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第六話

ちょっと、いじめっぽい表現あります。

昼休み。


アデレイドは甲冑の頭部を探しに行こうかどうか迷っていた。

しばらく柱の影で考えを巡らし、結局やめた。

どこに飛んでいったのかも分からないし、昼も暗い森の奥に一人で行くのは物騒だ。

そのうち、ブレントに付き合ってもらって探しに行こう。


そうとなれば、アデレイドは一度寮に帰ることにした。

やはりベールだけでは心許ない。

カツラをして眼鏡をかけてから、ベールを被れば完璧だ。


そう考え、柱の影から出て進もうとして、三人の男に阻まれた。

アデレイドの行く先を塞ぐように三人が立つ。

真ん中のひょろひょろっとした男は見覚えがある。

今朝、キャロラインの後ろにいた男達の一人だ。


「少し、いい気になっているんじゃないかな、アデレイド・クローズ」


ひょろ男が口を開いた。茶色の髪を横に撫でつけた彼が、多分この三人のリーダー。

他の二人はひょろ男の後ろでアデレイドを睨んでいる。


「別にいい気になんか・・」

「そうやって口答えするのがいい気になっている証拠だ。

男を誑かして悦に入るのは結構だが、キャロラインにまで迷惑をかけないでほしいね」


あいかわらずキャロラインの信者はアデレイドの事が嫌いらしい。

いっそあっぱれ。

なにをしてもアデレイドが悪いのだから。

答えないでいると、ひょろ男が靴を踏み鳴らす。


「なにか言ったらどうだ?」


なにか言ったらその10倍返ってくるのは分かっている。

アデレイドは俯いたまま、男達が文句を言い終わるのを待っていた。のだがーー


「なにをしているんだ?」


横手から男の声が響いた。

ひょろ男達がピタリと止まる。

誰だろうか? と思い、アデレイドもそちらを見た。


「げ・・」


そこにいたのは金髪のすらっとした美形。

今朝キャロラインに会うなと言われたローランド・エイデンだった。


(なぜ、こんな辺境の地に王子様?)


ここは校舎の中央部からは外れ、食堂なども遠い。

小さな中庭を囲むこの回廊の先には、いつもアデレイド達が昼休憩に使っている古びた東屋と手入れのされていない庭、さらに先は森が広がる。

ひょろ男達が現れたのもびっくりだが、ローランドが現れたのはさらにびっくりだ。


「ローランドさん!」


男達は声を弾ませ、ローランドに駆け寄る。


「このベールの女、アデレイド・クローズです。今、この女に説教してやってたんです。

ここのところ、この女は調子に乗ってますから。

キャロラインも心を痛めています。あなたからも言ってやってください」


(ボス、交代か)


アデレイドは心の中で陰鬱に呟く。

ひょろ男の言葉ならただ聞き流していればいいが、相手がローランドならば別だ。

魅了してしまった事を謝らなければいけない。

もし、わざわざアデレイドを探しに来たのなら相当怒っているのだろう。

4対1というこの状況は、多少嫌な予感を覚える。

穏便に済めばいいけど。


アデレイドは覚悟を決めて顔を上げた。

見上げたローランドの顔は冷静に見える。

怒っているわけでもなく、ただアデレイドを見ている。

ベール越しだし、距離があるから平気だと思うが、真っ直ぐ見られて、アデレイドは目線を下げた。


「彼女と二人きりで話がしたい。君たちはどこかに行ってくれるか」


予想外のローランドの言葉。

アデレイドは少しほっとしていた。

ひょろ男達をどこかにやってくれるというのなら、ローランドには話し合いをする気があるということだ。

よかった。暴力沙汰にならないようで。


さすがに男達が暴力できたら、アデレイドだって反撃する。

前にそれで撃退して、しばらく暴力女のあだ名もあったアデレイドだ。

ローランドに傷を負わせたらどんな噂が流れるか、分かったものではない。


「しかし・・」


渋るひょろ男。文句が言い足りないらしい。


「彼女には私からよく言っておく。

キャロラインの手を煩わせたくないということだろう?」

「そう、そうです!

あと、この女がキャロラインの事を悪く言ったり、馬鹿にしたりするのが許せません!

それに影でキャロラインの悪い噂を流そうとしています。男に媚びる嫌な女などと言ったり・・」


(だーれーがー、そんな事を言ってるってのよ!

そんなに私が嫌い⁉︎ 私の顔からそういう言葉を読みとるの⁉︎)


憤りとともに多少ショックを受けるアデレイド。

嫌われているのはまだ分かるが、やってないこと、言ってないことまで噂されるのは嫌だ。

でもそれは今までもあったこと。

誰かの男を取ったの捨てたのと、噂は流れる。

だけど、キャロラインの悪口を影で言ってるだなんて、そんな風に言われるのは嫌だ。

キャロラインとはいつも正々堂々と言い合っているのだから。


「私は、そんな事は言ってないわ」


アデレイドが言った途端、ひょろ男達から怒りの気配が溢れる。


「言ってないだと⁉︎ 嘘をつくな! この性悪女!」

「そうだ! 俺達はお前がそう言ってるって聞いたんだ!

キャロラインを馬鹿にして、貶めようとしてるって」

「それにお前は、キャロラインの婚約者のローランドさんを魅了したじゃないか!

ローランドさんを奪い取って、キャロラインを泣かせた!

キャロラインにもローランドさんにも近づくな! お前は最低な女だ!」


次々と浴びせられる言葉。

アデレイドは手を握り締め、目を閉じた。


(この人達の言葉は聞く必要ないわ。この人達は私の事が嫌いな人。

私には必要ない人。私は私が必要な人の言葉だけ聞けばいい)


アデレイドが目を瞑って、男達の言葉が終わるのを待っていると、目の前に人の気配がした。

目を開けると人の背中がある。

流れる金髪。ローランドの背中らしい。


「そこまでにするんだな。

婦女子相手に三人で怒鳴りつけるなど、みっともない真似はよせ」

「ローランドさん! なんでそんな女を庇うんですか⁉︎

その女はキャロラインの敵です!」

「敵だとしても、今の君たちの態度は褒められたものではない。

冷静になって、出直すんだな」

「くっ・・」


男たちは悔しそうな声を上げる。

しかしローランドには逆らえないのか、男たちはやがて去って行った。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




「ありがとうございます」


アデレイドはローランドの背中に声をかけた。

まさか庇ってもらえるとは思わなかった。昨日のグレアムと同じ展開だ。

アデレイドはベールの中で顔を顰めた。

昨日のグレアムの勝手な言い様にはまだ腹を立てている。

なにも知らないくせに、ブレントの事を悪く言った彼の事は許さない。

今度会ったら、殴られたブレントのお返しにグーで殴ってやりたい。


「大丈夫か?」


想像の中でグレアムの顎に下からすくい上げる様な拳を決めたところで、ローランドから声がかかった。

ローランドはこちらを向き、アデレイドを見下ろしていた。

心配そうな物言いに、アデレイドは目を瞬かせた。

魅了が解けたならこんな風に心配はしないだろう。

やっぱりローランドの魅了は解けていないのだろうか?


「ええ、まあ、大丈夫です。エイデン様はどうしてこちらに?」

「たまたま通りかかった」


たまたま? ここにたまたま通りかかるかな?

アデレイドは首を傾げた。


「本当に大丈夫か? あんな風になじられて。恐かっただろう?」

「いえ、あの、恐くはないですけど・・」


アデレイドの言葉にローランドは眉を顰める。

あんな馬鹿三人になにか言われたところで恐くはない。

いざとなれば相手を無効化して、魔法弾をぶつけて逃げる。

しかし、すっっっごく嫌な気分になるのは事実なので、できればああいう奴らに関わりたくない。


「強がらなくていい。もう奴らはいないから安心しなさい」


ローランドはアデレイドが言葉尻を濁した事で、強がっていると思ったようだ。


「いえ、本当に恐くはなかったので、大丈夫です」

「無理をするな。そのベールの下で泣いているのではないか?」


ローランドが一歩近付く。アデレイドは一歩下がった。


「いえ、本当に大丈夫なんです。泣いてないです」

「顔を見せてくれ。そうしなければ信じられない」

「!」


アデレイドは後ずさった。

ベールの下は素顔だ。見せれるわけがない。

それに顔を見せろなんて、やっぱり魅了が解けてないのだろう。

どんなに優しい人だって、魅了されたのが解けた後でアデレイドの顔を見たいなどと思わない筈だから。


「信じてもらわなくても結構です。とにかく、助けていただいてありがとうございました!」


勢いをつけて頭を下げると、アデレイドはダッシュでその場を後にする。

ーー筈だったが、後ろ手を取られて止められ、さらにベールを剥がされた。


「わあ!」


アデレイドは慌てて頭を押さえ、目を閉じた。

トンっと肩を押され、たたらを踏む。

どんっと背中に何かが当たった。

たぶん、また壁だ。壁が嫌いになりそうだ。

顔を伏せたまま薄目を開けると、男性の足と靴が見えた。

この場にいるのはローランドしかいない。すぐ目の前に立っていた。


「エイデン様、ベールを返して下さい」


アデレイドはムッとして強い口調で言った。

目を閉じている人間の肩を押すなんて、なにかあったらどうするのだ。


「・・・」


ローランドは動かない。

アデレイドは右手を頭から外して、ローランドが左手に持つベールへ手を伸ばした。

しかしアデレイドの手が届く前に、ローランドは手を後ろにやり、取れなくする。

アデレイドはさらにムッとした。


「エイデン様!」

「ロイと呼んでくれと言っただろう? アディ」


ローランドの優しげで甘い言い様に、アデレイドはピクッと肩を動かした。


(この人、駄目だ。やっぱり魅了が解けてない!)


キャロラインの心配は正しかった。

しかし、会ってしまったからにはしょうがない。

なんとかこの場をやり過ごし、キャロラインに報告して、ローランドをなんとかしなければ。

一刻も早くだ。

こんなところをさっきの奴らみたいなのに見つかったら、果てしなく面倒な事になりそうだ。

アデレイドが事態を打開するためにいろいろ考えていると、ローランドの手がアデレイドの髪を撫でた。


「これが君の本当の髪か。美しい色だな。サラサラとして手触りもいい。

短いのが残念だ。魔法薬で伸ばしてしまったらどうだ? 用意させよう」


魔法薬は色々な材料を綿密に調合し、魔力で練って作り上げる。

効果は様々、効き目は高い。しかし、値段も高い。まさに貴族様の薬だ。

アデレイドも怪我をした時に一度だけ飲んだ事がある。しかし無駄にしてしまった。


「いりません。私には魔法薬は効かないので」


アデレイドは自分にかかる魔法を無意識に無効化してしまう。

それは体内に入ったものも同じだった。


「効かない?」

「ええ、効きません。毒も薬も」


本当は無効化の力を意識的に抑えれば効くが、そこまで話さなくともいいだろう。


「それにこの髪は好きでしているので、伸ばす気もありません」

「そうか、残念だな。この髪を結い上げ・・」


ローランドは言いながら、アデレイドの髪を撫でる手を下げ、するりと首を撫でた。


「っ!」


アデレイドの背中が粟立つ。

アデレイドは考えを巡らせた。


なんか、まずい。絶対によくない状態だ。

殴る? 魔法弾を当てて逃げる?

しかしローランドにそんなことをしたら、女生徒から非難ごうごうだ。

学園内を歩けなくなる気がする。

だからといって、このままでもまずい。

こんなところを誰かに見られても大変な事になりそうだ。


自分の考えに意識を向けていたアデレイドはローランドの動きに反応するのが遅れた。


「ドレスを着た君をぜひエスコートしたいね」


ローランドはアデレイドの顎に手をかけると、グイッと上げた。

びっくりしたアデレイドは目を見開く。

ローランドと目が合い、アデレイドは慌てて首を振った。

ローランドの胸を手で押し、距離を確保しようと力を込める。


「な、いきなりなにをするんですか⁉︎」


アデレイドは非難の声をあげる。

頭の冷静な部分では、またやってしまったと呻いていた。


今、ばっちり目が合った。

ローランドはまたしばらく魅了されたままだ。

キャロラインになんて言えばいいのだろう。


「かわいい抵抗の仕方だね。実に初々しい」

「・・・」


ローランドの言葉にアデレイドはムッと顔を顰める。

なんか弱みを見られたみたいですごく嫌だ。

アデレイドは手を思いっきり突っ張った。


「からかうつもりなら他の方にして下さい」

「からかってなどいないさ。可愛い君を愛でているだけだ」


アデレイドは心の中で砂を吐いた。

うげー、甘い、甘すぎる。

この人の言葉は受容できない。

アデレイドはこの場をなんとかできないかと左右に目をやる。


左の方に人影を見つけた。

しかし、アデレイドはまた「げ」と呟いた。

そこにいたのは家に帰った筈のグレアム・カーヴェルだったから。

















お読みいただきありがとうございます。

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