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第二十八話

「皆、聞いてくれ。

ギブリングの魔力暴走はクローズが止めた。

今見た事は他言しないように。いいな」


ダーレンを抑えつけたまま、ベイカーは生徒達を見回す。

皆戸惑った様子でベイカーを見てアデレイドを見た。

魔力暴走は他人には止められない。

その常識を目の前で破られて、頭がついていかないのだろう。


「もう一度言うぞ、他言無用だ」


返事をしない生徒達に痺れを切らしたベイカーが言うと、皆は頷いたり、はいと答えたりとなんらかの返事をした。

その間にもダーレンはベイカーの拘束から逃れようと暴れていた。


ダーレンはアデレイドに対して、必死に言葉を紡いでいた。

先ほどの罵倒とは違い、言っていることはアデレイドに対する謝罪だ。

アデレイドに魅了された影響で、今までのアデレイドに対する態度に罪悪感を覚えたらしい。

アデレイドはそれを聞き流していた。

どうせ、魅了されている今だけの謝罪だ。

我を忘れるほどアデレイドを嫌っているのだから、魅了が解けたらまた罵倒される。

意味のない謝罪は聞きたくなかった。


それを汲んでくれたのかどうか、ベイカーはダーレンに拘束の魔法をかけて黙らせた。


「エイデン、後を頼む。

私はギブリングを医務室に連れて行く」


ベイカーはローランドにそう言うと、ダーレンを魔法で浮かび上がらせた。

暴走が本格化する前に止めたので、ダーレンが負ったのは軽い火傷ぐらいだろう。

元気に駆け寄って来たのが無事な証拠だが、もしどこかに損傷があったらと思うと、今更ながら心配になってきた。

ダーレンに抱きつかれるのが嫌だったからといって、魔法弾をぶつけたのはやり過ぎた。


「ベイカー先生、私も行きます」

「クローズ、そうだな。

ギブリングはもう大丈夫だとは思うが、一応来てくれ。

ボールト、ギブリングを運ぶ手伝いを頼む」


ベイカーはローランドの後ろにいる大柄な生徒を指名した。


「先生、私も行きます」


名乗りを上げたのは、副寮長リネットだ。

グレアムやジャスティンも行くと言ったが、消灯時間という事で却下され、ベイカーとダーレン、ボールト、リネット、アデレイドの五人は談話室を出て、医務室に向かった。


薄暗い寮の廊下を重い沈黙に耐えながら進む。

何時もなら気にならない靴音がいやに響いて聞こえる。

アデレイドは黙ったまま横を歩くリネットをちらっと見た。


リネットは何となく苦手だ。

アデレイドに敵意を向ける訳ではなく、公平な態度は好感が持てるが、優等生である彼女には、さぼり魔アデレイドとしては気遅れる。


重い空気に耐えかねて、そっと息をついていると、リネットがポツリと呟いた。


「私ね、歳の離れた弟がいるの」


自分に話し掛けられたのか分からなくて、アデレイドは戸惑った。

リネットは真っ直ぐ前を向いている。


「小さい時から魔力が多くて、将来を期待されていたのよ。

この子は将来、大魔法使いになるだろうって。

家族皆で弟が学園に入る日を楽しみにしてたわ。だけど・・」


リネットは辛そうに顔を歪める。


「弟は、二年前に魔力暴走を起こしたの。

八歳の時よ。

前から言われていたわ。

魔力が多いほど魔力の制御は難しい。

学園に入学するまでは決して魔法を使おうとするなって。

だけど弟は皆の期待に早く応えたくて、家にある本とかで魔法を勉強していたらしいの。

魔力を制御する訓練を一人でしていたのよ」


無意識に制御している魔力を意識的に制御する。

それは自分の中にいる生き物を囲いから出す様なものだ。

上手く手綱を握れればいいが、出来なければ魔力は暴れ、牙を剥く。


「弟は庭で魔力の炎に包まれたそうよ。

弟が苦しんでいても誰も手出し出来ず、収まるのを見ているしかなかった」


アデレイドは二年前に魔力暴走を起こした少年の名前を思い出していた。

『スタンリー・ホーケン』

リネット・ホーケンの弟はあの時の少年だ。


二年前にアデレイドが助けた少年。

助けたといっても、無傷では済まなかった。

酷い火傷を負い、暴走の反動か、魔力もほとんどなくなったという。


リネットを見ると、彼女はアデレイドを見ていた。

思いの外優しい目で見つめられて、アデレイドはたじろいだ。


「私が家に戻った時には弟は全身に包帯が巻かれた無残な姿だった。

母は泣きながらこう言ったのよ。

『命が助かってよかった。あの子がいなかったら死んでいた』って。

あの子って誰? 何があったの? って聞いても誰も答えてくれなかったわ」

「・・・・」


アデレイドは返答に困ってただリネットを見返した。

リネットは優しく笑う。


「弟にも聞いたのよ、何があったの?って。

そうしたら天使に助けてもらったって言っていたわ」

「天使、ですか?」

「そう天使よ」


肯定するリネットはクスッと笑った。

真面目で固いと、苦手に思っていたリネットの茶目っ気のある笑みに驚いた。

リネットは続ける。


「苦しくて辛くて、誰か助けてって思っていたら、魔力の炎は弱まっていって、代わりに白くてキラキラとした何かに包まれたそうよ。

その時に現れた天使は、『大丈夫、落ち着いて』と優しく言ったのですって。

さっきのあなたみたいね」

「さっきのは、えーと・・」


何とか誤魔化そうと言葉を紡ぐ。しかし次のリネットの言葉がアデレイドを黙らせた。


「光が収まった後に一瞬見た天使は、淡い金髪の少年の姿だったって」

「・・・・」


アデレイドは二年前も髪は短くしていた。

リネットの弟はすぐに意識を失ってしまって、その後も姿を見せていないから仕方がないが、少年と言われるのは複雑な気分になる。

むーっと顔を顰めると、リネットは微笑んだ。


「ありがとう」

「いえ、私は・・」


リネットに礼を言われてアデレイドは慌てる。

アデレイドに無効化の力がある事は周知の事実だ。

だが、どれ程の力があるのか、どんな効果を及ぼすのかは知られていない。

最近、アデレイドから披露している感もあるが、あまり人に知られないようにしろと言われている。

言葉を濁していると、


「本当にあなたなのかどうか、答える事はないわ。

ただ、私が言いたかっただけ。

ありがとう。

弟は元気にしているわ。

大魔法使いは諦めて、その代わりに誰にも負けない剣士になるんですって。

いつか、その姿を天使に見せたいって張り切っているわ」


リネットの声には陰がない。

よかった、とアデレイドは呟いた。

あの時の少年が前向きに頑張っていると聞いて、嬉しくて顔が緩んでしまう。


にやにや笑いながら歩いていると、またリネットが話し出す。


「あなたに言っておきたい事があるの」


今度はぐっと抑えた声だ。近付かなければ聞こえないくらい。


「何ですか」


聞き返すも、リネットは言い淀んでいる。

何だろう、と首を傾げていると、意を決したのか、リネットが話し出した。


「赤の寮は少しおかしいわ」

「? どういう事ですか?」

「最近特になんだけど、あなたに対する悪意が酷いの」


アデレイドはぐっと息を詰まらせた。


「それは私がエイデン様を魅了したから・・」


女性徒憧れのローランドを、魅了し散々振り回して、さらに振ったと噂されるアデレイド。

ここの所アデレイドはぼうっとしていたから気付かなかったが、思い返して見ると、女生徒の目は殺気立っていた。

恐ろしい。寮で無事に過ごせるか心配だ。


「確かにそうなのだけど、それにしては様子がおかしいというか。

不安定な人が多いというか」

「不安定?」


アデレイドは首を傾げる。

不安定と言われて、一番に思い浮かんだのはキャロラインだ。

勝気で凛としていた少女は、最近いつも俯いている。

ダーレンも暴走するほど激高していたし、他にも思い当たる節がある。


「どういう事ですか?」

「分からないわ、何故こうなっているのか」

「・・・・」


何だか、胸が騒つく。

何か、起きているのだろうか。




お読みいただきありがとうございます。

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