第八話
グレアムはローランドの背中を見送ってから近付いてきた。
なにか考え込んでいるようで、眉間に皺を寄せている。
「・・・」
アデレイドは難しい顔で何かを考えているグレアムを見る。
それからローランドが去った方を見た。
ローランドの姿はすでにない。
よし、決めた。
アデレイドは何も言わず踵を返した。
グレアムに背を向けて回廊の先に進む。
「アデレイド、どこに行く?」
アデレイドが動いた事に気付いたグレアムから声がかかった。
内心チッと舌打ちするが、止まらず進むとグレアムは横に並んだ。
「アデレイド」
「ついてこないでください。私、あなたと話をしたくないので」
「先ほど話をすると言ったではないか」
「さっきはエイデン様の手前、仕方なくです。
あなたには会いたくないし、話もしたくありません」
「・・・私の謝罪は受け入れられない、ということか?」
硬い声音のグレアム。
アデレイドは足を止めた。
「あなたが謝罪するのはブレントにです」
「ブレント・・オールディスにか?」
戸惑ったようなグレアムの声。
アデレイドはぶちっと堪忍袋の緒が切れた。
グレアムの方を向いて、その胸に指を突きつける。
「あなたは、昨日、いきなりブレントを殴ったんですよ!
ブレントが何をしたって言うんですか?
そのうえまた決闘騒ぎを起こして。
ブレントに謝ってください!」
「それは出来ない」
即答されて、アデレイドの怒りはさらに高まる。
「それなら私に話しかけないで!
ブレントが許さない限りは私も許しません!」
アデレイドはグレアムから離れる。
だが、腕を掴まれた。
「アデレイド!」
アデレイドは掴まれた腕を睨みながら、低く声を出す。
「放してください」
「アデレイド、話を聞いてくれないか?」
宥める様なグレアムの優しい声。
本当は分かってる。
今はグレアムを突っぱねるより、グレアムがどうしてここにいるのか聞くべきだ。
それに昨日なぜいきなりブレントを殴ったのか聞いた方がいい。
理由を聞いてそれによって行動するべきだ。
だが、理性では分かっているが感情がそれを否定する。
今、グレアムの話を聞きたくない。話したくない。
もしかしたら先ほどの馬鹿な男達やローランドへの苛立ちまでグレアムにぶつけているかもしれない。
分かっていても止められなかった。
「放してください」
「・・・・」
再度言うと、グレアムの手が離れた。
アデレイドはすぐに駆け出し、回廊を抜け手入れのされていない道を走った。
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グレアムはアデレイドが走り去った方を見つめ、重い息を吐いた。
アデレイドをかなり怒らせてしまっている。
しかし、理由は思っていたものではない。
アデレイドが怒っているのは、グレアムがアデレイドに手を出そうとしたことではなく、ブレント・オールディスを殴った事に対してだ。
それほど、ブレント・オールディスに心を寄せているという事か。
昨日アデレイドに謝罪に行った時はどんな罵詈雑言も受けるつもりだった。
殴られても仕方がないと思っていたし、社会的に制裁を受けさせたいと言うならば甘んじて受けるつもりだ。
魅了されていたとはいえ、公衆の面前で女性を辱めようとしたなど許されることではない。
そのうえ脅して結婚を強要するなど男の風上にもおけない。
ここは厳しい罰を受け、そして責任を取ってアデレイドを貰い受けるつもりだった。
しかし予想に反して、アデレイドはグレアムを責めない。
それどころか自分が悪いのだと言う。
これには驚くと同時に、胸にもやもやしたものが広がった。
グレアムからあんな扱いを受けて、自分が悪いと言う。
もしかして、この子はずっとこういう風に思ってきたのではないか。
相手がなにをしようと、どんな目に合おうと、魅了している自分が悪いと。
『君は悪くない』
その一言に涙するほど追い詰められて。
そう思ったら腹が立って仕方がなかった。
今まで聞いてきた数々の噂に。
それを疑いもせず信じていた自分に。
そして、白薔薇のサロンにアデレイドを迎えに来た男に。
ブレント・オールディス。
王弟の息子といわれる男。
子爵家の次男ながら、そのおかげで皆から一目おかれている。
アデレイドに魅了されているというのが嘘だというのは誰もが思っていた。
3年は長いし、彼自身交友関係が広く、アデレイドから離れる事がよくあったからだ。
皆、あんな女に関わるなんて酔狂な男だ、暇つぶしだろうと思っていた。
暇つぶし。
そうだとしたら合点がいく。
ブレント・オールディスはアデレイドを庇っているようで庇っていないのだろう。
アデレイドに関する変な噂が流れても、ブレント・オールディスが否定しているのを見たことがない。
アデレイドが泣いた事、泣いた理由を言えば、笑みを浮かべた。
それに対して、思わず手が出た。
自分としてもいきなり殴るなど軽率だとは思うが、許せなかった。
側にいて、アデレイドが噂されるような酷い人間でないと知っていた筈なのに、何も言ってやっていない。
アデレイドはグレアムが『君は悪くない』と言った時、『誰かにそう言ってもらいたかった』と言った。
ブレント・オールディスもアデレイドに『悪くない』と言ってやっていないのだ。
アデレイドが悪いわけがない。
『君は悪くない』という一言にあんなにも泣いて、子供のように俯く子が悪いわけがない。
今までの自分を殴ってやりたい。
噂に惑わされ人の本質を見失うなど。
グレアムは昨日決めた。
アデレイドを守ると。
アデレイドはあの男を信頼しているようだ。
今まで側にいたのだから仕方ない。
だがアデレイドがあの男の本性を知って傷つく前に引き離さなければならない。
ローランドとキャロラインの事も頭の痛い問題だが、アデレイドの事も急を要する。
いや、ローランドもキャロラインもアデレイドも、問題は繋がってしまった。
公式の場以外ではキャロラインに関わらず、何かを吹っ切るように女を手玉に取っていたローランド。
ローランドの気を引くため男をはべらすなどと馬鹿な真似を続けるキャロライン。
そこにローランドに敬遠されている自分も入れば、さらに問題は複雑になることは目に見えている。
それでも放っておくことは出来ない。
グレアムとローランド、キャロラインとキャロラインの姉のロザライン。
幼い頃、仲良く遊んだ4人。
もうあの日々は戻らない。
縺れてしまった糸は、アデレイドの存在によって変化をみせるだろう。
それがどういう変化を生むのか。
グレアムは遠い空を見つめ、祈るように目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
グレアムから見るとこんな感じ。ブレント悪者。