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花魔法の詠唱はランダム学習とともに。

 まずは、現状分析のためにヨルガオの直近のテストと成績表を眺めて、ゴローはふぅうむと唸った。


「なによ、どうせ馬鹿だって思ってるんでしょ。魔法も使えない一般人のくせに」

 丸テーブルを挟んで座っているヨルガオが、キッと上目遣いで睨んできた。


「や、思ってないよ。むしろ、努力の跡が見える」

 ゴローは、言い返すでもなくにっこりと笑う。塾講師テクニック、必殺☆否定しない、である。学習においては、自信喪失が一番の敵だ。


 ヨルガオはまた毒気を抜かれたようにしゅぅん、となる。

「でも、全然出来てないじゃない。お父様もお母様も、いつもわたしの成績表を見てガッカリしていらっしゃるわ」

「ガッカリするってことは、期待してくれているってことじゃないか」

「だからこそ、裏切るのが辛いのよぉ」


 今にも泣き出しそうなヨルガオに、キッチンからやってきたマツリがそっと温かいお茶のおかわりを差し出した。

「ヨルガオちゃんは、もともとはすっごく勉強できる子だったじゃない。すぐ出来るようになるって」

 ねっ? とマツリが励ます。


「ほぉ。ちょっと聞かせてくれ」

 ゴローはその話に身を乗り出した。


「ヨルガオちゃんは、入学試験のときには学年トップクラスだったの」

 黙り込んでしまったヨルガオに変わって、マツリが控えめな調子で説明する。ちらちらとヨルガオの様子を気にして視線を送っている。


「すごいじゃないか」

「べつに」

「でも、トップクラスなんて偶然なれるものでもないだろう」

「小さい頃から、王立魔法学校の入学試験に特化した勉強をしていたのよ。家庭教師もそのときからつけてもらってたの」


「ふむふむ」


「入学してからの一年はそのときの貯金でどうにかなる内容だったわ。成績だって悪くなかった。でも、今年に入ってから新しいものがどんどん教科書に現れて」


「そうだねぇ。覚えるものも、たくさんになったんだよねぇ」

 マツリが、うんうんと同意する。


「なるほど。さばききれなくなった、っていうイメージかな」


 ゴローがひとりごちた。ネクタイの結び目に指を差し込み、ぐいぐいとひっぱって緩める。考え事をしているときの癖、だ。田中によく嫌味を言われるが、治る気配がない。


「とりあえず、来週の花魔法の詠唱試験の再試に合格できないと進級も危ういわ」


 笑っちゃうわよね、とヨルガオが唇をゆがめた。

 ゴローは、目を閉じる。

 

 学習は、根性論なんかじゃない。


 努力?


 方向性が間違っていたら、意味がない。


 デキないやつは努力不足なのか?


 解、場合によってはYES。


 ただし、それは相関関係であって因果関係ではない。


 ゴローの勘は囁く。


「ヨルガオ」


 ゴローが目を閉じたまま静かに言う。


「なっ、なによ!」


「オマエは、馬鹿じゃない。ましてや、努力不足じゃなさそうだ」

 シュルルッ、と軽快な音とともにゴローはネクタイを勢いよく外した。ひらり、と青系のストライプのネクタイが空中を泳ぐ。


 ゴローは、カッと目を開く。


 その瞳には、まるで死闘に挑む勇者のような闘志が燃えている。


「よし、オマエの成績は上がる。必ずだ。『夜の梟堂』の名にかけて、絶対にオマエの成績を上げる!」


まっすぐに、ヨルガオを見据えて宣言する。

ヨルガオは、ゴローの視線に捕らえられて、もう目を離せない。薔薇色の瞳が、ふるふると揺れた。


「ゴロー、また勝手に『夜の梟堂』の看板賭けちゃって。ミネルバ先生に怒られるんだから」


 マツリは、うふふと笑った。


 ゴローのビッグマウスを笑ったわけではない。ヨルガオの成績が上がることを確信しているのだ。どんな奇跡も、願えば起こる。それをマツリは、身をもって知っているから。


***


「っというわけで、来週のテストの概要は?」


 そう、敵に勝つためには、まずは敵を知ることだ。

 場所を二階の実技演習室に移して、ゴローはヨルガオに尋ねた。


「えっと、花魔法のテストよ。『花々よ 集え 今 ここに』、『花よ 咲け 後ほど あちらへ』、などなど。花魔法の基礎よ。命令形にともない時制はすべて現在の例文呪文のテストよ」


「ふむ」


 この世界の魔法は、普段使われている言語とは異なる『魔法語』と呼ばれる言語によって紡がれる。語順も、単語も、まったく馴染みがないうえに魔法学校入学前の子どもには絶対に教えてはならない、とされている。安全上の理由だそうだ。


 この魔法語特有の基礎単語を覚えるのが、魔法学校に通う生徒に課せられる最初の関門である。マツリの成績を上げたときも、ここから始まった。


「ヨルガオ。単語の意味と、文の意味はわかってるのか?」

「も、もちろんよ! 今回のテストは、単語自体は難しくないものっ」

 ヨルガオがぷんぷんと怒って言う。


「まあまあ。そんなに怒らないでくれって。可愛い顔が台無しだ」


「なっ!?」


 ヨルガオの顔が燃えた。


 ゴローは、そんなヨルガオの様子にまったく気づかない。

(もうっ。ゴロー、本当にニブチンの、人たらしなんだから)

 部屋の隅で自習を命じられたマツリが、様子をうかがって苦笑いした。


 実技演習室でヨルガオに実際にテストを受けさせてみた。


 ゴローが指定する花魔法をスムーズに詠唱し、実行するというシンプルなものだ。本番はクラスのみんなの前で行われる、とのことだが、今回のオーディエンスはマツリひとりだ。


「がんばって、ヨルガオちゃん!」

「うっ、うるさいわね! がんばらないわけないでしょっ」

 ヨルガオは明らかに緊張している。


「よっし、まずは、『この台の上に、あとで花をひとつ咲かせる』、だ」


「っ、エ ルスィファル、ヤスィィム ……スェカルっ、っ、イプ カバルァ!」


「よーし、効果は後ほど拝見だな。次っ、『花を沢山出現させる、今すぐ』だ!」


 ほっとする間も与えずに、ゴローが次の指示を出す。


「えっと、……エ ルスィファルド、グェ……グェカヴァウピグ、ピィデ、カィ ヴァールァ!」


 果たして。


 何も起こらない。


 はびこる沈黙。


「うっ」


 ヨルガオの目が潤む。


「ど、どうしてよっ! ちゃんと呪文は唱えたのにっ」


「あー、俺は魔法そのものは詳しくないからな。どこが違ってたのかはわからん。マツリ」


 ゴローに呼ばれたマツリが、言いにくそうにもじもじとスカートをもてあそびながら、言う。


「えっと、多分、単複のミスだとおもう」


「あ」


「いまの呪文は複数形はにしないといけないから、『花々よ』で『ルスィファルド』だね。でも、えっと、いまヨルガオちゃんが唱えたのは」


「『エ ルスィファルド』」


 ゴローが引き継ぐ。


 異世界の魔法には暗いとはいえ、マツリを一年間指導してきた成果で、多少は耳が利くようになっている。


「わたしは……いつもこんなミスばっかり」

「いや、でもかなり見通しが立ったよ。ヨルガオ。オマエ、次のテストで満点とれるぞ」

 ゴローは、にやりと笑った。


***


「よーし、ちょうど一週間後ってぇなら話は早い。今回の試験は、学習理論を信じて乗り切ってみようじゃないか」


 ゴローが、パンッと手を叩いて言う。


「がくしゅー、りろん?」

 ヨルガオが首をかしげた。


「ああ。今回は、そうだな。ランダム学習についての授業だ」


「らん、だむぅ?」


 聞き慣れない言葉に、ヨルガオが怪訝な顔をする。もちろん、異世界の魔法少女の頭の中にモビルスーツが浮かんでいるわけでもなかろう。


「ああ。バドミントン、っつっても分からないかな。とにかく、あるスポーツの練習を使って立証された、応用力を養うための学習方法だ」


***


 一九八六年の論文である。

 ルイジアナ州立大学の研究者によって、以下のような実験が行われた。


被験者:若い女性三〇人


概要:バドミントンのサーブ三種類の上達を経過測定する実験。

ショートサーブ、ロングサーブ、ドライブサーブの三種類の練習を一定期間行った。それぞれ、シャトルは、ネットより五〇センチ以内を通らなくてはいけない。

練習はすべて、コートの右側から左側にサーブを打つという形で行う。


実験期間:週三日間を三週間


実験方法:三つのグループに分けて練習を実施させた。

グループA ショートサーブだけを練習する日、ロングサーブだけを練習する日、という具合に、一日に一種類だけ練習させた


グループB 一日のうちに、ショート→ロング→ドライブ→……という順で練習するサイクル練習


グループC サーブを毎回ランダムに打つように義務づけられた。決して、同じ種類を二回続けて打ってはいけない、という制約つき


 こうして三週間、各グループは三種類のサーブをほぼ同じ数だけ練習した。

 もちろん、Cグループはやや偏りが出てしまった。


***


「さて。シナ・ウッドとリチャード・マギルが行ったこの実験だが」


 ゴローは、実技演習室をくるくると歩き回りながら、蕩々と実験の説明をしていたが、そこまで語り終わると、ヨルガオにぴしっと人差し指をつきつけた。


「この実験。コートの右側から左側に打つサーブを、一番早く習得したのはどのチームだと思う?」


「えっ、うーん」


 ヨルガオは急なご指名に考え込む。


「えっと、グループA、かしら」


 家庭教師たちのすすめでヨルガオが普段している学習に近いのも、グループAだった。反復した学習、繰り返しの学習。それが、この世界に置いて尊ばれているものだった。


「うん、ご名答」

 ゴローはにっこりと笑う。


 ヨルガオは、ほっとした。

「だがこの実験には、続きがある」


 再び、ヨルガオの周りを歩き始める。


***


 ウッドとマギルの目的は、「応用力」についての考察を得ることであった。


 最終試験と称して、二人が用意したのは、いままでコートの右側から打ち続けていたサーブを、コートの左側から打つようにさせたのだ。


 テストで被験者たちは、試験監督が指示する種類のサーブを打たされた。


「ドライブサーブを打って下さい」


「では、ロングサーブを」


「はい、ではショートサーブを」


 という具合に。

 サーブを打つ回数は、全員が同じ六回。

 そして、そのサーブを一球ごとに、正確さを採点した。


***


「どうだ、花魔法の試験に似ているだろ」

「そうね、たしかに。特に試験監督の指示通りにするっていうところなんて特に似ているわ」

 ヨルガオは素直に頷く。


「さて、この最終試験。いったいどのグループが最も点数が高かったと思う?」


 ゴローは悪戯っぽく尋ねる。

「そうね、グループAか、Bかしら」


 なぜなら、素早く上達したのがグループAだというのだから。


「いいや。この実験、グループCの圧勝だった」


「えっ」

 ゴローの言葉に、ヨルガオは驚きを隠せなかった。

「二十四点満点で、最下位のグループAとグループCでは、ゆうに六ポイントの差がついた」


「そんな」


 だって、反復練習こそが尊いはずだ。字を覚えるときにも、家庭教師に見守られながら文字を十回書き、二十回書きとさせられた。父も母も、そのノートを眺めては満足そうにしていたではないか。


「この実験は、その後も追試と検証を繰り返されてかなり正確性の高いものだと分かった」


 ゴローは、落ち着き払って言った。


「さて、ヨルガオ。今回の試験勉強、どうやってやったらいいか、もう分かるよな?」


 ゴローの言葉に、ヨルガオはこくりと首を縦に振った。


 いまは、この異世界から来たという講師を信じるしかないのだ。

お読みいただきありがとうございます。


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参考文献 "How we learn"(Carey,Benedict,RANDOM HOUSE, NEW YORK ,2014)

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