第二十九話
お久しぶりです。更新遅い上に短くてすみません。
「カーラが!?」
アデレイドは自分の出した声が思いの外大きかった事に驚き口を閉じる。
昼休み、いつもの東屋にはアデレイド、ブレント、グレアム、ジャスティンの四人がいた。
ブレントとグレアムは昨日何か話し合ったのか、ギスギスした雰囲気がなくなっていた。
今も決して仲がいいとは言えないが、少なくとも昨日までの様に互いを牽制する事はない。
ブレントもグレアムもジャスティンも、アデレイドに聞きたい事がある。
言いたい事もある。
バスケットから出した昼食ーー蒸したチキンやチーズ、ハムやキュウリのサンドイッチにほうれん草のキッシュ、山盛りのトマトと肉団子のパスタと葉野菜のサラダーーを四人で言葉少なに食べ終わり、まず始めに話題にのぼった事はカーラに気を付けろという注意だった。
カーラは妖精の血を引いていて、その能力を使って、アデレイドを陥れているのではないかという。
人の負の感情を煽り、アデレイドを悪く思わせ、その話を聞いた人がまたアデレイドを悪く思う。
その連鎖でアデレイドを貶めている。
「カーラが・・・、信じられない」
アデレイドは、いつも人の後ろにいる大人しい少女の顔を思い浮かべながら呟いた。
カーラと話した事は何度もある。
笑い合うほど親しくはないけれど、嫌悪を向けられた覚えはない。
「本当にカーラですか? 他の人の声と間違えてませんか?」
百歩譲って、アデレイドを陥れようとしている存在がいるとしても、カーラがそうとは到底思えない。
しかしグレアムは首を振った。
「いや、間違いない。カーラの声だ。
カーラの声はひび割れた裂け目に染み入る様に流れ込む。
他の人間の声とは間違えない」
「僕もグレアムさんほどではないけれど、影響されていたと思う。
白薔薇のサロンではアディの話題がたまに上がってた。
カーラが話に混ざる事はあまりなかったと思うけれど、カーラの声は耳に残ってる」
目の前に置いてあるグラスを見ながらジャスティンが言う。
アデレイドはカーラが言っていたという言葉が気になった。
「カーラはどういう事を言っていたの?」
「他愛もない事だよ。
直接悪口を言った訳じゃないんだ。
誰かがアディを悪く言っている時に肯定したり煽ったりする。
『その通りですね』とか『わざとかしら?』とか」
「それで効果があるの?」
「あるよ。
例えば、アディがうっかり誰かを魅了した時に『わざとかしら?』って言ったら、アディがわざと魅了したと思うし、許せないと誰かが言った時に『そうですね』と言ったら許せないという気持ちが強くなる。
カーラが『あの人には気を付けなければ』と言ったら、アディを警戒する気持ちが強くなる」
(それがカーラの力?)
その言葉の積み重ねで今の様な状況に持って行ったのだろうか。
だけどそういうのは、別に特別な力を持ってなくても成り立つ様にも思える。
アデレイドの納得していない顔を見たジャスティンが言葉を続ける。
「カーラの声はすっと頭に入ってくるんだ。
同じ事を他の人が言っても、自分の中の価値観との擦り合わせを無意識にするはずだけど、カーラの声はそのまま頭に入ってくる感じだ。
その時は別になんとも思ってない。
ただ同じ様な会話をしているうちに前の言葉に新しい言葉が積み重なって、段々それが自分の考えだと錯覚していくんだと思う」
「よく分からないけど、私の事を指差して『あいつは悪い奴だ』って何回も言われるとそれを信じちゃうって事?」
ジャスティンの言っている事は難しいけど、噛み砕くとこういう事だろうか。
「極端に言うとそうだよ。
正直に言うと僕は、前はアディを見かける度になんとなく嫌な気分になっていた。
話をした事はなかったけど、『男を手玉に取る嫌な女』っていう認識があったんだ」
「そうなんだ」
なんだかすごくショックだ。
他の人ならともかく、弟の様なジャスティンに、以前とはいえそう思われていたと思うと、立ち直れなそう。
「今は全然、そんな事思ってないからね。
アディの事、大好きだから」
明るい声で言われたが気分が上昇しないのは、ジャスティンのその言葉が魅了されているが故だからだ。
アデレイドに魅了された後は、カーラの影響から抜けられるというけれど、カーラに影響されるまでもなくアデレイドの事が嫌いだったら仕方がない。
逆にさらに落ち込みそうになったが、首を振ってその考えを振り払う。
今この時、ジャスティンはアデレイドの事を好きだと言ってくれるのだから、それを素直に受け入れよう。
「ありがとう、ジャス」
「本当だからね!」
「うん」
ジャスティンが影響されていた様に、カーラの近くにいた人がその力に影響されているとしたら、ダーレン・ギブリングやキャロラインの様子がおかしくなったのも納得出来る。
キャロラインの最近の弱々しい様子は何かに影響されているとしか思えない。
「ねえ、ジャス。
キャロラインが最近変なのも、カーラが関わっているのかしら」
「だろうね。最近キャロラインの横にはいつもカーラがいる。
多分、心の弱っている所にカーラの言葉が入り込んだんだ」
「弱っている所?」
「うん、キャロラインは何か悩んでいたみたいだから」
「それは・・・、私がエイデン様を魅了したから?」
「分からないけど・・」
ジャスティンは言葉を濁す。
キャロラインの様子がおかしくなったのは、アデレイドをローランドの夜会のパートナーに、という話があった後だ。
ローランドは、キャロラインはその事を了承したと言っていたけれど、その事で二人の仲が拗れたのだろうか。
「アデレイド」
考え込んでいると、斜め向かいに座っているグレアムが硬い声でアデレイドを呼んだ。
グレアムの顔は声と同じくらい硬い。
「私は君に謝らなければならない」
「え?」
「私は君と決闘をしたあの日まで、君の事を誤解していた。
いや、もしかしたら、本当に誤解が解けたのはカーラの正体を聞いた昨日かもしれない。
君がわざと男を魅了していると思い込み、キツイ事も言った。
ひとえに私の心の弱さが原因だ。すまなかった」
グレアムは頭を下げる。
アデレイドは混乱した。
思い返せば、グレアムからは色々と言われた。
「魅了の力をコントロールしろ」とか、「出来ないならば、人を魅了しない様に最大限努力しろ」という正論から始まり、「人に迷惑をかけるな」「また魅了したのか」と軽蔑する様に言われ、「わざとやっているというのは本当か」「いい加減にしろ」となり、ローランドを魅了した次の日は、「わざとローランドを魅了して、嘆くキャロラインを罵倒するとは許せん!」となった。
思い返してみれば本当に散々だ。
だがグレアムの事は嫌いではなかった。
グレアムは真面目で正義感が強いからアデレイドの事が許せないのだと思っていた。
キャロラインと言い争いをした後は、嘆くキャロラインを罵倒するとは許せん!だなんて馬鹿な事も言っていたが、それがカーラに唆されたというなら納得出来る。
「カーヴェル様、顔を上げて下さい」
顔を上げたグレアムは真剣な顔をしていた。
男らしく精悍な顔立ち、深緑色の目には意思の強さが見える。
この人の心が弱いなんて、信じられない。
この人の心を曲げるほどカーラの力が強力だったら、アデレイドは他の人からもっと糾弾されているのではないだろうか。
今は魅了されているからグレアムはアデレイドに好意的だ。
だけど魅了が解けたらまた、アデレイドの事を嫌っているグレアムに戻るのかもしれない。
「カーヴェル様、謝罪は保留でお願いします。
今は受け取れません」
グレアムの顔が強張った。
グレアムの言葉を信じないアデレイドに怒りを覚えただろうか。
でも、仕方がない。
今のグレアムは本当のグレアムではないのだから。
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