第三十一話
「へえー。そんな事になってるの」
元気になったのなら少し顔を貸せと、ケイシーに言われて連れ込まれた空き教室で、アデレイドは最近起こった事を洗いざらい吐かされた。
ケイシーは遠慮というものがあまりない。
それが彼のいい所でもあり困った所でもある。
「カーラ・ギブリングが妖精の血を引いてる、ねえ。
確かに魔力は高いよね。
同じく妖精の血を引いてるらしいどっかの誰かさんと違って」
アデレイドはケイシーの容赦ない言葉に、ぐっと息を詰まらせた。
妖精の血を引く者は魔力が高い傾向にあるが、アデレイドの魔力は妖精を祖母に持つとは思えないほど低い。
「魔力が高くて、魔法士として将来有望。
囁きで人を操るって能力もちゃんと使えてる。
同じ妖精の血を引く者だけど、だいぶ仕上がりが違うね。
アデルは魔力をどこに落としてきたんだい?」
「ちょっと、ケイシー」
ケイシーの軽口にむっとしたアデレイドは口を尖らせる。
「あなたはカーラの味方なの?
いやにカーラを褒めてるけど」
「僕はどっちの味方でもないよ、ただの傍観者。
まあ、若干アデル寄りかな。
君の周りは色々な事が起きて、見ている分には面白い」
「自分に火の粉が降ってきたら、さっさと逃げるのね」
「当たり前さ。僕は巻き込まれたくない」
面倒な事はごめんだとでもいうような態度だが、ケイシーは実は面倒見がいい。
懐に入れた者は気にかける性格だ。
今だってアデレイドを心配してわざわざ事情を聴いている癖に、軽口で誤魔化している。
素直じゃないケイシー。
アデレイドは緩みそうになる口元を隠す為に手で押さえた。
「なにを笑ってるんだよ。気持ち悪い」
「別になんでもない。
それより、そんなにツンツンしてると、チェスターに愛想を尽かされちゃうわよ」
「それはないね。チェスターは僕のそういう所が可愛いって言ってくれてるんでね」
さらっとのろけるケイシー。
幸せそうで結構だ。
「それよりこれからどうする訳?
カーラと正面対決でもするの?」
「・・・まだ分からない。
カーラに恨まれる理由が分からないし、本当にカーラがそこまでして私を陥れようとしているというのもまだ信じられないし」
「なにを悠長な事を言ってるんだよ。
さっさと動かないと事態がますます悪くなるかもしれないじゃないか。
それに理由?
女が女を恨む理由なんて、どうせ男の事だろ。
カーラの彼氏か、カーラが好きだった奴をアデルが魅了したんじゃないの」
「そうかも」
大いにあり得る話に、アデレイドはがっくりと肩を落とす。
「カーラと話をしたいけど、キャロライン達といる時は避けたいのよね」
「話を聞く限りだと、キャロラインに近づくだけで、全力で悪者扱いだろうね。
そこは刺激しないほうがいいよ。
寝ている間に部屋に踏み込まれて拉致られて酷い目に合うかもよ。
戸締りはしっかりしときなよ」
「嫌な事を言うわね」
アデレイドは顔を引きつらせる。
ケイシーはしれっと返した。
「ないとは言い切れないだろ」
「・・・転寮しようかなあ」
「どこも受け入れてくれないって」
バッサリ切られて、アデレイドは落ち込んだ。
「いっその事さ、赤の寮の男子生徒を全員魅了しちゃえば?
魅了が解けた後はカーラの力が消えるんだろ?」
「魅了が解けるまで、大変な事になると思わない?」
「そこは君が努力して、魅了の力を調節しなよ」
「そんな事出来ないわよ。それが出来たら、誰も魅了なんてしてないわ」
「それさ、本当に出来ないの?」
「え?」
不意に真剣に問われて、アデレイドは聞き返した。
「アデルは無効化の力の制御訓練をしてるんだろ。
無効化の力をうまく使う為にさ。
それなのに、魅了の力を制御する訓練はしないわけ?」
「・・・・」
アデレイドは思ってもみなかった言葉を聞いて、目を見開いた。
魅了の力は仕方がないものだと思っていた。
だから人と目を合わせないようにして、人から距離を取って、鬱陶しいカツラや眼鏡、ヴェールに挙句は甲冑の頭まで被った。
魅了の力を制御する。
もし出来たら、アデレイドを取り巻く環境もアデレイド自身も大きく変わるだろう。
「でも・・・どうやって魅了の力を制御するの?」
「僕に聞くなよ。
君のお祖母さんは妖精なんだろ。
お祖母さんに聞いてみれば?」
「祖母とはほとんど話した事がないし、今はもうどこにいるのか分からないもの」
「分からないって?」
「祖父が亡くなってしばらくしてから、誰にも告げずに家を出て行ったんだって」
祖父母が住んでいたのは同じ屋敷でも、渡り廊下を挟んだ向こうの建物だった。
二人は留守がちで、普段の生活も全て別々だった。
それでも小さい頃は祖父に遊んでもらっていたが、祖母はいつも少し離れた所にいた。
「アデルのお祖母さんは魅了の妖精?」
「多分そうだと思うけど」
「お祖母さんはアデルに魅了の制御の仕方とか教えてくれなかったの?」
「妖精の力は習うものじゃなくて、本能のものだって聞いたわ。
だから私は元々制御するの力がないと諦めていたけど」
「本能か」
「でも、コツを聞いたら何とかなるかもしれないわよね!」
魅了の力を抑えられるかもしれないと思ったら、俄然やる気が湧いてきた。
顔を輝かせるアデレイドだが、対象的にケイシーは諦めたように首を振った。
「いや、やっぱり無理かもね。
本能の問題とか言われるとね。
アデルには元々それがないって事だろ、無駄な努力になるかもね」
「ちょっと、ケイシー!
人がせっかくやる気を出したのに、そんな事を言わないでよ!
言い出したのはあなたでしょ」
「悪い悪い。じゃあ、取って置きの情報を教えてあげるよ。
妖精王の子、世界の柱と言われる妖精の数は十八というのが通説だけど、実は妖精王の子はまだいるんだ。
十九番目の子。その妖精は魅了の妖精らしい」
「それって、ケイシーもあの本を読んだの? 『アルフォンス・ダウトの冒険』」
「なんだよ、アデルも読んだのか。
じゃあさ、聞きたいんだけど」
ケイシーは内緒話をするように声を潜めた。
「あの魅了の妖精ーーエイダのモデルって、もしかして君のお祖母さん?」
「え? なんで?」
「だってさ、エイダは人間との間に子供が出来るだろ?
それが君のお父さんかなって思ってさ」
「・・・ケイシー、私、まだそこまで読んでない」
ケイシーが言ったのはアデレイドが読んでいる場所より先の事だ。
アデレイドが読んでいる所では主人公ーーアルフォンスがエイダを気にしてるかな、という所でそれからどうなるかなんてまだ分からない。
エイダと人間の間に子供?
それはアルフォンスとの間に? それとも別の人?
ものすごく気になるけど、聞きたくない。
「あ、そう。アデルはどこまで読んだの?」
「二巻までよ」
「そうかー、じゃあまだまだだね。
子供が出来るの五巻だからな。
しかも、その父親って言うのが・・」
アデレイドは慌てて耳を塞いだ。
「聞きたくない聞きたくない」
ケイシーの声が耳に入らないように、あーあーと声を出しているとケイシーが盛大に吹き出した。
「あははははっ!
さすがに僕だって、それは言わないよ」
「ケイシーはさらっと言いそうなのよ。
それで悔しがる顔を見て笑うんでしょ」
「本当に言ってやろうか?」
低くなったケイシーの声に、アデレイドは慌てて首を振る。
「やめてよ、絶対に言わないで。
すみませんでした」
「心が篭ってないけど、まあ、許してやろう。
で、どうなの? エイダは君のお祖母さん?」
「まさか!
そうだとしたら、私のお祖母様が妖精王の子って事になっちゃうじゃない。
そんな事聞いた事ないわよ」
否定すると、ケイシーはがっかりと肩を落とした。
「そうかー、まあ、期待はしてなかったよ。
君が妖精王のひ孫な訳ないもんね」
「なんでそう言い切るのよ?」
「自分の胸に聞いてみなよ」
「・・・・」
アデレイドは自分を見つめ直そうとして、すぐやめた。
あまりいい事がなさそうだ。
「あーあ、分かってたけど、ちょっとがっかり。エイダに会ってみたかったのに。
彼女の容赦なく相手を言い負かす所とか、手加減なく相手を打ち倒す所とか憧れなのに」
ケイシーの毒舌はエイダの影響らしい。
『アルフォンス・ダウトの冒険』の作者には一言文句を言いたい所だ。
「ケイシー、勝手にがっかりしないでよ。
もしかしたら本当にエイダのモデルは私のお祖母様かもしれないじゃない」
「ないない。
君がエイダの孫だったら、カーラに負けるわけがない。
本に出てくるだろ?
エイダは囁きの妖精ーードロシアが人々を惑わせた時に波動一つで正気に戻したんだから。
君にそれが出来るの?」
「・・・出来ないわよ」
アデレイドは頬を膨らませる。
囁きの妖精の存在だって最近知ったのだ。
その力をどうやったら消せるかなんて、想像も出来ない。
「でも、そのうち出来るようになるかもしれないじゃない」
「まあ、頑張りなよ。
無理だと思うけどね。
もしも君がエイダ並みの力を持つようになったら、また魅了されて、愛を囁いてあげるよ」
万が一にもアデレイドが力を持つとは思っていないのか、そんな事を言うケイシー。
是が非でも見返してやりたい気持ちはあるが、ケイシーをまた魅了するのはごめんだ。
「いらないわよ。
あなたはチェスターと幸せでいなさいよ。
私に構うことなく」
「そう? でも、僕らだけ幸せなのも申し訳ないなあ。
そうだ、君がブレントと幸せになれるようにアドバイスをあげるよ。
まずは、そうだな。
夜会のパートナーをブレントにするべきだね。
そうする事で君達の絆が深まるよ」
「・・・・ケイシー、それはあなたが賭けに勝ちたいからでしょ」
すっかり忘れていた賭けの事を、ケイシーの言葉で思い出した。
アデレイドが創立祭の夜会で誰をパートナーに選ぶのか、賭けがあるのだった。
あの日、ブレントを選ばないと未来はない、とケイシーに言われて不安になった事も思い出したが、あの時はケイシーの軽口を間に受けたのが馬鹿だった。
「パートナーはジャスティンのまま変えないわよ」
「これだけ言ってるのに変えないなんて強情だなぁ。
ブレントに愛想を尽かされても知らないからね」
「その手には乗りません」
きっぱり言い切ると、ケイシーは手を頭の後ろで組み、嘆息した。
「あーあ。僕、大損だ。
今からあのガキに賭け直すかな」
「賭け直すのはいいけど、私は夜会には出ないわよ。
それでも賭けになるの?」
ケイシーは意外な事でも聞いた様に目を瞬かせる。
「アデル、夜会をサボる気なの?
そうすると胴元の一人勝ち、かな? それとも賭け自体なかった事になるのかな?
どっちにしろ荒れるなあ。
損した奴がアデルを恨むかもね」
「なんで勝手に賭けの対象にされて恨まれないといけないのよ!」
理不尽な流れにアデレイドは声を荒げる。
ケイシーは軽く肩を竦めた。
「出ればいいんだよ。ちょっとだけでもさ」
「そう言われても・・」
ケイシーは簡単に出ろと言うが、夜会に出るとなったらそれなりの格好がある。
アデレイドは出るつもりがなかったから全く用意をしていないのだ。
家に母のドレスが一着ぐらいあるかもしれないが、母とは体型が違う。
送ってもらってから直さないといけないが、時間もお金もない。
同じくお金がないという理由で、既製品を買う事もできない。
貸衣装・・・なら、手が出るかもしれないが、なるべくならお金を使いたくはない。
学園の生徒は制服として、黒のローブを持っている。
夜会も行事なので、建前としてローブでの出席もありだが、多分白い目で見られる。
アデレイドだけならいいが、パートナーのジャスティンまでそんな目で見られたら可哀想だ。
「やっぱり出ない」
「あっそ、じゃあ勝手にすれば?」
お読みいただきありがとうございます。




