5話
それから時間が経ち、女の子は目を覚ました。
視界がかすみ、なかなか体を動かす元気が出ない。でも意識がしっかりしてきたと同時に疑問がふつふつと沸きあがった。どこまでが現実で、どこからが夢だったのか。
それもそのはず、彼女は自殺を試みた。ところが彼女は死ねなかった。練炭を焚いていたのにも関わらず、空気の淀みどころか息苦しささえ無かった。
おかしいな、全部夢だったのかな、でも間違いなく準備したのになぁ、うーん。
彼女はそんなことを考えながら頭だけ動かし回りを見回す。目に飛び込んできたのは切り裂かれた扉のすき間のガムテープ。彼女は理解に苦しんだ。
気だるい体を無理矢理起こし、自分と部屋の様子を再確認する。
練炭は無くなっているが、お財布と携帯は机の上にある。物取りの仕業ではなさそうだ。
それどころか机の上に見慣れないものがある。それは自分の親指くらいのサイズの人形だった。着ている洋服はちょっぴりかっこ悪かったけれど、長い金髪、青い瞳、そして整った顔の綺麗な人形だった。彼女がその人形を見ていると、人形が彼女を見て喋り出した。
「ふん、目が覚めたのだね?地球人よ!」
小さいくせに自信満々で、すべて分かっているかのような人形の態度に、彼女は圧倒されてしまった。人形が動いて喋るのにも驚いたし、言ってる内容もよく分からなかったけれど、彼女はもごもごしながら人形と対話を始めた。
「えっと、あなたは・・・?」
「あたしの名前はカビリュナクックルー。宇宙から来たの。あなた、あたしの仕事の手伝いをしてくれない?」
その宇宙人は彼女に色々なことを話した。自分の役割や家族のこと、パートナーを探していたこと、そして彼女の自殺を止めたことなどなど。情報が多すぎて彼女は混乱しながら聞いていた。詳しく聞きたいけど何を聞けばいいかほとんど分からない。でも、一つだけ聞かなければならないことがあった。彼女はおそるおそる宇宙人に尋ねた。
「……ねぇ、何で私を助けたの?」
「何でって、弱ってる人がいたら助けるものよ。あたしの星じゃ当たり前のことだわ。そんなことよりあたしがあなたに聞きたいのよ。何で自殺なんかしようとしたの?」
「えっと、それは……」
彼女は言葉を選びながら話をした。勿論全部ではないけれど、自分が言葉にしても壊れちゃわないくらいの範囲で。弱い自分を、そしてこの悲しい考えを誰かに理解して欲しかった。
当然宇宙人には――
理解できない話だった。
「あなた、そんな事で自分の命を捨てようとしたの?信じられないわ!地球人ってみんなこうなのかしら?」
呆れながらそう言う宇宙人。宇宙人は続けた。
「男の子が怖いなら二度と接しなきゃ良いじゃない。クラスメイトや学校が怖いなら、学校なんてやめちゃえば良いじゃない。世界が怖いなら、ずっと自分の殻に閉じこもってればいいじゃない。命と比べられる悩みなんて、この世には一つも無いのよ。」
「え、でも……。」
「いい?あなたにとって、あなたよりも大事なものなんてこの世に一つたりとも無いの。必要の無いものや怖いものなんて、全部人生から切り取っちゃえばいいのよ。学校や社会に出られないと困る?そんなん知ったこっちゃないわ。死んだら困ることすら出来ないのに何の心配してるんだか。」
宇宙人の言葉が、彼女の胸に突き刺さる。
「まぁいいわ。ところであなたの名前は?」
「千尋……です。」
「チ……?うーん発音しにくいわね。どうしようかしら。」
宇宙人は自分の髪を指先でくるくるいじりながら考えた。
「そうね、ネガ!あなたはネガよ!」
「ネガ?」
「そう、ネガティブだからネガ!ネガちゃん、よろしくね!」
満面の笑みで宇宙人は言う。由来はともかくニックネームを貰ってしまった。彼女はちょっぴり困った様子ではあったが、どうやら響きが気に入ったようだった。
良いニックネームを貰ったならば、お返しにニックネームを付けてあげるのが礼儀だろう。ネガちゃんは恐る恐る宇宙人に返事をした。
「うん、こちらこそよろしくね。えーっと……カナちゃん。」
「ん?あたしのあだ名かしら?これであたし達友達ね!」
満足そうなカナちゃん。それに比べてずーっと戸惑っているネガちゃん。
でもネガちゃんは少し嬉しかった。さっきまで死のうとしていたのに、もしかしたらこれから変わって行けるんじゃないかな。そんな風に考えていた。