第二十六話
アデレイドは消灯前、談話室に向かう為に自室を出た。
カーラとの約束通り、ダーレンに会う為だが、ダーレンが素直に反省して謝るとは思っていない。
最悪、この間の二の舞になることも予想している。
昼間はカーラの顔を立てる為に仕方なく会うという感もあったが、今のアデレイドは違う。
正々堂々と向き合うつもりだ。
何か言われたら言い返すし、叩かれたら倍にして返そうと気合いを入れる。
談話室への扉を開く。
ダーレンはまだ来ていない様だ。
消灯前だから、談話室に寮生はほとんどいない。
中央から少し右にいった席に六年生が数人集まって座っている。
ローランドを中心に男女五人。
ローランドは寮長なので、ダーレンを迎える為にいるのかもしれない。
他の四人がアデレイドの方を見たので、アデレイドがここにいる事は気付いただろうが、ローランドはちらりとも見ない。
彼らから少し離れた席にジャスティンがいた。
ジャスティンがいるのは予想していたし、居てくれて嬉しいが、なぜ向かいにグレアムが座っているのか。
グレアムは腕を組んで、険しい顔をしていた。
二人はアデレイドに気付くと、すぐに立ち上がった。
ジャスティンが小走りでやってくる。
「アディ、起きて大丈夫なの?」
「うん。もう大丈夫よ。すっかりよくなったわ」
ジャスティンは心配そうにしていたが、アデレイドが笑顔を向けると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「よかった。本当にもう大丈夫そうだね。
僕、心配したんだから」
「ごめんね、心配かけて。
もう元気になったわ。食欲も戻ったし、今だったら豚の丸焼きも食べれるわよ」
冗談めかして言うと、ジャスティンは笑みを深めた。
「アディ、食欲も戻ったね。
夕飯は先生に届けて貰ったけど、食べた?」
「食べたけど、軽い物だから足らなかったわ。
部屋にパンとチーズが置いてあったからそれも全部食べちゃった」
「本当? 僕の部屋にクッキーがあるから持ってこようか?」
「あ、食べたい。持って来て」
ジャスティンと和やかに話していると、横からグレアムが割り込んできた。
「アデレイド、急に沢山食べると腹を壊すぞ」
もっともな指摘を受けて、アデレイドは口を閉じた。
男子に腹具合を心配されるとは恥ずかしい。
しかしグレアムもそういうことは、もっと気を使って言えないものか。
相変わらずの残念な感じだ。
アデレイドは少し頬が赤くなっているのを自覚しながら、グレアムの方を向く。
「お腹は丈夫なので平気です」
「しかし、もう夜だぞ。消化にも悪い。
明日にしなさい。明日食事をしてからなら食べていい」
あなたは母親ですか! と突っ込みたい。
言い方が子供を窘める様だ。
グレアムには自分はどう映っているのだろう。
頭を撫でられたり、腹具合を心配されたりと子供扱いだ。
グレアムと一歳しか違わないのに。
今度子供扱いしたら、お父様と呼んでやる。
「分かりました。明日にします」
ベーっと舌を出したいのを堪えてグレアムに返事をする。
「ジャスティン、明日持って来てね」
ジャスティンは笑みを浮かべて、うんっと言ってくれた。
ジャスティンには癒される。
抱きしめて頭をなでなで〜っとしたい。
男の子にそれをすると嫌がるだろうからやらないけれど。
「それで、なぜお父・・カーヴェル様がここにいるのですか?
「おとうってなんだ?」
グレアムは不思議そうに首を傾げる。
アデレイドにとって、父は駄目な人の代名詞だ。
さすがに怒られそうだからそれは言わない。
「なんでもないです。
カーヴェル様、申し訳ないですけど、ジャスと約束していたのでジャスを借りてもいいですか?
とっとと部屋に帰れと念を込めながら言うと、グレアムとジャスティンが何やら目で会話した。
ジャスティンが口を開く。
「アディ、あのさ、今日はダーレンさんと会うのやめよう。
アディも病み上がりだしさ。向こうももう少し落ち着いてからがいいよ。
ね、部屋に帰って」
ジャスティンはアデレイドの体を反転させ、女子寮の扉へと押す。
「ちょっと、待ってよ。
私は平気よ。もう元気になったし、今ならギブリングに殴られそうになっても避けるから」
「アディ、何言ってるの!?
殴られそうなの前提だったら、会わせるわけないじゃないか」
「だって、ギブリングが素直に謝る訳ないもの。そのぐらい考えておかなきゃ」
ジャスティンに背中を押され、アデレイドは足を前に突っ張ってその場にとどまる。
どうせダーレンと話をしなければならないなら早い方がいい。
「そんな事を考えているの?
グレアムさんの話を聞いて正解だ。
もうダーレンにもカーラにも会わないで」
「カーラ? 」
なぜここでカーラの名が出るのだろう?
アデレイドは顔を後ろに向けて、グレアムの顔を見る。
くっきりと眉間に皺を寄せていた。
「アデレイド、事情は後で話す。
今日は大人しく部屋に戻ってくれ」
そう言われて、大人しく戻れる筈もない。
カーラの名が出たと言うことは、彼女に何かあったのだろうか?
アデレイドは体を横にずらし、ジャスティンの力を逃した。
「わっ!」
ジャスティンが勢い余って数歩たたらを踏むが放っておく。
「カーヴェル様、カーラに何かあったのですか?」
グレアムは嫌そうに顔を顰めた。
「いいや、何かあったわけではない」
「じゃあ、なぜ? なぜカーラに会うなと言うんですか?」
「それは、少し長い話になる。明日話そう」
「嫌です。今話してください」
「しかし、もう消灯が近い。それまでに終わる話ではないから、明日にしよう」
「・・・分かりました。カーラに直接聞いてきます」
アデレイドはグレアムに背を向ける。
歩き出す前に後ろから腕を掴まれた。
前にいるジャスティンは今度は通せんぼする様に扉の前で手を広げる。
何がしたいのか、この二人は。
「待て、アデレイド。カーラには会うな」
「なんなのですか?」
アデレイドはグレアムに振り返りつつ、低い声で呻く。
カーラに会うな、けれど理由は話せない、では納得出来ない。
「はっきりと言ってください。何があったんですか?」
「・・・分かった、話す。場所を移動しよう」
グレアムが目線で示した先は、談話室に隣接する小部屋だ。
通称『説教部屋』
生活態度、その他諸々の注意を受ける時や相談事などに使われる部屋で、四から六年生の学年代表と、寮長、副寮長が鍵を持っている。
グレアムは六年生代表なので鍵を持っている。
小部屋の鍵をグレアムが開けていると、ローランドとともに居た女生徒が近寄って来た。
茶色の長い巻き毛のキツそうな女性。赤の寮の副寮長ーーリネットだ。
「グレアム様、密室に女生徒と二人というのは感心しませんよ」
「ジャスティンもいる」
説教部屋の鍵を開けたグレアムは、リネットに簡潔に答えた。
彼女は顔立ちこそキツめだが、筋を通す人で、アデレイドにも理不尽な事は言わない。
だだ、真面目で融通が利かないのが難点だ。
「それでも女生徒が一人というのは・・・、時間も時間ですし、私が同席します」
確かに説教部屋使用の際は、教師同席か、同性同士、もしくは複数人が望ましい。
アデレイドが注意を受ける時はいつも、五年生代表のダーレンと女子が一人同席していた。
しかし今は他の人に聞かせたくないから説教部屋を使うのに、そのグループの一人が同席したら意味がない。
「いやしかし・・」
「それとも、人に聞かせられない話ですか?」
「・・・」
やり込められて、グレアムが黙る。
アデレイドは二人に分からない様に嘆息した。
「カーヴェル様、相談事は明日で構いません。
すみませんでした。
リネット様にも、お手を煩わせてしまって、申し訳ありません」
アデレイドはリネットに深々と頭を下げる。
納得してくれたのか、始めからさしたる興味はないのか、「そう」と言って、リネットはローランド達の元へ帰って行った。
「アデレイド、いいのか?」
「よくはないですけど、ここでは話せない話なんでしょう?」
「話せなくはないが、そろそろダーレンが戻ってくるだろうから、談話室に居たくなかっただけだ」
「!」
すっかりダーレンの事を忘れていた。
入り口の方を見ると、ちょうど扉があき、教師のベイカーとダーレンが入って来た。
入って来たダーレンと目が合う。
ダーレンは目を見開いた。
この距離では魅了されることもないだろうに、ダーレンは一瞬で顔を真っ赤に染め、叫んだ。
「クローズ!!」
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