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第九話

「アディ、遅いよー」


回廊を抜けた先の道を歩いていると、前からジャスティンが赤毛を揺らして走ってきた。

そのぴょこぴょことはねた毛先が揺れているのを見て、心が和んだ。

それと同時にどっと後悔が押し寄せる。

グレアムに八つ当たりをしてしまった。

確かにブレントの事で怒っていたがあんな風に怒鳴るつもりではなかった。

ちゃんと冷静に話をするつもりだったのに、ついブチっと切れてしまった。

もしかしたら昨日グレアムの前で泣いたせいで、グレアムに対して感情のたがが緩んでいるのかもしれない。

後でちゃんと謝らなくては。

今は無理だ。まだ落ち着いていない。


「アディ、どうしたの?」


目の前まで来たジャスティンは首を傾げて、アデレイドを覗き込む。

アデレイドは目を合わせないようサッと顔を反らせた。


「なんでもないの。ごめんね、遅くなって。

随分待ったでしょう?」


アデレイドとジャスティンは小道を進む。

この先には庭と東屋があり、アデレイドは天気のいい日はそこで昼食を取ることが多い。

人の多い食堂には居ずらいアデレイドは、学長の計らいで、昼食をバスケットに用意してもらっている。

今日は二人分だからとジャスティンが食堂まで取りに行ってくれたのだが、東屋には四つのグラスと大量の食料があった。

東屋には席について食べ始めている二人がいる。


「え? ケイシーにチェスター、なんでここにいるの?」


そこにいたのは、大柄な体に精悍な顔立ち、黒い髪と薄い青の目が鋭利な印象だが実は穏やかな性格のチェスターと、栗色の髪に緑の瞳、華奢な白磁の美少年、ケイシー。

三週間前に、もう一緒にはいないと宣言した元魅了されていた二人だ。


「アデル! 遅い! 僕待ちくたびれちゃったよ!

先に食べ始めちゃったからね」


口を尖らせるケイシー、穏やかに微笑むチェスター。

二人はアデレイドと同学年。しかしチェスターはずっと大人っぽく見えるし、ケイシーは下手すると年下の女の子に見える。

いや、そんな事はどうでもよくて。


「どういう事?」


アデレイドは東屋の椅子に座りながら、ジャスティンに尋ねた。

ジャスティンは不満そうに頬を膨らませる。


「僕がここに来たら、この二人がやって来て勝手に座ったんだ。

アディと二人でご飯食べるからどこかへ行けって言ったのに、居座るんだよ」


ジャスティン、相変わらず口の悪い。

この二人はずっと年上だというのに。


「アデル、このガキ躾が悪いよ。

先輩を敬うように言い聞かせなよ」


ケイシーがサンドウィッチを食べながら言うと、ジャスティンがベーっと舌を出した。

ケイシーの額に青筋が浮かぶ。

それをチェスターがまあまあと宥めた。


ケイシーとジャスティンは相性が悪いようだ。

チェスターがいなかったらこのテーブルをひっくり返して喧嘩を始めそうだ。


アデレイドはグラスと果実水が入った瓶を引き寄せ、グラスに自分とジャスティンの分をつぐ。

ケイシーとチェスターの分はすでについであった。


「えーっと、それでケイシー?」

「あ、話の前にアデル! 絶っっ対チェスターの目を見ないでよ。

僕の目ももちろんだけど、チェスターの目は見ない、近づかない、触らない。

これを絶対守ってよね」

「あー、うん。分かった。

見ない、近づかない、触らない、ね」


ケイシーの勢いに押されて頷くと、ケイシーは満足したのか頷いて果実水をぐいっと飲んだ。


「僕達がここにいるのはさ、今日はブレントがいないだろ。

もしかして君が一人で食事をするのかもってチェスターが言ったんだ。

昨日の今日で君を一人にしたら危ないんじゃないかって事で、様子を見に来た」


ケイシーの言葉にアデレイドは目を見開く。


「それって、心配してきてくれたの?」


アデレイドが呟くと、横からジャスティンが口を挟んだ。


「アディは一人じゃないよ! 僕がいるんだから!」

「お前は黙ってなよ、お子様!」

「なんだよ、この女男!」


向かい合ったケイシーとジャスティンが喧嘩を始める。

アデレイドはそれは放っておいて、チェスターを見た。

もちろん顎あたりを。


「チェスター」

「お前は三週間から騒ぎの中心だからな。

浮き足立ってる奴らも多いし、お前を悪く言う奴もまた多い。

一人でいるのはよくないと思ったんだ。

まあ、心強い騎士が頑張ってるみたいだがな」


チェスターは口喧嘩を続ける横の二人をちらっと見て、フッと笑った。

無口なチェスターが冗談を言うのは本当に珍しい。


「心配してくれたんだ」


なんだか胸が暖かくなった。

魅了が解けた後は皆離れていってしまうのに、心配してわざわざ来てくれたなんて。


「当たり前だろ。お前は友人だ。

なにかあったら言え、できることはしてやるから」

「・・・チェスター。ありがとう」


礼を言う言葉が震える。

やばい、泣きそう。

そしてやっぱり惚れそう。チェスターのこの男前感。


アデレイドが感動してチェスターを見つめていると、バァンと大きな音を立ててケイシーがテーブルを叩き、立ち上がった。


「アデル! 変な目でチェスターを見ないでよ!

チェスターは僕のなんだからね!」


(なぜ分かったの⁉︎ ベール越しなのに! いや、そもそも変な目で見つめてないし)


アデレイドが心の中で言い訳していると、右手をぐいっと引っ張られた。

横を向くと、ジャスティンが口を尖らせている。


「アディ、なに今の。

あいつの言葉に泣いてるの? 声震えてたよ」

「え、泣いてないわよ。ただちょっと嬉しかったの。

優しい言葉は珍しいから」


魅了されていない人の、と心の中で付け加える。

現時点で魅了されているジャスティンに言うのは酷だから。


「僕だってアディの為ならなんでもするよ。こんな奴より僕の方が役に立つよ」

「うん、そうよね。ありがとう、ジャスティン君」

「・・・」


ジャスティンは押し黙った。

向かいの席では詰め寄るケイシーをチェスターが宥めている。

恋人同士のラブラブを見せつけないでほしい。


「アディは・・」

「え?」


ジャスティンに意識を戻すと、ジャスティンは俯いていた。


「どうしたの? ジャスティン君」

「アディは僕の言葉を信じてくれないよね」

「ジャスティン君?」


ますます俯くジャスティンにアデレイドは顔を傾げて覗き込んだ。

ジャスティンはガバッと顔を上げると、アデレイドのベールを剥いだ。


「わあ!」


アデレイドは慌てて頭を押さえる。

向かいの席から、「見ちゃいけません」という教育ママのようなケイシーの声が聞こえた。

どうして、誰も彼も人のベールを勝手に剥ぐのだろう。

紐で首の辺りを縛らなければ。

アデレイドは片手で頭を押さえて、片手をジャスティンに向けた。


「ジャスティン君、イタズラしないで。

ベールをさっさと返してよ」

「そうだよ、さっさと返せ!

僕達が魅了されちゃったらどうするんだよ!

さっさと隠せ、蓋をしろ!」

「・・・」


(ケイシー、そこまで嫌がらなくても・・。目を見なければ魅了されないのに。

・・・私は臭いのも扱いかしら)


アデレイドはケイシーの言葉に地味に落ち込んだ。

ケイシーの口が悪いのは知っているから傷つかないけれど。


「アディ、こっち見てよ」


ジャスティンの真剣な声。アデレイドは首を振った。


「出来ないわ」

「目を見て話すのは人としての基本だよ。

そうしないから、アディは僕の言うことを信じないんだ」


無茶を言うジャスティン。

アデレイドは嘆息した。


「ジャスティン君、私は人を魅了する力を持ってるのよ。

目を合わせると魅了しちゃうの」

「僕は魅了なんてされてない。アディの事が本当に好きなんだ」

「・・・」


どう説得しよう。

魅了されてる人は自分が魅了されてると思わないようだ。

自分の気持ちは本物だと思っている。

時間が経てばだんだんその気持ちを疑うようになるのだけど。


「ジャスティン君」

「アディ、信じてよ。

僕、本当にアディの事が好きなんだ。

どうすれば信じてくれる? なにをすればいい?」

「・・・」


縋るようなジャスティンの声にアデレイドはなにも言えなくなる。

なにを言っても傷つけそうだ。

沈黙が広がる。

その沈黙を破ったのは、ケイシーの怒声だった。


「いい加減にしなよ!

魅了されてるお前がなにを言ってもアデルを困らせるだけだ!」

「うるさいな! 関係ない奴は黙ってろよ!」


泣きそうだった顔を一変させて、ジャスティンはケイシーに怒鳴り返した。

二人は立ち上がって睨み合う。

本格的に喧嘩に発展しそうだ。


「関係なくはないね。

僕達はアデルに魅了された経験者だ。

その経験から言えば、今お前が抱いている想いは偽物だ」

「なんだと! そんな事ない!」

「魅了が解ければ、なんであんな事を思っていたんだろうと不思議に思うさ。

僕だって、アデルに言い寄ってたなんてそんな愚かな過去は消し去りたいね」


(うわぁ、辛辣。はっきり言うわー)


ケイシーは魅了されていた時からこうだ。

口が悪い。

そしてツンデレ。

なにしろ、「君なんて全然好きじゃない。でも側に居たいんだ」が口癖だったから。


「なにか言いたいことがあるの? アデル」

「ごめん。なんでもないです」


勘のいいケイシーに睨まれ、アデレイドはとっさに謝る。

しかし不機嫌なケイシーの矛先は収まらなかった。


「だいたい君だって、もっとはっきり言ってやればいいんだよ。

魅了されてる奴に好きだと言われても迷惑だって。

君が曖昧にするから・・」

「ちょっと、ケイシー!」


アデレイドは慌てて止める。

でも遅かった。


「・・迷惑?」


ジャスティンが不安げな声を出す。

腰を下ろし、アデレイドの手をギュッと握った。


「僕、迷惑? 側にいるの嫌だった?」


握った手が震えている。

アデレイドはそんなジャスティンを突っぱねる事は出来なかった。


「違うよ。嫌じゃないわよ、ジャスティン君」

「アデル」


ケイシーが注意するようにアデレイドの名を呼ぶが、アデレイドはそれを無視した。

アデレイドの右手を握るジャスティンの手に左手を乗せる。


「じゃあ、じゃあさ。僕の事好き?

僕、アディの事好きでいていい?」

「・・・」


それには答えられない。

ジャスティンの魅了は早く解けて欲しいと思うから。

口を引き結んだアデレイドに、ジャスティンはくしゃりと顔を歪めた。


「もういいよ! アディの馬鹿!」


ジャスティンは震える声で言うと、アデレイドの手を振り払った。


「ジャスティン!」


名を呼ぶも応えず、ジャスティンは東屋から飛び出し、森の方へ駆ける。

アデレイドも立ち上がり、その後を追った。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




アデレイド達が去った方を見つめ、ケイシーは嘆息した。


「まったく、アデルは・・」


せっかくあの子供に魅了の事を突きつけてやったのに、アデルが追って行ったら意味がない。


ケイシーは自分が苛ついているのを分かっていた。

魅了されてた頃、ケイシーもアデレイドにジャスティンと同じような事を言った。

昔の自分を見ているようで嫌だったのだ。


「アデルは優柔不断なんだよ。

突き放そうとして突き放しきれない。

僕の時も、曖昧に逃げてさ。

あいつの気持ちも分かるよ。

不安だし、イライラするんだ」

「仕方がない。それがアデルなりの魅了された男への対応策だ。

突き放しきれないのは性分だろうな」


チェスターは素っ気なく言うと、手にしたサンドウィッチにかぶりついた。

ケイシーも中断していた食事を再開する。


「アデルさ、あのガキに絆されちゃってるみたいだよね」

「そう見えるな。

弟妹を可愛がってるような気持ちでボランに接しているのかもな」

「それで魅了が解けて去られて、また落ち込むの?

馬鹿だね。アデルは。

それにしても、今のアデルは運がいいと言うか、大当たりと言うか。

面倒なのを引っ掛けちゃってるね。

ローランド・エイデンとグレアム・カーヴェルだもんね」

「そうだな」


チェスターは神妙な顔で頷く。


「二人とも権力があるし、周りも厄介だ。

ブレントだけでは守れないかもな」

「うーん、面倒だけど、一度ブレントと話をしてみるか。

面倒だけどね」

「そうだな。

ブレントの考えもよく分からないが、守ろうとしているのは確かだ。

話をしてみよう」





お読みいただきありがとうございます。


ジャスティンがいると書きやすい。

今はアデレイドを取り巻く現状っぽい話になってしまっています。

もっと軽く進んでいく話を入れていきたいなーと思っています。

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