は北のアマミの島々への遠征を宣言したのである。

 かの尚巴志(ハシサマ)の時代に一部を下してはいたものの、ヨロン、エラブ、トクノ、オオシマをはじめとするアマミの島々は滅びた北山の勢力と深いつながりを持ち、今も王府との緊張状態が続いていた。さらには、アマミの勢力には北に座す大国・ヤマトの息がかかっている。

 思達の父の尚忠は元々、併合した北山の監守を務め、北に連なるアマミの島々に目を光らせていたから、無残な死を遂げた父へのはなむけのつもりでもあったのか。

『簡単ではないはずだ。また、人が死ぬ……』

 神妙に呟くニウの傍らで、金丸はクスリ、と笑ったものである。豊かな耕地を得るには、礫を取り去り、雑木を倒し……そんな泥臭い下準備に、おすましニウは手を汚す気など毛頭ないのだ。


 ──まあ、いい。ニウは耕された畑に播く花の種でも選別していればいい。


 さて、このアマミ遠征で大いに活躍したのが件のカツレンの茂知附按司であった。出自怪しき海の荒くれ男、アマミとヤマトの言葉を自由に話し、各地から攫ってきた寵姫たちをはべらせ、どこのものとも知れない綾衣をまとった男。

『私の流したアマミの情報は、高く売れましたよ』

 どこまでが計算なのか分からないこの男、北の島々から人を、技術を際限なく持ち込んで強固な城を築き、王府ともニウたちとも等しく交わる茂知附に手綱を絡めておくのには、何ともいえない危なっかしい快感があった。

 思達は王になったからには何かを形に残さないといけないとでも思ったのか、猛然と戦に臨み、アマミの勢力を平らげた。もっとも、新たな領土と引き換えに、膨大な兵も金も海の藻屑と消えてしまい、さらには最北に位置するキカィ島だけは落とすことが出来ず、禍根を残すことになったが──。

 金丸は舌打ちをしたものである。

『こういう時に、あの刀を使えば良かったんだ』

 だが、それは無理というものかもしれなかった。結局のところ、思達も刀を御す器ではなかったのだろう。

 遠征は成功したものの、結果としてヤマトとの関係は最悪の状態へともつれこんでしまった。気持ちを和らげようとでも思ったのか、思達は元からの深酒の悪癖が加速してしまい、例の刀を傍らに飲んだくれていたところに運悪くボヤが起きた。哀れな王は酒と炎に巻かれて死んでしまった。

 まあ、それでもアマミが手に入ったのは結果的には良かった。

『布里は意外と侮れない』

 と金丸は思ったものである。布里は、あの刀の性質をよく理解していた。その上で刀の置き場所を変えて、尚忠と尚思達、二人の王を上手く葬ってくれた。

『貸し、だな』

 なにせ、布里とニウは北山、そして南山を滅ぼして王にのし上がった尚巴志の息子である。王への道を妨害する者は互いの他にいくらでもいたし、二人の他にも王位の継承者はいた。加えて、尚巴志の代から王府に仕えている大陸出身の懐機(かいき)なる男が、これまで沈黙を守ってきたにも関わらずおかしな動きを見せ始めているという報告まであった。

 そして、最近の布里はと言えば、大陸への足掛かりであるクメの島に頻繁に使者を送り、懐柔に努めているという。

 大陸との貿易で潤い、どこか王府を侮ったところのあるクメの島もまた、油断の出来ない一勢力だった。


 ──布里はまだ、役に立つ。


『今は泳がせておこう』

というのが金丸とニウの共通した意見であった。 

 布里とニウ。全く異なっているようで、どこか似通ったところのある二人だった。ぎらつく瞳を隠そうともしない布里と、まるでそんなものには関心がないと言わんばかりの顔をして、そのくせ常に横目でそれを捕らえているニウ。二人の求めるものは、ただ一つ──王の座、だった。

『それは、そんなにイイモノなのか?』と金丸は問うたことがある。ニウはただ、笑って答えた。

『ああ、きっとね。誰からも踏みにじられることのない、高みからの景色だ……』

 ニウの言うことはよく分からない。そんな風に思うようになったのはいつからだったのだろう。

 だが、その疑問を飲み込むことにも、金丸は慣れてきていた。権力というものはきっと、蜂の巣からすする蜜よりも遥かに甘いに違いなく、極上の甘露を共に啜る夢で己の猜疑を塗り固めた。


 金丸とニウは、カツレンの茂知附按司との関係を使って、北へ北へと交易の版図を広げていた。茂知附が整えてくれた航路を通じて、ゴエクの地にはアマミを越えて遠くヤマトの文化や信教が入ってくるようになった。異国の学者や僧が行きかうシュリの都には遥かに及ばなかっただろうが、それでも多様な様相が入り乱れるゴエクには新たな発展の芽が芽吹き、富の果実があちこちで実った。

 金丸は、ニウが行う交易を助けるために、つたないながらも異国の言葉と算術を習うようになっていた。リウクーは産物が豊富とは言えない。ゆえに、異国から異国へと物品を行き来させて利を産む必要があり、言葉と数は不可欠だった。

 これまで不器用一辺倒であったが、以外にも才があったのか、金丸はみるみる頭角を現した。強かな異国の商人たちを相手にものおじせずに相対する金丸は、いつしかニウの右腕として認められるようになっていた。

 昼は太陽の下で額に汗して働き、夜は月明りの中で人を沢山殺した。

『これで、金丸も一人前の大人だ。金丸の夢は、ニウに王冠を授けることだよ』

 そんな素朴で一途な声明を、ニウは微笑んで聞いていた。その目の奥に、気だるい膿が凝っていたことに金丸は気づかないふりをした。気づいたら、全てが壊れてしまうと分かっていた。

 ゴエクの土地が豊かになると共に、薄い脂肪の膜が体を覆い、目じりに細かな皺が増え……。

「私が王になった暁には、恒久に続く泰平の世を作り上げる」

 いつしか昔とは違う輝きをまとうようになったニウ。その傍らで年月を積み重ねてゆくためなら、自らの掌の皺の一筋一筋に赤黒い血が染み込み、乾いた血の粉が爪の間に堆積し……それも大したことではないと、自分で自分に言い聞かせた。

 こうして異形の童子・金丸は異国の富を導く一人の男へと変容を遂げ、ニウは王子として確かな治世の経験を重ねていったのである。


 何度、散る花の数を共に数え、

 何度、

『死ね』

 赤い血を共に散らしてきただろう。

 嘆きの杯は満ちて、また空になり――そんな、二人の日々だった。



 ばしゃ、ぱしゃ。ばしゃ、ぱしゃ……。

 ばしゃ、ぱしゃ……。

 

 ──ナハの海には、


 金丸は、ぼんやりと思う。


 ──水音が似合う。


 ばしゃ、ぱしゃ。ばしゃ、ぱしゃ……。

 ばしゃ、ぱしゃ……。


 視線の先で、二つの影がもつれあっていた。

 ずんぐりした影にのしかかる、ほっそりした姿。

 その体の下で、家畜が屠られてはなるまいと死に物狂いで暴れている。薄闇の中で喉をのけ反らせ、声を必死に絞ろうとあがいている。


 ──ああ、やっぱりこういうときのニウの顔は良いなァ。


 ばしゃ、ぱしゃ。ばしゃ、ぱしゃ……。

 ばしゃ、ぱしゃ……。


 月明りに照らされた美しい横顔を見やりながら、舟底に頬杖をついて体を横たえた金丸はひっそりと息を吐く。

  

 ──でも、そろそろ金丸の出番だなァ……。


 ばしゃ、ぱしゃ。ばしゃ、ぱしゃ……。

 

 それにしても、と金丸は思う。

 ニウは、こういう時に不器用なのだ。他人相手の刀や弓矢は誰にも負けないくせに、相手がこうだと、どうだ。


 ばしゃ、ぱしゃ。ばしゃ、ぱしゃ……。


 ようやくニウの掌が、それ( 、、)の後頭部をがむしゃらに掴んだ。そのまま、暗い水面に渾身の力で叩き付ける。

 よし、と頷きながら、金丸はその光景を見守った。血の気が引いて、幾筋かの髪を乱れさせた横顔。いつもは柔和な笑みを浮かべている顔は強張り、うっすらと開いた唇が僅かに震えている。


 ──ここまでやらせてやったんだ。ニウも満足のはずだ。


 そう、後は金丸の役目だった。

 気だるい気分を叱咤しつつ体を起こそうとした時、ニウの手に押さえつけられていたものが、ぐい、と頭を上げようとした。半狂乱の手が、ばしゃばしゃと水面を叩いている。

「ああ……うるさいなァ。さっさと」

 ゆるりと身を起こした金丸は、相方ににじり寄る。

「屠ろうね」

 後ろから抱き込むようにして、ニウの掌に重ねた自らの掌を渾身の力で押し下げる。ごぶ、と不吉な音がしたところで、反動で飛び退った金丸は素早くそれを振り下ろした。

 ごつ、と鈍い音がして、それ(、、)が盛大な水音と共に沈む。やがてコポン……と気の抜けた音が続いた。

 ほどなく、静寂が落ちた。

「終わった。溺死……だ」

 叩き付けた刀の柄から露を払おうと目をやれば、先程頭皮に食い込ませてやった指に、不気味な黒糸が絡みついていた。

「ちぇ……。どこまでしつこいんだろう」

 眉をしかめた金丸は、小舟の縁にしゃがみ込んで暗い波で指を梳く。黒糸はなおも手指に留まろうとしたが、やがてしぶしぶ海に呑まれていった。

「髪の毛は、気持ちが悪いや」

 同意を求めるように横を向けば、見慣れた影が小舟の縁でくずおれていた。

「終わったよ。ニウ、船酔いでもしたのか?」

 からかうような声に、ニウはゆっくりとこちらを向いた。二つの平板な瞳に、おかしな光がぼんやりと灯っている。

「ニウ?」

「……金丸」

 瞳が彷徨い、夕暮れに昇る月をなぞり、やがて戻ってくる。

「金丸、私は……」

 金丸を見つめる、何年経っても変わらない美しい瞳。だが、その瞳が確かに変質していることを、金丸は認めざるを得なかった。

「……私たちは、何をしている?」

「何って……ニウが望んだことを……」

 視界の隅には、小舟の端から水面に頭を突っ込んだままの躯が映り込んでいた。暗い冷気を発散する忌々しい抜け殻、死んだニウの兄──さっきまで「国王」だった尚金福の死体が。


 ──見苦しいや。さっさと海に蹴り捨てられたらなァ。


 それができないことを、金丸はこれまでの経験からよく分かっていた。ヒトの呼ぶところの「王」を葬るには「葬儀」という一連の大騒ぎが必要らしく、死体はとても大切なものらしかった。尚忠王のときも、尚思達王のときも……。そして今、在位を終えた尚金福王もそうなのだろう。

 金丸はため息をつく。


 ──尚金福(こいつ)には煩わされた! 


 まったく、ひどい茶番だった。

『あいつは、私がやりたい』

 そんなことをニウが言いだしたから、金丸はこんな苦労をする羽目になったのだ。

 そう、全てにおいて茶番続きだった。あの刀が奇妙な歌を歌いはじめた時から。

 刃の光の下で尚忠が死に尚思達が死に……こうして偉大な帝王・尚巴志の死後、僅か十年と少しの間に二人の王が冥府(ニライ)へ去ったことになる。そしてくるくる替わる王の首は、三人目の王──尚思達のおじで尚巴志の息子である尚金福にすげ替わったのである。

 しかし、そこからが問題だった。

 王位と刀を手に入れた瞬間から、金福は生来の派手好きの気質に歯止めがきかなくなってしまったのである。

『いけ好かない冊封使のやつらの度肝を抜いてやる!』

と、金福は高らかに宣言した。すなわち、これまで舟を用いて行き来していた王府の玄関口・港を抱く浮島のナハと、王都・シュリに続く陸地を結ぶ壮大な橋の建設の開始である。国を挙げての大工事であった。

 遥かな昔、天女を母に持つリウクーの王がいたそうだ。そんなおとぎ話の時代から、リウクーの王たちは海の向こうの大国・ミンに臣下の礼を取り、使者を呼びよせて王となる許可──「冊封」という──を得て貿易を行い、富を蓄えてきたという。そんな長きにわたる主従関係の中で、男たちは時にいびつな劣等感を抱くことがあった。

 故に、自らの威光を示そうと、新王・尚金福が優美な孤を抱く長い橋、輝かしい海洋の浮道の建設に血道を上げたのも分からないでもなかった。

 だが、その金の使い方はひどかった。使者の到着に合わせて橋を完成させようと、遥か北のヤンバルからまでも人を駆り出し、万一の蓄えなど顧みずに湯水のように金を放出する。

『金さえ払えば、文句ないだろう!』

 必死に止める臣下たちに向かって、王は言ったとか言わなかったとか。

 たちまち国庫の金は溶け出してしまった。先王二代の冊封の使者の歓待、それにアマミへの遠征でそもそも金が無いのに加えて、これである。国中に不満が渦巻き、混乱に乗じて、再びアマミが反旗を翻すという噂まで囁かれる始末だった。そして金福はといえば、性懲りもなく先王からの負の継承物、キカィ島への遠征を再び計画し、布里に金を出させてすでに先兵を送っているというのである。

 金丸は青ざめた。

 流れ出てゆく金は、いつかニウが即位した時に仕立てる錦の衣の金であり、冠の玉の金である。

 橋などなくとも、今まで通り船を並べてその上を行けばいいだけのことではないか。

『殺そう、今なら簡単だ。あの見栄坊を今すぐ殺そう』

『……金丸。早まるな』

 思えばこの頃から、ニウの優柔不断さは加速していた。それどころか金丸から目を逸らしたり、時には行き先を告げずにどこかへ行ってしまうことさえあった。だが、金丸はどうしてもその理由を聞けないままだった。

 そんな霞んだ日々が、事態をさらに悪化させた。

 橋の建設に集められた役夫たちを日夜悩ませていた海、ナハの浮島にたっぷりと寄せ引く波が、ある日忽然と干上がったというのである。

『金福王が小舟の上で刀を掲げると、天に光が満ちてたちまち水が引き、役夫たちは慄きひれ伏した……そうだ。太陽神(アマテラス)の恩寵だ、などと触れ回っているものまでいるらしい』

 淡々と呟くニウに、金丸は激高した。

『刀があいつを選ぶはずがない! くそっ……からかってるんだ、あの刀は金丸たちを!』

 がばり、とニウの襟元を掴んだ金丸は、必死に言い立てた。

『それに、アマテラスだって? 何だってそんなヤマトの神の名前を引っ張ってくるんだ!

 きっとあいつだ、懐機……あのタオ教(もの)が王に入れ知恵したに違いない! あのミン国人、何を企んでる!』

『どういうことだ?』

『天降の刃! 天の炎鳥……火で水を征した。使ったんだ、あの刀の力を!』

 早鐘のように打つ鼓動が全身の血をたぎらせる。その熱を味わいながらしかし、金丸は暗い歓びが四肢を駆け巡るのを感じていた。

『刀と金福が混じり始めたんだ。もう、金丸がやるしかない』

『訳が分からない……』

『ニウは嘘つきだ。そうやってうだうだしてるのも、全部計算づくなんだ』

 

 やがて橋は完成した。

 どちらにせよもう止めるには遅すぎたし、始めてしまったものは終わらせるしかなかった。

 そして、同時期に起きたもう一波乱が、金福王を生き長らえさせることになった。

 茂知附按司が権力を掌握していたカツレンであったが、状況が変わってきていた。茂知附に対する、別の一派が台頭してきたのである。嘘か実か分からない逸話を数多持つ新たな頭目が、茂知附を尻目に多大な人気を集めているという。

 二つの勢力は反目を繰り返し、ついに些細なきっかけで衝突した。

 発端は、とある酒宴だったという。

『海賊崩れの下種野郎! 故郷を追われた咎人野郎!』

 そう叫んだ少年がいたそうだ。茂知附と相対する一派に属していたという。

『我らのアマミを簒奪し、リウクーに売り払った裏切り者! お前の(もちづき)など、跡形もなく欠けてしまえ!』

 その言葉に、茂知附は顔を真っ白にしたそうだ。

 なんでも少年はアマミの島々の一つから攫われてきたらしく、一緒に強奪されてきた姉は、茂知附の寵姫の一人になって子まで産んでいたそうだ。

『姉上、私と一緒に逃げましょう!』

 弟が差し伸べた手を、姉は涙を流しながら取ったという。

 廷臣ひしめく宴席で、茂知附は赤恥をかかされたわけである。

 後は、ひどいことになったそうだ。

 我を失った茂知附は一刀のもとに寵姫を切り捨て、返す刀でその子供を刺した。飛び散る血と怒号の中で、茂知附は燃え盛る松明をひったくって件の少年の顔に押し付け──そこから、元々くすぶっていた二派の憎しみの火種が暴発した。

 カツレンは異国からリウクーへのいわば第二の玄関口であったから、この土地を誰が獲るかはニウと金丸、それに布里や王府にとっても大いなる関心事であった。ようやく御しはじめていたはずのこの土地を失うわけにはいかなかった。ゆえに、二つの勢力の対立において、ニウは旧知の中である茂知附按司を支援し、あてつけるように新興勢力を支持したのが、ここまで大きな動きを見せることのなかった布里であった。

 カツレンには海賊上がりの荒くれ男たちだけではなく、その妻や子供たちを含めて相当の人間が住んでいたが、それぞれに王族の支援を受けた二派の争いは熾烈を極め、数えきれないほどの人々が焼け出された。ニウと金丸、それに布里はその処理に忙殺されることになった。

 何となく、釈然としない騒ぎだった。発端となった宴席に参加していた反茂知附の勢力は、少年や年若い青年ばかりだったという。頭目に至っては、別の場所に出ていて不在だったそうだ。

 がりり、と金丸は爪を噛む。


 ――そもそも布里(あいつ)がしゃしゃり出てきたりするから、最後はあんなひどいことになったんだ。


 カツレンには、茂知附がアマミから攫ってきた石工たちに作らせた『城』と呼ばれる建造物が建ち、強固な石垣の内側には人々の住居が立ち並んでいた。茂知附ときたら、敵の一味を老若男女の別なくその中の一つに追いやって、逃げられないよう出口を塞いで火をかけてしまった。阿鼻叫喚の、目も当てられないありさまだったという。

『あんまりひどいじゃないか』

 焼け跡を訪れた金丸は憮然と茂知附に言ってやったものである。

 すっかり人相の変わってしまった茂知附、今や老人のように小さく萎み、土気色の頬を煤けさせた男は、弱々しい声で答えた。

『手に入らぬのなら、消えてしまった方がいい……跡形もなく』

 茂知附の最も深い寵を得たのが、あの刺された姫だったのだという。


 ──だったら、殺さなければよかったじゃないか。

 

 困惑する金丸の横で、ニウは黙って一点を見つめていた。その視線の先には、ほんの拳大の黒焦げの頭蓋骨が転がっていた。


 

 橋が完成した後も金福の散財は続き、冊封使の歓待に莫大な金を投入しただけでは飽き足らず、次は自らの居城であるシュリ城の増強や各地の防衛強化に莫大な金を投入しようとしているらしい。その途方もない計画には、かの築城武将・護佐丸までもが呆れているということだった。

 もう、一刻の猶予もならなかった。

 金福が大々的に催した、王族たちが集うナハの港での舟遊び──もちろん、舟の上から例の橋を眺めてもらおうという趣向である──この場を、金丸は金福の最期の場所に選んだ。

『あの浅はかなタオ教野郎に意趣返しだ。海を干上がらせるなんて真似をしたんだから、刀もかなり消耗しているはず……。火が水を征するのは、かなりの無理があるんだから』

 眉をひそめるニウに、金丸は屈託なく笑いかけた。

『あの北山の王が刀を川にぶち込んだみたいに、今度は水で火を征してやる。

 ああ、ニウは全部分かる必要なんてない。全部、金丸に任せておけばいい。……なんで、そんな変な顔をするんだ?』

 王殺しは金丸が一人で行うつもりだった。ゆえに、ニウには残るように言った。

『人が死ぬんだ。そんな見苦しいもの、見たくないだろう?』

 だが、意外にもニウは首を振った。

『金丸……私にやらせてくれ。あいつだけは、私がやりたい』

 

 ──また、ニウが面倒なことを言いだしたぞ!


 配下である金丸が金福を殺すのと、王族であるニウが実行に加担することは意味合いが違う。それは、大層難儀なことになるに違いなかった。

 何故、ニウはそんなことを言うのか。その思い詰めたような顔を眺めているうちに、金丸の中で何かがむかむかと頭をもたげはじめていた。


 ──ニウは……最近面倒くさい。ニウは金丸のことを……。ニウは……、


 だが、金丸はその先を無理やり打ち消した。

 ニウの願いを叶えてやるために、その笑顔を見るために自分はいるのだ、と必死に言い聞かせた。

 そう思えば、金福の周りの人間に金を握らせ、口を封じ、人払いをして、でっち上げの理由で王をこっそりおびき出して……。金丸にとってはもどかしいだけのやりくりだって、さほど苦ではなくなった。幸いと言うべきか、金福は度重なる浪費のおかげですっかり人望をなくしていたから、物事は思ったよりも容易に運んだ。むしろ協力的な者の方が多かった。

 だが……重ねゆく歳月の中で、二人の間で何かが変質していた。その事実から、金丸は目を逸らし続けていた。

 それでも、そんなごまかしを抱きながら歩んだ道も無駄ではなかった、と金丸は思う。

 七番目の王子。王統の美しい供物。

 血の気の多い兄たちに負けず劣らず性悪で、そのくせ途方もなく澄んだ部分を持ったニウを、男たちがどんなふうに取り囲み、どんな傷を負わせてきたかを、金丸は長い年月の中で知るようになっていた。その傷の代償を払わせてやるたびに、ニウの傷が消えてゆくと信じるのは気持ちが良かった。

『まさか、あの小汚い子供が、今や私と同じ舟で対等に肩を並べているとはね』

 おびき出された舟の上で締まりなく笑っていた金福。ニウが差しだす杯をもう何杯干したのやら、弟とはちっとも似ていない顔が赤くむくれ上がっている。

 そして、その手に握られていた黄金の刀。一度は海を制したその刀が、今宵も自らを守ってくれるとでも思っていたのか。

『おまえの母親もとても良かったが……あれだけ嫌がっていたのに、おまえの方から誘ってくるとはどんな心境の変化だ? 

 いや、王の寵を選ぶのは賢い選択だな。人払いはしてあるし、今宵は存分に楽しもうじゃないか』

 安っぽい熱に浮かされた、下卑た笑い。相変わらずベラベラと調子に乗ってしゃべり続ける金福(おろかもの)。にじり寄った隙に、ニウがさりげなく刀を舟の隅に押しやったことなど、気付きもしない。

『ああ、私は尚巴志を越える偉大な王になるのだから。出自だの血統だの、細かいことは気にしないさ。父上もそうだったものな。女であれば、貴種でも下賤でも。

 だから、私も気にしないとも。

 異国の戦利品の孕み子、布里の兄上の口添えがなければ野垂れ死んでいたはずのお前……。父親が我らと同じかすら判然とせぬ、下賤のお前のことだって!』


 ──もう少し、苦しませてから殺せばよかったかなァ。


 まあ、おかげでニウに白い火がつくところを見ることができた。

 そして金福は水に顔を突っ込んで死んだ。良かった。

 それなのに今、船の舳先でくずおれるニウは奇妙な瞳で金丸を見ている。

 気まずさから逃げるように、金丸は次の仕事に取り掛かる。

「全く、手間がかかるや。だから金丸に任せておけばよかったのに」

 ため息をつきながら、船尾の後ろに丸めておいた茣蓙をまくり上げれば、もわ、と嫌な臭いが立ちのぼる。

「臭いなァ」

 汗と体臭、それに、酒が混じり合った臭気。それを放っているのは、舟底で体を丸め、異様ないびきをかく一人の男だった。

「これで、布里の部下だっていうんだから。そこらの酔っぱらいと大して変わらないや」

 よっこらしょ、と、例の刀を取り上げる

 柄に触れても、ぴくり、とも反応しない。

「やっぱり相手を見てるんだ。結局、金福のことは守りもしなかった。こんなことなら、金丸じゃなくても殺せたかも」

 そのまま鞘を払って金福の手に握らせてやる。

「一応、名誉のために抵抗したことにしよう。そう、こうやって……」

 刀を握らせた死体に、今度は酔っぱらいを向き合わせる。


「はなむけに歌って送ってあげよう。


 ──おびき出されし 金福王

   布里の刺客に 襲われて

   果敢に迎え 撃ったのが

   哀れ太刀筋 反れました


   刺客、頭を 押さえこみ

   哀れ金福 水の中 ……


 あっ、こら……暴れるな!」

 

 酔眼の臭い男が、我に返ったように暴れ始めた。酔いどれに特有の容赦ない拳が、見境なしに空気を殴りつけ、意味を結ばぬわめきが闇に散る。

「ちょっと腹に刺さったくらいで暴れるな! あれだけ金丸が酒を出して飲ませてやったじゃないか! 静かにしろ、くそっ、この……」


 酔っぱらいの拳が顔の横をかすめた。ただでさえ苛々していた金丸の脳裏に、瞬時に稲妻が走る。

 

 ──ああ、もう──、

 ──嫌、だなァ!


 ばちん、と奇妙な音がした。

 ややあって、びちゃ、という音が続く。

 茫然とこちらを見つめるニウの頬に、血が弾け飛んでいた。

「ああ……ごめんよ。金丸が拭いてあげるから」

 そっ、と伸ばした指から、ニウは体を引いた。落ちくぼんだ目が、空洞のようにこちらを見つめている。

「……謝ってるじゃないか。ちょっと服が汚れただけじゃないか」

 うんざりしながら視線を下げれば、刺客の上半身は無数の肉片に化して飛び散り、鮮烈な生臭さを放っていた。

「やり直すから。ほら、金丸はすごいだろう? ニウの役に立つだろう?」

 簡単なことだった。金丸がくるり、と虚空で手を回せば、飛び散ったものがずるずると元に集合し、形を結び始める。

 やがてだらしない酔っぱらいの形に戻った肉塊に、金丸はおあいそ程度に刀で傷をつけ、その手を舟の縁に引っかかったままの死体の頭に据えてやった。

「死んでたから、今度は簡単だった」  

 笑いかけてやっても、ニウから言葉は返ってこない。

 沈黙だけが波の間に満ち、金丸の中で嫌な気分が増していった。


 ──賢雄は何をぐずぐずしているんだろう。


 段取りでは、金福が死んだらすぐに、金福の「溺死体」と刺客を置いて迎えの舟で去ることになっていた。舟の手配は、ゴエクの賢雄という従者に任せてあった。朴訥で、良くも悪くも一方向に行きやすい青年であったから、裏切ることはないはずだ。

 だが……舟は、来ない。

 金丸の胸に、冷たい思いが落ちてゆく。


 ──上手く逃げおおせなくても構うもんか。

 どうせみんな、見たいものしか見ないんだから。


 今までだってそうだったのだ。どれだけの人間が不自然に死のうが、その死がどれだけ疑わしいものであろうが……生き残った人々は自分で自分に目隠しをした。権力の水の流れを読み、どちらに水が流れてゆくのか、どちらの方向に行けば生き残れるか……。

 生にしがみつくためなら、ヒトは進んで渦巻く濁流に身を任せていった。


 ──裁かれたくなければ、勝つしかない。


 それに、金丸にとって全てはどうでもよいことだった。

 国も、王府も知ったことではなかった。

 金丸が必要なのは──。

 狂おしく見つめる先で、ニウは固まったままだ。

 沈黙に耐えきれず視線を泳がせれば、ふわふわした綺麗なものが水面に踊っているのが見えた。

「ああ、サガリバナが流れてきたよ」

 漂う薄紅色の花首に手を伸ばす。季節外れの花首は指先から逃げようと泳ぎ、くるくる回り、やがて掌に捕まった。

 薫り高い夜の花、サガリバナ。珍しもの好きの金福がはるばる遠い地から取り寄せて、ナハの浮島に沿って植えさせた花木。この地によく根付き、初夏の頃にはむせかえるような香りを辺りに振り撒いたものだった。

「そいつはもう、この花を見られないんだ」

 答えは、返ってこない。

「そいつはもう死んだんだ。そいつは二度と、ニウに触れないんだ。よかっただろう?」

「……そういうことじゃない」

「ニウ、どうして喜んでくれない?」

「そういうことじゃない!」

 花首を掌に含んだまま触れれば、怯えた熱を放つ手の甲が冷たく強張る。

「ニウ、金丸を見てくれ。どうして目を逸らす?」

 二人の手の間で、潰れた花が熟れた香りを溢していた。

 潰れた花。ひしゃげて、歪んだ花。

 二人で分け合った屈辱と、共に描いた玉座への絵地図。望んだ未来に進んでいるはずなのに、ニウが、遠い。

「どうしてそんな顔をする? そいつは自分でやりたいって言ったのは、ニウじゃないか。だから、金丸は、こんなに苦労して……」

 ニウが身を引くのに合わせて、離れた手と手の間から、死んだ花がぽとりと落ちた。

「……ニウ」

 金丸は、とぼとぼと船の反対端へと歩いていった。途中でつま先が躯の一つに引っかかり、転びかけた。口から出たのは怒声だったが、本当は泣きたかった。


 闇が濃くなり、互いの顔も見えなくなった頃──懐かしい歌が唇から零れた。

「──らら らら ララララ 金丸ちゃん ……」

 水のにおいを含んだ夜風が、ぶつかり合って泣いていた。

「金丸は歌ったものだよ。イゼナの島で、雨漏りがするあばら家で。

 一人で膝を抱えて歌ったよ。米をいくら降らせても、降らせても、誰も喜んでくれないのはどうしてだろう、と思いながら」

「……」

「――イゼナの かわいい 金丸ちゃん ……。

 くり船を漕いで島を出るときも、歌ったよ。

 村から村へ、追われてゆくときも歌ったよ。

 そうしないと、自分がばらばらになって、消えてしまう気がしたから。

 金丸はいつだって頑張ってきた。どうしたら喜んでもらえるだろうかと。どうしたら、好きになってもらえるだろうかと」

 互いを見ることができなくても、視線は確かに結び合っていた。その細い糸を、金丸は切りたくなかった。


 ──血の雨 降らせる 金丸ちゃん

 ララララ ララララ 

 

 ──邪魔者 消します 金丸ちゃん

 あなたの ためなら

 

 金丸は思う。

 何故、もっと柔らかな歌を紡げないのかと。

 何故、穏やかな調べの中で共にまどろむことはできないのかと。

「おかしくなりそうだ……」

 雲の切れ間に月明りが差し、ニウの頬が濡れているのが見えた。

「お願いだ。目を閉じて一緒に聴いておくれ。歌を。遠い時の向こうから響く、レキオの歌を」

 すがるように一歩を踏み出した時、こわばった声が歌声の残滓を砕いて落とした。

「なぜ、弾けた肉が元に戻る?」

「ニウ……」

「お前の出す酒……。あれは、どこからやってくる?」

「ニウ!」

 必死に駆け寄り手首を掴めば、熱い脈動の代わりに冷たい感触が掌に触れた。

 落とした視線の先、月明りの下で、瑠璃の玉粒を連ねた飾り物が嘲笑うように光を放っていた。

「お前は一体……『何』だ!」

「ニウ! こんな……こんな異教の飾り珠で、金丸を裁くつもりなのか!」

 むしり取られた瑠璃の念珠が、無数の光になってはじけ飛んだ。

 月光と混じり合う瑠璃の光が金丸の脳裏を刺し貫き、張りつめた糸がきりきりと削げてゆく。


 ――あァ、


 きりきり、きりきり……。


 金丸に突き刺さる、ニウの瞳。他人を見るような──いや、それこそ……。


 ――「嫌だなァ」と、思わせないでくれ!


 嵐が吹き荒れ、舟底に散り落ちた瑠璃珠が爆ぜた。喉を掻きむしり叫び声を上げようとした時、地面が揺れた。激しい衝撃に二人は倒れ込み、瑠璃の破片が掌を容赦なく刺した。

 意識の端が、伝い落ちる血の生暖かさを捕らえていた。すぐ側ではニウの血の香りもしていた。

「うう ぁァ……。転んでしまった……よ」

 ゆうらり、と金丸は立ち上がる。

「ちゃんと前を見て漕ぎなさ い」

 睥睨した先、二人が乗っていた小舟の腹には、もう一艘の小舟の舳先がめり込んでいた。

「舟……が こ われてしまうじゃ……ない  か」

「姫、なぜここに……。一体何をして……」

 狼狽したニウが金丸を押しのけて立ち上がる。

「あああー……ァ。 本 当 だ。

 向こうの舟に乗っているのは姫……だ ァ。

 それ   に その横にいるのは、ぐ・ず の賢雄 ゥ……」

 見つめる先で、二つの影がこちらを見つめて凍りついている。

 よく知っている姿だった。

 一人は、美しく成長したニウの娘姫。

 その傍らにいるのは、件の従者、賢雄だった。

 匂い立つような生命力をみなぎらせ、男と女、というにはまだ熟しきっていない、青い輝きをまとった二人。

「姫は……だめー……ぇだよーォ。

 お てんばがすぎる ね。

 ど うして こんなところに い るのかなーァ?」

 姫が、わななく唇を必死に噛みしめている。

 昼のうちに終わったはずの、王族たちの舟遊び。頬にあたるナハの潮風を再び味わいたいと、人目を盗んで、見張りの目をかいくぐってやってきたとでもいうのか。

 そしてもちろん、その瞳は船の縁に引っかかったままの死体を見つめているのだろう。金福はいつだって王家の三つ巴を派手に染め抜いた衣をつけていたから、誰の死体かは、月明りの中でも明らかのはずだった。

「それー…… にしても ォ。

 二人は素敵な 装いを し ているね」

 小柄な姫の体には、明らかに体に合わない男物の着物がまといついていた。いつか金丸の膝の上で笑っていた童女は、年を経るごとにおてんばに育った。いや、おてんばどころの話ではなく、大人たちの制止も聞かずにニウの弓を持ち出して、鳥や獣を射ったり、馬に乗ったりしていた。

「困 るね……。お姫様に、そういうことをされては。

 賢 雄もだ よー……ォ?」

 姫の傍らの青年がびくり、と肩を震わせる。吹き散らされた雲の間から月光が差し、従者の唇に不器用に引かれた紅の色を炙りだしていた。

 昔、金丸はこの青年が森の隅で姫に爪を染めてもらっているのを盗み見たことがある。そのはにかんだ横顔は、爪を染める花の汁と同じく、薄紅色に染まっていた。

「で……、二人は、何を見ちゃったの か な」

 姫の両肩を、賢雄が支えてやっている。震える二羽の若鳥の光景に、嗜虐的な欲望が体の奥をちくちくと刺した。はたして、金丸がゆらりと姫たちの舟に乗り移ろうとした時──水音が弾けた。

 すっかり混乱した姫が、海に落ちたのである。

「姫!」

 従者の声と共に、もう一つの水音が上がる。

「姫! ……姫!」

 自らも続こうとするニウに、金丸はむしゃぶりついた。

「い いじゃないか  

 見ら れてしまったんだから 

 このま ま沈んでもらおうよ」

「金丸っ! 私の娘だぞ! お前も、あんなにかわいがって……!」

「金 丸が必要なのはニウだけだ。

 カツ レンではあんなに人が死んでた。

 今まで だって沢山人が死んでた。

 ここで一 人二人死んだって 何が違う?」

「お前は、何も分かっていない!」

「ニウ には何が分かるんだ……?」

 ニウが渾身の力で金丸をもぎ離した。舟底に叩き付けられて、起き上がろうと手を突っ張れば、舟底に散ったままの無数の破片が掌を突き刺した。

「二 ウ」 

 血みどろの手は振り払われて、大きく体勢を崩した金丸は再び死体に躓いて転んだ。舟の縁で額を強かに打ち、眩暈が視界を奪った。ニウの荒い息の音だけが、耳の中を満たしていた。

 辺りの闇はさらに深くなり、金丸はいつしかすすり泣きを始めていた。やがてニウから離れ、舟底に転がって、顔を覆って泣いた。

 掌から、血が流れ続けていた。

 惨めだった。


 風が出ていた。

 二人を乗せた舟はゆっくりと流され、やがてナハの湾に浮かぶ小島の一つにぶつかって止まった。

 金丸はまだ泣いていた。顔を覆う両掌からは血が流れ続け、頬が不快にぬめっていた。ゆえに、その朗らかな笑い声が降ってきたときも固く目を閉じたままだった。

「ははは。泣くのはおよし、赤ちゃん(アカングヮ)や」

 ずるり、と掌をずらせば、眩しい光が目を刺す。

 身を起こした隣で、ニウが小島の上を見つめていた。濃い闇の中で、赤い焚火が揺れている。

 炎の色に照らされた陸地の上で、水浸しになった姫と賢雄が背中合わせによりそっているのが見えた。どちらも目を閉じて、ぐったりと地面に手足を投げ出している。そしてその胸は、僅かに上下していた。

「助けてくれない方が、良かったのに」

 ははは、とまた笑い声。

「そういうわけにもいかないさ。なにせ、今日は見張りを何人も殺してしまったし……なにより、王冠を被った水鳥( 、、、、、、、、)が派手に縊られるのを見殺しにしてしまったからね。代わりに二人くらい助けておかねば、夢見が悪い」

 炎の灯りの中に、その姿が一歩踏み出す。

 しなやかな体躯。周りの空気を陽性に変える、不思議なたたずまい。

 ぱち、ぱち、と焚火がはじけ、香ばしい木のにおいが煙になって揺蕩っていた。

「焼ける臭いは、枝や葉だけで十分だ」

 金丸の瞳を、飄々とした瞳が受け止める。

 人の良さそうな笑みと、機嫌が良さそうに上げた口元。だが、その瞳の奥には、隙を見せれば喉笛を噛み切らそうな、濃く鋭い影がある。

「……そろそろ行きましょう」

 囁き声に、金丸は初めて気がつく。男の傍らには、一人の姿が影のように付き従っていた。声からしてまだ若い。そして、照らし出された顔は無残に焼けただれていた。

「ああ、そうだな」

 頷き返しつつ、男はちらりと足元に目を落とす。その視線の先には気を失ったままの姫がいた。長すぎる着物の裾が几帳面に折りたたまれて、水の滴る布地から白い脚が覗いている。

「私の娘に触るな!」

「ははは。まさか、さらって行くとでも? 私にはそんな無粋な趣味はありませんよ。それこそ、化物を飼っておくようなあなたのような悪趣味はね。ですが……」

 精悍な顔から、眩しい笑いが零れる。

「あなたの『姫』には伝えておきましたよ。心は、自由なもの──。私の城では、好きな着物を着て頂けるとね。薄闇の中で借りものをまとうのではなく、太陽の下で、自由に」

「――……様」

 ああ、と返事をしながら、男は意味深な笑いを投げてきた。

 その笑いを、金丸は男の名と共に脳裏に焼き付ける。

 燃えるカツレン城と共に滅びたはずの男──。茂知附按司が焼き殺したはずの男。


 阿麻和利と、呼ばれていた。



<第二十一話に続く>


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