第二十二話
アデレイドはローランドが去った後、じきに部屋に戻った。
グレアムに顔色が悪い事を指摘されて、話はまた明日という事になったのだ。
寝支度をした後、窓から外を見る。
学園内の敷地には所々魔法の灯りが灯っている。
その灯りをぼんやりと見つめながら、アデレイドは考えていた。
今日は散々だった。
感情に任せて動いて、騒ぎを大きくさせた。
もっと冷静にならなければならない。
感情に任せて動くようでは、アデレイドはここにはいられない。
アデレイドは大きく息を吐いて、気持ちを切り替える事にした。
キャロラインとの事は少し時間をおこう。
ローランドがアデレイドに近付かなくなれば、周りは落ち着くだろう。
そのまま魅了が解ければ、皆、元の鞘に収まるかもしれない。
今考えるべきなのは、デクスターの事。
そしてデクスターにアデレイドの事を教えた人物の事だ。
何の意図があってデクスターに教えたのだろう。
なぜ、アデレイドがブレントと秘密裏に会っていること、アデレイドに魔法薬が効かないことなど知っているのだろう。
それらは別に厳密な秘密ではない。
ブレントの合図はたまたま見かけたのかもしれないし、アデレイドに魔法薬が効かないことは、アデレイドの無効化の能力を知っていれば、推測出来る事かもしれない。
問題は意図だ。
それらの情報を握り、デクスターに流した意図。
ローランド当ての手紙を見れば、そこにはアデレイドに対する蔑みと憎しみを感じる。
誰がアデレイドを憎んでいるのだろう。
なぜ憎まれているのだろう。
姿の見えない悪意は怖い。
アデレイドは色々考えているうちに頭痛がしてきた事に顔を顰めた。
治療士のティモシーにもらった薬を飲む。
全ては明日に。
今は考える事を放棄して目を閉じた。
すぐに頭痛は治まり、ぐっすりと眠れた。
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眠り過ぎて、起きた時には完全に遅刻の時間だった。
だが、焦る気持ちが起きない。
眠っている時、いい夢をみていた気がする。
あいにく覚えていないが、そこでは何の憂いもなくただ笑っていた気がする。
ずぶずぶと泥沼に沈む様に、アデレイドは夢の中に戻った。
何の連絡もしないで学園を休めば、寮の職員が部屋に様子を見にくる。
ただ眠いのだと言えば、窘められ、部屋から追い出された。
今日も今日とて、皆の視線に晒される。
昨日のダーレンの件は、アデレイドがわざと挑発して自分を殴らせて、ダーレンを嵌めたのだとか、ダーレンはすでに魅了されていているのだとか、呆れる様な噂話が聞こえてくる。
わざとアデレイドに聞かせている様だ。
キャロラインは目を腫らせて、暗い顔をしていた。
声をかけられずにじっと見ていれば、キャロラインの取り巻きに今まで以上に鋭い視線を向けられた。
その目は全てアデレイドが悪いのだと言っている。
アデレイドは嘆息し、その場を去った。
昼休み。
いつもの東屋に集まったのは、アデレイド、ブレント、ジャスティン、それとグレアムもいる。
アデレイドは嘆息するしかない。
昨日以上にギスギスしている。
ジャスティンは暗い顔をしていた。
時折何か言いたそうにこちらを見るが、口には出さない。
ブレントとグレアムはいつも通りの不和だ。
二人が揃った時に「喧嘩しないで」と言っておいた為、二人の間に会話はない。
昼食はとても静かな中、進んでいた。
重い雰囲気で食が進まない。
アデレイドは手にしていたチキンのサンドを食べずに置いた。
「アデル、どうした? 食べないのか?」
ブレントの気遣う声。アデレイドは曖昧に笑った。
「食欲ないの」
「まだ具合が悪いのか? アデレイド」
グレアムに心配され、そちらに顔を向ける。
「いいえ、具合は悪くないんですけど、ちょっとぼーっとしてて。
寝過ぎたのかもしれません」
「少し触るぞ」
アデレイドの斜め前に座るグレアムはアデレイドへと手を伸ばした。
しかし触れる前にブレントに払われる。
「触るな」
「変な意味はない。
熱がないか診るだけだ」
「熱はない。さっき確かめた」
「お前がか?」
「そうだ。それとお前に「お前」呼ばわりされる謂れはない」
「訂正しよう。私も貴様に「お前」と呼ばれたくはない」
ブレントとグレアムは火花を散らす。
ジャスティンは二人を見ても何も言わず、また視線を手元に戻した。
この空間、物凄く辛い。
また夢の中に逃げ込みたくなった。
アデレイドは午後の授業を体調不良と偽って、欠席した。
デクスターもその友人も学園に来ていない。
実家に帰ったという話も聞かないから部屋にいるのだろう。
アデレイドは寮に戻り、デクスターと話が出来ないかと考えを巡らせたが、相手は男子寮にいる。
アデレイドが呼び出せば、不審に思われるし、何よりアデレイド自身、元気なら授業に出ろと言われるだろう。
考えているうちに本当に具合が悪くなってきた。
また薬を飲んでベットに入る。
そのままぐっすりと寝てしまい、朝まで目が覚めなかった。
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ぐっすりと寝たアデレイドだったが、起きた時なんだか体が怠くて、ベットの中でぐずぐずとしてしまう。
(起きたくない。ずっとこのままでいたい)
ここにいれば煩わしい事も起きず、夢現の狭間にふわふわと漂っていられる。
それはとても魅力的だった。
しかしぐずぐずしていても、また起こされて部屋から追い出されてしまう。
アデレイドは意を決して起き上がった。
ベットから立ち上がったら、目眩がした。
(風邪でも引いたかな?)
風邪ならベットに戻っても許されるだろうか。
アデレイドは迷いつつも出掛ける用意をする。
今日も食欲がないから、このまま学園に行ってしまおうと、鞄を持って出たら、談話室でジャスティンに捕まった。
「アディ、おはよう」
ジャスティンに笑顔を向けられて、少し泣きそうになった。
感傷的になっている自分に呆れつつ、アデレイドも笑顔を返した。
「ジャス、おはよう」
「アディ、具合はどう?」
「ちょっと怠いけど、大丈夫よ」
「本当? 昨日は夕飯、食べてないよね。
鞄持ってるけど、まさか朝食も食べないで行くつもり?」
ジャスティンはアデレイドが持つ鞄を見た。
まだ時間は早い為、この時間に食堂に行く生徒は朝食を取ってから一度部屋に戻る。
そもそも鞄を持って食堂に行くのは遅刻ぎりぎりの切羽詰まった生徒だけだ。
鞄を持って食堂に行くのは行儀が悪いとされている。
「食欲ないの。食べたくない」
「アディ、食事が出来ないほど具合が悪いの?
医務室に行く?」
「いい。具合はそんなに悪くないの。
ただ、食欲がないだけ」
「ダメだよ。食べないと倒れちゃうよ。
ちょっとでも食べて」
ジャスティンはアデレイドの鞄を奪い取ると、空いた手を掴んで食堂へと進む。
アデレイドは仕方なくついて行った。
食堂に着いても食欲が湧かず、パン一個と紅茶を頼む。
体調が悪い所為か味が分からなかった。
お読みいただきありがとうございます。
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