第三十三話
「どうした?」
すぐ側から聞こえた声に振り向けば、夕食の後、用事があるとどこかに行っていたグレアムがいつの間にか横にいた。
「アディが・・」
「何でもありません」
ジャスティンが何かを言おうとしたのを遮る。
グレアムにまでドレスの事を言われては堪らない。
「あ、そうだ。カーヴェル様、少しここで待っててくれます?
『アルフォンス・ダウトの冒険』を部屋から持って来ますから」
アデレイドはジャスティンに「余計な事を言わないで」と言い置いて部屋に戻り、机に置いてあった『アルフォンス・ダウトの冒険』二冊を手に取った。
ふと、昼間のケイシーの言葉が過る。
主人公アルフォンスと魅了の妖精エイダの間に子供が産まれる。
その子供がアデレイドの父かもしれない。
豪華な装丁のされた本の表紙をなぞりながら、アデレイドは苦笑を漏らす。
そんな事がある訳がない。
アデレイドの祖母は大人しい印象の人だったし、何よりあの駄目親父が妖精王の孫なんてあり得ない。
しかし、一度そんな話を聞いたら、アルフォンスに大好きだった祖父を重ねてしまいそうだ。
談話室に戻ると、ジャスティンとグレアムが向かい合って座っていた。
グレアムの横に立ち、本を渡す。
「はい、カーヴェル様」
「ああ、ありがとう。ーーん?」
グレアムが二冊の内、上の本を持ち上げると、間に挟まっていた白い封筒が現れた。
グレアムが手に持った封筒はアデレイドが昨日から探していたものだった。
「あ、それ」
「もしかして、これはあの日にローランドに届けられた手紙か?」
グレアムは手に中の封筒をひっくり返す。
ローランド宛の差出人のない手紙。
ローランドから半ば強引に貰ったが、やはりアデレイドでは筆跡から差出人を調べるすべはなく、そのままになっていた。
「そうです。
見当たらないと思ったら、そんな所にあったんですね」
アデレイドは返してもらおうと、グレアムに手を差し出す。しかし、
「グレアムさん、貸して!」
ジャスティンがグレアムから手紙を奪い取った。
「ちょっと、ジャス! 読まないでよ」
声をかけるが、ジャスティンは構わず封筒から手紙を出し読み始める。
読み進めるジャスティンの顔がどんどん不機嫌になった。
「へー、こんな事を。
アディを襲わせておいてそれを見に行けっていうのか。
中々に悪趣味だね」
ジャスティンの手には力が込められ、声には抑えきれない怒りが浮かぶ。
「ジャス、手紙を返して」
「私にも見せてくれ」
ジャスティンはアデレイドの言葉を無視してグレアムに手紙を渡す。
手紙を受け取ったグレアムは読んだ途端に手紙を握り潰した。
「グレアムさん、それ大事な証拠なんだから丁寧に扱ってよ」
「ああ、しまった。すまない」
ジャスティンの叱責が飛び、グレアムはシワシワになってしまった手紙を丁寧に伸ばすと無事だった封筒にしまった。
「アデレイド、これは私が預かる。
筆跡を例の女性と照合してみる。本人が書いたとは限らないが、可能性はあるだろう」
物凄く怒っているグレアムとジャスティンを前に、もう返してとは言えず、手紙は預ける事になった。
グレアムがポケットに手紙を仕舞うのを見つつ、ジャスティンに手招きされて、ジャスティンの横に座る。
「じゃあ、明日の事なんだけど」
ジャスティンが軽い口調で言い出した事にアデレイドは眉を顰めた。
「明日の事って?」
「アディのドレスを買いに行く話」
当然の事のように言うジャスティン。グレアムも頷いた。
「カーヴェル様に余計な事を言わないでって言ったでしょ」
アデレイドはジャスティンの頬を両手で挟む。
タコ口という残念な様を晒したジャスティン。
「余計な事じゃないもん。すっごく大事な事だもん」
「まだ言うか」
グリグリと力を入れると、ジャスティンは「痛ーい痛ーい」と声を上げるが、嬉しそうだ。
呆れてアデレイドは手を離した。
「まったくジャスってば、人の言う事を聞かないんだから」
「へへー」
反省した様子のないジャスティン。アデレイドは深々と嘆息した。
「ドレスなんて買いに行かないわよ。夜会はローブで行くんだから」
「アデレイド、夜会にローブというのはどうかと思うぞ」
アデレイドの意見に難色を示したグレアム。
「場所に相応しい装いというものがある。
夜会に制服のローブは相応しいとは言えない」
「・・・ちょっと顔を出すだけのつもりなので、それで充分だと思います」
アデレイドは力なく答える。
真面目なグレアムに正論で諭されると、何となく反論しにくい。
「しかし、ダンスを踊る時は中央に行くだろう」
「踊りません」
「一曲は踊らなければならない事になっている。
それに私も申し込みたい」
「・・・・遠慮します」
「・・・・」
ダンスの申し込みを断ると、沈黙が落ちた。
グレアムは怒っただろうか。
グレアムの顔を見れなくて、アデレイドはあさっての方を見ていた。
「アディ、そういう事を言わないでよ。
グレアムさん、ただでさえアディに許してもらえなくて、落ち込んでて鬱陶しいんだから」
場をなごますつもりか明るく言ったジャスティンの言葉を聞いて、アデレイドはグレアムを見た。
力なく下を向いていて、確かに目に見えて落ち込んでいる。
どう声をかけようか迷っていると、
「だからさ、グレアムさんにドレスの代金を出してもらおうよ。
他の人には内緒って事にすればいいでしょ?」
「そういう問題じゃありません」
「アディは頑固だなー」
ジャスティンがお手上げとでも言うように両手を上げる。
アデレイドもこのやり取りにうんざりして、息を吐いた。
「分かった。当日はちゃんとドレスを着ていくわよ。
それでいいでしょ?」
「やった! 明日一緒に買いに行こー!」
「アロウズには行かないわよ?」
釘を刺すと、ジャスティンはきょとんとした顔をした。
「アディの馴染みの店に行く?」
「馴染みの店はないわよ。これから探すの」
探すといってもドレスを仕立てる店ではなくて、貸衣装屋だ。
王都には何でも貸し出す店があると聞いた。
皿一枚から宝石までだ。
利用した事がないので、借りる時の手順とかは何も知らないが、ブレントは物知りだから知っているかもしれない。
それに頼めば一緒に行ってくれるかも。
「アディ、ねえ、明日はアロウズに行こうよ」
「行かないって。
それに外出届は一週間前までに出さなければならないんだから、明日なんて無理でしょう?」
「そこはグレアムさんが何とかするよ」
「そうだとしても行かないわよ」
しつこいジャスティンに素っ気なく返事をすると、ジャスティンは内緒話をするように、声を顰めた。
「明日アロウズに行くのは、ドレスの為だけじゃないよ」
「・・・どういう事?」
「明日はね、キャロラインもアロウズに行くんだよ」
「え?」
急に出た名前に声を上げると、ジャスティンは口に指を当てるポーズをする。
「親戚と買い物をするから、明日は取り巻きやカーラは側にいない。
だから、もしかしたらキャロラインと話が出来るかもしれない」
アデレイドは目を見開く。
最近はキャロラインと話そうにも邪魔されて、声を掛ける事も出来ない。
取り巻きが側にいないというならそれはチャンスだ。
「でも・・」
カーラがキャロラインにも妖精の力を使って惑わせていると知った今、キャロラインにどう話をすればいいのか分からない。
普通の状態でないとしたら、話す事自体、逆効果になるかもしれない。しかしーー
「行くわ。
キャロラインと話をしたい」
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