第三十五話
短いです。
高級な店では試着する際は、体のサイズを測るらしい。
小部屋に連れ込まれたアデレイドは、服を脱いでスリップドレス一枚になると、なぜかコルセットで上半身をぎゅうぎゅうに締められた。
ちゃんとしたコルセットを着けるのは初めてで、締められた時は何の拷問だと思った。
一緒に部屋に入ったラナが、ドレスを着るのならコルセットは絶対着けないといけないものだと言うし、そのぐらい締めるのは普通だというので耐えた。
コルセットを着けた後は、体のあらゆる所を測る。
身長、胸囲、胴囲はもとより、肩幅、胴の長さ、足の長さ。
腕周り、首周り、腰周り、靴のサイズ。
測られながら、アデレイドは首を傾げる。
既製のドレスを着てみるだけなのに、こんなの必要だろうか?
高級な店の高価なドレスだから、万が一にもキツくて破いたりしない為に必要という事か。
ラナは壁際の椅子に座ってそれを見ているだけだが、どうも何か言いたそうにしている。
「ラナさん、どうかしました?」
聞くと、ラナは壁から離れてアデレイドの側まで来た。
「アデレイドお嬢様のそのお髪、本来のお嬢様のお髪ではございませんよね?」
ラナには何度も、お嬢様というのをやめてくれと言ったが聞いてくれない。
アデレイドはそれを指摘するのは諦めて、頷いた。
「そうです。カツラです」
「ですよね。眉毛や睫毛は金色ですものね」
ラナはアデレイドの顔を覗き込む。
ひょいっと眼鏡を取られた。
「ずっと思っていたのですが、綺麗な目ですね。どうして髪や眼鏡で隠すのでしょうか?」
まじまじと覗き込まれてアデレイドはたじろいだ。
女性は魅了されないとはいえ、普段あまり人と目を合わせないようにしているので、この様に間近に人の顔があると落ち着かない。
ラナの茶色の目にアデレイドが写り込んでいるのを見つけて、アデレイドは目を逸らした。
「私は、その、魅了の妖精の血を引いているので、人と目を合わせるのは良くないんです」
「ああ! そういえばそうでしたね」
あっけらかんと答えるラナ。
現在、自身が仕える家の息子が魅了され中だが、忘れていたのだろうか?
言葉だけ取れば嫌味とも取れるが、ラナはあまりにサバサバしていて、嫌味という感じはない。
「ではカツラはなぜですか? 地毛を束ねてカツラの下に仕舞うのは面倒ではありませんか?」
言いながら、ラナはアデレイドのカツラをひょいっと取った。
「ちょっと、ラナさん!」
取り返そうとカツラを掴むが、ラナはカツラを離さない。
非難を込めて見上げると、ラナはアデレイドのざんばらな短い髪を見て、目を丸くしている。
大きく息を吸うと、
「きゃああああああ」
ラナは大声で叫んだ。
「どうしたのですか! そのお髪!」
ラナがアデレイドの肩を掴むのと、
「どうした! 何があった!」
グレアムが勢い良くドアを開けたのは同時だった。
「なっ」
「っ!」
アデレイドは慌てて、自身の胸元を隠す。
アデレイドの胸は華奢な体の割に結構大きいので、コルセットで押し上げられ、見事な谷間を作っていた。
アデレイドは慌ててグレアムに背を向けたが、扉の閉まる音がしない。
訝しんでいると、ラナの怒声が響いた。
「グレアム様! 惚けてないでさっさと出て行きなさい!
いつまでアデレイドお嬢様のあられもない姿を見ているのですか!」
すぐに何かがどこかに当たった音がし、グレアムの上擦った声が聞こえた。
「っ、す、すまない。失礼した。別に覗くつもりでは、いや、なんでもない。
とにかくすまなかった!」
バタンっと大きな音をさせ、ドアが閉まる。
その向こうでジャスティンの声がした。
「なに? アディのあられもない姿って!
グレアムさん見たの!? ずるいー!!」
(聞きたくない、聞きたくない)
アデレイドは自分の耳を覆った。
ドアを開けたままでのラナの一喝。
どこまで声が届いたのか考えたくもない。
(この部屋から出たくない。ジャスにもカーヴェル様にも会いたくない。
恥ずかしい〜)
アデレイドは真っ赤な顔で悶絶する。
下着姿を男に見られてしまった。
しかもそれを何人かに知られてしまった。
もうお嫁にいけない。
「まったく、グレアム様は仕方がないですね。
その内にいくらでも見られる様になるでしょうに。
我慢できないのでしょうかね。
まったく嫌ですね、ムッツリすけべは」
グレアムが部屋の扉を開ける原因を作った元凶が、なにやら不穏な事を言っている。
(ムッツリすけべは置いておいて、いくらでも見られる様になるってどういう事?
まさか、結婚すればって事じゃないでしょうね)
グレアムが決闘の時にした事を悔やんで、アデレイドに責任を取って結婚するといった件は断ったはずだ。
なぜラナがそれを知っているのだろう。
まさか、グレアムはその時の事を家で話していたりするのだろうか?
場合によっては、もう一度グレアムにきっぱりと責任を取ってもらうつもりはないと言わなければならない。
「ラナさん、カーヴェル様は・・」
「今の事は旦那様に報告して、しっかりと叱っていただきますからご安心下さい」
「いや、それ安心できない」
「それで、そのお髪はどうなさったのですか?
まさか誰かに切られたとか?」
「いえ、これは自分で」
「まあ、何て事を! 綺麗なお髪ですのにもったいない!
そのような事をなさっては、世の女性達から恨まれますよ。
どれだけの女性がアデレイドお嬢様のようなお髪に憧れている事だが」
「いえ、そう言われても・・」
「とにかく! どんな事情があれ、その様に短いお髪はいけません!
今後、絶対にご自分でお髪は切らない様にしてくださいませ。
お髪をお切りになる時は、わたくしが駆けつけますから!」
いや、そんな事を言われても、今日以降あなたと会う事はないでしょうに。
そう思うのだが、長身のラナに見下ろされ、鬼気迫る顔で言われると反論出来ない。
アデレイドは、まあ今だけは従っておくかと、「はい」と返事をしておいた。
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