第七話
短いです。
「ここにいたのか、ローランド」
「グレアム」
グレアムは近付くと、ローランドに声をかけた。
ローランドは低い声で返事をすると、アデレイドから少し離れた。
アデレイドはほっとひと息つく。
このまま二人を放っておいて、ここを離れてもいいだろうか?
「ベイカー先生が探していたぞ。
休んでいた間に受けられなかった試験の件だ。
再試験をしてくれるそうだから、話を聞きに行った方がいい」
アデレイドはグレアムが話している間に、後ろ向きにそろそろと足を動かすが、ローランドに腰に手を添えられ止められた。
「そうか、分かった」
行くならその手をとっととどかせてもらえないだろうか、とアデレイドは胸中で呟くが、それはローランドには届かなかったらしい。手は添えられたままだ。
どうしようか。
「アデレイド」
打開策を搾り出そうと、アデレイドが首を捻っていると、グレアムに呼ばれた。
「なんですか?」
「話がある。来てくれないか?」
手を差し出され、アデレイドは目を細めた。
話とはまた昨日の結婚うんぬんの嫌な話だろうか。
それともまたブレントを貶める話だろうか。
この男はアデレイドがどれだけ腹を立てているのか知らないのか。
アデレイドはその手をじっと見つめ、しかしこの状態を打開するのにはそれが一番かと考える。
ローランドは傷付けてはいけないが、グレアムなら許される気がする。
とりあえずグレアムについて行き、殴って蹴って、魔法弾を当てて逃げよう。そうしよう。
アデレイドはグレアムの方に一歩足を踏み出した。ーーが、ローランドに手を掴まれる。
「アディ」
非難するような低い声。
アデレイドはローランドに向き直ると、掴まれていない手を出した。
「エイデン様、ベイカー先生のところへ行かれるんでしょう?
私はカーヴェル様と話がありますので、ベールを返してください」
「アディ、君はグレアムに襲われたのだろう。
それなのにグレアムの元に行くと言うのか?」
(わあ、それ言わないでよ!)
アデレイドは胸中で叫んだ。
ただでさえ、真面目で頑固で融通の利かない馬鹿っぽいグレアムなのに、魅了されてて引かないのだから、第三者にそれを言われたらますます意固地になる。
いつの間にやらアデレイドの中ではグレアムはだいぶ残念な男になっていた。
しかし、それも仕方がない。
昨日の失言の数々に加え、ブレントにいちゃもんをつけて殴ったのだから。
「エイデン様、そんな事実はありませんよ。
私たちは正々堂々と決闘しただけです」
「正々堂々、か。
グレアムから決闘を申し込んだと聞いたが。
まず女性に決闘を申し込む事自体信じられないな」
ローランドはアデレイドの頭上越しにグレアムを睨んだ。
確かにそれは魅了する前だから、詰られてもグレアムの責任だ。
後ろをちらりと見れば、グレアムは渋面だった。
「確かにそれは私が浅はかだった。
そのことも踏まえて、アデレイドに謝りたいと思っている。
その手を放してくれないか」
「悪いと思うなら、もうこの子に近付かなければいい。
アディも迷惑だろう?」
はい、迷惑です。
ローランドに問われ反射的に返しそうになったが、それに頷いたら『では私といよう』とかローランドが言いそうなのでそこは堪えた。
「アディ?」
ローランドが伺うように首を傾げた。
アデレイドはローランドが油断している隙に、ベールを奪い返す。
「!」
ローランドの驚きの声を無視して、アデレイドはベールを被った。
「エイデン様、早く先生のところに行った方がいいのではないですか?」
「・・アディ」
「私は大丈夫ですよ。カーヴェル様は紳士だからなにもありません。
話をするだけです」
「・・・」
ローランドは答えない。
あまりに沈黙が続くものだから見上げれば、ローランドはグレアムを睨んでいた。
ローランドはひとしきりグレアムを睨むと、アデレイドに向き直り手をぎゅっと握った。
「あまりグレアムを信用するな。
何かあってからでは遅いのだからね。
話をするなら人の多いところでしなさい、いいね」
アデレイドは返事はせず、こくこくと頷く。
ローランドは名残惜し気に手を放した。
去って行くローランドの背中を見ながら思う。
ローランドとグレアムの仲が悪いというのは聞いた事がない。
ローランドがグレアムを睨むのも悪く言うのもアデレイドの魅了の所為なのだろう。
アデレイドは大きくため息をついた。
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