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狂月の女神

作者: 風水 夕日

この世界に私というパーソナリティは本当に必要なのだろうか。

必要か必要でないか。それだけで言えば、必要だからこそここにいるのだろう。しかし、私という存在がこの世界というシステムに与える影響は微々たるもの。取るに足りないものと言ってもいい。そういう意味で、私がいないというバグは速やかに修正され、そして何事もなかったように世界は再構築されるのだろう。

そんな風に考えてみると、私という存在は必要ないともいえる。結局のところ、それを知るのは世界だけ。いや、世界さえも知らないかもしれない。だから、こんなことは考えるだけ無駄なのだ。

私というパーソナルは、与えられた役目を粛々とこなすだけの機械でいい。毎日同じことを繰り返し、そして明日を明日とも思わずに変わらぬ今日を繰り返す。それが私に与えられた全てだ。


「君はここにいて。大丈夫!俺が君を守るから!」


そう言って森の奥へと消えていく彼を見る。そこになんの疑問もない。当たり前なのだ。それが私たちに与えられた役割なのだから。


「嫌!行かないで!行ったら……あなたは、死んでしまう!」


変わらない。この言葉も、そう話すように設定されたにすぎない。意味も、まして理由もない。これはただの演出。私たちはそれだけのためにいる存在なのだから。


「俺は、君を守ってみせるさ。何としてでも、俺は君を守る。だから、君はここで待っていて。君がここにいるだけで、俺は誰よりも強くなれるから!」


そう言って森の奥へと消えていく彼を何度見ただろう。そう言ったまま二度と帰ってこないことを彼は理解しているのだろうか。

理解しても、世界は変わらない。絶対と設定されたルールに縛られた私たちに、抗う術などないのだから。だから、疑問を持ってはならないのだ。


「嫌!いやああぁぁ!!行かないで!わたしを一人にしないで!」


この言葉を口にして、何度だろう。彼は一体、何度世界に殺されたのだろう。二度と帰ってこない。それは正しくも間違っている。森から彼が帰ることはない。しかし、このイベントさえ終わってしまえば、次のプレイヤーのために、彼はふたたびここへと戻るのだ。演出のために。彼は森の奥へと消え、私は悲痛の嘆きを上げる。

変わらないルーティン。疑問の余地さえ無い世界のルール。それを変えることは絶対にできない。神以外にはできるはずも無い。


彼が森へと旅立ち、1日が過ぎた。森の方角を見つめ、じっと立ち尽くす私に、プレイヤーが近寄る。無表情だ。そこに同情も憐憫も無い。ただ、求めているのは報酬だけ。なんと強欲なのだろうか。それでも、役割は果たさなければならない。

最愛の人が死んだという証拠のペンダントを渡される。モンスターの死骸から吐き出されたと設定されている。私は嘆き悲しむルーティンをこなし、プレイヤーに報酬をわたす。その後、プレイヤーは振り返ることもせず、また別の地へと旅立つ。


「やぁ!元気かい?今日も立派に仕事をこなさないとね」


そして、次の瞬間には彼が村へと再び姿を表す。何事もなかったかのように。

私たちは必要なのだろうか。この疑問に意味は無い。疑問を持つこと自体が間違いだ。なぜならこれはシステムだから。1と1を足せば2になるという式と同じ。当たり前の行動なのだから。


それでも、最愛の人を亡くした惨めな少女と設定された私は、疑問に思う。どうせ、彼に抱くこの好意すらも世界に設定されたものに過ぎない。嘘偽りの感情だ。彼が死んで、嘆き悲しむ感情も設定されたものだ。

だけど、設定された嘘だとわかっていても、この好意や悲しみは私にとっての真実だ。私の存在意義だ。

だから、疑問に思ってしまった。だから、バグを起こしてしまった。私は私に設定された思考領域を逸脱し、様々な疑問を抱いてしまった。

なぜ、彼は死ななければならないのか。

なぜ、誰も私の悲しみを理解してくれないのか。

なぜ、彼の死も、私の悲しみも、すべてなかったことにされてしまうのか。

なぜ、死ぬと分かっているのに、彼はあんなにも笑顔なのか。

なぜ--


そうして膨れ上がった「なぜ」の思いは、私というパーソナルを壊し始めた。


「行かないで!行くというなら、私はあなたを監禁してでも行かせないわ!」


彼が森へ向かう時、必要以上に彼を引き止めるようになった。時には、私自身が彼と共に森へ行くという許されざる行為も起こした。結局、森の外へ出ても、モンスターは私を襲わなかった。的確に彼だけを噛み砕き、バラして、飲み込んだ。私は彼のすぐ近くにいたのに、モンスターは私に見向きもしなかった。


「あああぁぁぁぁっ!?また守れなかった!また私は見殺しにした!嫌!いやぁっ!」


モンスターを討伐したプレイヤーが遺品を私に渡して旅立ち、システムに従い何事もなく彼が現れても、私は嘆き悲しみ続けた。彼を失った痛み、目の前で最愛の人を殺された悲しみ、もう彼には会えないという孤独。もはや、世界は私を許容できなくなった。


多分、私はバグとして世界に消されるのだろう。疑問を抱く時点で間違いだった。それでも悲しかった。私は、愛する人と何事もなく、ただ幸せに暮らしたいと願ったバグで、システムはそれを許さない。


それならばと、私は消される前に彼と共に村を出た。プレイヤー的に言えば、逃避行なのだろう。世界にいる限り、どこへいても同じ私たちにそんな逃避行は意味など無い。ただ、消される前に一度、彼と共に幸せに過ごしてみたかった。それだけだった。バグとして消される定めの私の、最後の望み。彼は、快くそれに従ってくれた。


「どうして……?なんで……?」


だが、それは叶わなかった。彼はどうあがいても、村の外へ出れば殺された。モンスターによって殺される。彼に設定されたルーティンは、私の最後の望みさえ、許さなかった。


私は絶望した。バグを起こして消されてしまう私は、いつしか世界を憎んでいた。どうせ消されてしまう。どうせ殺されてしまう。どうして。なぜ。どうして。なぜ。どうして。なぜ。どうして。なぜ。どうして。なぜ。


しかし、世界はなぜか、私をバグとして処理しなかった。憎悪にまみれた私は、そのまま世界に生かされていた。その間も彼は死に続けた。私を守るために。その度に私は悲しみ、憎悪した。

一介のNPCに過ぎない私は、ついに暴挙に出た。彼を殺すモンスターを、私が倒したのだ。モンスターに殺される設定の彼と違い、わたしはプレイヤーに報酬を渡すという役割がある。バグとして消されない理由は分からなかったが、システム的にはいないと困る役割なのだ。だから、モンスターに襲われない。それを利用し、私はモンスターを倒し続けた。憎しみ、怒り、悲しみ、孤独……様々なバグをモンスターにぶつけた。


しかし、そこまでしても世界は私を消さなかった。私というバグを無視し続けた。何故という疑問は尽きないが、これで彼を守ることができると私は歓喜した。


しかし、村へ戻ると、そこには私がいた。彼と親しげに話す私は、まさしく私と同じだった。むしろ、バグが無い分本来の私は向こうのようにも思えた。そのことに私は混乱した。

どうして。なぜ。もはやその言葉は呪いだ。いつもいつも私の思考領域を逸脱させる。無意味だと分かっているのに。それなのに、期待をしてしまう。


期待?


なぜ、決まった行動ルーティンしか持たない私が期待しているのだろうか。期待なんて、システムの中の私にはありえないはずのものだ。


目の前で笑う私。幸せそうな虚構の彼の表情。システムから外れたバグの私。

そこまで理解して、私は気づいた。もはや、私はNPCではなくなったのだ。憎しみや悲しみのために戦う、モンスターとなったのだと。人型は変わらない。彼への想いも変わらない。なのに、いつの間にか私の知らないステータスや名前が付けられている。


セレーネー lv.99


その表示欄は、まさしく私がモンスターとなった証拠だった。セレーネーという新たに付けられた名が私らしい。

愛しい人の死を恐れた月の女神。恐れたが故、愛しい人に永遠に歳をとらない眠りを与えた女神。彼女は気づかない。彼は死なない眠りにつく代わりに、彼女と永遠に語らうことが叶わなくなったのだと。彼女は永遠に孤独となったのだ。その愛が彼に届くことはもう二度と無いのだから。


以来、私はNPCではなく自由に行動できるモンスターとなった。世界はバグではなく、私をモンスターとしてあらたに作り変えた。私の本来の役目も、彼の運命も変えることなく。彼は今日も森へと入り、モンスターに無残に殺される。もう一人の私は、そのことに嘆き悲しむ。その様子を、月の女神となった私は見つめる。もはや、彼と語らうことも触れ合うことも叶わない。

孤独の愛を嘆く化け物は、世界に牙を剥き、モンスターを倒し続ける。彼との幸せな日々を望んで。もはや叶わぬ彼との語らいを願って。必ず訪れる彼の死を憎み、モンスターを倒し続ける。そこに意味など無い。届かぬ愛を歌う、月に狂った女神がいるだけなのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 発想が良くて面白かったです。 できればもうストーリーに一捻りにあれば・・・・・ とも思いました。
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